5ー46 反省しない少女
【神夜】の力を得、その力を試そうと、【ノーンマギカ】へと向かった結。
しかし、【ノーンマギカ】に辿り着く前に、結は心を暴走させてしまい、眠りについてしまっていた。
「ここは?」
結の意識は、別の場所へと飛んでいた。
結は周囲を見回しているが、周りは一面が純白の雪原のような風景だけが広がっていた。
「なんなんだ、ここは」
「ここか?ここは御前様の心の中じゃ」
答えを期待していなかった結の意識とは反して、突然質問の答えが返ってきた。
「誰だ!」
声がした方に振り返ると、そこにいたのは純白の雪原とは正反対の、漆黒の和服を纏った一人の少女だった。
結の黒い髪と対になっているかのように白い髪。
結の短い髪と対になっているかのように長い髪。
小柄な結と対になっているかのような……いや、同じく小柄な少女。
一部を除いて、少女のあり様はまるで結の対のようだった。
焦りの表情を浮かべている結に対して、少女は楽しそうにニヤリと笑った。
「誰じゃとはご挨拶じゃな。ワシの名はそうじゃな、零とでも名乗っておくかの」
「零だとっ!」
少女の名乗っている名前、零は、結にとある存在を思い出させていた。
それは、結が奏たちと出会って、初めて力を失ったあの日。
その後日、奏から聞かされた存在、零王。
結の中にいる、もう一人の結。
少女の名前は、その零王を意識させた。
「ほう。やはりあの小娘、ワシの存在に気付いておったのか」
「お前が、零王なのか……」
結は焦っていた。
目の前にいる少女が零王だとすると、本能的に今の状況はヤバイと感じていた。
焦って表情を浮かべる結に対して、零は楽しそうに笑っていた。
「ニハハ。そう早まるでない。ワシは御前様をどうにかしようとは、今は思っておらんよ」
「今はだと?」
「そうじゃ。ワシが牙を剥くのはまだ当分先じゃ。今の御前様を喰ろうたとこらで何の足しにもならんからの」
「なんだとっ!」
零の挑発的な態度に、結が思わず一歩前に進むと、零は手で結を制していた。
「ニハハ。やめておくのじゃ。己の力すら理解していない、今の御前様では、ワシには到底かなわぬわ」
「やってみなきゃわからないだろ!」
零の挑発的な態度で冷静な判断力を失った結は、そのまま零に向かって突撃した。
「潰れろ!」
結は零に向かって手を翳すと、【神夜】で得た新たな力、【重力操作】を発動した。
「ほう。これが神夜の力か。中々じゃな。じゃが、所詮は外部からの後付け記憶装置じゃ」
結の【重力操作】は現在、対象者が己の体重で押し潰されてしまう程の力を放出している。
にも拘らず、一切体制を崩さない零は、ニコリと笑うと、今まで無防備に下げていた手をゆっくりとした動作であげると、まるで何かを払うように振るった。
「嘘、だろ……?」
零が手を振るった瞬間。今まであった【重力操作】の手応えが消えた。
【重力操作】を無効化された。
しかし、今の現状は、そんな生易しいものではなかった。
「なんだこれ。【神夜】の力を感じない……」
今まで結を満たしていた、【神夜】の力が、結の中からまるで抜け取られるように消えていた。
「ニハハ」
「何をしたっ!」
楽しそうに笑っている零に、結が叫ぶと、零は変わらず楽しそうに笑っていた。
「御前様の中にいた、外部記憶装置を抜いただけじゃよ」
「……外部記憶装置だと?」
結が眉を顰めながら聞くと、零は呆れたように深いため息をついた。
「なんじゃ。御前様は気付いておらんかったのか?」
「なんのことだ」
「……では仕方あるまい。ワシが教えてやろうかの。御前様は幻操術をなんじゃと思っておる?」
「世界の理を表す幻式に幻力を注ぐことによって発動する世界に掛ける幻術だ」
「なるほどの。模範解答じゃな」
「お前は何が言いたい?」
結を馬鹿にするように、ずっと笑っている零に、結は明らかな嫌悪感を抱いていた。
零は、この場所は俺の心の中だと言っていた。
俺の心の中になんでこいつがいるのかは知らないが、俺はこの場所を知らないが、零は知ってるいる。
地の利は相手が上。
それに、純粋な幻操師としての実力も相手が上。
結は零の話を聞きながらも、警戒を怠らなかった。
「教えてやろう。御前様のその認識は誤りじゃ」
誤り。
結が言った幻操術のなんなるかは、各ガーデンで教わる基本的な情報だ。
だからこそ、結は動揺した。
しかし、動揺がそのままイコールで驚きや混乱になった訳ではなかった。
「ほう。思っていたよりも、だいぶ冷静じゃな」
結の頭は冷静になっていた。
理由は二つ。
まず、こいつの言っていることが事実なのか確かめるが出来ない。
だから事実なのか否かは後で確かめればいい。
今は関係ない。
そして、もう一つは、元々、結自身がそうではないかと思っていたからだ。
幻操術には秘密が多い。
幻操術を管理する委員会が、全てと情報を正しく発信しているとは到底思わなかったからだ。
「ニハハ。それでは話すかの」
零は指を鳴らすと、地面の中から黒い靄が現れ、やがてそれは二つの椅子の形となっていた。
「立ったまま話すのもアレであろう?まずは座るのじゃ」
「……」
「ニハハ。警戒するのは無理もない。じゃが御前様もさっきのやり取りで気付いておるのじゃろう?ワシと御前様の間には、決して違えることのない圧倒的な実力の差というものがあるということに」
「くっ……」
零の言うことは真実だった。
正直に言おう。
今の結は、幻操師としての力を失っていた。
結は元々、『再花』によって幻操師としての力を失っている。
今までは、【神夜】から与えられた力を頼りに戦っていた。
しかし、封印なのか、抜き取られたのかは不明だが、今の結にはその【神夜】の力さえも無くなってしまっていた。
例外、奏を除き、幻操師は術を発動するには、式を提供する法具が必要だ。
【神夜】で得た力は理由は不明だが式を必要とせずに、思念でコントロールすることが出来る。
今の結はその両方が無くなった状態だ。
たとえ幻力があったとしても、それを術に変えることが出来なければ、格上の存在である零には到底勝てない。
「……わかった」
だから結は、大人しく零の言うことを聞いた。
「ニハハ。賢明じゃな。さて、話そうかの。まず、幻操術には種類がある」
「種類?」
「そうじゃ。一つは一般的に普及されておる、法具によって式を生み出し、その式を利用して発動する幻操術。そして、幻操師にとって奥義と呼ばれる技術。法具を必要とせずに、幻力よりも濃い力、心力を纏うことによって発動の難易度が下がる術。つまり、心操術じゃ」
「どういうことだ!心操術は心装状態だけで発動出来るんじゃないのか?」
零はあえて、心力を纏うことで発動可能になる……ではなく、発動の難易度が下がると言った。
それはつまり、暗に心装無しで心操術は扱えるということになる。
そこで結は、とある疑問が浮かぶ。
心操ってなんだ?
幻力を消費して発動するのが幻操術。
心力を消費して発動するのが心操術。
これはSランクになることによって教えられる情報だ。
心力は幻力よりも扱いが難しい。
だからこそ、心力を法具に纏わせ、法具の性能を底上げすることによって心力を操作可能にするのだ。
これが心力を装備する術、心装だ。
今まではそういうものだと思っていたが、今更ながら結は思う。
これは、矛盾していないか?
心力を操るために、心力を纏う、つまり操らなくてはならない。
それは本来、無理だ。
しかし、実際には心装使いは存在している。
「気付いたか?」
結が思考の渦に飲み込まれていると、そんな声が届いた。
結が突然届いた声にはっとして顔を上げると、そこにいたのは楽しそうに笑う、零の姿があった。
「教えてやろう、御前様や。ワシの知る全てをーー」
奏が結の眠っている病室から出た後、奏に変わって結のそばにいることになった雪乃たちは、結の様子を見ながらも、楽しげなガールズトークを続けていた。
「あはは。それにしても、最近の姫って忙しそうだよね」
彼女たちの話題は、彼女たちにとって強い憧れの中心である人物、奏の話題へとなっていた。
「そうですね。このところのお嬢様は無理をしているようにも見えますし」
「そうだね。……そういえば、最近、姫が休んでるとこ見たことないかも」
最近になって突然、奏は毎日を慌ただしく生活するようになっていた。
いつも世界各地を駆け回っているようだった。
「心配ですね」
「そうなのだよ。姫は一人で背負い込もうとする癖があるのだよ」
「姫が望めばいつだって姫が背負ってるもの、あたしだって手伝うのにね」
「それだけ、私たちのことを大切にして下さっているということでしょうね」
「そうだね」
病室の中には、しんみりとした空気が流れていた。
「あーもうっ!しんみりするのは無し!」
六花衆随一の元気娘である雪乃は、その場の空気をぶち壊すために大声で叫ぶと、立ち上がり、背伸びをした。
「んー。ずっと座ってるからしんみりしちゃうんだよ!てことで、みんなで遊ぼうっ!」
彼女たちは一人の幻操師であると同時に、まだまだ若い少女なのだ。
仕事ばかりではなく、時には遊ぶことだってある。
「姫も誘ってみんなで遊ぼう!うん、そうしよう!」
雪乃が一人で楽しげに話を進めていると、雪羽はこれでもかというくらいに深いため息をついた。
「な、なにさー!」
「主様の状況を忘れているのだよ」
「……あっ。わ、忘れてないよっ。あたしはこの通り元気だもん!あたしが主様の看病するからみんなは姫を連れ出してって話だよ!」
「今、『あっ』って言ってましたよね?」
「い、言ってないよ?」
「ほう。それは本当だと言えるのか?」
「い、言える……」
「ならこれはどう説明するのだよ」
雪羽はそう言うと、和服の特徴とも言える、長い袖から小さな法具を取り出した。
雪羽は苛めっ子のような顔付きになると、小さな箱型法具のスイッチを押した。
「『……あっ。わ、忘れてないよっ。あたしはこの通り元気だもん!あたしが主様の看病するからみんなは姫を連れ出してって話だよ!』」
「……え」
「む?わからなかったのか?ならばもう一度、今度はわかりやすいように再生するのだよ『「……あっ。わ、忘れてないよっ』」
「……雪乃?私、いつも言っていますよね?嘘はよくありませんよと?」
「み、美雪。す、ストップ……こ、怖いよ?」
美雪が立ち上がり、まるで般若を思わせる表情で詰め寄ると、雪乃は腰を抜かし、その場に座り飲むと、這いずるようにして病室の端っこまで追い詰められていた。
「さて、雪乃?」
「は、はい?」
「これからどうなるかわかりますね?」
「いーやーーーーーーっ!!」
その後、病室からは雪乃の悲鳴が長い間響いたらしい。
「……はぁー。美雪も主様が眠っていることを忘れているのだよ」
雪羽のつぶやきはさみしく消えた。
明日も午後六時の更新を予定しています。




