6ー34 襲撃
六芒戦の会場となる【F•G・南方幻城院】は、その名が示す通り、【F•G】の南方にある施設だ。
元は首都内では練習出来ないような高威力幻操術であったり、効果範囲の広い幻操術の練習場だ。
外観としては洋風のお城なのだが、上から見てちょうど真ん中の部分がドーナッツのようにくり抜かれており、その広さは【物理世界】で良く大きさの比較に出される日本の東京ドームが直径だけでも十個は入る大きさだ。
このような施設が東西南北に一つずつあるのだが、現在はエリート校の【F•G】でさえも人材不足であり、というより、戦争が終わったために、育成の規模が減ったためなのだが、四つある内の南方と北方の幻城院は使われていない。
それで今回どうせ使っていないのだからという理由で、去年から南方の幻城院を改造し、六芒戦用の施設にしたのだ。
中心部はそれはそれは広い空間があるのだが、ただの円状の空間としてあるだけではなく、中には小さな建物ーー一般的に小さくはないがーーーが幾つも建てられており、それぞれの建物が六つの競技の会場になっている。
外観は洋風のお城と言ったが、正確には洋風のお城風の壁の方が正しい。
先ほどの空間を覆うように城のような壁がグルリと建っているのだ。
元々は【幻理世界】を知る一人である【F•G】のマスター、夜月賢一が実際に【幻理世界】にあったらしい少々特殊な、いや、少々どころではなく、年齢と性別によって完全に隔離されている城壁の中にある小さな町を元にしているらしい。
その町の名前はわからないが、すでにその町は内乱によって滅んだとされている。
奇妙な噂があるらしいが、今は関係ないことだ。
そんな六芒戦の会場だが、なんと驚くことに首都からバスで三時間という、小学校の移動教室かっ!っとつっこんでしまいたくなる距離があるのだ。
結は楓と相席なのだが、その楓がいないため、結は席を独占していた。
そのためなのか、本来楓が座るべき席は前に座っている、桜と真冬の持ち込んだお菓子が山のように置かれていた。
「ゆっちも食べるー?」
「いいのか?なら貰うよ」
そんなやり取りがあって、桜から貰ったのはスティックにチョコレートが塗られている【物理世界】で人気のあのお菓子だ。
基本的に【物理世界】と【幻理領域】では干渉し合うのは禁止されているのだが、各ガーデンのマスターは、【物理世界】で年に数回集まることもあるらしく、有名な会社には最低一人は幻操師がいるという驚愕の真実もあるのだが、その集まりにはそんな会社からの使いも来る。
国の裏で育成されている機関のため、そういうことも必要らしく、幻操師委員会とも連携しているその会議で【物理世界】の業者と取り引きをしているため【幻理領域】でも様々なお菓子が流通している。
無論、その取引で使われる通貨は【物理世界】の日本円だ。
「このお菓子美味しいですよねぇー」
「チョコレートって好きなんだけど、手が汚れるのなねぇー。
だけどこれならチョコが手につくこともないからグットだねっ」
「それにしても、幻理領域でも物理世界のお菓子が食べられて幸せですぅ」
「いやーほんとほんと。女の子にとって甘い物は大切だからねぇー」
桜と真冬は席越しにこちらを向きながら、幸せそうに頬を押さえていた。
「甘い物が好きなのはいいが、あまり食べ過ぎるとーー」
「そういうこと言わないっ」
「そうですよぉー!メッですよぉー」
真冬は人差し指を結の唇に当てるようにたてると、それをすぐに自分の唇の前にやり、俗に言うシーっのポーズで微笑んだ。
「まったく。あの子たちは本当に元気よね」
「会長?同い年ですよ?」
結たちの斜め前の席に座っている会長と六花だが、ため息混じりにそんなことをいう会長に、六花は苦笑いを浮かべていた。
「ふぁー」
「会長?もしかして眠いんですか?」
「あたし、昨日はほとんど寝れてないのよ」
「……つまりその分【物理世界】で寝ていることになりますが?」
「……そうなるわね。おかげでこのところ【物理世界】では寝過ぎで体が鈍ってるわ」
「あはは。【物理世界】と【幻理領域】での疲労は別物ですからね」
「そうなのよねー」
幻操師の場合、【物理世界】で寝ると【幻理領域】で起き、【幻理領域】で寝ると【物理世界】で起きるというサイクルだ。
つまり、【幻理領域】で忙しい分、睡眠時間を減らすと、【幻理領域】の一分がそのまま【物理世界】の一分というわけではないが、それでも【物理世界】ではいつもよりも多く寝ていることになる。
「はぁー。あたしたちはまだ中学生だからどうにかなるけど、大人は仕事とかどうしてるのかしら」
「幻操師が仕事なのですから、【物理世界】では特にすることないと思いますよ?
あるとすれば会議などがありますが、基本的幻操師の仕事は【幻理領域】で行われますし」
「……そうだったわね」
各ガーデンのマスターと各国の政府、つまり幻操師委員会は【物理世界】でも交流がある。
正式な幻操師ではない、生徒たちは【物理世界】の現金を貰うことはないが、マスターや2nd以上のクラスを持っている者は幻操師委員会から【物理世界】の現金を貰っている。
考えようでは幻操師とは公務員に近い。
だからと言って生徒たちが依頼を受けた時はタダ働きになるわけではなく、【幻理領域】だけで使える専用の通貨を報酬に貰うことになる。
桜や真冬も、そうやって稼いだお金でお菓子を買ったらしい。
(桜は2nd持ちだし、中学生で既に給料貰ってるんだよなー)
幻操師はそんな実力主義の職だ。
バスに乗ってから一時間が経っていた。
六芒戦の観戦に来るのか、いつもは向かう人なんてほぼ皆無の【F•G・南方幻城院】に向かっていくバスや、バスと同じように幻力を動力に動く車などが走っていた。
結はこの一時間、順調に桜と真冬からお菓子を貰っていた。
今食べているのは、キノコの傘の形にチョコレートがついているお菓子だ。
これと同じ種類のお菓子で、タケノコ版もあるのだが、どうやら二人はキノコ派らしく、あるのは全てキノコ版だった。
傘の下、柄の部分はサクサクしているビスケットになっており、結は傘になっているチョコレートを食べてから、柄の部分だけを食べるという、せっかくチョコレートとビスケットが一緒になっているというのに、それを無視した食べ方をしていた。
それに気付いたのは正直偶然としか言えない。
結がお菓子を片手になんとなく窓から外を見ていると、丁度隣を並走して車の真っ黒の車窓が微かに空いており、あんな少しだけ開けているのは不自然だと思い、車窓自体は外から中が見えないタイプのものなのだが、その隙間に注目していると、その隙間から、ニョキっと黒い筒状の物が突き出された。
(銃口っ!?)
「みんなっ伏せろっ!」
結の突然の叫びに、中学生とは言え、流石は幻操師という、戦闘を生業にしている者だけあって、皆結の叫び通り、お菓子を食べていた者、集中してボードゲームをしている者にかかわらずに、迅速に体制を低くした。
そのすぐ後に、結にとって聞き慣れてる爆発音、つまり銃声が鳴り響いた。
「きゃーーーっ!!」
いくら幻操師とはいえ、まだ中学生の少女でしかないため、咄嗟に伏せたのは日頃の習慣からくる反射、つまり無意識だ。
意識は並の中学生なのだ。
銃声の後に一拍をおいてバスの中はたくさんの悲鳴が反響していた。
(くそっ!平和ボケしてたみたいだな)
気が付けばバスの周囲は突然、銃声からしてライフルをぶっ放して来た車と、同型の車に包囲されていた。
いつの間にか他の車は一切ないことにも気付く。
「これは……」
「どうやら相手も幻操師のようね。
周囲の認識をズラしているわね」
「結界に近いですね。おそらく周囲を囲っている車を要にしているのでしょう」
体制を低くしながら、結のところまで近付いた会長と六花は、結のつぶやきに答えた。
会長は窓から様子を見ようと頭を上げるが、あげたその一瞬で何十もの銃声が轟いた。
「……今、髪に掠ったわ」
「会長。危ないのでやめてください」
銃弾が会長に届くよりも早く、六花が会長をしゃがませたおかげで怪我はないようだが、今ので相手が本気で命を取りに来ていることが容易にわかる。
「六花」
「わかっています」
六花は作り出した氷を鏡のように使って、様子を確認していた。
「車は八台。このバスを中心に、三掛ける三のマス目を作るかのように包囲してますね。
それぞれの車窓から銃口らしきものが三本ずつ、合計二四本ですね」
「つまり、一つ間違えば会長の頭に二四の風穴が空いてたのか」
「……鏡、やめてくれるかしら?」
いつの間にか結たちの周囲に、現在いない楓を除いた生十会メンバーが揃っていた。
「会長ー、どうすんの?」
「真冬は会長の指示に従うですっ!」
「僕もですっ!」
皆の目は会長にこの場を任せることを物語っていた。
「わかったわ。
一つ確認していいかしら?」
そういうと会長は結へと視線を合わせた。
「この場で変身は出来る?」
「変身って、フルジャンクションのことか?」
「そうよ」
「……出来るな。さっき会長が一歩間違えば死ぬような事態になってたし、感情も、意識も十分だ」
「そ、そう」
結が会長の目を真っ直ぐと見つめながら言うと、会長は軽く赤面し、そっぽを向いてしまっていた。
「あのー会長?急にラブコメしないでくれる?」
「し、してないわよっ!」
「へぇー」
「な、なによっ!その棒読みはっ!」
「会長。冗談は時と場合を考えて下さい。
この場には生十会だけではなく、一般生徒もいるんですよ?」
「あっ……」
会長はハッとしたように生徒たちに視線を向けると、生徒たちは会長たちに眼差しを向けていた。
(あぁー。なるほどな)
結は生徒たちが会長たちに、というより、会長に向けている眼差しが、なにやら暖かい眼差しだということに気付くと、心の中で深いため息をついた。
(会長が実はアホの子ってことは、周知の事実なんだな)
そのことに気付いてしまった結は、軽く落ち込んでいた。
「ま、まあいいわ。
よく聞きなさい」
会長は生十会のそれぞれに指示にを出すと、会長の指示に皆は頷いて答えた。
「陽菜っ!桜っ!」
まずは機動力の高い陽菜と桜の二人がいきなりそれぞれ反対側の窓から飛び降りた。
ちなみに、銃撃のあとバスは緊急停止なんてしていない。
つまり、これは走り続けているバスとそれを包囲する八台の車による移動する戦闘フィールドだ。
上から見た図を野球の練習などで使われることの多い、ストライクアウトに例えると、バスは五の部分、進行方向は二の方向だ。
桜は六側、陽菜は四側に飛び出すと、左右の車の上に着地した。
「六花っ!真冬ちゃんっ!」
突然バスの中から二つの人物が現れれば、少なくとも一瞬は注意がそちらに向くはずだ。
そして、それは上手くいき、犯人たちの注意が桜と陽菜に集まった瞬間、会長は次の二人に合図した。
「右を任せますっ『氷結』」
「了解ですぅっ『氷結』」
会長の合図と同時に、バスの後部席から二人は顔を出すと、真冬は七、六花は八と九の位置にある車の車輪と地面の間を幻操術によって凍らせた。
地面が氷、摩擦がゼロに近くなったことで、後ろの三両はスリップを起こし、この命を掛けたレースから脱落となった。
注意が桜と陽菜の二人に一瞬惹きつけられただけで、一気に三両も仲間を失った犯人たちは、動揺でさらに隙を作るも、すぐさま冷静に戻り、走行中の車の上という、不安定な場所にいる二人に銃口を合わせた。
「鏡君っ!剛木っ!」
しかし犯人たちが動揺して作った隙をつき、会長は次の二人に合図を出す。
「「『身体強化』っ!!」」
方や筋肉バカの異名を取る剛木と、方や何度も仲間に死ぬ寸前までボコられても、次の日には完全復活しているほどにタフな鏡の二人は、陽菜側に剛木、桜側に鏡が飛び出すと、車の上に着地すると同時に組ませた拳を全身のバネをもって振り下ろした。
「はぁぁぁぁぁあっ!!」
「おりゃぁぁぁあっ!!」
全身のバネを活かし、『身体強化』によって底上げされた二人の拳は容易に車の屋根を貫いた。
あらかじめ操縦者の位置を六花から伝えられている二人は、上から操縦者の頭を鷲掴みすると、そのまま屋根を破りながら腕を振るい、助手席にいる犯人の頭へとぶつけ、二人を戦闘不能にした。
「糞がっ!」
車窓から見えていた銃口は三つ、つまり相手は三人いるのだ。
今戦闘不能にしたのは二人、残った一人は銃口をそれぞれ鏡と剛木へと合わせた。
「しまっ!」
そして、引き金は引かれた。




