5ー48 再臨する王
「はぁー。一人ぼっちはさみしいよー」
美雪と雪羽に置いていかれた雪乃は、病室のソファーで寝っ転がりながら、退屈そうに足を宙でグルグルと自転車を漕いでいるかのように回していた。
「主様やーい。早く起きてよー。主様が起きれば一人じゃないんだからさー」
雪乃は勢いをつけて立ち上がると、今だに眠っている結のベットに腰を掛けた。
「……バカ」
雪乃はさみしそうな表情と声で、小さく、短くつぶやいた。
そして、それは起きた。
「な、なにこれっ!」
突然。病室内に激しい圧力が加わっていた。
「この感じ、まるで【重力操作】!?」
それは結の使っている術。【重力操作】によく似ていた。
雪乃の予測は正しかった。
これは、【重力操作】だ。
部屋全体の重力が通常よりも遥かに大きなものになっていた。
通常の数十倍の重力となっている部屋で、雪乃は体制を崩されながらも、立ち上がり、少しでも眠っていて結に負担が掛からないように、結を、抱き締めた。
瞬間。
今までとは比にならない程の強い圧力が雪乃を襲っていた。
「なに、これ……」
雪乃は結を抱き締めながら、耐えた。いや、耐えようとした。
「主様……結……」
雪乃の全身は、圧力によって押し潰されようとしていた。
「うぁ、う、あぁぁぁぁぁぁあっ」
絶叫。
雪乃は全身を襲う痛みに、心からの叫びをあげていた。
「助けて、主様……」
雪乃がそうつぶやくと、結を抱き締める腕から力が抜けた。
「あっ……」
結を抱き締めるだけの力が無くなった雪乃は、そのままベットから崩れ落ちると、異変を感じた。
「圧力が……軽くなった?」
それは、圧力が強くなる前。
つまり、結を抱き締める前までの圧力に戻っていた。
「まさか……」
雪乃の瞳は不安げに揺れていた。
しかし、現実は残酷だった。
力の発信源は、結だった。
「……主様?」
雪乃の呼びかけに応じるように、結は突然目を開くと、ゆっくりとした動作、しかし、人間味を感じさせない動きで立ち上がった。
「よかった。主様……」
今まで眠り続けていた結が起きたことで、雪乃は嬉しさの余り、涙を流していた。
「……あれ?」
しかし、雪乃はすぐに異変に気付く。
結が目覚めた途端、部屋を支配していた強い圧力が、完全に消えた。
あの力はまさに、結が新たに得た力【重力操作】だ。
(力の暴走?)
雪乃がその考えに至ると、突然、声が聞こえた。
「ここは……」
「……え?」
その声は結から発せられていた。
しかし、その声はまだ声変わりの終わっていない、高い子どもの声では無かった。
年月を感じされる重々しい声が部屋の中に反響していた。
雪乃のつぶやきが聞こえたのか、結は雪乃の方に振り向いた。
(……ひっ)
その時。
雪乃が感じたのは、単純な恐怖だった。
結の瞳からは光が無くなっていた。
暗く冷たい、底の見えない穴を見えているような、そんな不安と、恐怖を感じた。
(……これって、まさかっ!)
雪乃は今の結を見て、とある可能性に辿り着いていた。
そして、それと同時に、今の状況の危険性を悟った。
「あ、あなたが、零王ですか?」
雪乃が辿り着いた可能性。
つまり、零王の復活だ。
雪乃は最初に、零王との対話を試みていた。
奏から零王の話を聞いた時。零王は大鎌を武器にしていたと聞いている。
今の結はそんなものを持っていなければ、法具を着けていない。
戦力的には、法具を装着している雪乃よりも低い。
そう確信しているからこその対話だった。
「貴様は……誰だ?」
(主様じゃないってわかってても、主様の姿でそう言われると、辛いな)
雪乃は寂しそうに表情を歪めていた。
「もう一度、問う。貴様は誰だ?」
「あたしは雪乃。その体の本来の持ち主、結の仲間だよ」
「この体の本来の持ち主だと?貴様は何を言っている?余こそこの体の持ち主ではないか」
「違うっ!その体は結様のものだ!」
雪乃が怒鳴りつけるように言うと、結は、いや、零王は目を見開き、驚きの感情をさらけ出していた。
(……おかしい)
雪乃は今の零王に違和感を感じていた。
奏から聞いた時、零王のイメージは感情を感じさせない機械のような存在。
しかし、今の零王はどうだろうか。
明らかに驚きの感情をさらけ出しているのだ。
驚きの表情を浮かべていた零王は、キッと目を鋭くした。
「結様だと?」
「そう。結様。結はあたしたちを助けてくれた。ここがどこだがわかる?ここはね。【A•G】っていうの。あたしたちの姫、奏が作った新規のガーデン。このガーデンが出来たばかりの頃、あたしたちは一つの間違いを犯した」
「……」
零王は雪乃の話を静かに聞いていた。
今の零王からは危険性を感じない。
零王に感情が、心が生まれようとしている。
そう思った雪乃は、さらに話を続けた。
「その間違いってのね?あたしたち、六花衆はとあるものを作っちゃったの。それはとある法具。ううん、違う。法具なんて名ばかりの、幻力兵器」
幻力を利用する機械のことを総じて、幻力機械という。
幻力機械の中でも、何か破壊するような、戦いのために作られたものを幻力兵器と呼んでいる。
雪乃たち、六花衆はほんの好奇心でそれを作ってしまったのだ。
「けど、それは失敗作だった。姫が見つけて来た資料を元に、あたしたちなりに作った物の名前は『霧雲』霧のように他者をまやかし、雲のように他者を利用し増殖する。霧は小さな水の集合体のようなものだから、ここは小さな水滴という点だけど、それを総称して霧。『霧雲』っていうのはね、一つ一つは離れた点であるにも関わらず、繋がり、力を共有し、その一つ一つが周囲のものを吸収し、大きく増殖していく。本来、なんにでも限界があるけど、これに限界はない。成長すれば成長するだけ、それだけ限界値も成長する。そんなものを作っちゃったの。元々はどこかのパーティが論理だけ作ったらしいけれど、あたしたちが得た資料は、そこが無くなってた。だからそこはあたしたちで考えた。多分、いや絶対、そこが間違ってたんだと思う。結果、『霧雲』は暴走した」
雪乃は罪を告白する罪人のように、一つ一つ、噛みしめるように言っていた。
零王は、雪乃の話を聞いて、微かに眉を顰めていた。
「暴走した『霧雲』は、このガーデン内で暴れた。暴走した時、製作者であるあたしたち六花衆は、『霧雲』の近くにいたから、もちろんターゲットになった。そこに現れたのが、結様。あの時の結様は……かっこ良かった」
雪乃の頬は赤く染まり、その目はその時のことを思い出してしるのか、遠いどこかを見ていた。
「いつもは男らしくないらけど、その時あたしは思った。あたし、結が好き。大好き。だからさ、結に体、返して?本当に、お願いします。あたしたちの大好きな結を消さないで?あたしだけじゃないんだ。みんなみんな、美雪も、雪羽も、小雪も、リリーも、多分雪も、そして奏も。みんなみんな結のことが大好き。大切な家族だから、だから、お願いします。結を、もう一度、結と会わせて下さい」
雪乃は、泣いていた。
雪乃にとって、結は恩人であり、そして、好きな人だった。
子どもなりの、愛情。
人は、歳を重ねるに連れて、色々なものを背負うことになる。
それは負担となり、ストレスになる。
ストレスは、人に深い欲求を与える。
深い欲求のせいで、自分を見失うことだってある。
まだ多くを背負っていない子どもだから、出来る。
とても純粋な、ピュアな愛情。
そばにいるだけでいい。
一緒に、話しているだけでもいい。
抱き締めてなんて言えない。
キスしてなんて、言えないから。
友達でいいから。
だから、お願い。
もう一度、結と会わせて下さい。
結という存在を、消さないで下さい。
雪乃は気付いていた。
自分の初恋は、実らないと。
それでもいい。
あたしは……。
「フフフ、フハハハハハッ!」
今まで静かに雪乃の話を聞いていた零王は、突然笑い出していた。
「ククッ。そうか、それほどまでに余が恋しいか?小娘」
「あんたじゃない!あたしたちが大好きなのは、いつもはただの普通な子どものくせに、ここぞという時には凄い力を見せてくれる人っ!あんなみたいな奴じゃないっ!何も知らないくせに勝手なこと言うな!」
「ククッ。知らぬのは貴様だ小娘。小娘、礼を言おう。貴様のおかげで余は思い出した。そうだ、余の名は結。結が内に秘めし力に飲み込まれた存在」
「……どういうこと?」
混乱している様子の雪乃に零王は笑いかけると、続きを話した。
「余は零王。そして結だ。小娘、貴様には何もわからぬ。そう、理解出来ぬ。それは何故か?それは小娘、貴様がこちら側ではないからだ。余を理解出来るのはこの世に一人。余と同じ存在である小娘だけなのだ」
「……小娘?……もしかして、姫?」
雪乃がそうつぶやくと、零王はニヤリと笑った。
雪乃は人知れず、とある違和感を感じていた。
(零王って、突然賢一さんに襲いかかるほど、戦闘狂じゃなかったっけ?それなのに、さっきから戦う意思なんてほとんど感じない)
聞いていた話とはまるで違い、零王には理性があるように見えた。
(零王であり結。そういえば!あいつ言っていた『結が内に秘めし力に飲み込まれた存在』って。もしかして、零王って、記憶は無いみたいだけど。理性を伴った暴走?)
心の暴走。
俗に我を忘れた状態のことだ。
よく犯罪者が言う、殺すつもりはなかったとか、気が付いたらとか、そういった状態のことだ。
心が暴走しているとき、そこに理性は存在していない。
心の暴走とは、主に怒りが理性を超えた時に起こる現象だからだ。
しかし、今の零王を説明するには、その二つを合わせた状態が都合が良かった。
理性のある暴走。
矛盾はしているが、雪乃の考えはおおよそ当たっていた。
「ほう、さすがはあの小娘に選ばれたキャストだな」
「……キャスト?どういう意味」
「貴様には関係のない話だ」
「なんでよ!あたしはそのキャストなんでしょ!当事者なんだから知る権力はある!」
雪乃がそう反論をすると、零王をニヤリと笑った。
「ほう。中々威勢が良いではないか。確かに、貴様の言う通り、権力はあるだろう。しかし、知ってどうするのだ?……これから死ぬというのに」
「っ!?」
甘かった。
雪乃がそう思った時は、すでに手遅れだった。
零王と目があった途端。
雪乃の全身は、完全に固まってしまっていた。
(なんで!?動けない!)
「余がなにもせずにただ話していたと思ったか?ぬるい、ぬる過ぎる。この領域はすでに余の世界だ。この領域で余に出来ぬことはない」
「これって……」
雪乃があたりを見回すと、いつの間にか、部屋中に黒い靄のようなものが薄く全体に広がっていた。
零王は楽しそうに笑みを浮かべるとその黒い靄のようなものを手の平に集めていた。
集められた靄は少しずつその黒さを増していき、そしてそれはみるみる内にとあるものを作り出していた。
「……死神の大鎌」
それは、賢一が初めて零王と出会った時、零王が手にしていた、斧と槍と鎌を合わせたような、特徴的な形をした大鎌だった。
「ククッ。死神か。良い響きだな」
零王は動けなくなっている雪乃前までゆっくりと歩くと、雪乃の目の前で立ち止まった。
そして、右手に持った大鎌を、高く振り上げた。
「さらばだ。哀れな娘よ」
そして、零王は大鎌を振り下ろした。
零王が大鎌を振り下ろすと、そこから雪乃の存在は消滅した。
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