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6ー30 涙の理由


「あれはっ!」


「美雪?どうしかたの?」


 突然声を上げた美雪に会長がそう聞くが、全く反応を示さない美雪を不振に思い、他の六花衆へ視線を向けると、他の三人もまた美雪同様に目を大きく見開いていた。


 六花衆の皆が驚くのも仕方がない。


 突然、結が何処かから取り出したのは、昔、結が【T•G(トレジャー・ガーデン)】に来た時、最初に作り上げた戦闘スタイルで愛用していたトンファーだった。


「どうしたの会長ー……って、ちょっ、美雪?みんなも!」


 会長とのやり取りが気になった桜が美雪たちに視線を向けると、会長は困惑の表情を浮かべ、六花衆に至ってはその綺麗な目から、一筋の跡を作っていた。


 桜の声につられるようにして、他の生十会メンバーも突然涙を流し始めた六花衆に、困惑と心配がブレンドされた表情を浮かべていた。


「……ご主人様……」


 会長と桜は、美雪のつぶやきから、この涙の理由は結であることに気付き、思わず視線を結へと向けた。









「今って、そんなわけ……そっか。それ、ボックスリングなんだ」


「そうだ。っと前なら言ってるけだ、これはボックスリングじゃないぞ?」


 結はそう言って手首に着けている腕輪型法具を見せるように、腕を回した。


「ボックスリングじゃないの?」


「ああ。これはどちらかと言えば、生成機だな」


 結の説明に、綾はふーんっと返すと、ニッと好戦的な笑みを浮かべた。


「まあいいや。種のわかったマジック程興醒めなものはないしねっ」


 綾はそう言うと結へ向かって突撃していた。


「マジックじゃないけどなっ」


 一瞬で距離をゼロにしてきた綾に向かって、結は右腕を裏拳の要領で振るうと、同時にトンファーを握る力を微かに甘くした。


 握りが甘くなったことと、結が僅かにだが手首を動かすことでトンファーは掴みを軸にして回転した。


「甘いよっ!」


 ただの打撃ではなく、回転による遠心力の加わった一撃を、綾は上手く体の軸をズラし、突撃の軌道を横に逸らすことで、結の回撃(かいげき)をスレスレで躱し、そのまま流れるような動きで結へと回し蹴りを繰り出した。


 結はそれを左手のトンファーを防ぐと、トンファーと足で押し合いなどせずに、逆にトンファーを引きながら足を軸に回転した。


「っ!?」


 己の体を軸に、回転ドアのように回転した結は、左手から受け取った綾の回し蹴り威力を右手に移し、元の拳の威力、腰の入れた遠心力と回撃(かいげき)による遠心力、さらには、回撃(かいげき)の回転スピードをブーストするかのように、トンファーの先端から火を噴射していた。


「くっ!?」


 結のカウンターを、綾は回し蹴りの軸にしていた方の足を曲げることでわざとこけるようにして躱すと、両手を地面に付け、すぐさまかかと落としの逆ーーかかと上げとでも呼ぼうかーーを繰り出した。


 結は振るった腕をすぐに引き戻して、胸の前で両腕をクロスさせることで綾のかかと上げ、逆向きサマーソルトキックをガードすると、自分から後ろに飛ぶことで、衝撃をやわらげると同時に、間合いを取っていた。


「ふぅー。気のせいかな?なんか急に動き良くなった?」


「さあな?気のせいかもよ?」


「下手だねぇー、嘘つくの。あたしたち幻操師は言い換えれば嘘使い、ペテン師だよ?

嘘つくの下手なのは幻操師としても未熟ってね」


「おいおい。それは流石に言い過ぎじゃないか?

幻を見せるのが俺たち幻操師だが、ペテン師とは違うだろ?」


「うんん。同じだよ。どうせ世の中弱肉強食。騙されれば死に、騙せば生きる。この世の中、そう言う風に出来てる。違う?」


「……はぁー。ネガティブじゃないか?」


「かもね。でも、それがあたしの考え方だから」


「それは残念なことだな。よし、綾、お前の考え方、俺が正してやるよ」


 結がトンファーを持ちながら、指を指しながらそう宣言すると、綾はわざとらしく両手を上げて、やれやれっと首を横に振った。


「やれやれ。知ってる?人の考え方を変えるのって難しいんだよ?」


「だろうな。でもな、やる前から諦めちゃ、世の中つまんないだろ?」


「わーぉ。立派立派。さてと、このまま話てるとせっかくの観客に失礼かな?」


「そうだな。続きやるか」


 二人はどちらともなく、同時に笑うと、これまた二人同時に走り出した。


回火速(かいかそく)


 結は両手のトンファーを回転させながら地面に叩きつけると同時に、炎を噴出させることで一気に加速すると、肘側に伸びたトンファーの先端から拳の勢いをブーストするように炎を噴出した。


火速撃(かそくげき)


「っ!?」


 結の突然の加速に、一瞬驚いた綾だったが、すぐに我に返ると、結の一撃がヒットするその瞬間、目の前から消えた。


(消えた!?……いや、これは)


「ふー。危ない危ない。次はあたしの番っ!」


 結の後ろに現れた綾は、ニッと笑みを浮かべると、結に向かってかかと落としをするが、結はトンファーのサイドから炎を噴出することで横に飛ぶと、もう片方のトンファーからも炎を噴出することで飛びながらくるりと回転すると、綾の方を向いた状態で着地した。


 緊急回避として行った炎の噴出だったため、着地の時に体制が崩れ、肩肘と片手をつけるように着地した結が顔を上げると、目前には綾の手刀が映った。


「うおっ!」


 結はブリッジをするような体制で綾の突きを避けると、突きの勢いでブリッジしている結の上にいる綾に足を振り上げた。


 綾は結の振り上げた足を自分の足の裏で受けると、そのままその勢いのまま空高くジャンプしていた。


(よしっ!チャンスだ!)


 結はこれを絶好のチャンスだと思っていた。


 その理由はなにも、空中では身動きが取れないため、回避出来ないからという単純な理由ではない。


 綾が結への攻撃の起点とする、突然その場から消えるような移動方法。


 結はそれを何度も見ている内に、それの原理を把握していた。


 というより、それに気付けたのは偶然とも言える。


 結の『回火速(かいかそく)』と『火速撃(かそくげき)』による高速攻撃を綾が消えることで躱した時、結はそれを見た。


 綾が消えた瞬間、綾がいた筈の地面が、微かにひび割れていたことに、


 しかし、そのひび割れはごく僅かなもので、瞬きをした瞬間、そのひび割れは綺麗に消えていた。


 本来なら気にしなくていい些細なことだが、相手がSランクとなると、これは大きな意味を持つ。


「空中じゃ地面に潜れないよな?」


「へぇ、気付いてたんだ」


 結は宙を舞っている綾に、ニヤリと笑いながら言うと、綾は一瞬驚くような表情を見せるが、すぐに感心したように声を漏らした。


 しかし、綾はすぐに表情を柔らかくすると、「でも」っと続けた。


「だからって、飛んだのが悪手とは限らないでしょ?」


「っ!?」


 あれ程一瞬で、痕跡もほとんど残さずに地面に潜るということは、綾の主属性は土だ。


 結の思考がそこに行き着いた瞬間、結の背筋に冷たい何かが通った。


(やばいっ!)


 結が慌てているのを空中から満足気に見た綾は、片手を天に、片手を結に向けると、満面の笑みを浮かべ、術を発動した。


「いっくよー。『土岩隕石(ロックメテオ)』」


 術の起動と同時に、天を指していた綾の片手の先に、直径一m程度の幻操陣が作られ、空中に描かれた幻操陣の中心に光が集まっていき、綾の「発射っ」という語尾に音符マークでもありそうな掛け声で、幻操陣の中から幻操陣と同じ程度の大きさ、つまり直径一m程度の岩石が無数に放たれた。


 もちろん、全弾結目掛けてだ。



「ちょっ!それ反則だろ!」


「反則じゃないよーだ!バイバイキーン」


 綾は開いた両手を口元に当てると、ベロベロバーとでも言うように舌を出していた。


 『土岩隕石(ロックメテオ)』の威力は三番指定の術だ。


 その火力は大型大砲レベルと呼べるものだ。


 つまり、これは無数の大型大砲の弾丸が飛んできているようなものなのだ。


 完全に人間個人に向けて撃つようなレベルを超えている。


 明らかにオーバーキルだ。


 綾のオーバーキル過ぎる攻撃に、観客たちは大いに沸き立っていた。


「これは……やば……かったな(・・・・)


 結は空から無数の隕石と一緒に無防備に落ちてくる綾を視界に入れたまま、左手の甲に右手の平を、それぞれの親指同時を付ける独特のポーズをとった。


『フルジャンクション=四人の女神』


 結の全身が純白の光に包まれると、すぐさま光は飛び散り、中から現れたのは茶色の長い髪を靡かせる少女、ルウの姿へとなっていた。


 ルウとなった時に飛び散った光は、ルウが手を正面に翳すと同時にその手の中に集まっていき、やがてそれは純白の槍へと姿を変えた。


「わーぉ。なにそれ、凄い綺麗」


 空中から結の変身?を見ていた綾は、思わずそうつぶやき、目を輝かせていた。


 ルウは作り出した槍を取ると、舞うように槍を回し、穂先を地面に向けるように己の身体で隠すかのように、後ろで右手一本で構えた。


「驚く時間なんてない」


 ルウは槍を再び回すと、両手で握り勢いをつけて穂先とは逆、石突きを足元に叩きつけた。


「ちょ!?……ってそれは反則だよ!」


 ルウの能力、幻操陣の高速増築を使って、地面に無数の幻操陣を描いたルウは、指を鳴らす音を合図にしたかのように、それらを一斉に発動した。


 無数の幻操陣が現れた時点で顔色を悪くしていた綾は、それらが全て同時に発動し、火柱や水柱、土柱や雷柱など、様々な属性を宿した柱が自分に向かってくるのを見て、悲鳴に近い叫び声をあげていた。


 結の放った何十もの柱は、綾の放った『土岩隕石(ロックメテオ)』を次々と撃ち抜き、砕き、粉砕し、その先にいる綾へと向かった。


 そして、『土岩隕石(ロックメテオ)』によって数がある程度減り、威力も落ちているとはいえ、軽く十を超える数の柱が綾へと直撃した。


「うわー、アレはやばいでしょー」


「……はぁー。結はまた強くなってるわね」


 結と綾。二人の対戦を見ている生十会メンバーの内、桜は今のを直撃したように見える綾の身を心配していた。


 会長も会長で、少し見ない間にルウという力を手にしている結に呆れるようにため息をついていた。


「そういえば、生十会であれを見たのは私だけですね」


「六花さんは見たことがあるですぅ?」


「双花様奪還作戦の時に見ました」


 六花の言葉に、皆はあーあの時かーっと頷いていた。


「ですが、姿の変わる状態。フルジャンクションでしたか?フルジャンクション状態を見るのは初めてですね」


 フルジャンクションの姿を見るのはこれが初めてとなる六花は、前に見た通常のジャンクションとは比べものにならない程の力を放つ、今の結に驚きを隠せていなかった。


「成る程。あれが四人の女神ですか」


「四人の女神?」


 なにやら小雪と話していた美雪のつぶやきに、桜が首を傾げていると、美雪はその意味の説明を始めた。


「今、ご主人様の使っている術の名称です。

小雪は耳が凄く良いので、ここからでも二人の会話が聞こえるらしいですよ」


 美雪がそう言ってチラリと小雪を見ると、小雪はまだ少ない胸を張って「えっへんだにゃぁ」っと得意げにしていた。


「それにしても、ご主人様は不思議な人ですね」


「ゆっちが?」


「そういえば、さっき四人とも泣いてたけど、何かあったのかしら?」


 なにやら遠い目をしている美雪に会長がふと思い出したことを聞くと、聞かれた四人は、再び目を潤わせていた。


「えっ!ちょ、な、なんで?泣かないでよ?泣いちゃダメよ!?」


 再び泣き出しそうになっている四人に、会長は思いっきり慌てていた。


 そんな会長に一言謝った美雪は、指で涙を拭いつつ、心配そうに自分たちを見る生十会の面々に、「大丈夫ですよ」っと微笑みかけた。


「その、先ほどのご主人様のお姿が、昔のご主人様と重なりまして」


「……どういうこと?」


「あなた方になら話してもいいかもしれませんね。

先ほどのトンファーを使った戦闘方法。

それはご主人様が幻操師になって、自分の手で作り上げた戦闘スタイルです。

ですが、とある事件により、ご主人様はその戦闘スタイルを取ることが出来なくなってしまいました。

その一件で、ご主人様は一度死にかけてしまっています。

ですので、もう、あのお姿は拝見出来ないと思っていたのですが……」


 美雪はそこまで話すと、また静かに泣き出していた。


 今の六花衆の思いは一つだった。


 それは安堵。


 よかった。


 失った力を取り戻してくれて、よかった。


 泣きながら嬉しそうにしている中、雪羽だけは表情に固さを持っていた。


 嬉し泣きしながらも、何かを恐れているような表情の雪羽に、誰も気付くことは無かった。


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