6ー15 自業自得
「今日はどうなることやら」
楓の登場や、六花衆の再来から三日が経った。
三日前、ゲートの前で解散する時、会長は次の日に闘技大会についての会議をすると言って姿を消した。
しかし、次の日。
生十会室で待っていた結たちに伝えられたのは、会長の休みだった。
どうやら会長はこの三日間。
ずっと無断欠席をしているらしい。
たとえ会長が不在でも、次の一大行事である闘技大会の話し合いはしなくてはならないため、会長無しで生十会室に集まっていた。
「ねえねえ楓?【F•G】には慣れた?」
「あ?そうだな。まぁまぁって感じだな」
「まぁまぁって、曖昧な表現だよな」
「確かにそうだよねー」
「いいじゃないか。まぁまぁはまぁまぁで」
期待の転校生である楓は、結と桜、二人と同じクラスだった。
同じクラスになったため、結と桜は(結は桜に誘われて渋々だが)楓の面倒を見ることになっていた。
今日の授業を終え、三人は揃って生十会室に向かっている途中だった。
「それにしても、会長どうしたんだろ」
話題は当然のように、無断欠席をしている会長へと移っていた。
「急熱とかじゃないのか?うちの生十会には問題児が多いし、ほら、過労でさ」
「ねえねえゆっち?念のために聞いておくけど、その問題児って?」
「……それは、まぁ。プライバシーってやつで」
「黙秘か。逃げたな」
「うるさい」
結が桜をからかって、桜から向けられるジト目をスルーしようとする結に余計な事を言う楓。
この三日間で三人の関係がなんとなく出来上がっていた。
いつも通りに駄弁っていると、いつの間にか生十会室へと辿りついていた。
「あっ。結君に桜さんに楓さん。おはようございます」
「春樹おはよー。他のみんなは?」
「真冬は友達と話し込んでいるだけなので、すぐに来ると思いますが、他の方々はちょっとわかりませんね」
唯一先に来ていた日向兄妹の兄、日向春樹に挨拶を終えると、三人はそれぞれ自分の定位置に座った。
「そういえば、今日も会長さんは来ていないようですよ?一体どうしたんでしょうか?」
「まあー。会長なら大丈夫でしょ?多分あれだね」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる桜に、結は嫌な予感を感じ取るが、別の意味で純粋な春樹は「あれってなんですか?」っと聞いた。
「それはねぇー。ズバリッ、女の子の日だよ!」
「最低だなお前」
「流石にあたしもドン引き」
うわーっとした表情でドン引きしている二人に、桜は苦笑いをして、内心後悔した。
春樹はそれが何を示す言葉なのか知らないらしく、「女の子の日?三月三日の事ですか?」などと、検討外れのことを言っていた、
(妹がいるなら知っててもおかしくないと思うんだけどな)
結の疑問も最もだが、例え女兄妹いたとしても、それが妹だった場合や、その子が内気であったり、した場合はその限りではないだろう。
「わりぃー遅くなった」
「鏡おっそーい。これは罰金だね」
時間が過ぎるのは早いもので、気がつけば集合時間を過ぎているようだった。
「遅くなってごめんなさい。友達と話し込んでて時間が過ぎるのを忘れてしまいました」
「真冬。ほとんどの奴が遅刻みたいだし、気にしなくていいぞ?」
「おいっ!真冬と俺で扱いが違い過ぎないかっ!?」
遅れて来た鏡と真冬にそれぞれの言葉を返していると、再び扉が開いた。
「遅れてしまいすみません。……これはどういう状況ですか?」
真冬との扱いが違い過ぎると講義する鏡に、桜が意地悪をするもんで、二人は軽くだが取っ組み合いの喧嘩をしていた。
その様子を見て、今来た六花は状況が掴めずに、ちょこんと首を傾げていた。
「あー。あれだ。鏡が発情して桜を襲ってる」
「……そうですか」
結が面倒そうに適当に答えると、結の答えを聞いて六花の目から光が消えた。
「……結も結構ゲスだな」
「そうか?まぁ、鏡だしな」
「……そうだな。鏡だしな」
目から光が消えた六花は、ゆらゆらとした動きで一歩、また一歩っと、ゆっくりとしたペースで取っ組み合いを続ける二人の元へ向かった。
「てめーこんにゃろ!少し面がいいからって調子に乗りやがってっ!」
「バーカバーカ。頭も面も悪い鏡は面も頭も良いあたしに暴力で訴えるしかないってわけ?だっさー」
「こいつっ!?」
そのまま取っ組み合いを続ける二人が、丁度鏡が桜のことを床に押し倒したかのような体制になった時、六花が二人の元へ辿り着いた。
「……ねえ結?」
「……なんだ楓?」
「なんかあたし、すっごく嫌な予感が……」
「……奇遇だな。俺もだ」
六花がピタッと歩みを止めると、桜と鏡が六花の存在に気付いた。
「あっ。六花。何やってたんだ?」
「あっ六花ー。たーすーけーてー、鏡に、おーそーわーれーるー」
「てめっ!」
「…………らいです」
桜が囚われたヒロインのような安い演技をしていると、ぼそりと、聞き取れるか怪しい程に小さな声で呟いた。
「ん?」
桜と鏡が揃って首を傾げていると、突如、桜の上にのしかかるような体制になっていた鏡が、突如、真上の飛び上がった。
「……へ?」
突然、真上にいたはずの鏡がそのままの体制で真上に飛んだことに、桜は思わず変な声を漏らしていた。
「うごっ!!」
鏡の奇行はどうやら鏡自身の意図的な行動ではなかったらしく、鏡は悲鳴にも近い唸り声をあげていた。
「うわー。六花容赦ないな」
「あれは、きついな」
そんな結と楓の会話が聞こえ、桜が六花の方に視線を向けると、そこには右足を振り上げた格好でいる六花の姿があった。
「えーと、六花?」
桜からの位置では、丁度六花の綺麗な純白の前髪によって出来た影で、六花の目を見ることは叶わなかった。
それが、逆に桜に恐怖心を与えた。
六花は振り上げた右足を地面につけると、床を滑らせるように後ろに引き、腰を低くし、右手を腰につけ、左手を正面に向けた。
六花の左手の前には、丁度重力に従って、落ちてくる鏡の姿があった。
鏡を視界に捉えた六花は、右拳に力を込めると、左手で狙いを定め、落ちてくる鏡に向かって全身全霊の右ストレートを放った。
「エッチなのは嫌いです!」
叫びと共に放たれた六花渾身の右ストレートは、うまいこと空中を回り、丁度六花に向けられていた鏡の腹に直撃した。
六花の拳が鏡に当たった瞬間、それを目撃した結と楓と桜の三人は、自身がそれを食らった時の感覚を感じ取り、痛そうに顔を歪めた。
鏡は重力に反抗するかのように真横に飛ばされていた。
六花に殴り飛ばされた鏡は壁に大きな音を立ててぶつかると、今度は重力に従い、床にボトッと音を立てながら落ち、そしてそのまま沈黙した。
「…………うわー」
生十会室には静寂が訪れていた。
「…………あっ」
六花の小さなつぶやきが、静寂な生十会室の中、やけに響いていた。
「……えーと、六花?大丈夫?というより、今の六花に近付いて大丈夫?」
ずっと床に倒れたままだった桜は、恐る恐る立ち上がると、自分の真横にいる六花にこれまた恐る恐る聞いた。
「……とうとう、殺ってしまいましたか」
「……ひぃっ!」
自分の右拳を見つめ、ため息と共にそういう六花は、どこか、というより、何故か神秘的だった。
(なんだこの、ダークな過去を持つ主人公の苦悩みたいなのは)
「ねえねえ結?何この、ダークな過去を持った主人公の苦悩みたいな感じ……」
「……丁度同じこと考えてた」
「……そうか……」
結と楓の感想が全く同じだったという奇跡はどうでもいいとして、流れを知らない第三者からすれば、自分の右拳を意味あり気に見つめる六花。
その六花を割と本気で怖がっている桜。
大きく凹んでいる壁と、その下に倒れている鏡。
三人とは少し離れた場所で、何やら見つめ合って怪し気な雰囲気を醸し出している結と楓。
あまりの衝撃的な映像に抱き合って怖がる日向兄妹。
ただの混沌だった。
「遅れてすまん!」
「……ごめん」
丁度良いタイミングで、剛木と陽菜の二人がやって来ていた。
「これはどういう状態だ?」
「……理解不能」
今の生十会室の現状を見て、一見で把握することができる人間なんていないだろう。
「……訂正。理解した」
……一人いたらしい。
「む?陽菜。この状態がわかったのか?」
「……うん。六花が怒って鏡を粉々にした。それを見てみんなが引いてる」
言葉にしてみると意外にも単純だったが、そもそも六花が誰かに怒って素手を振るうということが想像出来ない。
それを理解出来たのは六花と仲が良い、陽菜だから出来る芸当だ。
「がはっはっ。そうか、わかったぞ」
桜と対を成す……っと言ったら桜が可哀想になるが、桜と同等、又はそれ以上にアホの子である通称ムダナキンニクは、何かを理解したらしく、正直うざったく大声で笑っていた。
「つまり、あれであろう?結がやらかしたのだ」
「なんで俺になるんだよ!」
「……あははっ。そうそう、結が六花を怒らせたんだよ」
さっきまで六花を若干怖がっていた桜は、急に笑顔になって、剛木の無茶振り?にノッていた。
「おいこら!桜っ!」
「あははっ、やーいやーい」
さっきの六花への恐怖はどこに行ったのか、桜は六花の背後に回ると、六花を壁にするかのように結から逃げていた。
「……私がこんなことを言うのもあれなのですが。そろそろ本題に戻りませんか?」
自分の右ストレートがきっかけとなりこの妙な空気で出来上がったことを自覚しているらしく、いつもハッキリと言う六花にしては珍しく、言葉に勢いがなかった。
「あー。そうだな」
わざとテンションを上げて、会長がずっと不在ということから目を背けていた一同は、六花の言葉でそれを認めた。
「……会長さんは、今日も来ないです?」
「はい。会長は今日も来ていないようでした」
「そうか」
「……ねえ。ちょっといいか?」
「どうしたの楓?」
この三日間。会議に出てもそこまで、というか一度も自ら発言したことがなかった楓が自分から話し出したことで、一同は驚いていた。
「いや、なんていうか。鏡だったか?さっきから動いてないぞ?」
「…………あっ…………」
楓に言われ、皆の視線はさっきから倒れている鏡に集まった。
そこには、今だ倒れ続け、最初の位置から1ミリとも動いていない鏡の姿があった。
「ちょっと鏡っ!大丈夫っ!?」
「きょ、鏡?生きていますか?あぁ、私はなんてことを……」
「鏡さーんっ!朝ですよぉー」
「鏡さーんっ!起きて下さーい」
「鏡?本気で大丈夫か?」
楓の言う通り、全く動く気配のない鏡に、それぞれ思い思いの言葉を投げ掛けるが、それでも鏡は動かなかった。
「……おい。鏡、そろそろ……あっ」
結は偶然にもそれを見てしまっていた。
倒れている鏡の周りに集まっている奴らには見えなかったが、少し遠くから見ていた結にはそれが見えた。
笑うのを必死に我慢している鏡の横顔が。
「ちょっと鏡ー!起きなさいよ!」
「きょ、鏡さん……あれ?結?どうしたんです?……その、顔、怖いですよ?」
結は何故か怖がる六花や、鏡を心配している一同の手で退かし、結はさっと右手の人差し指を鏡に向けた。
「………ゆ、結?何をするつもりですか?」
「ん?俺が何をするかだって?……決まってるだろ?……この馬鹿を叩き起こす」
「ちょっと結っ!ヤケになっちゃだめー!」
止める桜の声を無視して、結は鏡に向けた人差し指に幻力を溜めた。
『六月法=指月』
術の起動と同時に、結の人差し指から純白に輝く光線が放たれると、それは鏡の耳元に突き刺さった。
「きょーうくーん?あたしが思うに、次は当たるぞ?」
楓がボソリと不吉なことを言うと、倒れている鏡から大量の冷や汗が流れていた。
「お?よくわかったなー楓。次はもっとでかいぞ?」
『ジャンクション=四人の女神』
「いっくぞー」
今度は指ではなく、掌を向けた結は、掌の中に白い光の球を作り出していた。
「では、『六月法=弾ーー』」
「待て!俺が悪かった!この通りだ!」
小さな月の如く、眩い光弾を撃ち放つ、六ある六月法の中でも、攻撃のスピードと威力、そして、ジャンクション状態であれば容易に使える程の消費幻力。
それが弾月だ。
結が弾月を鏡の顔面に解き放とうとしていると、放たれる直前に鏡は土下座する勢いの謝罪と共に、立ち上がった。
「……え?」
てっきり六花渾身の右ストレートによって死んでしまったのではないかと、本気で思っていた一同は、鏡が謝罪と共に起き上がったことで、唖然としていた。
「……あっ」
唖然とした後、状況を正しく理解した一同は、顔を軽く伏せると、それぞれ般若や鬼のようなものを背後に漂らせながら、一歩、また一歩っと、鏡に向かっていた。
「えっ……お、おい?動けなかったのは本当だぞ?
動けるようになるまでじっとしてたらお前らが勝手に勘違いしてるのが面白くて笑っちまっただけでーー」
「へぇー。鏡?笑ってたんだー」
顔を上げた桜の表情は言葉にするのも恐ろしい、背後にオーラの如く漂う般若よりも、より濃密な恐怖を纏う般若そのものがそこにいた。
「ま、待て桜。話せばわかる」
「問答無用っ!」
桜の言葉と同時に、鏡に騙された一同が、一斉に鏡に襲い掛かった。
「ぎゃーーーーっ!!」
その日。
生十会室からは男の叫び声と、謝罪の言葉がずっと聞こえたらしい。
これからも応援のほど、よろしくお願いします。




