6ー19 交じ合う三つの運命
お前は何者だ?
結のあまりにも唐突な質問に、楓は一瞬固まっていた。
「何者だって言われてもな。あたしはあたし、望月楓としか言えないだろ?」
楓はすぐに硬直から回復すると、呆れたような表情でやれやれとため息をついた。
「そんなことは聞いてない。正直に言う。お前から感じられる力は到底幻操師一人におさまりきるものじゃない。お前、もしかしてーー」
「彼女は幻の逸材よ」
結が何かに驚きながら何かを言おうとすると、それを遮るような形で話に割り込む者がいた。
「……会長?」
その人物は、この四日間。消息不明となっていた、神崎美花だった。
「久し振りね結、楓」
「あっ。会長。今までどこにいたんだ?」
「ちょっと、別世界にね」
会長はそういうと意味深な眼差しを結へと向けた。
「会長?幻の逸材ってなんだ?」
幻の逸材という言葉は、一部の幻操師、そう、【幻理世界】を知っている者しか知らない。
【幻理領域】と【幻理世界】は全くの別物だ。
通常のガーデンに通う幻操師たちは、世界を【物理世界】と【幻理領域】の二つしか知らない。
何故なら、【幻理世界】とは幻操師協会さえも知らぬ世界だからだ。
【物理世界】と【幻理世界】はまさに異世界。
本来であれば、この二つが交じ合うことなどあり得なかった。
しかし、深い絶望と、死の恐怖、この二つを同時に味わうことによって、数人の少女が【幻理世界】へと飛んだ。
これが、始まりとなった。
【幻理世界】のことを知るのは、【幻理世界】に意識の一部が飛び、そこで意識を取り戻した幻の逸材と呼ばれる者。
元々【幻理世界】で産まれた者たちだけだ。
そして、本来、【物理世界】、【幻理世界】、どちらの存在だとしても、その両方のことを知る者はいるはずもなかった。
しかし、約一世前の事故により、その二つを知る少女たちが生まれた。
結果。
二つを知る存在が【幻理世界】で増えた。
しかし、この情報はそこまで広がることはなく、【物理世界】では全く広がらなかった。
それは、【幻理世界】でそれを知った者たちが、少女を保護し、それの口外を禁止したのだ。
少女たちは自分たちの話がどれだけ重要なことかを知らなかったがゆえに、【幻理世界】でそれを話してしまった。
しかし、その重要性さえ知れば、話す訳もない。
少女たちは【物理世界】に戻った後も、それを守ろうとした。
しかし、叶わなかった。
【物理世界】と【幻理領域】の行き来の際にも生まれる記憶の混濁。
それが起きてしまい、少女たちは、【幻理世界】のことを話していけないということを忘れた。
そして、彼女たちは【幻理世界】のことはどうにか話さなかったが、しかし、【幻理世界】で得た知識を使い、【操術】を発明してしまう。
それは、思う力、幻力を使った技術だった。
少女たちはその力を使い、当時起きていた戦争で活躍した。
しかし、すぐに記憶を取り戻す。
そして、自分たちの研究がマズイものだと理解し、資料を焼き、逃亡した。
しかし、彼女たちの研究は、既に国にコピーされていた。
結果。
【幻操師】は生まれた。
「あなたなら知ってるでしょう?【幻理世界】を住まいとする、【A•G】の一員だったのだから」
「……そうか。そういえば会長は【神崎】の長女だったな」
結はどうして会長が幻の逸材のことを、【【幻理世界】のことを知っていたのかを悟った。
過去。
記憶を失い、【操術】を作り出してしまった彼女たちを、【幻理世界】で保護したものたちこそ、今の始神家だ。
始神家の一家、【神崎】。
その長女であれば、【幻理世界】を、そして幻の逸材を知っていてもおかしくない。
だから、警戒した。
どうして結がそれを知る者だと知ったのか。
それが、重要だった。
「どうしてあたしが結が知ることを知っているのか不思議って顔をしてるわね」
「ああ」
「調べた。それだけよ」
調べた。
その一言に詰まっている意味を思い、結は硬直した。
どう調べたのか。
どこまで調べ、そして知ったのか。
結の顔には、不安や恐怖、負の感情が渦巻いていた。
「……安心しなさい。あたしは結、あんたの味方よ」
会長の一言で、結はそれを回避する。
会長の言葉で、負の感情が渦巻いた結からは、微かに、黒い幻力が漏れていた。
それは、暴走の兆し。
心の柔らかい部分を突かれたことで、結はあまりにも、あまりにも簡単に暴走しかけていた。
(ちょっとした、きっかけで、心のままに暴走する。まるで無邪気な子供ね)
会長はクスリと小さく笑っていた。
「……会長がそういうなら信じるよ。それで?楓が幻の逸材ってどういうことだ?」
結は会長に最初の疑問をぶつける。
楓の名字は望月。
望月の字は、始神家はおろか、【記号持ち】にすらない。
つまり、楓の持つ力は、【記号持ち】ではない別の何か。
ただの才能として片付けるには高過ぎる力。
だから結は楓に聞いたのだ。
お前は何者だ?
っと。
会長の言う通り、楓が幻の逸材であればその力は少しは納得出来る。
幻の逸材と考えても、高過ぎることに違いはないが、それなら理解できる。
しかし、会長の表情に浮かぶのは、消去法などでは無く、それだと断じるに得る、根拠があることを物語っていた。
「あたしはこの四日間、【幻理世界】の実家に行ってたの」
「実家?」
「そうよ。どうせもう知ってるんでしょ?
あたしは神崎美花。
【幻理世界】の秩序を守る、始神家の一家。
【神崎】の長女よ」
【物理世界】と【幻理世界】の関係性は、【物理世界】の全ての生物の心から生まれた、世界規模の【幻理領域】だ。
しかし、これは間違いではないのだが、もう一つ、適当な表現がある。
【物理世界】と【幻理世界】の関係性。
それは、二つが幻力という概念の有る無しによって別れた、パラレルワールドだということだ。
もしもで別れた無数に存在する横の時間軸に広がる世界がパラレルワールドだ。
パラレルワールドであるが故に、【物理世界】と【幻理世界】には持つ意思は違うが、元が同じ存在がいる。
【物理世界】から【幻理世界】に介入することは至難だが、その逆は幻力という存在のせいか、たまにだが起こる。
【幻理世界】の人間が何かしらの原因によって【物理世界】に現れる。
そして、さらに、たまに、【幻理世界】から来た人物とその人物の【物理世界】版とも言える人物が、ばったり出会すことがある、これが俗に言う、ドッペルゲンガーだ。
【物理世界】に生きている会長が【幻理世界】の実家に帰るという発言は、正直不可解だ。
しかし、会長が始神家の一家。【神崎】の者であれば、それは不可解だではなく、可解となる。
始神家が他の【記号持ち】たちよりも一つも二つも先の力を持つ理由は、始神家の存在は、【物理世界】と【幻理世界】、二つの存在が重なり合った存在だからだ。
本来ならば、Aという存在は、【物理世界】と【幻理世界】に一人ずつ存在する。
もちろん、何かの原因で片方は産まれていなかったり、既に死んでしまった可能性もあるが、それは今はいい。
しかし、始神家の一族はその限りではない。
始神家のBという存在は、【物理世界】と【幻理世界】、二つの世界を合わせて一人しかいない。
つまり、一人であって、一人ではない。
他の存在よりも、その存在は二倍の密度を持っているのだ。
そのため、始神家の者は強く、【幻理世界】の一国を支配しているのだ。
「それは知っていた。でも、実家に戻ることと楓が幻の逸材だということ、なんの繋がりがある?」
「結。あなたならわかってるんじゃないかしら?始神家の役割は一つじゃないのよ?」
「……幻の逸材への口止めか」
幻の逸材とは謂わば、【物理世界】で【幻操師】が生まれたきっかけである彼女たちと同じ存在なのだ。
始神家の目的は、幻の逸材から【物理世界】に【幻理世界】のことが話されないように、幻の逸材を保護し、それを口止めすること。
十中八九、この考えは正しい。
そして、これ程に重要な話を俺にしているということは、会長は知っている。
俺が、前に、【神夜】にいたことを。
そして、【神夜】から追放され、にもかかわらず、生かされているということを。
いつか、その時が来るまで、今は、今だけだから、楽しんでもいいよな?
「そうよ。始神家は幻の逸材が発生する時に出来る世界の穴とも言えるもの、幻穴の監視もしてるわ」
「こんな重要な情報、俺に話してもいいのか?」
これは嘘だ。
こんな質問、本来聞くまでもない。
会長があの事を知り、そして会長がそれを知っているといることを俺は知っている。
そんな俺さえも、会長は知っている。
ならば、この質問に意味なんてないはずだ。
そう思い、会長は一瞬、顔を顰めた。
そして、すぐにその意味を悟る。
結の質問の真意、それは、
楓にこんな話を聞かせてもいいのか?
楓が幻の逸材なのは始神家が言うのであれば、十中八九、正しいだろう。
幻の逸材ということは、【幻理世界】のことを【物理世界】に話してはいけないということも知っているはすだ。
だからと言って、ここまで深く情報を与えてもいいのか。
結はそう思い、会長に暗に聞いたのだ。
結の真意を見事見抜いた会長は、クスリと小さく笑った。
会長の微かな笑いを捉えた結は、一瞬、不思議そうに顔を顰めた。
「安心しなさい。楓は幻の逸材。だけど、ただの幻の逸材じゃないわ」
「……どういうことだ?」
「楓は、始神家の一家、【神月】に名を連ねる者よ」
「……は?」
始神家?
神月?
楓が、始神家?
結は思わず楓のことを見つめていた。
「あんまり見るな。恥ずい」
楓は軽く赤面しながら、そっぽを向いた。
照れを隠すためなのか、さっきまではあんなにも面倒そうにしていた講堂の見張りを、真剣にやっているようだった。
(あっ。これ本気のやつだ)
会長の言う通り、楓が始神家の一家、【神月】の者だと確定した瞬間だった。
「会長はここで遊んでていいのか?みんな心配してたぞ?」
楓が始神家に名を連ねる者だとわかり、軽く現実逃避したくなった結は、話題を無理矢理変えていた。
四日間連絡もせずに、帰って来たと思えばこんなところで、油を売っている。
結が嫌味を込めて言うと、会長は
「あら?」っと首を傾げた。
「おかしいわね。実家に四日程戻るって、六花に言ったのだけど……」
「あの野郎っ!」
会長への忠誠心の高いあの六花が、これっぽっちも会長の身を案じるような態度がなかったため、不思議には思っていたのだが、その時はそれ程の信頼を寄せていると思って無理矢理納得していた。
しかし、それでも全く反応が無いのはありえないと思っていたのだが、六花は最初から知っていたのだ。
会長の身に何かがあるわけがないと、全部、最初から知っていたのだ。
結が思わず叫んでいると、それを見た会長か呆れたように「あの子、何も言わなかったのね」っとため息をついた。
「あっやべ!」
結は下で新しい交闘戦技大会の説明会をしていることも忘れ、大声を出したことで、慌てて口を両手で塞いでいた。
結が恐る恐る下の階の様子を見ると、どうやら問題はなかったらしい。
「ん?不思議そうな顔してるな?」
「結構な音量出てたと思うんだが、なんで下は気付いてないんだ?」
流石に偶然で済むような音量ではなかったため、結が怪しんでいると、「ああー、それか」っと楓が欠伸混じりに言った。
「会長が来た瞬間からあたしたちの周りに防音の結界張ってるから」
「防音?外の音は普通に聞こえるが?」
「内部から外への音だけを遮断する結界でな、外からの音は遮断しないんだ」
「便利な術があるものね」
「……器用だな、楓」
「……うるさい」
褒められることに慣れていないのか、赤面した楓は逃げるように下の監視へと戻っていた。
これからもよろしくお願いします!




