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6ー29 感情と合掌


 試合が開始してから、すでに三分が経っていた。


「ど、どうしてお二人とも動かないですぅ?」


 試合が始まってからこの三分間、共に開始地点から一歩も動かないという、同じことをしていた。


「それは違うね」


 真冬の質問に答えのは生十会のメンバーではなかった。


 突然後ろから答えを返した人物は、


「み、美雪さん?」


「お久しぶりですね。皆さん」


 会長が実家に帰っていたらしい日から、ちょうど同じように姿を見せなくなっていた、転校生の一団、六花衆の面々がいた。


「……あれ?」


「美雪ー、さりげなく前に出ないでよー」


 真冬が何かの違和感を感じていると、美雪の後ろから這い出るようにして、雪乃が現れた。


 そんな雪乃を見た真冬は納得したかのように両手をぽんっと叩いた。


「変だと思ったですぅー。明らかにさっきの声は雪乃さんだったのに、美雪さんがいてびっくりしましたですぅー」


「クスクス。申し訳ありません。ついつい一歩出てみたくなってしまいました」


 美雪が微笑みながら真冬に謝ると、後ろから「謝る相手はあたしだろーっ」っという声が聞こえたが、今は無視しておこう。


「あの、それでそれは違うとはどういうことですぅ?」


「それあたしのセリフ!美雪じゃないよ!……って、分かってやってるよねっ!?」


「真冬さん?何か聞こえますか?」


「いいえです。何も聞こえないですっ!」


 二人が妙なコンビネーションを見せていると、これ以上は雪乃がマジギレしてしまうと思い、美雪は真冬と何かのアイコンタクトを取ると、二人で笑いながら雪乃に謝っていた。


「まったく、いつのまに仲良くなったの?」


「……いいえ?お話するのはこれで初めてですよ?」


「そうですぅー。雪乃さんが可愛くてついついからかっちゃいましたですぅ」


「あら、あなたたちも来ていたの?」


 美雪と真冬が顔を合わせて、ねぇーとやっていると、本部に行っていた会長が戻ってきた。


「や、やほー」


 その後ろには桜の姿もあった。


 体は動くようになったようだが、まだ全快というわけではなさそうだし、まだ顔も赤みがさしているため、棄権することに変わりはないだろう。


「あっ、会長さーん。おかえりなさいですぅ」


「桜さんもおかえりなさい」


「ただいま。楓と結の試合がまだだったから気になって急いで来たんだけど、もう楓は終わっちゃったようね」


「そうだぞー」


「次はゆっちの番だよね?今どんな感じ?」


「それが両者ともに開始から動かないですぅー」


 真冬の言葉を聞いた会長がチラシとステージに目をやると、すぐにあぁーっと納得顔で頷いていた。


「なるほど、そういうことね」


「え?どうして二人が動かないか会長はわかったですぅ?」


 会長はえぇっと笑顔で頷くと説明を始めた。


「美雪たちも知ってると思うけど、今の結は戦う前に合掌をするわ。

そして、合掌した後と前では、天地のほどに纏う幻力量が変化して、実力そのものも大幅に変わるわ。

つまり、結の強さの秘密の一つとして、戦闘直後に合掌をするというリスクがあるのよ」


「合掌?」


 会長と解説に美雪をはじめ、六花衆の四人は首を傾げていた。


 そんな四人の不自然さに気付いた会長が声を掛けると、美雪はおずおずと話出した。


「いきなり話の腰を折ってしまい申し訳ないのですが、今の結は戦う前に合掌をするんですか?」


「そうよ?なに、もしかしなくても昔はそんなことなかったのかしら?」


「はい。昔は戦闘モードと通常モードを期間で区切って変化していましたが、その時に合掌はなかったと思います」


「そ、それなら、今の結の戦い形って……」


「おそらく、私たちが死を偽装していた一年の間に新しく作り出した能力だと思います」


 会長の疑問に答えたのは、これまた美雪だった。


「新しい能力?」


 会長は困惑の表情を浮かべていた。


 それもそうだ。


 今の結の実力はSランク相当だ。


 しかし、その力がたったの一年で作られたと聞いて、困惑しないものはいない。


 そもそも、幻操師が新しい能力を作るのだけでも、相当の時間が掛かる。


 さらに、それを実戦で扱おうものなら、さらに年月を掛ける必要があるのだ。


 それをたったの一年で今のレベルまで作り出した?


 そんなこと、到底信じられるようなことではなかった。


「信じられないお気持ちはわかります。ですがお一つお忘れではないですか?」


「……なによ」


「相手はあの結ですよ?」


「……はぁー。何故か納得したわ」


 美雪の言葉に何故かため息と共に納得してしまったのは会長だけではなく、そこにいる生十会メンバー全員だった。


 結が初めて生十会室に来た時。


 その時、結はFランクという最下位のランクであるにも関わらず、生十会の中でも強者側と言ってもいい、Aランクの剛木を瞬殺しているのだ。


 その時から生十会の面々は結への常識を捨てている。


 結の強さはどれだけ理屈を並べるよりも、ただ一言「結だから」という言葉で納得出来てしまうのだ。


 圧倒的な力で不可能を可能にしてしまう規格外が楓クオリティだとすれば、

結だからで全て納得出来てしまうのが結クオリティだ。


「さて、話の腰折ってしまいましたが、続きをどうぞ」


「そうね。

 結は戦う前に合掌を必要とするんだけど、それは致命的なスキにもなっちゃうでしょ?

だから相手がなにかしらの行動を起こす一瞬のスキにそのスキを隠して合掌するのがいつもの結。

 だけど、相手は結が何かを狙っていることに気付いている。だから動かないのよ。

 先に動いた方の負け、互いにそう感じているのよ」


 会長の説明に、面々はなるほどと納得顔を見せていた。


 会長の考えは概ね正しかった。


(隙がない)


 結は対戦相手である綾に意識を集中させながら、冷や汗を流していた。


(合掌が出来ない)


 合掌をしなければ結の実力はそのままFランクなのだ。


 つまり、結にとって、合掌しなければ勝ち目は皆無と言ってもいい。


 しかし、合掌をする隙が綾にはなかった。


 綾はSランクだ。


 ならば、この程度の距離を詰めるのは本当に刹那の間になるだろう。


 相手が先に動いてくれれば、その初動の隙をついて、合掌をすることは可能だが、恐らくその直後の攻撃には対応出来ない。


 だからと言って、先に動いてしまえば、合掌する隙もなく何かをされる、結はそう直感していた。


(会長や六花もSランクだが、二人はどちらかといえば動の戦い方だ。

それに比べ、綾は静の戦い方と言ってもいいな。

やり辛い)


「ねえー。いつになったら動くのー?」


 結が考え事をしていると、そんな結へ向かって綾は声を掛けていた。


「そうだなー。お前が動いたら……かな?」


「ん?あっ、成る程ねー。しっかたないなー」


 綾が笑いながらそう言った瞬間、視界から綾が消えた。


「っ!?」


 結は消えた綾を探すべく、辺りを見回すが、周囲三六○度、どちらを向いても綾の姿はなかった。


「上かっ!」


 周りにいないなら上。


 結がそう思い、視線を上に上げた瞬間、視界の端、たった今視線から外れた下の方で何かが動いていた。


(しまったっ!)


 結が慌てて視線を下に戻すと、そこにはいつの間にか現れた綾の手刀による突きが見えた。


 結は両腕をクロスするようにしてそれを防ぐが、綾の突きの威力に、後方に突き飛ばされていた。


 結が地面を転がるようにして起き上がると、目前には追撃をしようと自分に向かってくる綾の姿が見えた。


 結が今の内と思い、合掌をしようとするが、その瞬間、再び綾が消えた。


 綾が消えたことで、結は合掌をしようと上げていた両手を下げていた。




「……どうしてゆっちは合掌しないの?」


 結が合掌をやめたことで、桜は疑問を口にしていた。


「そうですぅー。最初に綾さんが消えた時にも合掌する時間はたっぷりあった筈ですぅ」


 真冬もまた桜と同じように疑問を口にしていた。


 疑問に思っているのは二人だけでなく、他のメンバーもまた疑問顔を浮かべているようだった。


「成る程。理解したのだよ」


 そんな中、結と綾、二人が動き出した直後から、手を顎に当てて、さながら考える人をしていた雪羽が、微笑みながら言った。


「雪羽、説明を」


「わかっているのだよ。結の合掌は増幅増幅なのだよ」


 美雪に言われ、説明を始めた雪羽の言葉に、皆は疑問符を浮かび上がらせていた。


「結は昔も己を偽る術を使っていたが、その時のトリガーは激情。

主にそれは怒りによって発動していたが、今の結はそれをコントロールしようとしているのだよ」


「激情をコントロール?」


「正確には、激情とは到底言えない程度の感情によって、それを起動させようとしているのだよ」


「……雪羽?もっとわかりやすく説明してくんない?あたしにはなにがなにやら」


「……だからアホの子と呼ばれるのだよ雪乃」


 雪羽が雪乃にジト目を向けていると、今は反論出来ないのか、雪乃はあははと苦笑していた。


 同時に、雪羽のアホの子発言に、桜が目を大きく見開いていた。


 雪羽はそんな桜に気付きながらも、あえてなにも指摘せずに説明を再開した。


「今の結が使っている能力は恐らく昔使っていた能力の亜種なのだよ。

本来発動に激情を必要とした能力だったが、軽く頭の中で思いながら合掌することによって、頭の中で考えている感情を合掌による増幅で感情レベルを引き上げ、能力発動へと至る。そんなところなのだよ」


「…………え?」


 雪羽の説明にさらに困惑する一同であった。


 そんな中、美雪は苦笑いを浮かべていた。


「雪羽の言い回しは解読しにくいです。

私が噛み砕いて説明しますと、頭の中でこいつには負けない、などとつぶやき、その思いをもったまま合掌することで、能力を発動させるのでしょう。

今の合掌しない理由は、恐らくですがこいつには負けないなどという思いを抱く時に、具代的な目的となる人物を視界内におさめなくてはならないからだと思います」


「あー、なんとなくわかった……かも」


「……うん、あたしも」


 雪乃と桜どうやらなんとなくだが原理を理解したようだった。


 他のみんなも疑問符が取れているようで、美雪は嬉しそうにしていた。


「むむぅ」


 しかし、最初に解説した雪羽だけは不満そうにしていた。




 綾が再び消えたことで、結は焦りを感じていた。


(くそ、これじゃジャンクションが使えない)


 結がジャンクションを使えない理由はほぼ雪羽と美雪が考えた通りだった。


 激情をトリガーにして能力を起動させた演技する幻(ジャンクション)


 しかし、それは一度起動するといつ効果が切れるかわからないものだった。


 その理由が激情だ。


 激情とはコントロールすることが出来ないレベルの感情だ。


 そのため、その時に生まれた激情をどのように起動のための鍵に変換さけるか、それがいつも安定しなかった。


 そして、一度起動してしまうと激情分のエネルギーが切れるまで、強制発動し続けてしまうという厄介さ、さらには発動時間が長いため、時間が来た後の体へのダメージがあまりにも高く、その後長い休息を必要としてしまうというデメリットがあった。


 しかし、そんなデメリットがあったとしても、演技する幻(ジャンクション)の効果はあまりにも高かった。


 『再花』によってその力を失った後、新たな能力を作り出そうとした時に結はそれを元にして能力を作った。


 そうして作られたのが今の能力『ジャンクション=四人の女神』だ。


 全ての能力が高い結花と違い、結は特化型の幻人格を四人作り出した。


 一人一人の能力は特化しているもの以外は結と同じぐらいしかなく、幻力が増幅されることで本来結と同じ程度しかない分野でも、幻力の無意識強化によって結を上回るが、それでも全てを力を上げた結花と比べれば、その能力のレベルは低いものとなっていた。


 そのため、発動の際に必要となる激情が前よりも少なくて済むようになったのだ。


 発動に必要な激情が少なくなったため、能力の発動時間も短くなり、かつそのために己自身で残りの時間がなんもなくわかるようになった。


 それだけでなく、発動時間が短いため、その後と反動も少なくなっていた。


 とはいえ、それなりの激情は必要となるため、二つの発動条件が作られた。


 一つは、護りたい対象者を決めた上での発動。


 雪羽の考えた通り、合掌には感情の増幅装置の役割がある。


 正確には、感情から生まれるエネルギーだけを増幅させらものだが、頭の中でただ思い、合掌することによってエネルギーを能力発動へ足るようにしたのだ。


 しかし、護りたいという感情ならばただ合掌するだけでエネルギーが足りるのだが、それが別の感情からだとそれだけでは足りなかった。


 そう、例えば、こいつには負けたくないなどの感情だ。


 こういった感情から能力を発動させるためには、感情をより固定するために、その対象者を見ながら合掌する必要がある。


 団体戦であれば他のチームメイトを護りたいという感情から簡単に発動出来るのだが、個人戦ではどうしても相手に勝ちたいという感情に頼る他ない。


 そのため、相手を見ることが絶対的な条件なのだが、それが出来ない。


 そのため、結は焦っていた。


(ジャンクション無しじゃ俺の実力は本気と書いてマジの劣等生だぞ。こりゃやばいな……前なら)


 焦る必要がいるのはちょっと前までの結だ。


 今の結に、そんなことは必要ない。


 何故なら


 結は目をつぶると、その瞬間、突然足元に現れた綾は、さっき同様、手刀による突きを結に放つが、結はそれを目をつぶったまま、僅かに体を横に逸らすことで、躱していた。


 避けられると思っていなかった綾は一瞬硬直してしまう、その隙を見逃す結ではなく、合掌を……せずに右腕を綾に向かって振るった。


 綾はすぐに硬直を解く、自分に向かってくる棒のようなもの(・・・・・・・)をバックステップで避けると、バク転の要領でクルクルと結と間合いをとっていた。


「ね、ねえ。いつ出したの。それ」


 驚いている様子の綾は、指を指しながら聞いていた。


「これか?今だよ」


 結は右腕を振りかぶった状態からもとに戻ると、両手に持っている物(・・・・・・)を見せるように、両手を上げて、構えていた。


 結の両手には、棒状の物の途中から直角に棒状の物が伸びている、例えるならTの字の片側が長くなっているような道具、


 そう。トンファーが握られていた。

 

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