5ー51(終)
「さて、参加者はこれで締め切りますが、良いですか?」
結菜が【A•G】に遊びに来てから、二日が経っていた。
奏は【A•G】のトップとして、今回の闘技大会に参加するメンバーの集計をしていた。
この闘技大会は全員強制参加なのだが、それぞれ上級生用、中級生用、下級生用のどれにエントリーするかを予め決めてもらうのだ。
そして、このエントリーを忘れたりすると、なんと強制的に上級生用トーナメントの参加が決定してしまう。
そのため、奏がわざわざ受付をしているのだが、
「はぁー。去年もそうでしたが、六花衆は誰一人受付せずにですか。呆れるというか、なんというか、複雑ですね」
受付をしなければ上級生用トーナメントに強制参加させられるのを利用して、元々上級生用のトーナメントに参加しようとしている者たちは、受付をわざとしない者が多い。
そもそも受付無しの上級生用トーナメント参加は、一種の罰ゲームのようなものだ。
そのため、六花衆という【A•G】の代表ともいる六名がこの制度を利用していることに、奏は残念に思っていた。
「おう。奏、受付は順調か?」
「あっ、結じゃないですか」
ふらりと結が現れたことで、一人で退屈していた奏は、一目にはわからないレベルで、微かに笑った。
「そうですね。順調、とは言えませんね」
「……また六花衆か?」
「そうですね。……あれ?結もエントリーまだじゃないですか?」
素で忘れていたのか、奏に言われて結は「あっ……」っと漏らしていた。
「はぁー。やれやれですね。エントリーならまだ大丈夫ですよ?どこに参加しますか?」
「そりゃー。どうしよーかなー」
結のランクは六花衆よりも上だ。
本来なら、上級生用トーナメントのシードになるのだが、今の結は元々の力を『再花』で無くし、【神夜】の力も失っているところだ。
つまり、今の結の実力は【A•G】の中で最下位と言ってもいい。
「……結は怪我人のようなものですし、今回の参加は辞退してもいいですよ?」
「……それは流石に示しがつかないだろ?」
「六花衆がいる時点で上級生の示しなんてもう崩壊しています。それに、結のことは全員が知っているんですよ?責める人なんてここにはいません」
「そう、かもな」
結の一件は、既に全生徒に知られている話だ。
暴走とはつまり、心が支配出来ないこととも言える。
心から溢れる力を操り、己の武器とする幻操師にとって、暴走するということは、未熟だということだ。
(もしくは。一人の人間では扱い切ることのできないレベルの力を秘めているか、ですね)
【A•G】の生徒たちは、皆が自分の力を信じている。
にも拘らず、未熟者の証明、暴走を起こしている結に勝てない。
どうやら最初はそのことで思うことがあったらしいが。
今は全員にとある共通認識がある。
それは、
結は特別。例外の規格外。
だ。
そのためか、皆は奏へ対する思いとは別に、ちょっと似た思いを抱いている。
「じゃあ。今回は辞退するよ」
結がそういうと、奏は少し寂しそうな顔をしながら「わかりました」っと言った。
「俺は今回、技術スタッフとしてみんなの法具をみるよ」
「……それはいいですが、不用意に改造しないでくださいね?結の改造は下手したらガーデンが壊れてしまいそうなので」
奏は結の言葉に、ジト目で注意をしていた。
結はナイト&スカイのナイト担当。
具体的には、スカイ担当である六花衆が形にした法具を、改造、いや魔改造する役目だ。
「そんなこと出来るわけないだろ?」
「……どの口が言うんですか?見ましたよ。六六六の未知の設計図」
「あっ、見ちゃった?」
奏から軽く非難の眼差しを向けられた結は、焦ったように目を逸らすと、気まずそうに頬をかいていた。
「なんですかあれ?あれは危ないとか、そういうレベルを超えていましたよ?」
「いや、そうでもないだろ?第一世代とか、第二世代は問題ナッシングだと思うけど」
結がそう弁解していると、奏は深いため息と共に、呆れたように言った。
「確かにそれは問題ないのですが、問題なのはそれ以降。特に第七世代以降ですよ」
奏はそういうと、また深いため息をついた。
スカイ(六花衆)の作った法具を元に、結が改造をほどこしたもののことを纏めて、六六六の未知と呼んでいる。
基本的に、ナイト&スカイでは、スカイ(六花衆)が作ったものを第一世代と呼んでいる。
本来はナイト(結)が改造したものは、第一世代の次の世代、つまり第二世代となるのだが、第一世代の中にも、元々結が設計に関わっているものがある。
それはただの第一世代ではなく、六六六の未知の第一世代という名称になっている。
ナイト(結)の第一世代だろうが、スカイ(六花衆)の第一世代だろうが、既に一度形になったものを改造、または改良したもののことを、第二世代と呼び、そこに結が関わっているかいないかは、全て名称の最初に結を示す言葉である六六六の未知があるかないかで判断する。
便宜上、世代という言葉を使っているが、これはマークとか、モデルとかと同じと考えて良い。
つまり、奏が問題だという第六世代とは、一度完成品として作られた法具を、通算六度、結が魔改造したものだ。
何故、第二世代から結が改造しているのかがわかるかというと、それは単純に、スカイ(六花衆)が第二世代、つまり改造をすることが無いからだ。
そのため、今ではほぼ、世代の番号がズレて、今まで六六六の未知の第二世代と呼ばれていたものは、普通に第一世代と呼ばれている。
ならば、今まで六六六の未知の第一世代と呼ばれていたものはどこに行ったかというと、それは元々たったの二つしか存在しておらず、外にすら出ていない。
そのため、世代の番号は、イコールでナイト(スカイ)の改造回数と、わかりやすいものになっている。
「奏、第七世代じゃないって、今の言い方は第六世代な」
「はぁー。後から呼び方を変えるのはやめて下さい」
「しゃーないだろっ。これの存在がバレるわけにはいかない」
結はそういうと、両手首につけている、銀色の法具を見せた。
「はぁー。それはそうですが、まあそれはいいです」
奏は仕方が無いとばかりに納得したようだった。
ナイト(結)とスカイ(六花衆)は対照的な【幻工師】だ。
ナイト(結)は既にあるものを改良するのを得意とするが、スカイ(六花衆)は、全てを一から作るのを得意としている。
しかし、この約一年以上、スカイ(六花衆)はオリジナルの第一世代の法具を一個も作り出していない。
その原因こそ、六六六の未知だ。
どうしてわざわざ六六六の未知だなんて名称がついているかというと、既に現地点で、六六六個の設計図が結の手によって作られているからだ。
しかし、それはあくまでイメージ上のもの。
紙などのデータとしてちゃんと書かれている設計図はまだ一○○前後だ。
さて、どうしてこの六六六の未知がスカイ(六花衆)が新しい法具を作らない理由になっているかというと、この六六六の未知は全て、ナイト(結)が作るのではなく、スカイ(六花衆)が作っている。
何故なら、そもそも作られている設計図を元に、実際に作ろうとしても、ナイト(結)の実力では到底作り出すことが出来ないからだ。
ならば、スカイ(六花衆)なら出来るのかと問われれば、それはYesでありNoだ。
現地点で、スカイ(六花衆)が作ることが出来るのは、まだ六六六の未知の中でも、第三世代までだ。
どうしてスカイ(六花衆)が自分たちの新しい法具を作らないかというと、スカイ(六花衆)はずっと、ナイト(結)から渡された、六六六の未知の設計図を元に、作り出す作業で手一杯だからだ。
「それにしても、第六世代は化け物ですね。……シリーズまであるとは……」
奏はそういうと、一枚の紙を取り出した。
それは、紛れもない、結がやっとのことで自分の中のイメージを言葉や文字にして、作られた実物する唯一の第六世代の設計図だった。
「シリーズ【女神】。今描かれたのはこのシリーズの中の一つ、これだけのようですが、確かに不可能ではないですが、これを現実の物にするには、今のスカイ(六花衆)でも技術が足りませんね」
奏がそう言いながら見せる用紙には、拳銃のような形をした法具が描かれていた。
その拳銃の内部はあまりにも複雑でおり、法具としては、実戦では耐えることの出来ない強度になってしまうだろう。
しかし、結はそれを簡単にクリアしていた。
それは、内部構造の中に、式を刻むという方法だ。
刻まれた式は【固定】。
内部構造のパーツの一つ一つを、一つの物体として固定するのだ。
そうすることによって、強度は通常の法具よりもはるかに高くなる。
しかし、これには欠点があった。
この方法は割と簡単に思い付くことの出来る方法だ。
この一世紀の中で、試した人間はもちろんいた。
しかし、この欠点は、あまりにも致命的だった。
それは、消費幻力の高さだ。
【固定】の式は、幻力の供給を止めたら術も停止してしまう。
そのため、戦闘中はほぼずっと幻力を式に注ぎ続けなければならないのだが、まず、この時に消費する幻力が膨大なのだ。
それにもう一つ、これは見た目からわかるように、その役割は拳銃、厳密には幻操拳銃だ。
拳銃が鉛玉を撃つのに対して、幻操拳銃は鉛玉ではなく、幻操術を放つのだ。
そう。
わかっていただけただろうか?
これを実戦で使うには、まず【固定】の幻操術のために、多量の幻力を消費し、さらに法具として、武器として使うには、さらに幻力が必要となるのだ。
実戦が一○分続いたとして、その時の消費幻力は推定、Sランク幻操師十五人分にもなる。
つまり、明らかな欠陥品だ。
しかし、既に結はこれを解決する方法を用意している。
そう、結が結花として前に活動した時に使った三つの法具。その中の一つ、【供給】の法具だ。
これを使うことによって、この拳銃型法具【女神のニ丁拳銃】はちゃんと使用することが出来るようになる。
消費幻力があまりにも高過ぎて、【供給】の法具が無ければ、まともに使えない【女神のニ丁拳銃】だが、この問題を無視すれば、その威力は圧倒的だ。
見た目的には、オートマチックの拳銃に、リボルバーの回転弾倉を取り付けたような形をしており、リボルバー部分の回転弾倉を回転させることによって、六種類の弾丸を使い分けることが出来る。
それだけでなく、拳銃本体に幻力を注ぐことによって、それを球状に圧縮し、圧倒的な破壊力を持っている術【終末】シリーズに似た弾丸を放つことが出来る。
幻力コストの低い六種類の弾丸で相手を翻弄し、最後はあの【終末】シリーズ並の破壊力を持つ一撃をお見舞いする。
敵にはしたくない法具だ。
ナイト&スカイは幾つかの術と法具を売却しているが、それらは全てスカイのオリジナルの状態だ。
つまり、もしそれらが敵になったとしても、それを改良した第一世代や、第二世代で対抗することが出来る。
そのため、スカイは気軽に自分たちが作った法具を売却することが出来るのだ。
さて、ここで一つ疑問に思ったのではないだろうか?
【幻工師】として、スカイ(六花衆)よりもナイト(結)の方が優秀なのではないだろうか?
六花衆の天才の名が廃るのではないかと。
それは違う。
スカイ(六花衆)の作ったものは、全てが法具として、今流通しているよりも、数世代先のレベルだ。
そして、何よりそれは完成されている。
ナイト(結)はそれを改良しているわけだが、これは全てを改良しているわけでも、一部を改良して終わりではない。
ナイト(結)は改良すると同時に改悪してしまうのだ。
それのわかりやすい例が、さっきの【女神のニ丁拳銃】だ。
ナイト(結)の改造は、魔改造。
使い易さなんてものは、眼中にないのだ。
そのため、もし実戦でスカイ(六花衆)の法具とナイト(結)の法具が戦えば、十中八九、スカイ(六花衆)の法具が勝つだろう。
しかし、それはあくまで、【A•G】以外の者たちが使った場合だ。
ナイト&スカイの作った三つの法具を持っている【A•G】の生徒たちならば、圧倒的にナイト(結)の法具が勝つだろう。
つまり、ナイト(結)の法具の性能を引き出すことができるのは、【A•G】の者たちだけということだ。
「これが実現すれば、脅威ですね」
「まあ、どうせ使えるのは俺たちくらいだろ」
「あまり楽観的にいるのは良くないですが、実質問題、大丈夫そうですね」
奏が苦笑いを浮かべていると、結は話を闘技大会について戻していた。
「闘技大会って明日だろ?トーナメント表は出来たのか?」
「はい。悩みは結をどうするかだけでしてので、結が今回は辞退ということに決まったので、もう完成しましたよ」
「そ、そっか。悪かったな」
結がすまなそうに言うと、奏は微笑みながら「いえいえ」っと首を小さく横に振った。
そして、二日が経った。
結はその日、絶望を知る。
二度目の絶望。
闘技大会は順調に進んでいた。
しかし、それは前触れもなく、本当に唐突に起きた。
闘技大会は【A•G】の中でも、より地下深くに作られた、巨大なコロシアムで行われた。
このコロシアムは、【A•G】一年目の記念に、闘技大会を開催することになり、その時奏が新しく作ったものだ。
広さは野球場程あり、観覧席は全生徒が来ても埋まり切らない程用意されている。
部屋の中央の天井からは、大きな巨大スクリーンが設置されており、広過ぎる戦闘フィールドだが、対戦している二人が良く見えるように、そこで放送される。
大会が進み、決勝戦の寸前、決勝戦に出場する二人が控え室で待機していると、それは起きた。
突然、部屋中央の巨大スクリーンが、大爆発を起こしたのだ。
その破壊力はただの事故にしてはあまりにも異常だった。
そのため、会場にいた生徒たちは、全員が慌てふためいていた。
六花衆が咄嗟に皆を落ち着かせようと素早く行動したため、無事、生徒たちは避難させることが出来たのだが、生徒たちを誘導するのに必死だった結は、突然、後ろに現れた黒いコートと黒い仮面を付けた奴への反応が遅れていた。
結は反射的に振り返り、防御の体制を取ろうとするが、突然、体の自由が無くなり、その場に膝をついてしまっていた。
結は思わず目を瞑り、来るであろう痛みを覚悟した。
いや、ただ痛みを覚悟しただけではない。
結は死さえも覚悟した。
しかし、いくらたっても結に痛みが襲いかかることはなかった。
それどころか、柔らかい何かに包まれた。
「……え?」
結が恐る恐る目を開けると、目の前の光景に思わず固まってしまっていた。
「……か、なで?」
「良かった。結、怪我はありませんか?」
「あ、あぁ……」
目の前には、奏が結を抱き締めるようにいた。
黒いコートと黒い仮面の奴は、あの時、手元から伸びた刃のようなものを結に向かって突き出していた。
だからこそ、結は死を覚悟したのだ。
目を開いた途端、目の前に奏がいたことで、結は奏が自分を庇い、代わりに刺されたのかと思い、声が震えていた。
しかし、目の前にいる奏は、いつもと同じ笑顔を結に見せていた。
(良かった。奏も無事みたいだな。こんな満面の笑み、見たことないからな、まるで作り物のような笑顔……)
結が奏の満面の笑みに小さな違和感を感じていると、床につけていた手に、暖かい何かが触れた。
その何かは、どんどう広がり、結の手全体にまで広がっていた。
結の手は、まるでぬるま湯に入れているかのような暖かさを感じた。
「……え?」
結が思わず手を見ると、結の顔から血の気が引いていた。
結の手は、真っ赤に染まっていた。
それはつまり、
「……血?」
結が思わず床を見ると、そこには真っ赤の水溜りが出来上がっていた。
「結。安心して下さい。私は絶対に死にませんから」
「か、なで……そん、な……」
奏が優しげな表情を浮かべるのに対し、結の声は震えていた。
結の目からは、涙が溢れ出していた。
「結。泣かないで?大丈夫だから」
「だ、大丈夫な訳がないっ!」
優しい声で語りかかる奏に、結は思わず大声を出した。
「大丈夫です。だって私は、優等生ですから」
そう言う奏は、満面の笑顔になっていた。
しかし、奏の言葉とは裏腹に、奏に抱き締められている結の体には、最初感じていた暖かさが、少しずつ無くなっていた。
「結。……ごめんなさい」
奏はその言葉を最後に、結の胸の中に崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
部屋の中には、結の絶叫が長く、長く響いていた。
これにて、天使達の策略交差点は最終回となります。
今まで、応援して下さった皆様、誠にありがとうございました。
ご愛読、ありがとうございました。
ごめんなさい。冗談です。
あくまで、第五章の最終回という意味です。
明日は追憶シリーズとなります。
これからも応援のほど、よろしくお願いします。




