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6ー6 信じてるいるから


 現状況では、結を凍結され、まんまといっぱい食わされた状態なのだが、とことんやられることによって、会長の頭はいつもの冷静さを取り戻しつつあった。


 そんな冷静になった会長が感じていたのは。


(おかしい)


 違和感と疑問だった。


(これだけのことをしておいて、今の彼女たちからは、全く殺気が感じられない。本当にターゲットは結だけだったってこと?……彼女たちは結の旧友じゃなかったの?疑問はそれだけじゃない。一番おかしいのは、結が唯一のターゲットだったと仮定した場合。彼女たちは結に対して、最初から一度も殺気を向けてないわ。それどころか、慈愛に近い想いまで感じる。……どういうこと?…………まさかっ!)


 とあることに気付いた会長は、急いで結に近付くと、氷の彫刻となっている結に触れた。


(これはっ!……なるほど。そういうことだったの)


 結に触れて、何かに気付いたようの会長は、ふっと思わず笑みを漏らすと、いつもの堂々とした態度に戻り、片手を上げながら生十会の面々に告げた。


「みんな。法具を下ろしなさい。彼女たちは現段階では敵じゃないわ」


「ど、どうしてです!?」


「こいつら結を殺したじゃない!」


「黙りなさい。いいから法具を下げなさい。これは会長命令よ」


 会長が皆にそういうと、会長と違い、今の状況を正しく認識出来ていないメンバーたちは、それぞれ反論を口にしていた。


 会長はそんな反論をすべてバッサリと斬り捨てると、もう一度命令した。


 そんな会長に、美雪は感心するように笑みを浮かべていた。


 会長命令と言われ、生十会のメンバーは、不満気にそれぞれ法具を下ろしていた。


「な、なんでよ会長!」


「桜。さっきあなた、言ったわね?こいつらは結を殺したって」


「そ、そうだよ!」


「どうして結が殺されたと思ったのかしら?」


「だって、ゆっちってば、全身氷漬けになってるんだよっ!?」


 桜は慌てた様子でそう言うと、氷の彫刻のようになっている結に視線を向けた。


 桜は結を改めて見ると、何かの違和感を感じたのか「あれ?」っと眉を顰めると、会長がやったように氷の彫刻になっている結に触れた。


「……あれ?冷たくない?」


「桜。そういうことよ」


「ど、どういうこと?」


 会長の言葉にさらに疑問符を増やす桜に、会長はため息をつくと、桜に説明を始めた。


「それ。固有幻操よ」


「固有幻操?」


 固有幻操とは、その名が示す通り、幻操師がそれぞれ固有で持っている幻操術のことだ。


 分かり易い言葉で説明すると、固有幻操とはつまり心操のようなものだ。


 心を力として纏い、特殊な効果をエンチャントされた術。


 固有幻操とは、この本来であれば心装によってエンチャントされる特殊な効果をそのまま幻力で使用出来るまで劣化させた術のことだ。


 つまり、心操術の小型版のようなものだ。


 現在、幻操師が主に使っており、尚且つ普及している法具を使った【基本術】と比べると、特殊な効果をエンチャントするためにメモリーを使っているため、威力は大幅に落ちるため、心操術として使わない限り、使われることは滅多にないのだが、それでも、中にはたとえ威力が小さくとも、六花衆のようなそのエンチャントされている能力が強い者たちがいる。


 固有幻操は独特であり、【基本術】ではありえないこともあり得るため、使われればすぐにわかる。


 凍結。つまり氷なのにも関わらず冷たくない。


 これは明らかな異常だ。


 そのため、会長は即座にこれが固有幻操だと判断したのだ。


「会長……これってどういう……」


「おそらくだけど、これは封印ね?」


 疑問を浮かべている桜のために、会長が美雪に自分の考えを言うと、美雪は「御名答です」っと返した。


「ご主人様は日常生活でも、過大なストレスを感じてしまいます。私たち幻操師にとって、ストレスは毒のそのものと言ってもいいでしょう。そして、ご主人様はそれをどうにかする方法を知りません」


「もしかして、結って不器用だったのかしら?」


 会長の問い掛けに、美雪は小さく頷いていた。


「はい。ご主人様は思考回路そのものが少し偏屈、変人と言ってもいいでしょう。ご主人様は人に迷惑をかけることを極端に嫌います。そのため、ご主人様は自分のストレスをぶつける方法を知らずに育ちました。今までは姫がご主人様の怒りやストレスが爆発すると同時に封印していたのですが、今は姫はいません。姫のように、一人でご主人様の怒りを鎮めることは出来ませんが、四人ならばそれも可能。私たちは今回、ご主人様を落ち着かせるために参上しました」


 結は昔から子供らしくない子供だった。


 後先考えずに一直線に進んでいく普通の子供とは違い、結はずっと考えて過ごしていた。


 しかし、その反面。結は子供の時に学ぶべきことを学ぶことが出来なかった。


 例えばそれは、ストレスの発散方法。


 大人であれば、暴食や飲酒、喫煙などでそれを発散することも出来るが、彼はまだ未成年。


 それらをすることは出来ない。


 しかし、彼は子供がするようなストレスの発散を知らず、子供らしくない思考のため、日常生活そのものがストレスにもなっていた。


 結が何よりも困ったのは、身に余る程の激情。


 人は歳を重ねるにつれて、経験によって我を失う程の激情を感じることが少なくなる。


 子供であれば、喧嘩などの方法によってその激情を発散するのであれば、結にはそれが出来ない。


 何故なら、彼は本能的な戦いではなく、知的な戦い。例えば、相手の急所を狙うことが普通だったからだ。


 結は最初から子供らしい部分が全くなかったわけではない。


 元々は人よりも少し大人びていたぐらいだった。


 しかし、結は昔、一度だけストレスを爆発させ、友人と取っ組み合いの喧嘩をしたことがある。


 その時、結は無意識に相手の急所を狙ってしまい、相手に大怪我をさせてしまった。


 肉体的性能では明らかに劣っていたとしても、ただの子供と違い、結は戦い方を知っていた。


 だからこその結果だった。


 それ以降、結は喧嘩によってストレスを爆発させることもなくなった。


 つまり、彼は元々溜まり過ぎて困っていた激情を発散する唯一の方法が無くなってしまっていた。


 過去の経験から、人に迷惑をかけることを極端に嫌う結は、心の中にスペースを作り、そこにストレスを封じ込めるようになった。


 最初はあの奏さえもそれに気付いていなかった。


 しかし、結の封じ込めは不完全だった。


 結は少し大人びているとはいえ、所詮はただの子供だ。


 そんな器用なことが完全に出来るわけもなかった。


 昼間は心に仮面を被り、ストレスの全てを封じ込めることも出来たが、夜はそういう訳にはいかなかった。


 結が封じ込めていたストレスは、悪夢や思考の分離へとなって結を襲っていた。


 結の制御から離れ、分離した思考は果てし無くマイナス思考だった。


 結が何かをすれば、心の中でそれに否定される。


 ある日、結は自分の心の声に負けた。


 結は人生二度目となる、激怒を経験したのだ。


 その時、結を鎮めた人物こそ、奏だった。


 氷属性の力は、炎属性の力と合わせて、二第上属性とも呼ばれている。


 炎属性が全てを燃やし尽くす、太陽の業火だとすれば、氷属性は全てを凍らせ、人の心を惑わし、変えてしまう、魔性の月の光だ。


 並の使用者では到底不可能だが、奏程のレベルになると、氷属性の真髄の力を使うことが出来る。


 それは、精神の凍結。


 それは、人の心を凍らせ、感情や感覚、記憶までも封じてしまう。究極の封印属性だった。


 奏はこの精神に関与する特性を利用して、とある術を作り出した。


 子供のころに起きる、暴走にも似た激怒。


 奏は激情が爆発したと途端に、その激情を凍らせる術を作り出したのだ。


 奏の氷は、結が心の中に作っていた激情を封じ込めるスペースを完全なものへとしていた。


 しかし、それには奏の協力が必須だった。


 奏を失った今。


 結は激情の行き場を失っていた。


 奏の作り出した術は、あまりにもレベルが高かった。


 元々、精神に関与する氷は、氷属性の中でも奥義だ。


 それを細かくコントロールし、相手の心にダメージを負わせずに、激情だけを封じる。


 それは到底、奏以外、一人で出来るようなものではなかった。


 だから六花衆は、それを四人で役割り分担をしていた。


 そうすることによって、不可能を可能にしたのだ。


 奏は天才だった。


 一人では天才の真似は出来ないかもしれないが、仲間と協力することによって、それを可能とする。


 それは、奏が六花衆に教えた、最初の言葉でもあった。


「さて、そろそろでしょうか」


 美雪は突然そんなことをいうと、会長は「何がかしら?」っと首を傾げていた。


「雪羽、雪乃、小雪。準備をしてください」


 美雪の命令に、三人はそれぞれ返事をすると、氷の彫刻となっていふ結の周囲に集まっていた。


「ちょっ!何してーー」


「桜。やらせてあげるのよ」


「ででで、でも!」


「大丈夫よ。彼女たちの目を見てみなさい」


「え?」


 四人が突然動き出したことで、殺意がないことを知っていたとしても、最初の攻撃のこともあり、桜は警戒をしていた。


 会長に止められた桜は、会長に言われた通り、彼女たちの目を見ると、絶句した。


(何あれ。凄い真剣。それよりも、なんて、なんて優しい目なんだろ)


「皆さん。せいのでいきますよ」


「「「了解」」」


「せいのっ!」


 結を囲い、それぞれ両手を重ねて結に掌を向けていた六花衆は、美雪の掛け声で、同時に掌から多量の幻力を噴出させていた。


 六花衆は奏の激情凍結をただ役割り分担するだけでは、会得することができなかった。


 ぱっと見では、なにもしていないように見える状態で、ほぼ日時的に激情凍結をしていた奏と違い、六花衆は激情凍結を二段階に分けた。


 一つは、対象者を氷漬けにする、威力を抑えた精神凍結。


 もう一つは、第一段階で氷漬けになった対象者の氷を溶かす作業だ。


 奏ようにピンポイントで出来ないため、激情だけでなく、一度全てを凍結する。


 少し時間を置いた後に、後から激情以外の凍結を一つずつ解除する。


 それが、六花衆の激情凍結だった。


「はぁー、はぁー、はぁー」


 六花衆はそれぞれ息を荒くし、辛そうに表情を歪めていた。


 役割り分担をし、段階を設けたとしても、術の難易度が高過ぎるのだ。


「ら、ラストスパートですっ」


 六花衆は最後に気合いを入れると、再び、美雪の掛け声で凍結解除を一気にやっていた。


 ラストスパートを掛け、凄まじい量の幻力が結を覆うと、六花衆は気力の全てを使い果たしたのか、両手を膝に付けて、辛そうに肩で息をしていた。


「あ、あれ?」


 戸惑いの声を漏らしたのは、桜だった。


 その声の原因は単純だ。


 結を覆っていた幻力で出来た霧が晴れると、そこには、氷漬けのままでいる結の姿があったからだ。


「な、なんで!失敗したの!?」


 それを見て、六花衆のやっていたことが失敗したと思った桜は、六花衆を問い詰めていた。


「桜。落ち着きなさい」


「で、でも!」


「いいから、静かにして」


 会長に言われると、桜は不満気にしながらも渋々言うことを聞いていた。


(彼女たちからは、失敗したような雰囲気は見られないわね。つまり、成功したってことね)


 失敗したのであれば、六花衆も悲しそうにしたり、悔しがったり、何かしらの変化があるはずだ。


 しかし、今の彼女たちにあるのは、やり切ったという達成感と疲労。


 それを見て、会長は安心していた。


 桜は不満であり、そして、なにより不安だった。


 六花衆が結を助けようとしている確証なんて、どこにもないからだ。


 確かに、結を凍らせている氷が冷たくないことには驚いた。


 しかし、それは結の身体を覆っている氷は、冷気によって身体ではなく、他の何かに影響を及ぼす、固有幻操だということがわかっただけだ。


 もしかしたら毒のようなものかもしれない。


 桜にとっては、突然『氷結地獄(コキュートス)』だなんていう、超がつく程危険な術を使用した相手でしかない。


 逆に、どうして会長がこんなにも安心しているのかが理解出来なかった。


(そいつらは氷結地獄であたしたちを殺そうとしたんだよ!?)


 それが、桜の心の叫びだった。


 しかし、会長は確信していた。


 六花衆は結に危害を及ぼすことはないと。


 この根拠は、信頼だった。


 それは六花衆への信頼などではない。


 そもそも、桜が感じているように、会長たちと六花衆だけで考えれば、印象は最悪と言ってもいい。


 ならば、誰への信頼か?


 それはもちろん。結への信頼だ。


 イーター襲撃事件では、日向兄妹と桜の命を救い、人型イーターのせいで幻操師生命が危うくなった桜に元気を取り戻させた。


 【R•G(ロイヤル・ガーデン)】に行った時も、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】のマスターから頼まれた仕事を見事完遂したと聞くし、【H•G(ハッピー・ガーデン)】が襲来した際、双花を攫われるという失態を晒すことになるが、それ以外の被害を極端に減らしたのは結だった。


 そして、攫われた双花も直接助け出したのは【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の守護者たちだったが、それを可能にしたのは、結が【H•G(ハッピー・ガーデン)】のマスター、麒麟の気を引いていたからだ。


 それだけの功績を残した結を、会長は信頼していた。


 そもそも結は、会長が無理やり生十会に入れさせたようなものだ。


 それなのに、ここまでちゃんと仕事をこなす結を、信頼しないわけがなかった。


 なにより、会長は知っている。


 いつもはちょっと雑なところもあって、口も悪いかもしれないが、その優しさを。


 会長だけじゃない、生十会は結と争いたいだなんて思ったことはない。


 そりゃ、小さな喧嘩はあったとしても、気がつけば元の関係に戻ってる。


 彼女たちも結と共に過ごしてきたのであれば、その気持ちは同じ筈だ。


 それに、なによりの根拠は、会長が彼女たちの気持ちを見抜いていたからだ。


(まあ。彼女たちも女の子ってことね)


「六花衆っ我らが主に敬礼っ!」


 美雪は突然大声てそう叫ぶと、結の周囲に集まっていた六花衆は、ピシッとその場で背筋を伸ばすと、ピシッと右手を頭に当てて、敬礼のポーズをしていた。


「な、なにやってるのよ!」


 六花衆の突然の奇行に、桜が大声を出すと、それと同時に結を覆っていた氷に亀裂が走っていた。


「ゆっち!」


 桜がそれに気付き、慌て始めるが、亀裂はピシピシと音をたてて、どんどん大きく広がっていた。


 そしてとうとう、破裂するような音と共に、氷は粉々に弾けていた。


 弾けた時の衝撃で、氷は一気に気化し、結の周囲には霧のようなものが立ち込めていた。


「おはようごさいます。ご主人様」


 六花衆は敬礼をやめると、代表するかのように、美雪が言葉の後に頭を下げると、残りの三人も同様に頭を下げていた。


「うん。おはよう」


 霧の中から聞こえるのは、結の声ではなく、若い、ソプラノの少女の声だった。


(少女の声?)


 少女の声が聞こえたことで、生十会の面々は疑問符を浮かべていた。


(なんで少女の声?……あっ、ジャンクションか)


 結のジャンクションを見たことがあるメンバーは、納得しているようだった。


 そして、漂っていた霧が、一気に拡散した。


「久振り」


 霧の中から現れたのは、肩にかかる程の黒髪を靡かせた少女だった。



 これからも天使達の策略交差点をよろしくお願いします!

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