6ー9 おかえり……?
「それで、私たちは念のために自分たちが死んだことにすることにしたんです」
「まあ、賢明な判断だな」
最初に捕まえられた時に何もされなかったからと言って、二度目はそうとは限らない。
だから美雪たちの判断は十分正しかったと言えるだろう。
「死を偽った理由はわかった。だが、なんで今出てきた?」
死を偽装して、姿を隠したのは理解できる。
ならば、どうして今こうして出てきたのだろう。
当然とも言える結の疑問に対する美雪の答えは、
「準備が整ったからです」
「……準備?」
「はい。ご主人様をお迎えするご用意が整いましたので、今、こうしてお迎えに参上致しました」
「……説明しろ」
突然準備が出来たとか、迎えに来たとか、結には意味がわからなかった。
だから結は美雪に説明を求めた。
「分かりやすく言いますと、私たちは【A•G】を再建したいと思っています」
「再建だと」
「はい。ですので、お嬢様の代わりに私たちを率いる王として、ご主人様をお迎えに参りました」
【A•G】は今まで、絶対的強者であり、最も美しい少女でもある奏という一人の少女によって統制されていた。
ノースタルの襲撃によって奏が倒され、それによって統制が壊れ、バラバラになってしまった【A•G】を、結を新たなトップ。つまり、天使たちを纏める新たな神にしようとしているのだ。
「……断る」
「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」
結の返事は拒否だった。
「……今の俺に、お前らを纏める程の力がないことが一つ、それに、俺は生十会の音無結だ。F•Gを辞める気はない」
「なるほど。つまり、F•Gが無くなればいいだけの話ですね?」
美雪は花が咲くような笑みになると、さっと右手を振り上げた。
「美雪っ!?」
「こんなガーデン。私が破壊してあげましょう」
美雪は振り上げた右手に莫大な量の幻力を集中させると、美雪の手のひらに小さな球体のようなものが出来上がっていた。
(あれはっ!終末シリーズ!?)
本来ならば巨大な姿となる幻力の球体を、極限まで圧縮し、小さくすることによって威力を爆発的に上げた術。それが終末シリーズだ。
それを見て、咄嗟に結が叫ぶが、結の叫びも虚しく、美雪はそれを解放した。
『幻操、終末=爆裂』
圧縮した力を一気に解放することによって、周囲一体を薙ぎ払う終末シリーズの中でも、攻撃範囲が広い術だ。
意識が圧縮され、結はそれを目撃した。
終末シリーズが起動され、会長が少しでも被害を減らそうと、抜刀し、炎を作り出しているのも、珍しく、慌てた様子で右手を解放されようとしている終末の球体に翳している六花も、二本の糸剣を取り出し、火を作り出すことによって、少しでも会長の炎の威力を上げようとしている桜。
突然破壊的な行動を取ろおとした美雪を止めるべく、球体を氷の球体で覆い尽くそうとしている六花衆。
(ダメだ!間に合わない!)
会長の炎も、六花衆の氷も、全ては手遅れだった。
美雪の術のスピードはあの会長でさえも追いつくことが出来ない、そして、それは美雪が六花衆の四人の中で、最も術の起動スピードが早く、基本的能力において、他のメンバーを卓越していることも相俟って、止めることは不可能だった。
しかし、美雪が術を起動してから、発動までの○、一秒にも満たない、刹那の間。
結は確かに、確かにハッキリと声を聞いた。
「なになにー?これってピンチってやつかねー。初日でこれは流石に勘弁なんだけど、まぁーシャーなしだなー」
あまりにも場にそぐわない、ゆったりと緊張感の一欠片も感じられない口調の声を、結は確かに聞いた。
そのつぶやきと共に、突然現れた少女が、眠たそうな表情で、指をパシンッと鳴らす動作を、結は見ていたを
「……え?」
それは誰の声だったのか。
それを特定することに意味なんてない。
その声は、そこにいた全員の共通認識だったからだ。
「あ、ありえません……」
「え、え?ど、どうなったの!?」
ありえない。
思わずそうつぶやいてしまったのは、術を発動しようとしていた、美雪自身だった。
ほぼ本能的に、もうダメだと悟っていた桜は、美雪の終末の球体が氷の球体へと変化し、地面に崩れ落ちるのを見て、明らかに動揺していた。
(彼女たちが止めてくれたのかしら?)
ダメだと悟っていたのは桜だけで無く、会長もそう思っていた。
炎で球体を覆い、少しでも爆発の衝撃を殺そうとしていたが、自分の炎が到底間に合わないことを正確に判断していたからだ。
球体が氷へと変化したことで、氷属性の使い手である、六花衆がやったと思い、会長は彼女たちに視線を向けるが、彼女たちもまた、皆唖然とした表情をしていた。
「うそ、だろ?」
それは、結のつぶやきだった。
あの場面で、あそこにいなかった第三者の声を聞いたのは、結ただ一人だったらしい。
結は突然現れた少女を視界に入れていた。
いや、この表現は正しくない。
結はその少女しか視界に入っていなかった。
魅力されるような黒く美しい髪。
髪と同じ、神秘的な輝きを潜ませる黒の瞳。
結はその人物に心当たりがあった。
あの日。
結の目の前で死んだ筈のアノ子。
「……か、なで?」
結が一点を強く見ていることと、そのつぶやきを聞いて、皆の視線は突然現れたその少女に向かった。
そして、彼女の容姿を見た六花衆もまた、全身に緊張が走っていた。
「お、お嬢様なのですか?」
その姿は、そう。
結たちのリーダー。
天使を纏める女神。
如月奏。
そのものだった。
結たちの言葉に答えるように、その少女は、結に向かって言った。
「ん?なになに?そんなに見つめないでくれる?恥ずかしいなぁー。ふわぁー眠い」
「…………へ?」
少女の言葉を聞いて、結は混乱した。
奏の性格としては、いつも穏やかで丁寧、敬語を常時装備している、大和撫子と言ってもいい。
しかし、目の前にいる少女は、眠たそうに目尻に涙を溜めて、ふわぁーっと可愛らしく欠伸をしている少女だった。
「奏なのか?」
結が思わずしてしまった質問に、緊張が走った。
結と六花衆はもちろんのことだが、奏という、生十会にとって大切な仲間である結の昔のパートナーだったという少女の名前を聞いて、緊張していた。
特に、桜の緊張は他の二人よりも強かった。
「奏?誰それ?」
結の質問に返って来たのは、知らないという、残酷な答えだった。
「奏じゃ、ないのか?」
「だーかーらー、奏って誰?あたしは楓、カナデじゃなくて、カ、エ、デ。オーケー?」
これからもよろしくお願いします。




