6ー8 理由
『死神隊』。
それは、結が結花としてでは無く、結として任務に行った時についた名前だ。
由来はシンプルだ。
その由来とは、結が一人で任務に行った際に、結についた通り名が『死神』だったからだ。
結の戦闘能力は、結が【A•G】にいた際は演技する幻、結花しかないとされていたが、実際には違う。
結にとって、演技する幻は【A•G】に入ってから、二つ目に出来た能力だ。
【テニント】の一件で、零王の存在が揺るぎ、それまでの戦い方が出来なくなった結は、最初、使えなくなった力を取り戻そうとしていた。
零王の力の根源にあるのは、結自信が自分のことを劣等生だと思っている、深層心理の部分だ。
結が元々得意とするのは、外部ではなく、自身に影響を及ぼす術、自幻術だ。
自幻術は元々誰にでも使える能力だが、結はそれを好み、そこに注目していた。
結は自幻術を使い、本来、人が認識することの出来ない心の奥深く、つまり深層心理を弄ろうとしたのだ。
自幻術によって自分の深層心理に自分は劣等生だという気持ちをもう一度を植え付けるために、まず結は、いつもは認識することの出来ない深層心理を、認識できるように引っ張り出そうとした。
そして、それが起こったのだ。
深層心理を呼び覚ますことで、結に変化が現れた。
いつもの結は、少し雑だけど、常に考えながら行動している知的で、仲間に優しい少年だ。
しかし、そこにいた結には、優しさなんてものは微塵も見られなかった。
人間の人生の中で、最も残酷なのは子供の頃だとされている。
そこに悪意はない。
あるのは純粋な好奇心。
それが酷いことだなんて、残酷なことだなんてことを知らずにやっている。
その時の結は、まさにそれだった。
良く言えば、いつも子供らしくなかった結の子供らしさが強調された状態。
悪く言えば、無慈悲に残酷で、しかし悪意なんてない、悪魔。
結はその力を得た後、その力を使って任務に出ていた。
しかし、その力は結自身ですらコントロールが難しく、そのため、結がその状態で任務に出る時は、任務時には二名以上で行かなければならないという【A•G】のルールが例外的に適応されなかった。
結はその状態になってから多くの任務をこなしていた。
【A•G】の戦闘服が、白のコートと仮面であるのに対し、結は黒いコートと仮面を着けていた。
黒い容姿で敵を容赦なく始末する結は、それを偶然目撃して者によって、通り名がつけられた。
それが『死神』。
結が『死神』として任務についていると、ひょんなことから一人ずつ、合計六人の少女を助けることになっていた。
彼女たちは身寄りも無いらしく、六人は唯一、構成員が結ただ一人だった零番隊に入ることになった。
彼女たちは才能があったのか、結が一ヶ月間鍛えることによって、それぞれ力を開花させていた。
そうして、気付けば結率いる『死神隊』は、【A•G】の名の裏で、その名前を轟かせていた。
結がその『死神隊』それも、唯一の特異点とも呼ばれる、隊長であったという真実に、生十会代表の三人は目を限界まで大きく見開いていた。
「彼女たちが【A•G】の一員だってことがわかってから、薄々は思っていたのだけど、やっぱり……」
「ゆっちって、天使だったんだ……」
「それも、零番隊の隊長とは、さすがの私も驚きですね」
会長は納得するようにうんうん頷くと、疲れたかのように深いため息をついた。
桜も桜で、良く日向兄妹から【A•G】について熱弁されていたこともあり、目の前にいる人物が【A•G】の幹部。結に至っては、伝説の中の伝説、零番隊の隊長だと聞いて、心底驚愕していた。
中々驚いた表情を見せない六花は、流石に予想外だったのか、一瞬驚いたような表情になると、すぐにいつもの無表情に戻っており、言葉とは裏腹に、そこまで驚いていなかったのかもしれない。
「へぇー。よく知ってるな。零番隊」
結は会長たちが零番隊をしっていたことに驚いていた。
(会長は神崎の長女だったか?それなら知っているのも当然か。六花はなんとなく知っててもおかしくない気がするし、一番意外なのは桜だな)
結が興味深そうに桜を見つめていると、その視線に気付いたのか、桜はしばらく結と見つめ合うと、仄かに頬を名前通りの桜色に染め上げ、視線を逸らしていた。
(なんだあいつ?)
結が桜の奇行の首を傾げていると、左右と正面から、合計六つの刺さるような視線に晒され、結は「なぜっ!?」っと心の中で叫んでいた。
「はぁー。そこのバカ主様は放っておいて、話を元に戻してもよろしいですか?」
「え?あっ、悪いわね。話の腰を折っちゃって」
申し訳なさそうに会長が謝ると、美雪は「いえいえ。問題ありませんよ」っと微笑んでいた。
結の「美雪までっ!?」っという叫びは、その場にいる全員からスルーされてしまい、机に突っ伏す形でいじけていた。
「まず。現在において、【A•G】がどうなっているかというと、率直に申しますと、ほぼ解体状態です」
美雪の重々しい口調に、いじけていた結は、今はいじけている場合じゃないと顔を起こすと、「やっぱりか」っとつぶやいた。
それでですねっと話を続けようとする美雪に、会長は「ちょ、ちょっと待ってくれるかしら?」っとストップを掛けていた。
「なんでしょうか?」
「あたしたちは席を外した方がいいかしらと思ってね」
会長はそう言うと、桜と六花に目配せをし、二人と共に立ち上がった。
「いいえ。待ってくれませんか?」
次にストップを掛けたのは美雪だった。
「これはご主人様だけではありません、今後お世話になるのですから、あなた方、つまり生十会の皆様にも知っておいて欲しいんです」
美雪が真剣な眼差しでそう伝えると、会長たちはその眼差しに納得したのか「わかったわ」っと再び席に座った。
「一年前、あの日から私たち六花衆はある人物について調べていました」
「ある人物?」
「はい。その人物の名前は、『ノースタル』」
美雪の言った言葉に、結は「やっぱりか」っと眉を顰め、その名前を報告から知っている会長と、実際に会っている桜、その場にはいなかったが、会長よりも早くその名前を聞いていた六花は、驚いている様子だった。
「美雪、お前……」
「……その通りです。私たちはお嬢様を殺したあの女を必ず捕らえてみせます」
「……命令だ。今すぐ諦めろ」
悲しみと憎しみが含まれた眼差しの美雪に、結は真剣な声で言った。
「どうしてですか!ご主人様はお嬢様を殺したあの女が憎くないのですか!」
「ああ!俺だって憎い!俺の大切な日々を突然奪ったあいつがな!でも、無理だ」
「無理!?何が無理だというのですか!!」
「俺じゃ、いや、お前たちでもあいつにはノースタルには勝てない」
「!?ど、どうしてですか!どうしてそんなことを言うのですか!」
いつの間にか美雪は立ち上がり、顔は微かに赤くなっており、ひどく興奮しているようだった。
そんな美雪に、結は悔しそうに歯を食いしばりながら、やめろと言い続けていた。
「二人とも静まりなさい」
二人を見兼ねて、会長は鋭い口調で口を挟んだ。
「ここは生十会室よ。あたしの命令は絶対よ。例え相手が伝説の天使様だとしてもね」
会長が鋭い目付きを二人に向けると、美雪は落ち着くために目を瞑ると、静かに席に座った。
「お見苦しい姿をお見せしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
目を瞑り、何度か深呼吸をした美雪は、冷静に戻り生十会の面々に謝罪をした。
「結、あなたもよ」
「……悪かった」
「はぁー。全く。でも安心したわ」
呆れたようにため息をついた後、すぐに安心しただなんて場違いなことを言った会長に、皆が疑問符を浮かべていた。
「会長?どゆこと?」
皆の疑問を代表するかのように、桜が会長にきくと、会長は楽しそうに微笑みながら答えた。
「伝説と呼ばれてる天使様でも、やっぱりあたしたちと同じ人間なんだなって思っただけよ」
【A•G】は確かに伝説の存在だ。
そのため、そこにいた人間は天使様と呼ばれ、幻操師たちからは英雄や伝説などと呼ばれ、信仰されていた。
しかし、美雪が感情のままに暴走する姿を見て、会長は天使様も心を持った普通の人間なんだと思い、安心したのだ。
「あっ、言ってなかったか?こいつら、俺らと同い年だぞ?」
「へーそうなんだ。…………えっ!?」
「どうしたんだよ。そんなに驚いて……」
「だ、だってえ?天使様ってそんなに若いの!?」
「……ねえねえ。それってあたしたちが老けて見えるってことかな?」
「あっ、そ、そういう訳じゃなくてですね?その、そう!なんかすっごい大人っぽいからもっと年上なのかなぁーっと思いまして!」
「まあー。そうだな。【A•G】、特に六花衆は精神年齢が高いかもな。……一名を除いて」
「バカ主ぃー。その一名って誰のことかな?かなかな?」
結がさりげなく六花衆の年齢を暴露すると、少なくとも二つくらいは年上だろうと思っていた桜は、驚愕しているようだった。
そんな桜の言葉に悪意なんてこれっぽっちもないことを理解しながらも、雪乃は桜をからかって遊んでいた。
「雪乃。からかうのはやめろ。桜はお前と同じでアホの子なんだからな」
雪乃の言葉をスルーしながら結が雪乃に注意すると、さりげなく再び貶された雪乃は「バーカーぬーしーっ!」っと顔を真っ赤にしていた。
「……はっ」
「なんだその態度!爆ムカッ!」
(爆ムカッてお前……)
どうやら怒っているらしい雪乃を、結が鼻で笑うと雪乃は爆発のようなムカつき、爆ムカしていた。
「そろそろ本題に戻ってくれませんか?」
結と雪乃が久々の口喧嘩で楽しんでいると、少しムッとした表情の六花が話に割り込んでいた。
(たくっ。そんなに怒らなくてもいいだろう)
「わかったよ。それで?話してくれるんだろ?理由」
「わかりました。先ほども言いましたが、私たちはずっとノースタルについて調べていました」
美雪がノースタルと言うと、話が脱線した理由である結と美雪の口喧嘩を思い出し、場に緊張が走っていた。
「……」
今度は何も言わない結に、会長が人知れずほっとしていると、結の表情に違和感を感じていた。
(さっきはあんなに怒ってたのに、今は何も思ってないみたいね。二度目だからかしら?)
会長が心の中で首を傾げていると、美雪は話を続けていた。
「ノースタルについて調べていたのですが、その過程で私たちはあることを知ってしまいました」
「あること?」
「それは、偶然でした。私たちはノースタルの仮面の下を見てしまったのです」
「なっ!?」
美雪の言葉に結と六花の二人は心底驚いた様子だった。
今まで、黒いコートと白い仮面のせいでほとんどわからなかったノースタルの正体。
正体までわかったとは言えないのかもしれないが、それでも六花衆はノースタルの仮面の下を見たと言っているのだ。
例えるならツチノコを見つけた時の感覚に似ている……こともないか。
「しかし、そこで問題がありました」
「問題?」
「うん。それが、あたしたちがノースタルの素顔を見たことがノースタル自身にばれちゃったんだよね」
「それってマズくない?」
問題があったと言う美雪に、問い掛けた桜に答えたのは雪乃だった。
雪乃の言ったことに、桜は焦った表情を浮かべていた。
その時の六花衆の立場は、例えるなら殺人現場を目撃してしまった人間のようなものだろう。
正体を隠しているノースタルにとって、素顔を見られることは、犯行現場を見られた犯罪者と同じだろう。
それはつまり、その犯罪者、ここではノースタルに命を狙われるようなものだ。
「うん。やばいったりゃありゃしないよ」
「うむ。私たちはその後ノースタルに追われたのだよ」
「……それで?逃げ切れたのか?」
追われたという雪羽に、結が肝心なことをきくと、六花衆の面々は微妙な表情になっていた。
(ここにいるってことは逃げられたんだろうけど。なんだこの微妙な雰囲気は)
今目の前に六花衆がいることが、その時ちゃんと逃げられたことを示している筈なのだが、六花衆の微妙な表情を見て、結は疑問符を浮かべていた。
そんな結に、小雪が「それが……」っと話を続けた。
「にゃにゃたちは四人とも捕まっちゃったのにゃぁ」
「なっ!?」
これで何度目だろうか。
結は再び「なっ!?」っと驚きの声をあげていた。
しかし、それも仕方がないだろう。
殺人犯に捕まったのであれば、待つのはバットエンドの筈だ。
しかし、六花衆はこうして元気にしている。
(口止めされずに解放されたってことか?)
そうであれば、四人が微妙な表情を浮かべるのも無理はない。
「にゃにゃたちは確かにノースタルに捕まえられちゃったのにゃ。にゃけど、何もされずに解放されたのにゃ」
「……それは、不可解だな」
何もせずに解放するのであれば、そもそも追う必要もない筈だ。
六花衆は強い、四対一では分が悪いと思って見逃した?
いや、捕まえられたと言っている。おそらく六花衆は本当に捕らえられたのだろう。
それに、おそらく、いや絶対に六花衆が四人ががりだったとしても、ノースタルには勝てないだろう。
「不可解なことなら他にもあるんだ」
結が考え込んでいると、雪乃が話を続けていた。
「他にもって?」
「それが、捕まえられた時にあーもう終わったなあたしの人生ーって思ってたんだけど、そのショックなのかバッチリ見た筈のノースタルの素顔が思い出せないんだよね」
「はぁ!?も、もしかしてノースタルの素顔を覚えている奴って……」
「そ、それが……」
ノースタルに追われた理由であるノースタルの素顔を忘れちゃったという雪乃に、結は絶叫していた。
もしかしてと思い、美雪にノースタルの素顔を覚えているか聞くと、美雪は珍しいことに頬を赤くしながら、気まずそうに視線を逸らしていた。
(おいおい。四人とも忘れたのか?)
どうやら忘れたのは雪乃と美雪だけでなく、小雪と雪羽も覚えていないようだった。
「お前ら、怖い思いし損だな」
「し、仕方ないじゃん!すっごい怖かったんだよ!?」
「へぇー。意外だな、お前が怖いだなんて」
「う、うるさい」
結がジト目を向けると、雪乃は恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
「あまり雪乃を責めないであげてください。私も凄い勢いで体が冷えてしまう程に恐怖を感じてしまったんです」
「……それ程か」
強ければ強いほど、相手の強さを理解できる。
六花衆は強いがあまりに、いつもはノースタルが隠しているその強さを見抜き、そしてその強さに怯えたのだ。
恐怖のあまり血の気が引くとよく言うが、体を凍えてしまうのではないかと思ってしまう程に冷気を感じたときいて、六花衆が計ったノースタルの強さを知り、結は改めてノースタルの強さを実感した。
これからも天使達の策略交差点の応援をよろしくお願いします。




