6ー3 育て育む心
この物語はフィクションです。
文章中の説明はあくまでこの世界の中での考え方です。
どんな説明があったとしても、それは現実とは一切関係ありません。
ご了承下さい。
結が指を指す先にあったのは、雪羽の腕に着いてある、細かい装飾のある銀色の腕輪だった。
「それは、奏のだ。なんでお前が持ってる……」
「……結」
その腕輪は、奏が大切にしていた物だった。
つけることはなかったが、いつも自室に大切そうに飾られている腕輪だった。
結は一度、奏にそれがなんなのかを聞いたことがある。
その時、奏は
「大切な友人に貰った物です」
っと、本当に大切そうにしていた。
その時。結はその友人とやらに嫉妬したのを覚えている。
結のそんな気持ちを見抜いてか、奏は「嫉妬ですか?安心して下さい。私が親しくしている男の子は結だけですよ」っと言っていたのも覚えている。
それでも、結は気になっていたんだ。
あの腕輪の送り主のことが。
「見間違える訳がない。それは、その法具は奏の物だっ!雪羽っなんでお前が持っているっ!答えろっ!」
その瞬間。
結からは今までとは比べ物にならない程の幻力が溢れ出していた。
その幻力を感じ、短いけど、結と共に戦ってきた生十会の仲間たちは、驚き、目を大きく見開いていた。
そんな結を見て、生十会の面々とは対称に、驚くどころか悲しそうに表情を歪めていた。
「結。その理由は簡単なのだよ」
雪羽はすぐに表情を戻すと、結の問いかけに答え始めていた。
「姫は、奏は死んだからなのだよ」
「嘘だっ!奏が死ぬわけがないっ!あいつは、奏は俺たちのボスだぞ!?死ぬわけがないんだろっ!」
「その通りなのだよ。本来ならば死ぬことなんてあり得なかったのだよ。しかし、それは起きてしまったのだよ。誰でもない、結、君のせいで」
雪羽は結に鋭い視線をぶつけていた。
「俺の、せい?」
「そうなのだよ。あの時姫は、結を庇って殺された。あの、ノースタルとかいう者にな」
「ノース、タル?」
結は目覚めた時、確かにノースタルを覚えていた。
しかし、結が目覚めてから結は一人、壊れた。
いや、正確には壊れる寸前までなった。
だからこそ、結は無意識に記憶を偽装した。
トラウマや、強いショックによって、記憶の扉が閉じ、思い出せなくなる現象、記憶喪失。
結のこれは、それに近い。
しかし、結の場合は、ただ記憶を閉ざすだけではない。偽造だ。
記憶喪失になると、大抵の人物は人物が記憶喪失なのだと自覚する。
何故なら、思い出せないことがあるとわかるからだ。
一本の映画を見ていて、不自然に場面が切り替わったりしたら、その間がなくなっていると思うだろう。
結の場合、もし記憶がなくなっていると気付いた場合、結が得意とする自幻術によって己の記憶ならば無理やり扉を開くことができる。
結は無意識にそれを防ぐために、ただ閉ざすのではなく、なくなった間の代わりに、他の記憶を束ねて違う記憶を作り出していた。
記憶喪失とは本来。
トラウマや強いショックからその人物を守るためだ。
人間の無意識領域に刻まれている、自己防衛本能がそうさせるのだ。
それらの記憶によって、その人物が壊れてしまわないように。
しかし、雪羽は結の扉を開いた。
結果。
「か、なで?おれ、のせい?」
「そうなのだよ。結のせいで、姫は死んだのだよ」
「し、ん、だ?」
今の今まで、結には奏が死んだ実感がなかった。
奏は今も、何処かで生きていると、そう、感じていた。
ノースタルと出会ったことで、結は奏が死んだ時の場面を思い出した。
凍っていた二つの糸が結び付いた。
「ちょっと!あんたなにやってるのよ!」
結の瞳から光が消え、結はまるで人形のようになっていた。
そんな結を見て、会長は雪羽に掴みかかっていた。
「離すのだよ」
「離さないわよっ!あんた、何やってるかわかってるの?あんたは今っ結を壊そうとしているのよっ!」
雪羽の行いは、今まで結が自分を守るためにしてきたことを全て壊すようなものだ。
それはつまり、結を壊すことと同義だ。
「何を言っているのだよ」
会長に向かって、雪羽は仮面の中から鋭い視線をぶつけた。
「うっ」
その視線から、恐怖を感じた会長は、思わず一本退いていた。
(こ、これが【A•G】。プロの幻操師ってことね)
会長は強い。
しかし、それは戦闘力という面だけであり、会長の心はまだまだ幻操師としては半人前だった。
会長はまだ力の底を見せていない、雪羽だってあれから一年も経っているため前のまま成長していないわけではないだろう。
戦闘力で考えれば、二人はおそらくいい勝負をすることが出来るだろう。
しかし、実戦の経験の差で、明らかに会長は劣っていた。
【A•G】の一人として、日々死線をくぐってきた雪羽とは覚悟のレベルが違かった。
その覚悟の差を感じ、会長は退いてしまったのだ。
「私が結を壊すだと?その通りなのだよ」
「なっ!」
雪羽の言葉に驚きの声をあげたのは会長だけではなく、他のみんなも思わず驚きの声をあげていた。
「お前たちはわかっていないのだよ。そこにいる結は、ただの抜け殻なのだよ」
「……抜け殻?」
雪羽の言葉に、会長たちは妙に冷静になっていた。
それだけ、雪羽の言葉が大切だと思ってしまったのだ。
「結はもう、一年前から心を失っているのだよ」
「……どういうことかしら?」
雪羽は本当に人形のように固まってしまった結をちらりと見ると、悲しげな表情を浮かべると、話し出した。
「私たちが結と出会った時、結は既に感情を一部が欠落しているようだったのだよ」
「……そんな……」
幻操師の力の源は幻力、それはつまり心の力だ。
心とはつまり感情と言ってもいい。
その感情が欠落しているということは、十中八九、心に過大な負荷を掛けたということ。
そして、それが幻操師だった場合、その原因の大半が、幻操術の反動だ。
(結の過去に何が……)
会長は一人、結の過去を思い心を痛めていた。
「結はその後、私たちのリーダー、奏と共に過ごすことで、少しずつ心を育てていったのだよ」
「……奏」
会長は雪羽のいう奏という名前に、複雑な思いを抱いていた。
「ちょっと待って下さいです。心を育てるってどういうことですか?」
雪羽に質問をしたのは、真冬だった。
「む?どういうこととはどういうことなのだよ」
「えーとです。こ、心は生き物が生まれた時に一緒に生まれるものじゃないんですか?一度失った手足が元に戻ってくれないように、心もそうじゃないんですか?」
「ほう。なるほど、君の名前を聞いてもいいか?」
「あっま、真冬ですっ!日向真冬です!」
「なるほど、ならば真冬。君の認識は根本的に間違っているのだよ」
雪羽が真冬の質問をバッサリと切ると、真冬は「ど、どういうことです!?」っと慌てた様子で言った。
「ふむ。心とは、生まれた時から出来るのではないのだよ」
雪羽の言葉に、生十会の面々は各自、レベルは違うが驚きの表情を見せていた。
「ど、どういうことよ!」
生十会の中でも、特に驚いていた様子だった会長が、雪羽にそう言いよっていた。
「落ち着くのだよ。今から説明するのだよ」
雪羽にそういわれ、会長は渋々、「わかったわよ」っと席に戻った。
「物心という言葉は知っているだろう?」
「確か、生後一八ヶ月ぐらいにつく物事の分別がなんとなくわかるようになるやつのこと?」
「その認識でいいのだよ。しかし、正確には物心とは、心が出来た時のことを示しているのだよ」
雪羽がそういうと、会長を始めて、生十会の面々は「どういうことっ?」っと話を急かした。
「人は数ある生き物の中でも、特に知性、つまり心が発達していると言われいるのだよ。しかし、世の中には獣に育てられた人間という例があるのだよ」
獣に育てられた人間。
生まれてすぐ、物心が付く前に捨てられ、獣に育てられた人間のことだ。
「獣に育てられた人間は、まるで獣のようだったという話なのだよ。人間とは、物心がつく前の生後一八ヶ月の間に得た経験を元に、心を育てていく生き物とも言えるのだよ。そして心を習得することによって、そこからは本能ではなく、明確な意識によって制御された理性で行動するようになるのだよ。大抵の人間は理性が本能に負けるようなことも多々あるが、それでも物心がつく前と後では、記憶があるかないかという、明確な違いもあるのだよ」
雪羽の説明を聞いて、生十会の面々は、驚きを露わにしていた。
人は産まれてからすぐに心を持っている。
一度心を失えば、もう元には戻らない。
そう思っていた。
しかし、雪羽の言葉をきき、皆、それぞれ納得していた。
雪羽の言葉は、まさに、その通りだと感じたからだ。
心が育つものではないのであれば、人の成長なんてあり得る訳がない。
人は肉体が成長すると同時に、精神、つまり心も成長する。
人の心とは、不変ではなく、可変なのだ。
人の才能は経験から作られる。
物心がつく前の経験が大きく才能の影響するのは、その時の経験によって、心の核が形作られているからに違いない。
三つ子の魂百までということわざがあるほどだ、雪羽の言葉は強い信憑性があった。
これからもよろしくお願いします。




