6ー14 心の壁
「あら?そういえば、結?」
「ん?なんだ会長」
「前ほど今の【A•G】に力はないってどういうことかしら?」
「あーそれか」
結は仕方が無いとばかりにため息をつくと、会長にその理由を話していた。
「ぶっちゃけると、【A•G】に貯められていた幻力の九割以上が奏の幻力だったからだ」
「…………え?」
会長は呆気にとられていた。
それも当然だ。
一○○人以上の人数の幻力が貯められていた【A•G】の保有幻力の九割が奏のものだと聞いて、呆気に取られないわけがない。
単純計算で、九○○人以上の幻力を奏が一人で【A•G】に提供していたことになるのだ。
「俺たち幻操師にとって、絶望にも思える話をしてやろうか?」
「……ええ。お願い」
結の言葉を聞いて、呆気にとられていた会長たちに、結は意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「俺たちのリーダー。如月奏の保有幻力量は、長い修練を積んで、成長したプロの幻操師、百万人分以上だ」
「「…………えっ?」」
「【A•G】の圧倒的強さは、全て、如月奏というたった一人の規格外によって保たれていたんだ」
「…………」
二度目の言葉には、会長も桜も、なに一つ言葉を発することが出来ないでいた。
それだけの、衝撃だった。
たった一○○人少しの構成員で、生徒数、数万人にも及ぶ【F•G】と同等、または、それ以上の戦力を所有していると言われていた【A•G】。
その戦力の大部分が如月奏という、一人の少女によるものだと聞いて、驚かない訳がなかった。
「……凄いのね。その子」
「……ああ。凄い奴だったよ」
奏は既に死んでしまった人物だ。
そのため、その場の空気は悲しみに包まれていた。
「あー!もう!あたしこういうの苦手なんだってば!」
静けさをぶち壊したのは、生十会切っての元気娘こと、雨宮桜だった。
「……桜」
桜は突然立ち上がると、結の前まで歩き、座っている結を無理矢理立たせると、その両肩に正面から手を置いた。
「ゆっちもゆっちらしくないよ!いつもスカしてて、その癖どっか抜けてて、大人びてる癖に子供っぽい。そんないつものゆっちに戻ってよ!」
六花衆と再開してから、結はどこか元気が無かった。
難しい話を理解するのや、空気を読むことはあまり得意ではない桜だったが、人の気持ちを悟ることは得意だった。
「言ってたよね?ゆっちのせいでその奏って人が死んじゃったって」
「……ああ。俺を庇って、奏は死んだ」
結だけじゃない。
その時、奏を助けることが出来なかったのは六花衆も同じだった。
悔しそうに、強く、ただ強く、爪が食い込んで、血が出てしまう程に結と六花衆は手を握り締めていた。
「確かに、ゆっちのせいで奏は死んじゃったのかもしれないよ?
でも、だからってそれが全部ゆっちのせいになるの?
自分の命を掛けてまで、ゆっちのことを助けた奏の気持ちは、想いはどうなるの?
ゆっち。気付いてよ?
ゆっちが笑顔でいないと、きっと、奏は笑顔になれないよ?
ゆっち。
思い出してみて?
奏は最後、後悔してるような表情してた?
ゆっちを助けて失敗しただなんて、そんな表情してた?」
桜は言うほど、アホの子ではない。
ただ、真っ直ぐで、不器用なだけなのだ。
桜はすっと気付いていた。
結の表情がいつもと違って、引きつっていることに。
結が、無理して笑顔になっていることに。
結はここで六花衆と再会するまで、どういうわけか奏のことを忘れてしまっていた。
奏を失ったことによるショックなのかもしれないが、結は奏を、それも自分を庇ったことで死なせてしまった記憶を失うことによって、人でいられた。
しかし、ノースタルとの出会いによって、結の記憶は呼び覚まされていた。
記憶の解放は、同時に、結の激情の解放にもなった。
激情の解放によって、結は失っていた力を、結花の力を取り戻し、さらに新たな力のきっかけを手にするのことが出来ていた。
しかし、その力に、その激情に、その記憶に、結の精神が耐えられなかった。
それは、記憶の改変となり、不安定な心となり、そして六花衆と再開することで、結は一度、壊れた。
元々手にしている力を一時的に増幅し、扱う結の能力、演技する幻。
その反動によって、結は精神に深い負荷を与え続けていた。
そんな結を助けるために、奏が作り出した術。激情凍結。
演技する幻の精神的負荷と、元々の封じ込めていた激情の二つを凍結し、結の精神を癒す術。
六花衆の四人は、完全に結の心が壊れる前に、あえて致命傷を与え、心が壊れる寸前に、心のシールドが一時的に消失することを利用して、激情凍結を行い、結を救っていた。
しかし、それはあくまで応急処置でしかない。
爆発を一度止めたとしても、記憶という名の火種がある限り、罪悪感という名の導火線を辿り、もう一度爆発の危機に陥る可能性は大いにあった。
火種を詰むことは出来ないかもしれない。
しかし、導火線は、罪悪感は拭うことが出来るかもしれない。
具体的な方法なんてわからない。
それでも、桜は結に自分の思いをぶつけていた。
「……奏は、笑っていた。泣かないでって、言った」
そして、それは、成功した。
「……そっか。ならさ、今の自分の顔見てみない?そんな泣き顔じゃ、奏が浮かばれないよ?」
「……うん」
結の返事に、六花衆の面々は目を大きく見開いていた。
今の結からは、壁を一切感じなかったからだ。
六花衆と結の出会いは【A•G】が出来る前、【T•G】に結が入った時だ。
その時の結は、記憶を無くしていることもあってか、いい子になろうとしていて、素を見せることはなかった。
奏が結の世話係に決定してから、元々奏に憧れ、奏について行こうと決めていた六花衆は、結果的に、結と共に行動をすることになっていた。
長い間、結と共に過ごしていたが、結局、結の壁が薄くなることはあっても、無くなることなんて無かった。
結にとって、心の居場所でもあった奏を失い、心に隙間が出来ていたからなのかもしれないが、桜が結の壁を貫いたことで、六花衆の中には、憎しみとまでは言えぬものの、嫉妬心が生まれていた。
「桜。ありがとう。そうだよね。笑ってなきゃ駄目だよね。奏の想いを、願いを、無駄にしちゃ駄目だよね」
結はそのままスッと目を閉じると、ガクッと膝を落とし、床に倒れた。
「ご主人様!」
「おわっ!」
倒れこもうとしている結を、ちょうど前にいた桜が抱き留めようと軽く両手を開き、スタンバイしていた所を、いつの間に移動したのか、瞬間移動としか思えない程のスピードで現れた美雪が、桜の正面に体を滑り込ませるように入れ、結を抱き留めていた。
「えーと、美雪さん?」
「まあまあ。桜。怒らないの」
美雪に役目を取られたことで、桜は少し開いた状態の、役目を失った両手の行き場に困っていた。
桜が怒筋浮かべていると、それを見ていた会長がどうどうと静めていた。
「ふーふー。……よし、落ち着いた。……ゆっちはどうしちゃったの?」
深呼吸をして、心を落ち着かせた桜は、目を瞑り、子供のような寝顔を見せる結を見て、美雪に聞いた。
「桜。ご主人様に代わって、心から感謝致します」
「……へ?」
突然美雪だけでなく、六花衆全員に頭を下げられたことで、桜はキョロキョロとして、困惑しているようだった。
「ご主人様のお心をお救いすること、本来ならばそれは私たちの役目でした。
ですが、私たちはその方法が分からずに、実行出来ませんでした。
桜様。
ご主人様を救って頂き、本当にありがとうございます」
「べ、別に対した事してないよ!あたしはただ、ゆっちが変だったから文句を言っただけだし」
いつもアホの子とばかり言われ、このところ失敗が多く、自信喪失しかけていた桜は、六花衆という凄い存在たちに頭を下げられる程にお礼を言われ、顔を耳まで真っ赤に染め上げていた。
「ぜひお礼をさせて下さい」
「そ、そんなのいいってば」
「ご遠慮なさらずに。これを」
美雪はそう言うと、左手首につけていたらしいボックスリングから、一本大太刀を取り出していた。
「そ、それは?」
「ナイト&スカイ、六六六の未知。第三世代の新作です」
「イクスの第三っ!?」
美雪が渡したのは六六六の未知の中でも一部分の性能が飛躍的特化されている世代だった。
六六六の未知の情報で世代というものは知られているが、それがどれだけあるのかは知られていない。
公にされている世代の中で、最も最新なのが第三世代だった。
法具として、現在世界中の幻操師から一目置かれているナイト&スカイの最新型を渡されたことで、桜は思わず心から叫んでいた。
「ほ、本当に貰っていいの?」
「ええ。いいですよ」
「桜。よかったわね」
「うん!これ、次の闘技大会までに慣れなきゃだね」
「……ん?闘技大会ってなんの話だ?」
桜が当然のように言う闘技大会という言葉に、結は首を傾げていた。
「あれ?ゆっち知らないの?」
「闘技大会はここ、【F•G】の伝統行事よ?」
「……あぁ。そういえばそうだったかもな」
結は過去の記憶を思い出していた。
今から二年前、【A•G】が一年の記念日に始めた闘技大会。
あれは元々、賢一から話を聞いていた【F•G】の伝統行事を参考に始めたものだった。
二回目の闘技大会は丁度奏の命日だ。
そのため、結は少し表情を固くしていた。
結が表情を強張らせるのとほぼ同時に、【F•G】の完全下校時間を表す、チャイムが鳴り響いた。
「あら?もうそんな時間だったかしら?」
「なんか今日は話しかしてないね」
いつもは放課後に会議をした後、担当区域の見回りをしなくてはならないのだが、六花衆や楓の登場など、話題がてんこ盛りだったため、見回りの時間を無くしていた。
「完全下校時間になったのなら仕方がないわ」
完全下校時間とは、別名箱庭の眠りと呼ばれている。
【F•G】を始め、箱庭の眠りとは全てのガーデンにある制度だ。
ガーデンという空間を維持しているのは、マスターと、マスターの力を受け取り、空間へとなす媒体装置の二つだ。
人間だって常に起きているわけにはいかないように、媒体装置にだって休息が必要なのだ。
つまり、完全下校時間とは、一時的にガーデンのという空間を完全に隔離する時間のことだ。
この時間を過ぎてもガーデン内にいると、ガーデンが存在している座標そのものが切り替わってしまうため、再びガーデンが目覚めるまでこの世界から抜けること、つまり自分の意識を【物理世界】に戻すことが出来ずに、【物理世界】の方ではまる丸一日眠り続けることになってしまうのだ。
ガーデンの存在が隠されてるため、まる丸一日目覚めず、さらにそれが原因不明となれば、それは大きな騒ぎになってしまう。
完全下校時間とはなにをおいても優先する事項なのだ。
「明日は闘技大会についての会議よ。皆遅れないようにしなさい」
生十会室にいた一同は、別々に出る理由もないため、皆で一緒に帰宅していた。
皆を先導するように歩いていた会長はゲートの前で皆の方に振り向くと、片手を腰に、もう片方は前に突き出してそう言った。
ゲートとは普通学校で言うところの正門のことだ。
しかし、普通学校の正門と、ガーデンのゲートでは大きな違いがある。
ガーデンのゲートとは【幻理領域】に存在するガーデンと【物理世界】の境であり、その二つの世界を繋ぐゲートなのだ。
【物理世界】でガーデンに向かうとまずはこのゲートから入場することになり、ガーデンから退場するときもまたこのゲートを使うのだ。
「会長。お疲れー」
「それじゃ。お先に失礼するわっ」
会長軽く片手を上げると、ゲートに足を踏み入れた。
「美雪?どうしたんだ?」
「……いえ。面白い方だと思いまして」
「会長のことか?まぁ、そうだな」
会長がゲートから出るとき、一瞬だけど会長と美雪がアイコンタクトを取っているように見えたため、結が美雪に聞くと、美雪はなんでもないかのようにただ、そう言った。
「さて、行くか」
桜もゲートから出て、その場に残ったのは結と六花衆だけになっていた。
結が軽く声をあげて、ゲートに足を踏み入れようとすると、後ろから手を掴まれていた。
「美雪?どうした?」
「……」
それは、美雪の手だった。
何かあるのかと思い、結が首を傾げていると、美雪は無言のまま俯いていた。
「いえ。なんでもありません。引き止めてしまい申し訳ありませんでした」
「そうか?……それじゃ、またな」
「はい。今日はお疲れ様でした」
「お疲れにゃー」
「お疲れー」
「また明日なのだよ」
結は六花衆に見送られ、ゲートの中に消えた。
「美雪?どうするつもりなのだよ?」
結が消えた後、その場に残った四人は、深刻そうな表情を浮かべていた。
「……大丈夫です」
「そんな確証がどこにあるのだよ!」
四人の中で唯一深刻そうな表情をしていなかった美雪の言葉に、雪羽は捕まかかる勢いで言葉を放った。
「確証なんてありません。姫も良く言っていたではありませんか」
「……信じることが、力になる……か?」
「その通りです。私は信じます。彼女の目はそれを物語っていました」
楽観的とも取れる美雪の態度に、雪羽は歯軋りをした。
「失敗したらどうするつもりなのだよ」
雪羽が美雪に言った瞬間。
一帯が凍り付いた。
これは比喩的表現などではない。
本当に、ゲート周辺の地面が、綺麗に凍り付いていた。
「私が仕留めます」
「……美雪……」
美雪の瞳は、どこまでも暗く、痛いほどに冷たくなっていた。
全身から殺気を迸らせる美雪からは、その名の通り、雪のように綺麗な純白の幻力だけでなく、薄くだが、黒く歪んだ幻力が漏れ出していた。
「美雪。それはだめにゃ」
「小雪?それはどういうことですか?」
「そういう意味じゃないにゃ。それは使っちゃいけないって意味なのにゃ」
小雪の目に写るのは、大切な友の身を案じる、優しい心だった。
「……そうですね。確かに、これは危ないですね」
小雪の真っ直ぐな目に打たれた雪羽は、ため息をつくと、先程まで迸らせていた針を刺すかのような殺気を仕舞い、同時に黒い幻力を消していた。
「……ねえ。これどうすんの?」
「……あっ」
雪乃が指を指す先には、先程、美雪がほぼ反射的にやってしまった、綺麗に凍り付いた大地が広がっていた。
「あたしがやるわ」
何処からが声が響いた瞬間、凍り付いた大地に圧倒的な熱量を誇る業火が広がった。
突如発生した業火は凍り付いた大地全体に広がると、次の瞬間、全ての氷を溶かし尽くすると、綺麗な残像を残し、消えていった。
「……手間をかかせてしまい、申し訳ありませんでした。会長」
「ガーデンの治安を守るのが生十会よ。その会長足るもの、生徒の不始末は息をするかの如く燃やし尽くしてあげるわ」
美雪たちが声の発信源である、ゲートの上に目を向けると、そこには先程ゲートの先に消えたはずの、生十会会長こと、神崎美花の姿があった。
こらからもよろしくお願いします。




