6ー10 常識外ここに見参
楓と名乗った少女は、長い黒髪を結んだりせずに、後ろから流し、【F•G】指定のセーラー服を着た、とても可愛らしい少女だった。
(似てる。本当に、でも、そうだよな。あいつは、奏は、死んだんだ。もういない)
結や六花衆が奏と楓を見間違えたのも無理はない。
二人は余りにも似ていたのだ。
それは容姿だけの話ではなく、体から微量に漏れている幻力の質が、本当に同じと言っていいくらいに等しかった。
しかし、二人には明らかな違いがあった。
(奏はもっと意思の強さを感じる目をしていたな。楓だったか?楓はふんわりというか、ダレてるというか、眠たそうな目だな)
「……楓だったかしら?」
「あっ。うん。えーと、F•G中等部二年、生十会会長、神崎美花だよね?」
「……よく知ってるわね」
面識もない筈なのに、正確に言い当てられたことで、会長は驚きを露わにしていた。
そんな会長に「まあねー」っとやはり眠たそうに返した。
「まずは礼を言うわ。さっきのあなたがやったんでしょ?」
会長はチラリと横目で他の六花に拘束されている美雪を見ると、すぐに楓へと視線を戻した。
「し、知らないよ?あたしわかんなーい」
楓が何故か誤魔化そうとしているのを見て、会長が目をギラリと光った。
「……はぁー。安心しなさい。実力を隠したいことはわかったわ。でも、ここにいる人間はあなたの強さを公言しないわ。生十会の会長として誓うわ」
「わーぉ。流石は会長さんだな。あたしの心の内を簡単に見抜くなんてなー」
強さには、同時に大きな責任がつきまとう。
強ければ、有事の際に、駆り出される可能性が弱い者よりも遥かに大きくなる。
強さを持てば、それは同時に余計な面倒ごとを背負うことにもなってしまう。
そのため、例え強くても、それを極端に隠そうとする幻操師は確かに多い。
(それにしても、雑な隠し方だったわね)
それにしても、会長はさっきの楓の雑な隠し方に、内心苦笑いを浮かべていた。
「もう一度聞いてもいいかしら?さっきのはあなたがやったのでしょう?」
会長が改めて楓に聞くと、楓はダルそうにため息をつくと、「しゃーないかー」っとそれを認めた。
「そうだ。今のはあたしがやった。やった方法までは言わなくてもいいだろ?」
「あら。やけに素直ね」
「まあね。秘密にしてくれるんでしょ?だったらあたしはそれで十分だし」
楓は部屋の端に置かれていた椅子を一つ取り出して、勝手に自分の席を作るとそこに腰を掛けてグダーンっと机の上にとろけていた。
今の席順としては、生十会側は同じだが、美雪が暴れないようにするため、機動力のある小雪と雪羽で挟むために、六花衆側は奥から雪羽、小雪、美雪、雪乃の順に座り、そして、その隣に勝手に席を作った楓がとろけていた。
「さて。お礼も言ったところで、聞いてもいいかしら?」
助けてくれたとはいえ、生十会室に突然現れて、とろけ出すなんていう、常識外の行動をしている楓に、会長は眉をピクピクとさせていた。
楓は顔だけを上げると「あーうん」っと小さくつぶやき、よっこらしょっの掛け声でとろけた状態から綺麗にバク転をした。
(あ、ありえねー!!)
そもそも、立った状態からバク転することも出来ない人が多くいるというのに、座った状態からバク転するなんてことは常識外だ。
「……いろいろ常識外だね」
桜が思わずつぶやいてしまったのも無理はない。
「……うん」
それは割と全員の共通認識だったらしく、会長や六花も思わず頷いてしまっていた。
楓は両手を広げた状態で、そのまま綺麗に着地すると、全身でYを表現しているようにも見えるポーズでピタッと静止していた。
「そんじゃ。あらためて、この度、【F•G】に転校することになった望月楓だ。中二年になってから今までの間は【宝院】にいた。これから、まぁー、よろしくねー」
「……つまり、転校生ってことかしら?そんな話しは聞いていなかったような気がするんだけど……」
「あれ?私は会長に口頭だけでしたが、言いましたよ?今日五人の転校生が来ますと」
「そ、そうだったかしら?」
「……あはは、会長ー」
「会長って、やっぱどっか抜けてるよな」
転校生が来る場合、その連絡は必ず生十会に届けられるため、その連絡が来ていないことを会長がぼやいていると、六花が軽いジト目を向けていた。
六花に言われ、驚く会長に、桜は思わず苦笑いし、結は呆れているようだった。
「わ、わかったわよ。……六花、資料はあるのかしら?」
「はい。こちらです」
六花から五束の資料を渡された会長は、それぞれに軽く目を通すと、うんっと頷いた。
「転校の件、確認したわ。ここに来たのは入学前の挨拶ってところかしら」
「まーそゆこと。明日からお世話になるね」
手をひらひらとさせながら、そのまま帰ろうとする楓に、会長は待ったを掛けていた。
「えーと、何?」
「あなた、生十会に入らない?」
「あー。やっぱしそういう話?ならパス一で」
「なら、パスをパスするわ」
「……それ、おかしくない?」
「ちょっと会長待って!生十会の規定人数は最高十人。ここにいる四人に、日向兄妹に陽菜。剛木に鏡に始で十人いるんだよ!?」
会長と楓が言い合いをしていると、その話に桜が割り込んでいた。
既に定員に満たしているのに、それでも楓を勧誘している会長に、桜は薄っすらと嫌な予感がしていた。
(会長は誰かやめさせるつもりなのか?)
結も桜と同じことを考えていた。
楓という逸材を生十会に引き込むために、他の誰かを切り捨てる。
それは生十会という小さな社会だけではない。
世の中にあるほとんどの業者や組織だってそうだ。
(……いや。違うな)
会長ならばそういう決断力も必要になってくるのかもしれないが、結はその考えを即座に否定した。
「ええ。わかってるわ。今言った中で最後の一人、相川始から、脱退志願の届け出があったの」
「始っちがっ!?なんで!?」
始が生十会をやめようとしていることを知って、驚いている桜に、結がぼそりと「始っちなんて呼び方してたか?」っとつぶやくと「うるさちゆっち!そういうノリなの!」っと、タイミング的に怒られるのは仕方が無いが、よくわからない怒られ方をしていた。
「どうやら、始は転校するらしいわ」
「……びっくりだね」
「そうだな」
始が転校すると聞いて、結と桜は始が生十会をやめると言われた時よりも驚いていた。
そもそも、ガーデンは学校のようなものとはいえ、ガーデンは全寮制だ。
転校の主な理由は、学校の授業についていけないとか、引越しがあるからなどが大半だが、ガーデンの授業は個々のレベルにある程度合わせられるため、問題はないし、全寮制であるため、引越しの心配もない。
ガーデンに所属したものがそのガーデンを辞めるという事例そのものが少ないのだ。
「始はどこに行くんだ?」
「どうやら、【S•G】に行くそうよ」
「……サードか」
【S•G】|とは、その名前の関連性からわかるかもしれないが、ここ、【F•G】の兄弟校だ。
賢一は現在、ファーストからフォースまでの、合計四つが開校されている。
この【F•G】は最初に作られ、ガーデンとしてのレベルとしては、トップクラスのエリート校だ。
【S•G】は【F•G】がエリート校であり、ノルマなどが多いこともあり、【F•G】について行けない人のために作られ、ゆっくりと、個人のペースを考えられた場所だ。
【F•G】は戦闘を主に考えられた教育であり、ここで育った者たちは全員が高い戦闘能力を習得しており、卒業時の平均ランクは驚きのCランクだ。
そして、始が行くことになっている【S•G】は、【幻工師】の育成に力を注いでおり、現在活躍している【幻工師】の中で、名の通った者は大抵がここ出身と言われている程だ。
「あれ?始っちって【幻工師】志望だったっけ?」
【幻工師】の育成が盛んな【S•G】に行くということは、始は【幻工師】志望なのだろう。
しかし、桜はそんなことを聞いたことがなかったため、疑問符を浮かべていた。
「あたしも初耳ね」
「どうやら本人の意思ではないらしいですよ?」
「六花、そうなの?」
「はい。どうやら取引をしたようでして」
「取引って?」
「何かを手に入れるために、代わりに入学するように言われたそうですよ?」
「ふーん。始っちがねー。あの始っちが欲しがるものってなんなの?」
桜が興味津々な様子で六花に聞くと、六花は「さあ?」っと首を傾げていた。
生十会メンバーが始の話で盛り上がっていると、話から蚊帳の外にされてしまっている楓が小さく「おい」っと抗議をしていた。
「あたしを放置しないでくれる?」
「あっ。ごめんなさい。とりあえずあたしが言いたいことは、楓?生十会に入らない?」
「……考えさして」
「そうか」
楓が時間をくれというと、結は残念そうに呟いていた。
「そういえば、前まで【宝院】にいたんだろ?」
「……そうだけど、誰?」
「あぁ。悪い、俺は音無結。会長に嵌められて生十会の一員になっちゃった者だ」
「嵌められたって……何があった?」
「……まあまあ。そんなことはどうでもいいだろ?」
話を自分からふっておいて、自分から誤魔化している結に楓は乾いた笑みを浮かべて「そだねー」っと返していた。
「それで?あたしが前まで【宝院】にいたことがどうかしたのか?」
「ん?あぁ。【宝院】にいたなら、陽菜と知り合いかなって思ってな」
「あっ。そっか、そういえば陽菜の名字って宝院だったっけ?」
「その話詳しく!」
結と桜が話でいると、いつもダルそうにしている楓は唐突にテンションを上げると、結と桜に詰め寄っていた。
これからもよろしくお願いします。




