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6ー31 岩を纏う少女


 綾の幻操術、『土岩隕石(ロックメテオ)』を正面から力技で突破した結は、粉塵を纏いながら落ちてくる綾に、油断無しの真剣な眼差しを向けていた。


 あれだけの技の直撃、普通に考えて、この勝負は既に結の勝ちだ。


 それなのに、結の目には油断の欠片も映っていなかった。


 それはただ結が慎重だからとか、そんな理由ではない、結は直感していた。


 いや、直感というよりも、違和感を感じていたのだ。


 Sランクがこの程度の訳がない。


 Sランクとは世界でも少ないエリートの中のエリートだ。


 それがわざわざ自分から空に飛ぶだなんて、隙だらけのことをするわけがない。


 『土岩隕石(ロックメテオ)』があるため、問題無いと考えていたという可能性も無いわけではないが、しかし、この短い攻防の中で感じ取った綾の実力はその程度ではない、そう、思った。


 だから結は、戦闘不能になっている綾をこの目で確認しない限り、油断しないと決めていた。


 結は術を発動して、それが綾にヒットしたすぐ後に、フルジャンクションを解いていた。


 元の音無結という少年らしい姿に戻った結は、再びトンファーを取り出し、不意打ちにも対応出来るように目の前の影だけでなく、周囲にも注意を払っていた。


 結果、それは好手だった。


「ちぇー。油断してくれればそれで勝ちだったのにー」


 その声は結の目の前、粉塵を撒き散らしながら落ちてくる、綾と思われる影の中からだった。


 その影が地面に降り立つとほぼ同時に、粉塵が消え去っていた。


「……そういうことか」


 粉塵が消え、そこに残ったのは、綾が『土岩隕石(ロックメテオ)』によって作り出した岩石よりも、一回りも大きな岩石があった。


 直径が一m程度だった『土岩隕石(ロックメテオ)』とは違い、この岩石の大きさはニm近くあるのではないだろうか。


 ゴツゴツとしている表面に一筋の割れ目が生まれると、それはどんどんと広がっていき、そしてそれはまるで卵を割るかのように二つに分かれた。


「いやー。それにしても怖かったねー」


 割れた岩石の中は空洞になっていたらしく、そこから綾が現れた。


 綾は赤みがかった茶色のショートヘアの毛先を、片手で弄りながら出てきた綾は、言葉とは裏腹に、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。


「それにしても笑顔だな。綾、君はドMなのか?」


「違うよーだ。ジェットコースターと同じ感覚だよーだっ」


 綾が結にあっかんべーをすると、綾の出てきた岩石が崩れていき、消えていった。


「それにしても、凄い強度だな。それ」


「まあねー。伊達に『鉄壁』の二つ名は貰ってないからね」


「……二つ名持ちかよ」


「そうそう。それにしてもさっきのあれ、すっごい綺麗だったねぇー。あれ、もっかい見してよー」


「断る。次の試合もあるんだ。手の内をそうそう晒したくない」


 結が腕を組みながら言うと、綾は「へぇー」っと好戦的な笑みを浮かべた。


「それってつまり、あたしに勝つのは前提ってことかな?」


「当たり前だろ?Sランクだろうが関係ない。俺には、負けられない理由がある」


 結の決意に満ちた顔を見て、舐められていると思い、若干不機嫌そうにしていた綾は、真剣な表情へとそれを変えた。


「……って言ってるにゃぁ」


 聴力が自慢の小雪が二人の会話を生十会や六花衆の皆に話していると、六花衆は嬉しそうにうんうんと頷いているが、生十会の面々は微妙な表情を浮かべていた。


(負けられない理由って罰ゲームのことだろ!?)


 かっこいいことを言っているように見える結だったが、それの意味を知っている生十会の面々は苦笑していた。


「流石はご主人様ですっ!いつも何かを背負っておられるのですねっ!」


 何やら興奮している美雪や、美雪程でないにしろ、嬉しそうにしている他の六花衆には秘密にしておこうと誓った生十会の一同だった。


「負けられない理由ねぇー。それはなんかかっこいいね。

けど、だからと言って負ける訳にはあたしもいかないんだよね。

あたしにも、負けられない理由があるからさ」


「……そうか」


 二人は同時に笑みを浮かべると、改めて二人は構えをとった。


 結は両手に握るトンファーの長い方が肘側にくるように持つと、右足を後ろに引き、やや腰を落とし、左手を軽く前方に向け、右手は腰の近くで構えていた。


 対して綾は、正面を向いたまま、両手で顔を隠すように両腕を胸の前で構えた。


 さながら綾の構えはボクシングでよく見られる構えだ。


 二人が構えをとったことで、会場全体が静まった。


 そして、二人は同時に走り出した。


 二人が接近し、先に手を出したのは綾だ。


 身長は桜と同じぐらいだから一五○ぐらいだろう。


 結が一五五だから身長差は殆どない。


 どこかで人の身長と腕を左右に広げた時の長さは同じになると聞いたことがある、それが本当のことかは知らないが、小さな身長差があるということは、手の長さにも違いがあるはずだ。


 身長が高い=手が長いという訳ではないと思うが、それでも実際に結と綾では、結の方が手が長い。


 さらに、結はトンファーを持っているのだ、その間合いは結の方が長い。


 先に攻撃をされては、自分の間合い外から一方的に攻撃され、防戦一方になる可能性も十分にある。


 だからこそ綾がとったのは、近距離戦の速攻だった。


 結が攻撃を始めるよりも早く、先に左手でジャブを出した綾は、本物のボクシング選手さながらの、左のジャブを連続で出していた。


 結は綾のジャブを時には躱し、時にはトンファーで守ったりしていた。


(くそ、早いな)


 結は防戦一方となっていた。


 結の攻撃は基本的に大振りだ。


 そのため、細かい連続攻撃が苦手なのだ。


 綾のジャブを結は右手のトンファーだけで全てを捌いていたが、綾のジャブは相当に早く、全てを捌くのが難しくなっていた。


 左手のトンファーを使う訳にはいかない。


 綾の体術はさっきからまんたボクシングだ。


 ボクシングの基本的はジャブで相手のペースを崩し、隙が出来たところに渾身の右ストレートを放つ。


 綾がどの程度ボクシングをやっているのかはわからないが、少なくとも綾がまだ出していない右を警戒しないわけにはいかない。


 だから綾の右用に、左手を使う訳にはいかない。


 結にとって、厳しい戦いとなりつつあった。


 ただし、それはこれがボクシングの試合だった場合だ。


「ちっ!」


 左手のジャブを冷静かつ大胆に出していた綾は、突然した内と共にジャブをやめ、バックステップで結と距離をとっていた。


「おっ。目、良いんだな」


「あっぶないなー。あたしの手に風穴空いたらどうするつもり?」


「まぁまぁ。空かなかったからいいじゃねえか」


「まったく。本当になんなの、そのトンファー?」


 綾は呆れ顏でそう言うと、側面から大量(・・・・・・)の棘を出して(・・・・・・)いる結の(・・・・)トンファー(・・・・・)へと目をやった。


「これか?まぁ、思い出の一品とでも言おうかね」


「へぇー。なんかいいね。そういうの」


「そういうもんか?まぁいいや。さっきから時間かけ過ぎだな。俺たち」


「んー。そだねー。どうする?正直あたしはもっと遊びたいんだけど?」


「……遊びって……戦闘狂かよ」


 笑顔で戦いを楽しんでいる様子の綾に、結は呆れ顏になっていた。


「そんな訳にもいかないだろ?次で終わりだ、次で」


「おっ?互いに最後の一撃に全てをかけるっ!みたいな?」


 ため息をついた後、これ以上時間をかけるのはよろしくないと思い、結がそう提案すると、綾は楽しそうにしていた。


 はしゃいでいる綾に「そうだよ」っと短く返した結は、手首を動かし、右手のトンファーを回転させ始めた。


 ただ手首の力だけで回しているのではなく、回転を助けるようにしてトンファーの先端サイドから大量とまではいかないが、ブーストにはなる程度の火花が弾けていた。


 そんな結を見た綾は、再び楽しそうににっと笑うと、まるでじゃんけんをするかのように、軽く引いた右手を左手で覆った。


 覆われた右手に次の瞬間、全身から放たれた大量の幻力を込めると、綾の右手は岩で作ったグローブのようなものに包まれていた。


火纏撃(かてんげき)


岩石拳遊(じゃんけんロック)


 結のトンファーは炎で火速するのではなく、炎そのものを纏っていた。


 つまり、燃えるトンファーといったところか。


 対して、綾の右手のグローブは、見るからに硬度が上がっており、術の完成と同時に、メリケンサックを思わせるような突起物が生まれていた。


 二人は同時に走り出した、そして、二人の右手が交わされた。


回撃(かいげき)』『火速撃(かそくげき)』『火纏撃(かてんげき)』三種のブーストがかけられている結のトンファーと、『岩石拳遊(じゃんけんロック)』によって、巨大な右手となった綾の右ストレートがぶつかり合うと、それは衝撃波となり、会場全体に激しい風を巻き起こした。


 衝撃波によって巻き起こった風によって、ステージ状は粉塵に包まれていた。


 やがて粉塵が消えていき、会場にいる全ての人物の視線が注がれるなか、そこに映ったのは、綾を抱えた結の姿だった。

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