6ー36 まだまだ若いだけなんだからねっ!
「か、楓?」
「遅くなって悪かったな」
空中から隕石のようにして、突然現れた楓はつい先ほど、結に銃口を向けていた四の車の屋根に着地すると、リズムを取るかのようにつま先で屋根をトンッと一叩きすると、走行中の車の上にいるため、風に靡いている綺麗な黒髪を片手で押さえつつ、結に微笑んだ。
「おっ!お前が立ってるのは襲撃者の車だっ!危ないぞ!」
今現れた楓は知らないと思い、結が叫ぶと、楓はふわぁーっとあくびを一つ。
「なに悠長にしてんだよっ!」
「うるさいなー。既に中の奴らは終わったから問題ないぞ」
そういう楓の言葉を確認するため、結が車窓越しに中を確認すると、そこには四人の氷の彫刻が出来上がっていた。
「っなら早くこっちこい!運転手もいないんだろ?」
「それも大丈夫だ。あたしの氷で操作してるから」
「……は?」
結があらためて車内を確認すると、見事にありましたよ。
ハンドルやアクセルを始め、ブレーキなどなど、運転に必要な部分が綺麗に氷漬けになっていた。
よく見ればそれらがさっきから動いていることも確認出来る。
世の中には作り出したものを遠隔操作出来る術もあるからな。
難易度は高いとはいえ、楓なら不可能ではないだろう。
遠隔操作出来る氷を第三の手のように使って、運転しているのだろう。
それにしても、楓はさっきから結たちのいるバスの方ばかり見ていて、前を見ていない。
遠隔操作出来るとはいえ、自動ではないのだ、つまり完全に楓の意思で運転していることになるのだが、前も見ずにここまで正確に運転している楓はやはり規格外なのだろう。
「楓、いいから早くこっちにこい」
「りょうかーい」
楓は眠たそうに大きなあくびをすると、両手を上げて伸びをすると、軽い足取りで軽く飛び上がり、見事バスの中へと着地した。
「えーと、アレだ。望月楓到着?」
バスの中にいる皆からの視線に晒された楓は、あれ?っといった感じで焦りの表情を浮かべると、その場を誤魔化すようにそう言った。
先ほどの襲撃事件も過ぎ去り、会場への道のりもあと半分を残すだけになっていた。
遅れてやってきた楓は、自分の席に山のように置かれているお菓子の山を見ると、苦笑いを浮かべていた。
「えーと、これ、誰のだ?もしかして」
「俺じゃないぞ?前にいる二人だ」
「いやー、まさかこんな形で合流すると思ってなかったからさー」
「ご、ごめんなさいですぅ」
桜はあははと誤魔化すように笑い、真冬は勝手に席を使ったことを本当に申し訳なさそうにペコペコと何度も頭を下げていた。
「いや、まあ。いいけどな。つまりあれだろ?これはあたしのってことだろ?」
「ちょっ楓!?それはだめっ!」
「ここはあたしの席だ。つまりここにあるものはあたしのものだ。オーケー?」
「お、オーケーじゃないですぅー!全部は困るですぅー!」
「……まあ、それは置いといて、これじゃ座れないし、あたしどうしよ?」
「後部席の方はまだ余ってるだろ?」
「あたし一人にそっちにいけと?
結は薄情だなー」
楓は結にジト目を向けていた。
「ならどうするんだ?ずっと立ってるのも酷だろ?」
「んー。ならあたしはここでいいや」
ジト目をやめた楓は、自分の席を越えると、結の正面に立った。
「ん?なんだ楓?」
「てことで、失礼しまーすっと」
そして楓はそのまま座った。
結の膝の上に。
「はぁぁぁぁぁあっ!?」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
「ふぇぇぇぇぇぇっ!?」
三人の絶叫が響く中、その絶叫の中心にいた楓は涙目になりつつ、両手で耳を押さえていた。
「う、うるさいぞ」
「いやいやいやいや。なんで俺の上に座ってんだ!?」
「そ、そうですぅっ!」
「だってあたしの席こんな有様だし?あたしも座りたいし?だからといって一人で後ろじゃお菓子も食べれないし?ならここしかないかなーって」
「いや、でも、俺は、おと、はぁっ!?」
「ちょっゆっち動揺し過ぎっ深呼吸だよっほらっ!」
「お、おぅ」
激しく動揺し、呼吸がおかしくなってしまった結は、桜に言われた通り深呼吸をすると、楓が膝の上に座っているため、目の前に楓の綺麗な黒髪があるのだが、そこから発せられる女の子特有の甘い良い匂いを思いっきり嗅ぐことになっていた。
(ななな、なんだんだよっ!なんでこんな……あぁぁぁっ!)
楓から発せられる甘い匂いは、まるで麻薬のように結の脳を侵略し、結は軽く壊れ掛けていた。
「そうだよ、深呼吸、深呼吸……ってゆっち!?ゆっち大丈夫っ!?」
結の様子がおかしいことに気付いた桜が叫ぶと、その言葉を聞いた楓が後ろを振り向いた。
(よし、落ち着いた)
【A•G】のおかげで、女の子の匂いには多少の耐性が出来ている結だったが、今までにないくらいの近距離だったこともあり、軽く頭がショートしてしまっていたが、目を瞑り、無心になることによって復帰すると、目を開けた。
「結?大丈夫か?」
目を開けた瞬間、目の前に広がったのは膝の上から後ろを向いているため、あり得ないくらい近くにある楓の顔のドアップだった。
「なっ!」
「どうした結?大丈夫か?その、もしかしてあれか?あたしは重かったか?」
目の前で女の子らしい表情になっている楓にドキマギしていると、楓はなにも言わない結の身を案じ、不安そうにそう聞いた。
「だ、大丈夫だ。その、ジャンクションの反動で疲れてるだけだ」
「そ、そうか。疲れてるのに悪いな、今どくよ」
「あ、あぁ」
楓が申し訳なさそうに結の上から退こうと立ち上がった時、偶然にもバスが大きく揺れた。
「うわっ!」
立ち上がっていた楓はよろけると、そのまま倒れてしまった。
「痛たぁ……あっ……」
楓は転けてしまったことで、正面から座っている結に抱き着く形になっていた。
それも、片方は立っていて、もう片方は座っているため、楓は膝を結の足の両サイドに起き、結の頭を両手で自分の胸に押し付ける形で抱き着いていた。
それに気付いた楓は、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていった。
「ぷはっ。あぁ、死ぬかと思った……あっ」
楓は中学生にしては、ナイスなボディラインをしている。
そのため、胸の中で軽く窒息し掛けていた結は自分を窒息させようと迫るものを両手で押し退けながら顔を出すと、自然とその両手は、
「えーと、楓さん?」
「…………ば……」
楓の胸を鷲掴みにしていた。
「結の馬鹿ぁぁぁっ!」
結はそれを最後に意識を失った。
最後に見たものは、いつも眠たそうにしている楓にしては珍しく、真っ赤になった楓の表情だった。
(……大きくて、柔らかかったな)
薄れていく意識の中でそんなことを考えてしまった結のことは誰も責められないだろう。
「…………きて」
誰だ?俺を呼ぶのは?
「……やく、……きて……」
この声は誰?
「はや……、こ……に……て」
君は誰だ?
結は全てが真っ白の世界で、薄く見える誰かに向かって、手を伸ばした。
「早く起きなさいっ!」
「うごっ!」
次の瞬間、結の腹に凄まじい衝撃が走り、結の意識は無理やり覚醒させられた。
「全く。何度もあたしは言ったわよ?早く起きなさいって」
「か、会長?」
どうやら結が気絶している内に会場に到着したらしく、バスの中にはついさっきまで気絶していた結と、先ほどの衝撃の正体らしい納刀されたままの剣を手に持った会長の二人だけだった。
「会長……もっと優しくしてくれても良かったんじゃないか?」
「ふんっ!いつまでも寝てる結が悪いのよっ」
起き上がった結は、会長と共に、皆が待っている場所まで向かう中、会長に思いっきりぶたれたお腹を手でさすりながら会長へ抗議をした。
「……はぁ」
会長は結の抗議を襲撃してきた車同様一刀両断すると、視線に自分の胸へと向け、すぐに深いため息をついた。
「結っ!まだあたしたちは若いのよっ!」
会長は目をスッと鋭くすると、結に向かって指を指しながらそう宣言した後、結をおいて駆け足で一足先に皆の元に行った。
「……まあ、確かに若いけど……」
結は会長の若い宣言の意味がわからず、首を傾げた。




