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6ー32 さようなら。筋肉バカ


 粉塵が消え去り、片方が片方を抱えた状態を見た観客たちは、一斉に大歓声を挙げた。


「そこまでぇぇぇぇえっ!

この勝負ぅ!うぃなぁぁぁぁ、音無ぃ、ゆぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅっ!!」


 実況を担当している愛理の宣言で、観客席からの歓声はさらなる盛り上がりを見せた。


 生十会の面々は結の本当の実力を知っているが、それを知らない他の生徒からすれば、劣等生、Fランクが、優等生、Sランクに勝ったという、奇跡の瞬間なのだ。


「凄い歓声ですぅー」


「当然よ。これで結は生徒全員に認められたわ。生十会の一人としてね」


 生十会はその学年のエリート集団だ。


 生十会会長には会員を指名する権限があるが、大抵は能力もあり、実績もあり、ランクが高い者が選ばれることが多い。


 そのため、大抵の生徒は会長の決定に文句を言うことなどないのだが、ここだけの話、結が生十会に入った時にそれなりの騒動があったのだ。


「ま、まあ。ランクだけみたらFランクだし、仕方ないのかもだけどさー」


「周りの評価に流されて、本質を見逃すなんて、一校の名が廃るわ」


「会長。それは厳しいと思いますよ?ここ、【F•G(ファースト・ガーデン)】はエリートガーデンですが、まだまだ未熟な子供ばかりなのですから、辛口評価は良くないです」


「グハハ。俺も反省している」


 剛木も桜が結を生十会に推薦した時に、Fランクという結の肩書きにその実力を見くびり、否定していた一人だ。


 その後すぐに認識を改めさせられることになったのだが、その負い目もあるのか、いつも通りに見える剛木の表情はどこか固い。


「ていうかさぁー。なんでゆっちってばお姫様抱っこしてるの?」


 桜はため息をつくと、ステージから対戦相手である綾を抱えた、俗に言うお姫様抱っこをしている結が降りてくるのを見ながら言った。


「さぁ?」


「あの子が気絶しているからだと思いますよ?普通に考えて」


「いや、それはそうだけだ、なんでお姫様抱っこ?」


「……意味が必要ですか?」


「……そうだね。いらないよね」


 生十会の女性メンバーは、なんとも言えないような表情でステージから消えていく結たちを見送った。


「……あれ?楓は?」


 ふと桜は楓がいなくなっていることに気付いていた。


「あれ?さっきまでいたですよぉ?」


「楓なら結の試合が終わった途端何処かに行ってたわよ?」


「……なんで言ってくれないんですかぁっ!」


「ちょっと!なんで興奮してるのよ!」


「こうしてはいられないですぅ!」


 真冬はそういうと興奮した表情で、両手を胸と前でぐっと握ると、スタコラサッサと楓を追うように消えた。


「な、なんなのよ」


「あはは」


 突然の真冬の変貌に会長は慌て、真冬の変貌の理由を察知した桜は苦笑いを浮かべていた。


(真冬ちゃんがそうなのは知ってたけど、もしかして楓も?)


「会長っ!あたしも行ってくる!」


 桜はそう言って立ち上がると、楓と真冬の後を追うように消えた。


「……六花はいいの?」


「……まだまだ慌てる時ではないですから」


「……そう」


 陽菜と六花の会話を聞いていた会話は首を傾げて、疑問符を浮かべていた。


「はぁー」

「あはは」

「グハハっ!青春だなっ!」


 女性陣のやり取りを口出しせずに見ていた男性陣は、鏡は呆れるようにため息をつき、春樹はただただ苦笑いを浮かべ、剛木はさっきまでの固さも抜け、笑っていた。












 一方。


 試合を終え、気絶した綾を六芒戦進行係に預けた結が皆のいる観客席に向かっていると、そこで待ち伏せをしているかのようにいた人物に声を掛けられていた。


「お疲れ」


「サンキュー」


 待ち伏せしていた楓はここに来る前に買っておいた缶コーヒーを結に投げると、目で側にあるベンチに座るように促した。


「ふぅー」


「おいおい。おっさんみたいだぞ?」


「うるせー」


 結が楓から促されるままベンチに座り、貰った缶コーヒーを飲んでいると、楓はクスクスと何が楽しいのかわからないが、楽しそうにしていた。


 楓は結の隣に腰を掛けると、自分の分の缶コーヒーを開けて、ちびちびと飲み始めた。


「なぁ、結。聞いてもいいか?」


「なんだ?藪から棒に」


「ん。ちょっとな」


 真剣な表情をしている楓に、結も楓の話を真剣に聞こうとしていた。


「奏って誰だ?」


「……え?」


「初めてあたしと会った時、言ってただろ?奏なのかって」


「ああ。そうだったな」


 結は楓と初めて会った時のことを思い出していた。


 今になって思うと、いきなり違う人の名前を言ったのは失礼だったかもしれない。


「その。悪かったな」


 だから結は素直に謝罪をした。


「あっ、違う違う。別に責めてるわけじゃないぞ?ただ、あたしとその奏って子を見間違えた時の結の表情、普通じゃなかったからさ」


 結の謝罪にびっくりした楓は両手を小さくパタパタと振りながらそう言うと、次の瞬間何処か切なそうな表情をした。


「昔の彼女とか?」


「違う。あいつは、奏はそんなんじゃない。

俺にとって、奏は大切な仲間で、大切な人だった。

きっと俺は奏のことが好きだったんだと思う。

でも、それは異性として好きだったというより、ただ、まだまだ幻操師として未熟だった俺が、同い年で優等生の奏に抱いた、憧れだったのかもしれない」


「そうか」


 結の言葉に、楓は悲しそうな、寂しそうな、だけど少しだけ嬉しそうな表情をしていた。


「なあ。教えてくれないか?結のこと。結の過去、知りたいんだ」


「突然どうしたんだ?」


 真剣な眼差しで結のことを見つめる楓に一瞬驚く結だったが、すぐに冷静にそう聞いた。


「なんでかわからないが、結の試合を見てて思ったんだ。

あたしは、もっと結の事が知りたい

だから、教えてくれないか?

無理には聞かない。教えてくれると……うん……嬉しいな」


 楓の表情は冗談なんかじゃないことを物語っていた。


 楓はその感情の理由を知らない。


 その感情が芽生えることなんて想定していなかった。


 きっかけなんて、なかった。


 ただ、気がついたら、楓にその感情が芽生えていた。


 楓がその感情に気付き、理由を知るのはまだ遠い……いや、そう遠くない、近い未来のことだった。


「き、気まずいですぅ」


「こ、これは流石にねぇー」


 そんな二人を影から見る二つの視線があった。


「なんだかカップルみたいですぅ」


「……それ、あたしも同感……」


「……諦めるですぅ?」


「それはない」


「きっぱりと言うですねぇ」


「当たり前よ。あたしは諦めるつもりないもん」


「それは真冬もですぅー」


「そう。ならライバルね」


「……でも大変ですぅ」


「何が?」


「結はあの【A•G(エンジェル・ガーデン)】にいたんですよぉ?可愛い女の子を見慣れてるですぅ。真冬は自信ないですぅ」


「た、確かに……で、でもきっと大丈夫だよ!」


「お前らなにやってんだ?」


 結たちに見つからないように最初は隠れてコソコソと話していたのだな、話している内にテンションが上がってしまい、声量が大きくなっていた。


 そのため結と楓がそれに気付き、二人に話し掛けると、二人は飛び上がった。


「ゆゆゆゆゆゆ、ゆっち!?い、一体いつから!?」


「まままま真冬たちの話聞いてたですぅ!?」


「なに慌ててんだ?てか、ここでなんの話してたんだ?」


 結に話を聞かれたと思い、慌てる二人だったが、結が内容までは聞き取れていないことに気付き、安堵していた。


「……」


「な、なにかな?楓?」


「……別に」


「……うぅ」


 楓はジト目を二人に向けていた。


 よく見れば、微かにだが、にやけているのがわかる。


(あぁぁぁぁぁっ!!楓にバレてるぅぅ(ですぅ)ぅっ!!)


 二人は心の中で絶叫していた。



















 六芒戦出場選手選抜試験が始まってから、今日で四日目だ。


 三日間に渡って行われた六芒戦出場選手選抜試験は終わり、四日目の今日は出場選手の発表がある。


「あー、疲れたぁー」


「真冬もですぅー」


 六つある競技のうち、その全ての選抜試験に出場した生十会の面々は、明らかに疲労を溜めているようだった。


 この学年をまとめているのが生十会という組織だが、この試験では進行係がいるため、公平にするべく、六芒戦出場選手選抜試験の結果は他の一般生徒たちと一緒に伝えられる。


「まったく。疲れてるのはわかるけど、そろそろあたしたちも講堂に向かうわよ」


 まるでいつもの楓のように、生十会室の机の上でスライムのようになっている桜と真冬に、会長は呆れたようにため息をついた。


「そうだぞー、会長の言うこと聞けー」


「……いつもとろけてるのは誰だと思ってるのよ」


 珍しいことにとろけていない楓に、会長はジト目を向けていた。


「ガハハッ!雨宮と日向妹は軟弱だなっ!」


「うるさい筋肉バカっ!」


「なんだと雨宮っ!表に出ろっ!」


「上等じゃないのっ!その傲慢の鼻へし折ってあげるっ!」


 桜と剛木の二人は同じAランクだからなのか、時々こうやって衝突することがある。


 さっきまで疲れてスライムみたくなっていた桜だったが、がばっと凄い勢いで立ち上がると、剛木と共に行こうとした。


「どこに行くんですか?」


「……えーと」


「ガハ……は……」


 二人が生十会室から出ようとすると、ちょうどその時、生十会室に入ってきた者と向かい合う形になっていた。


 桜と剛木の二人は、その相手を見て、冷や汗を流していた。


(六花に反抗したら氷にされるっ!)


 ルールを破る者は容赦無く凍結するのが二人の目の前に現れた少女、六花だ。


 これから二人で決闘をしようとしていました!


 そんなことを言った次の瞬間には、二人は人ではなく、ただの氷の塊になっているだろう。


 思わず自分がただの氷の塊となり、その塊を陽菜が粉々にする姿をイメージした二人は、冷や汗だけでなく、表情を真っ青にしていた。


「……お二人とも表情が悪いですよ?

具合が悪いんですか?」


「……っ!そ、そうそう!ちょっと具合悪くてさっ!大切な発表があるのに誰かに保健室まで連れて行ってもらうなんて悪いから、ちょうど具合が悪かった筋肉バ……剛木と行こうと思ってたの!」


「?雨宮、なにを……」


「うっさいっ!」


 六花がいい感じに勘違いしていたので、それを利用してこの場を切り抜けようとした桜だったが、いきなり剛木がバラそうとしたため、ほぼ反射的にその場ってクルリと周り、見事な回し蹴りを剛木の顔面にヒットさせていた。


「……」


「……えーと。剛木?大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫よ!」


「さ、桜?どうしていきなり剛木を?」


「え、えーと、そうっ、蚊っ蚊がいたからさっ!」


 いやいや、どんだけ苦しい言い訳なんだよ。


 そんな言い訳が六花に通用するわけ……


「そうでしたか。私はてっきり何かを誤魔化そうとしている桜のことを剛木がわからずうっかりバラしそうになったため、急いで気絶させて口封じしたのかと思いました」


 通じている……のか?


「あ、あのぉー。剛木さん、ピクリともしないですぅ」


「え?……ちょっ剛木!?大丈夫っ!?」


 桜の回し蹴りがすごかったのか、ただ単に、辺りどころが悪かったのか、いや、おそらくその両方だろう。そのせいで剛木は完全に沈黙していた。


 自分でやったくせに、全力で心配している様子の桜は、剛木を無理やり起き上がらせると、剛木の両肩を掴み、ぶんぶんとシェイクしていた。


 桜と剛木のこの二人。


 身長一五○程度で、全体的に小柄な桜と、身長二○○近く、全体的に巨人の剛木の今の姿は、まるで休日に寝ているお父さんを、遊んでもらうために必死に起こそうとする娘のように見えた。


「ご、剛木ぃぃぃぃー!かむばぁぁぁぁくっ」


 あっ。全然心配してないっぽい。

 


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