6ー1 交差を始める過去と現在
長い夢を見ていた気がする。
大切な夢を。
違う。
あれは、夢なんかじゃない。
あれは現実だ。
紛れもない現実。
俺を庇って、アノ子は死んだ。
俺の腕の中で、死んでしまった。
奏。
奏。
「奏っ!」
結は大声と共に起き上がると、ポカンとした表情であたりを見回していた。
(ここは、【F•G】の医療室か?)
起き上がった時に、「きゃっ!」っと小さな悲鳴が聞こえたような気がするが、今まで眠っていたらしい結は、少しずつ意識がはっきりしてくると、自分の今の状態を理解しようとしていた。
(確か俺は……ノースタルに負けて……気絶したのか)
結は気絶する前にノースタルにやられたことを思い出し、嫌立ちを感じていた。
それと同時に、あの時、気絶する瞬間、逆光ではっきりとは見えなかったが、ノースタルの仮面は結の最後の技『指月』によって破壊したため、素顔を見た気がする。
(……くそっ。駄目だ。気絶したせいか、記憶が曖昧だ)
結が頭を抑え、首を振って嫌な思いを振り払おうとすると、隣から声が聞こえた。
「まったく、いきなり起き上がるのはやめてほしいものだわ」
「……会長」
結が寝ていたベットの隣に備え付けられているイスには、結が強制的に所属することになった【F•G】の組織。生十会の会長こと、神崎美花の姿があった。
「まったく。みんな心配してるわよ?」
「……俺はどれだけ寝てたんだ?」
「……今日で丸々一週間になるわ」
「一週間か……」
結が一週間という時間に、複雑な思いを抱いていると、結が一人にして欲しい心の中で思っていることを見抜いてか、会長は「みんなを呼んでくるわ」っと一時退出した。
(会長は優しいな)
結にとって、会長はすごくありがたかった。
今、結のことを一人にしてくれたのもそうだが、何より、何も聞かなかった。
結は起き上がる時に、大声で叫んでいたはずだ。『奏』っと。
隣にいた会長は当然、その声を聞いていたはずだ。
しかし、会長は何も聞かなかった。
「ありがとう」
結のつぶやきは、静かな部屋にとけていった。
「音無結。これより復帰します」
結が目覚めてから、三日が経った。
結の気絶は、外傷的な要因ではなく、過度な疲労と神経の使い過ぎ。なにより、幻力の使い過ぎだ。
そのため、三日という短い期間で、結はほぼ全快まで体調を戻すことに成功していた。
体調が良くなったことで、結は【F•G】の生十会室に訪れていた。
「結ではありませんか。中々のお寝坊さんですね」
「うるさい六花」
結が生十会室に入るのとほぼ同時に、飛んできたのは治ったことへの安堵などではなく、六花の嫌味だった。
もちろん。六花も本気で言っているわけではなく、軽い冗談のようなものだ。
そしてなにより、結のためでもあった。
結は落ち込んだり、怒ったりしても、一度笑ったり、呆れるなどのきっかけがあると、すぐに元に戻る。
結との付き合いが、長くも短くもある六花は、それを知っていたため、敵であるノースタルに負けて落ち込んでいると思い、初っ端から冗談を言ったのだ。
結はそんな六花の優しさになんとなく気付くと、軽く笑いながら文句で返した。
「ちょっとー!結ってばまだ病み上がりなんだよ?もっと優しくしてあげなよー」
二人の間にそんなやり取りがあったことがわからない桜が、表面上では優しさが感じられない六花に注意をすると、結と六花は一瞬見合うと、小さく笑った。
二人の反応についていけない桜は、「な、なによー」っとブツブツ文句をつぶやいていた。
「桜さん。少しは空気を呼んで欲しいです」
「ちょっと真冬ちゃん!?今のあたしが悪いの?あたしが悪いの!?」
真冬が桜に、わざとらしく呆れたように両手をあげ、やれやれと首を振ると、桜が驚いていた。
そんな桜がおかしくて、一○日ぶりに結の戻ってきた生十会は、賑やかだった。
次に結が発した言葉で、部屋の空気は一瞬で明るいものから固まってしまっていた。
「悪い悪い。相変わらずお前はからかうと面白いな、雪乃」
「…………え?」
それは誰のつぶやきだったのだろうか。
しかし、そのつぶやきが誰のものだったかなんて、特定することに意味なんてなかった。
いつも冷静な表面を浮かべているクールな六花や、陽菜でさえも、珍しく表情を明らかに変えていた。
その場にいた結以外の人物は共通して、驚いた表情になっていた。
「……えーと、結?」
「ん?なんだ?」
「あたしは誰?」
驚いている一同を代表して、会長である美花が結に質問をしていた。
瞬間。皆の間に緊張が走った。
特に、美花は、今の結の状況を偶然、あの時、結が目覚めた時に叫んだ名前を聞いていたため、理解していた。
(あの時。結は確かにこう言った。『奏』っと。奏って確か、結の昔の仲間。結を庇って死んでしまった人の名前のばす)
結を気絶に追いやった原因。ノースタル。
ノースタルの危険性は明らかに高い。
結たちのことをまるでおもちゃで遊ぶかのように、楽しそうに、ケラケラと笑いながら戦っていたやつは、そのあまりにも高過ぎる実力もそうだが、なにより、危険な思考を持っているも容易に推測でいるからだ。
あの時、ノースタルの姿は結と双花、春姫と火燐しか見ていない。
そのため、双花たちはノースタルのことを誰にも話さないことに決定したのだ。
結が目覚めた次の日。
双花に言われ、春姫は結にその事を教えるために、わざわざ一人で【F•G】に来ていた。
そしてその時、同時に春姫は結の元だけでなく、美花の元も訪れていた。
これは双花の考えだが、結とノースタルには深い因縁のようなものが感じられる。
これなら結は、無理にでもノースタルとの戦いに巻き込まれることになるだろう。
半ば無理やりとはいえ、結は【F•G】の生十会に属している。
そのため、結の属する生十会のトップである、美花には事情を話すことにしたのだ。
双花が春姫を通して、美花に教えたことは大きく分けて三つ。
一つは、結は元々、とあるガーデンに所属していたこと。
そのガーデンはすでになくなっているということ。
同時に、結にとって、最も大切な人。奏が死んでしまったということ。
美花はその時、美雪、雪乃、雪羽、小雪、リリー、つまり六花衆についても聞いていた。
彼女たちがどんな子たちだったのかも、美花は聞かされていた。
だから、こそ、美花は結の今の状態に気付いた。
今結の言った、雪乃という少女の特徴は、とても元気だが、ちょっと頭の弱いアホの子。
そして、その特徴は同時に、桜にも当てはまる。
起きた上がった時に、奏と叫んだということは、寝ている間、結は過去の夢を見ていたことになる。
つまり、桜に雪乃の面影を見ているのだ。
今の結の心は、ノースタルという敵と出会うことで大きくブレ、なにより、不安定になっていた。
そして、同時に美花はあることを危惧していた。
今の結は、桜のことを雪乃だと思い込んでいる。
雪乃との過去は覚えているはずだが、桜との過去はどうなる?
下手したら、上書きされているかもしれない。
双花から聞いた限り、自分と似た仲間はいなかったはずだ。
もし自分のことを覚えているのでありば、今の記憶がなくなっているわけではない。
そう思い、会長がきくと。
「何言ってんだ?美花に決まってるだろ?」
結が当たり前のことのように言うと、会長は固まった。
理由は簡単だ。
会長は今まで、結に美花と呼ばれたことなんてない。
ずっと、会長と呼ばれている。
ただ、気まぐれで会長のことを名前で呼ぶようになっただけかもしれない。
実際、さっき言っていたように、六花を始め、桜や真冬のことも名前で呼んでいるのだ。
会長のことも名前で、つまり美花と呼んでも別段不思議ではない。
しかし、美花は確信していた。
(記憶が、改竄されてるようね)
記憶の改竄。
今の結は、過去を夢にみたショックで、奏がいなくなったことを否定するために、現在の記憶に過去の記憶を重ねている状態だ。
丁度、過去と現在で、似た性格の人物がいた場合は、現在の人物に過去の人物を上書きして見ているようだが、美花という、過去に似た人物は、通常ならば過去にはいないため、記憶からなくなっているはずだ。
しかし、結の過去にはいなかった美花という存在を、結は確かに認識していた。
過去と現在が入り混じり、矛盾はあれど、結自信が気付かないように改竄されているのだ。
「おいおい。どうしたんだ?雪乃といい、美花といい。なんかおかしいぞ?」
「……結……雪乃って誰?」
「さ、桜っ!」
雪乃のことを知らない桜は、当然、それを口にした。
桜にとって、結は大事な仲間だ。
事実上、今の結は本当の桜を忘れているのと同義だ。
桜はアホの子かもしれないが、バカではない。
なんとなく、なんとなくだけど、今の結がどういった状態なのかを、ちゃんと認識している。
今の桜の質問はほぼ条件反射だ。
桜自信、どうやら錯乱状態に近い相手に、そんな確信をつくのは明らかに良くない。
特に、心の力、幻力を操る幻操師相手には、暴走の危険性もあるため、双方にとって致命的だ。
会長は桜が質問をすると同時に、焦った表情で叫ぶが、会長ぎ叫ぶ前から、桜の表情はしまったという感情が表れていた。
「な、何言ってんだ?雪乃は雪乃だろ?」
桜に確信をつかれたことで、結は体をワナワナと震わせていた。
目は焦点を失い、明らかに暴走の兆しが見えていた。
「仕方ないわねっ!」
美花が仕方がないと思い、完全に暴走を始める前に結を気絶させようと動いていた。
美花が愛剣を鞘に入れたまま、結の首に振り下ろすと、どこからか、突然現れた影がそれを受け止めていた。
「だ、誰よっ!?」
「まったく。一年経っても進化が見えないのだよ」
突然現れた、白いコートに身を包んだ者。
声からして少女は、誰かと問う会長の言葉を無視して、結に話し掛けていた。
「名乗りなさいっ!」
無視した白いコートの少女に会長は苛立ちを感じると、剣を鞘からは抜かずに、鞘入りのまま剣を白いコートの少女に振るった。
「まっ、まさかあなたはっ!!」
今まで、扉側にいた結のほうを向いていて、室内のほうに顔を向けていなかった少女は、会長の攻撃を避けると同時に、やっと会長たちのほうに振り向いた。
振り向いた白いコートの少女を見ると、春樹は突然立ち上がり、驚きの表情を強く表し、大声を出していた。
「む。突然大声を出すものではないのだよ。少年」
「て、天使様っ!?」
そこにいたのは、【A•G】の制服を纏った、結の仲間。
「久し振りなのだよ。主様」
「……雪羽?」
六花衆の一人。
雪羽だった。
とうとう第六章が開始されました。
これからも天使達の策略交差点をよろしくお願いします




