6ー13 繋がりし天使
「確かに、無意識領域にアクセスするのが絶対に不可能って訳じゃないことはわかったけど、でも、だからって幻力を共有するなんて……」
話を聞いて、一応納得はした桜だったが、やはり疑問は尽きないようであり、さっきまでよりかは減ったものの、桜の頭の上には今だにたくさんの疑問符が浮かんでいた。
「許可も貰いましたので、あなた方にはお話します。私たちの力の秘密。【繋がりし天使】について」
「【繋がりし天使】?」
美雪の言った聞きなれない言葉、しかし、どこか聞き覚えのある言葉に、桜は疑問と驚きがブレンドされた声を漏らしていた。
「どうして私たちが【A•G】と呼ばれているか知っていますかる」
「それは……構成員の全員が天使の如く美しい少女だからじゃないの?」
「……そ、そうですね」
「……自分で言わせておいて照れているのだよ」
「そんなこと言われ慣れてる筈なのにねえー」
美雪だけでなく、雪羽や雪乃、小雪までも天使の如く美しい少女と呼ばれ、赤面していた。
「……えーと。ごほん」
「……照れ隠しだね」
「照れ隠しだにゃっ」
「三人共静かにしていて下さいっ!」
美雪の行動にいちいち口を挟む雪乃たちに、美雪はよく絵文字にあるバッテンで表わしているような目で叫んでいた。
「……うぅ。どうして私がこんな目に……」
「美雪、大丈夫か?なんなら俺が代わりに……」
「それはダメです!」
恥ずかしがって中々続きを話せないでいる美雪を思い、結が代わろうとすると、美雪はすぐにはっきりとした目付きに戻り、それを拒否した。
「なんでだよ……」
「なんでもです!私が説明致します!」
あまりにも強い美雪の勢いに、結は気圧され「わ、わかったよ」としか言うことは叶わなかった。
「それでは続きをお話させて頂きます。私たちは【A•G】という名前を本当は最初から決めていました。ですが、それを公にしたくありませんでしたので、少し情報を操作させて頂きました」
「それってつまり、噂で流れている【A•G】の名前の由来は違うってこと?」
「はい。その通りです。そもそも、あの噂はご主人様いう存在を隠すためでもありましたので」
少女だけで構成されたという情報が最も有力になれば、男である結が【A•G】の一員であるなんて夢にも思わないだろう。
結果。それは【死神】として活動する際に、大きなアドバンテージとなっていた。
「本当の理由ってなんなの?」
「天使という言葉の意味は知っていますか?」
「……神様の使い?」
「その通りです。ならば神とはなんですか?」
「……世界を作った存在……とか?」
「ナイスアンサーです!そうです、世界を作り出した存在とも言えます。ならば、この世界、この【F•G】という小さな世界を作り出したのは誰ですか?」
「それって、ここのマスターである、賢一さんだよね?」
「そうですね。賢一様はこの世界を作り出した張本人です。言い換えてしまえば、この世界の神という表現も可能ではありませんか?」
先ほど、美雪は神の定義として、世界を作り出した存在とした。
そして、この【F•G】は【物理世界】からは隔離されている異空間、これは一つの世界とも言える。
即ち、この世界を作り出している賢一はある意味で、神と言ってもいいのではないか。
美雪はそう言っているのだ。
「そ、それが今なんの関係があるのよ?……あっ」
「どうやら会長はお気付きになったようですね。恐らく、その考えはその通りです」
「ど、どういうこと!?理解出来ないのってあたしが悪いの!?」
桜は悪くない。
一つ一つの会話の流れから考えて行けば答えは一つになりうる。
しかし、ここにいる少年少女は全員がまだまだ若い子供なのだ。
この若さでそれを悟るに至った会長が凄まじいのだ。
わかっていない様子の桜のために、会長は驚きを隠せていない表情で話し出した。
「つまり、美雪はこう言いたいのよ。
神の定義は世界を作り出すこと、言い換えれば、【幻理領域】を作っているということ。
そして、天使は神の使い。
この二つを合わせて考えれば、【幻理領域】を作った者を神として、その神に忠誠を誓っている天使たちの庭。
それが【A•G】ってことよ」
会長の説明に桜は納得するどころか、さらに疑問符を増やしていた。
ガーデンと呼ばれているのだから、当然その拠点がある空間を作り出した存在、つまり神と呼ばれる存在がいることは元から明確だ。
会長の言っている意味は理解できた。
しかし、だからと言って会長がここまで驚いている理由がわからないのだ。
確かに、そこの生徒全員がマスターに忠誠を誓っていることは凄いと思う。
しかし、ここ、【F•G】だってこの【幻理領域】を作り出した賢一を頂点に動いているのだ。
そういう意味で、二つの変わりは少なく、そこまで驚くことでもない筈だ。
桜は、一つ大きな思い違いをしていた。
【A•G】の場合、全てが逆なのだ。
本来、ガーデンとはそこに【幻理領域】があることによってガーデンと呼ばれ、その【幻理領域】にいるものはその【幻理領域】を作り出したマスターに従う。
しかし、【A•G】は元々そのあり様からつけられた名前なのだ。
名前は判明していなかったが、奏という名の女神を頂点にし、それに従う美しい少女たちを天使と呼ぶことで、専用の【幻理領域】が無いにも関わらず、専用の【幻理領域】を持った他のガーデンのように統制が取れていることもあり、天使の庭、【A•G】と呼ばれるようになったのだ。
それはつまり、【A•G】には【幻理領域】を作り出したマスターと呼ばれる存在はいないことを示している。
過去、実際に結たち【A•G】の生徒は【A•G】という名前の【幻理領域】にではなく、世界の【幻理領域】である【幻理世界】に拠点を持つ組織、【宝院】の地下を根城にしていたのだ。
つまり、【A•G】という名前の【幻理領域】は存在していない筈なのだ。
しかし、美雪はまるで【A•G】という名前の【幻理領域】があるように話しているようにも取れるのだ。
この気付きさえすれば、明らかな矛盾に会長は気付いたのだ。
そして、【A•G】が【宝院】と深い関わりを持っていたという話から、恐らく【A•G】は【宝院】と共に過ごしていたのだろうとあたりをつけていた会長は、会話の流れからして、【A•G】という名前の【幻理領域】が、何に使われているのかを、ほぼ的確に把握していた。
(あり得ないわ。なんて、なんてことを考えるの?【幻理領域】を丸々一つ、己の中に吸収するなんてっ!)
会長の考えは遥か、常識からはかけ離れたものだったが、彼女たち六花衆を見ている中で、彼女たち、つまり【A•G】に対しては常識を持ち合わせはいけないということに悟った。
だからこそ、会長はその考えに至り、そして納得した。
同時に、会長はとある感情に心を支配された。
それは、悪意も嫌味も、一片の欠片も無いほどに、何重にもろ過されたかの如く、透明で、純粋な、心から湧き上がる賞賛の想いだった。
結は悟ることが出来なかった想いに、会長は彼女たちと同じ女であることでそれを悟ったのだ。
【A•G】の神。奏と呼ばれた少女と、六花衆が結へと向ける、余りにも過大な、愛が。
結。気付いてあげて?
会長は思わず漏れそうになった言葉を、ギリギリ飲み込んでいた。
言ってはいけないわ。
これは、結自身で気付かなくてならないこと。
彼女たちの掌で、あなたはいつもでそうやってるつもりなの?
あなたはこのあたしが会長を務める、生十会の一会員なのよ。
そんな失態をずっと許すほど、あたしは優しくないわ。
会長は結に複雑な視線を送っていた。
そんな会長を見つめる美雪に、会長は気付かなかった。
「なるほど。どうやら会長は本当に只者ではないようですね」
「……それはこっちのセリフよ。あなたたち、何者?」
「……?そんなこと、わかりきっているではありませんか。ただの優等生ですよ?」
「……優等生ねぇ」
会長は自ら自分のことを優等生という美雪に、ナルシストだとか、自信過剰だとか、思ったことはいろいろあるが、その認識に足りる程の実力を持っているため、苦笑いをするしかなかった。
「ちょっとー。あたしを放置しないでよー」
「ああ。申し訳ありません。素で忘れていました」
「……美雪って、結構毒舌だよね……」
ぺこりと頭を下げる美雪に、桜は深いため息をついていた。
「美雪もたくさん話して疲れたでしょうし、あたしが代わりに話すわ」
このまま美雪に任せていると、中々話が進まないと思い、会長は話を引き継ぐことにしていた。
「会長っできるだけわかりやすくね!」
「出来るだけそうしてあげるつもりだけど、頑張って理解する努力をしなさい」
他力本願という言葉が思い浮かばれるような態度の桜に、会長はジト目で注意をするが、桜は「はーい」っと片手を上げて、真剣な姿勢は皆無だった。
「桜、あなたの勘違いを一から訂正していくのは面倒だわ。それに、何より桜の場合は結論だけ話した方が良さそうだわ」
会長が遠回しに桜は理解力のない馬鹿と言っているにも関わらず、結からあだ名アホの子をつけられた少女、桜はそれに気付かずに片手を大きく挙げて「はーい」っと返事をした。
「【A•G】には【A•G】という名前の拠点はないわ。その代わり、【A•G】という名前の倉庫のような空間があるの」
「……倉庫?」
「この【F•G】という空間に、私たちがこうして簡単にアクセスできるように、【A•G】という倉庫にも、【A•G】の生徒たちは簡単にアクセスできる。
そして、そこに全員の幻力を溜め込んでいるのよ」
「……ふぇ?」
会長の咀嚼した説明にも、桜は変わらず疑問符を浮かべていた。
(よくこんな頭で2ndになれたな)
結は桜の余りにも低い理解力に脱力していた。
会長が言いたいことはつまりこうだ。
ガーデンというのは、一件の家だ。
生徒たちは皆その家の合鍵を渡され、自由に中を出入りして生活している。
そして、その家の使い方は専ら住むためであったりと、通常の家としての使い方だ。
しかし、【A•G】は作り出したガーデンを住み着くための家として使わずに、皆の力を蓄積するための倉庫として利用しているのだ。
通常以上の幻力が必要になった時には、合鍵を使い、【A•G】に貯められている膨大な量の幻力を使わせて貰うのだ。
中に蓄積されるものが人では無く、幻力のため構造に違いはあれど、それはマスターの作り出す【幻理領域】の一種なのだ。
「あぁ!なるほど!」
会長が説明すること数十分。
桜はやっとそれを理解することが出来た。
「……でもそれってどんな利点があるの?」
「……桜。本気で言っているのかしら?」
「私も流石に驚きました」
「え……。あたしそんな変なこと言った?」
桜がぼそりと思ったことを言うと、声に出していた会長や美雪だけでなく、その場にいる全員が呆れていた。
「あなた、保険って制度は知ってるわね?」
「保険?うん、知ってるけど……」
「保険の仕組みを簡単に言うと、複数の人がそれぞれ無理の無い量のお金を出して、その複数の人の中で誰かが怪我とかで急にお金を使うことになった際に、みんなで貯めたお金をその怪我の治療費などに使う制度」
「んー。なんとなく知ってるけど、それが?」
「じゃあ桜。一つ聞くけど、保険の利点ってなに?」
「ええ!突然だね。そうだなー……急にお金が必要になっても、それを複数の人でカバーして貰えるってところ?」
「その認識でもいいわ。それと同じ利点が、彼女たちの【A•G】にもあるのよ」
「……ふえ?」
「はぁー。幻操師個人が体内に保有できる幻力の量なんてたかが知れてるわ。それを使い切ったらどうするのよ」
「……回復するまで待つ?」
幻操師が体内に保有している幻力を使い切ったとしても、幻操師は空気中の幻力を無意識に吸収することによって、それを回復させることができる。
これは幻操師にとっては常識であり、桜の言っていることは間違ってはいない。
しかし、会長は桜に呆れた表情を向けていた。
「そこまで言ってまだわからないの?
【A•G】の場合は、いつでも引き出せる別保管の幻力があるからすぐに回復できるのよ」
「……あっ!!」
会長の説明の甲斐あって、どうにか桜はその利点を理解することが出来たようだった。
「それに、本来なら複数人を必要とする大規模の幻操術だって、複数人を必要とする理由の大半が幻力量だから、それも解決出来るわ」
先ほど、美雪が意図も簡単に四番の力を持っている終末を発動出来たのもそのためだろう。
「……それって、【A•G】の生徒は全員使える幻力量は同じってことだよね」
莫大な量の幻力が保管されている【A•G】の合鍵を持っている天使たちであれば、一度に発揮出来る顕在幻力量の差はあれど、戦闘中に使える幻力の量は同じことになる。
つまり、天使たちの保有幻力量は、【A•G】の天使全員分ということになる。
桜はそう思い、戦慄していた。
幻力だけで見れば、自分たちの一○○倍の量の幻力を使うことができるのが【A•G】には一○○人いることになるからだ。
「それは違うのだよ」
しかし、雪羽がそれを否定した。
「全員が好きなだけ使えるわけじゃないにゃ。各生徒に渡される合鍵にはレベルがあるにゃ」
「レベル?」
「簡単に言ってしまえば、元々実力がある者程、【A•G】から引き出せる幻力量が増すということです」
「……なんでそんな制限なんてするの?」
「【A•G】は天使全員の保有幻力を溜めているだけの場所ですから、その量は無限ではなく、有限です。皆で好き放題使ってしまうと、ここぞという時になくなってしまうではありませんか」
「それに、元々持っている量以上の幻力を扱うことは、あまり術者にとって良くないのだよ」
「実力以上の力を使おうとすれば、身を滅ぼすってことだね」
「そういうことなのだよ」
疑問が解決したことによって、桜はスッキリとした表情を浮かべていた。
「やっとわかったみたいだな」
「だってー、難しいんだもん」
「そんな細かい原理なんて気にせずに、ただ【A•G】は全員ブーストを持ってるぐらいに思ってりゃいいんだよ」
「そうだね」
これからもよろしくお願いします。




