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5ー44 雪の過去 前編

「はぁー。いつもいつも。あなたはよく眠っていますね。まったく、主人公の自覚が足りないのではないでしょうか?」


 奏は結を【A•G(エンジェル・ガーデン)】へ運んだ後、結を保健室の一室に寝かせ、その隣でずっと結の様子を見ていた。


 結が暴走したあの日から、既に三日が経っていた。


「やほー。主様起きた?」


「雪乃ですか?いえ、まだ眠っているようですね」


 奏はやってきた雪乃に一瞬視線を向けると、直ぐに結へと戻した。


 雪乃は奏が座っているベッド横に設置されているソファーに座ると、隣にいる奏にぐっと顔を近付けていた。


「な、なんですか?」


「主人公ってなに?」


「突然どうしたんですか?」


 雪乃は奏から顔を退けると、頬をかきながら続けた。


「いやね。ちょっと病室の前で奏の声が聞こえたからさー」


「主人公。物語においての中心人物。又は、主人を敬った言い方なのだよ」


「あっ雪羽」


 雪乃の質問に答えたのは、今病室にきた雪乃の同僚(?)雪羽だった。


「いや。そういう意味じゃなくて」


「む?ならばなんだというのだよ」


「さっき姫が結に向かってつぶやいてたからさー。ちょっと気になって。どういう意味で言ったのかなーって」


「なるほど。それは気になるのだよ」


 二人の視線が奏に注がれると、奏はため息をつきながら話し出した。


「ほぼそのままの意味ですよ。私の作り出す物語の主人公。それが結ってことです」


「……姫の作った物語?」


「む?姫は小説でも書いているのだったか?初耳なのだよ」


 二人が疑問を浮かべていると、そんな二人がおかしくなった奏は、クスリた笑った。


「おおー。姫の笑い顔……レアだね」


「やはりそうなのだよ」


「ん?」


 突然納得顏でそういう雪羽に雪羽は首を傾げていた。


「姫は結が関係することだとすぐに笑うのだよ」


「な、何を言ってるんですか?」


「あっ。そういえばそうかも……」


「雪乃まで……。からかうのはやめてください」


 奏が拗ねたようにプイッとそっぽを向くと、雪乃と雪羽は僅かに頬を赤くしていた。


 奏も頬を赤くしていた。


「あはは。ごめんごめんってばぁー。それでそれで?物語についての解説は?」


「はぁー。まあいいですけど……。えーと物語についてでしたか?言っておきますが、小説を書いている訳ではありませんよ?」


「じゃあ、なんなのさー」


「私は結だけではありません。【A•G(エンジェル・ガーデン)】全員のスケジュールを管理していることは知っていますね?」


 【A•G(エンジェル・ガーデン)】の規則として、当日から約一週間前までに、その日の予定を奏に伝える必要がある。


 ここでいう予定とは、つまり休暇申請だ。


 この日は任務をしたくないなどの予定を聞き、集まったデータから奏がそれぞれのスケジュールを作り、これもまた一週間ごとに皆に渡している。


 休暇を申請しなかったからと言って、全く休暇が無くなる訳ではない。


 基本的に【A•G(エンジェル・ガーデン)】では週休は三日だ。


 働いている者からすれば休み過ぎだと思われるかもしれないが、よく考えて欲しい。


 彼女たちはまだ十代前半の少女だ。


 休み過ぎと言うより、むしろ働き過ぎかもしれない。


「結はいつもいつも申請をしないので、結の体調なども考慮して、毎回私がスケジュールを事細かく作っているんですよ」


「あー、それで」


 雪乃は【ウェルジーン】での一件を思い出していた。


 結が暴走し、任務を放棄した後、放棄した任務を結が目覚め次第再びやろうと雪乃が提案した時、奏はすぐにそれを否定していた。


 どうして奏が結の今後の予定をそこまで知っているのか疑問だったのだが、これで解決した。


「……それで納得しておくのだよ」


「……ありがとう。雪羽」


 奏と雪羽が意味深な言葉を交わしていると、雪乃は「えっ?えっ?」っとおいてきぼりにされていた。


「失礼します」


 丁寧なノックの後、やってきたのは六花衆のリーダーこと、美雪だった。


「あっ美雪ー。どしたのー?」


「はぁー。雪乃やはりここでしたか」


 美雪は疲れたようにため息をついていた。


 その反応に、雪乃はちょこんと首を傾げていた。


「雪乃。【ウェルジーン】での一件についての報告書がまだ未提出ですよ?」


 美雪が呆れ混じりに言うと、雪乃は手を口元に当てて、マズッたとでも言いたげな表情をしていた。


「えーと、後じゃダメ?」


「ダメです。……っと言いたいところなのですが。今は御主人様の容体の方が大切ですね。お嬢様、結は大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫です。それに、結の暴走をいつものことではありませんか」


「それはそうなのですが……」


「……前から思ってたけど、美雪と奏ってキャラ被ってない?」


「そうでもないのだよ」


「どこか?同じ丁寧口調の冷静沈着な美少女だよ?」


「姫は砕けた敬語。敬語の中に親しみやすさがあるのだよ。美雪はまるでお嬢様の敬語。そこには気品が溢れているのだよ」


「そう言われてみればそうかも……?」


 奏と美雪が話している間、雪乃と雪羽は二人に聞こえないようにコソコソと小さな声で会話をしていた。


「さて、そろそろでしょうか」


「ん?姫、何がー?」


「いえ。雪乃は当分ここにいますね?」


「んー。そうかな。結のこと心配だし」


「クスッ。随分と素直になりましたね」


「うっ……。だ、誰だって変わるもよだよ」


 雪乃は恥ずかしそうに頬を赤くしていた。


 雪乃はそっぽを向きながら消え入りそうな小さい声で呟いていた。


「そうなのだよ。人は変わる者なのだよ」


「雪羽……」


「恋は人を変えるのだよ」


「誰が恋する乙女だっ!」


「クスッ。では、結を任せましたよ」


 じゃれあっている二人を見ながら奏はニコリと笑うと、一言残しその場を立ち去った。


 奏が立ち去った後も、病室では賑やかな声が響いていた。













 病室から出た奏は、一人、とある人物の部屋に向かっていた。


「失礼します」


「……どうしたんですか?」


「少し話がありまして。……雪」


 奏が訪れたのは、六花衆の一人、雪の部屋だった。


「わかりました。とりあえずどうぞ、中に入って下さい」


「失礼します」


 奏は改めて軽く頭を下げると、部屋に上がった。


「相変わらずに綺麗にしていますね」


「そうですか?」


 雪の部屋は他のメンバーの部屋と比べ、だいぶ小さい。


 他の部屋がどこか王族の部屋かと思うくらい広いのに対し、雪の部屋はこじんまりとした、二十代前半の大学生が住んでいるような、小さな部屋だった。


「雪は本当にこの部屋でいいのですか?」


「はい。上位天使の部屋はどうも広くて、落ち着きませんので」


 雪は静かな言うと、立ったままでいるのもアレということで、奏を入り口近くのソファーに座らせると、反対側にあるベッドに雪は腰掛けた。


「それで、話とは?」


 最初に話を切り出したのは、雪だった。


「この前、結と雪乃が任務を失敗したのは知っていますね?」


「はい」


「それで、あなたに私からの極秘任務です」


「極秘任務?」


 極秘任務という、なにやら重々しいことをいわれ、雪は首を傾げながらも、気を引き締めていた。


「はい。極秘任務の内容ですが、これから半年間、【ノーンマギカ】に入り込んでくれませんか?」


「【ノーンマギカ】にですか?」


 奏が雪に依頼した極秘任務とは、【ノーンマギカ】への潜入任務だった。


 闇の組織とも言える【ノーンマギカ】への潜入。もしもバレれば待っているのは確実な死だ。


 または、実体験のモルモットにされるかもしれない。


 この任務を承諾するには相当の覚悟が必要となるだろう。


「わかりました」


 雪は奏からの依頼に、なんと即答していた。


 その表情には一切の躊躇いもない。


 そこに満ちているのは、自分なら出来るという自信だった。


「良かった。雪ならそう言ってくれると思っていました。さすがは、六花衆最強の天使ですね」


「私は最強ではありません」


「自分を過小評価するのは良くないですよ?いえ、違いますね。私に隠し通せると思っているんですか?」


「……」


 奏が目をギラリと光らせると、雪は黙ってしまっていた。


 その表情にあるのは、焦りだった。


「あなたが実力を隠す理由はわかります。ですのでそんな風に怖がる必要はありませんよ」


「……本当?」


「本当です。勘違いしているようですので言っておきますが、雪。私にとって、あなたは大切な家族ですよ?」


 奏が微笑みながらそう言うと、雪の目からは、一筋の涙が零れていた。


「私たち、幻操師の能力は、その過去に大きく反映されます。あなたの能力、他人の記憶を凍らせる力。それが一体どんな過去から出来上がった、出来上がってしまったのは、私にはわかりません。ですが、今のあなたはその時とは違う筈です。今のあなたには私たち、家族がいます。安心してください。必ず、守ります」


 奏の言葉がトドメとなったのか、雪の瞳からは、涙が溢れ出していた。


 雪の過去は、まだ若い彼女にとって、あまりにも地獄だった。


 雪は【A•G(エンジェル・ガーデン)】の他の子たちと同様、幻の逸材(ファントム)だ。


 雪が【幻理世界】に落ちた時、彼女はあるものたちに捕獲された。


 雪を捕獲した集団の名前は、死団(しだん)


 この世を地獄だと考える、この世界から逃げる術、つまり、死こそ生き物にとって最高の幸せと考える、異常宗教の集まりだった。


 【幻理世界】に落ちたばかりで、意識が混濁していた雪は、彼らに保護された。


 彼は最初は死を幸せと考えているような異常はまったく見えず、一件、身寄りのない子供たちを保護する、優しい人たちの集まりに見えた。


 彼らは【幻理世界】を旅しながら、多くの子供たちを雪と同じように言葉巧みに保護という名の捕獲をしていた。


 そして、子供の人数が百人に達した時、それは起こった。


 朝。目が覚めると全身が縛られていた。


 百人の言葉たちは一人一人、全員が十字架に縛られていたのだ。


 十字架に張り付けられた百人の子供たちで円を何重も描き、死団の人間たちはその円の中央に集まって、なにかの儀式をとりおこなっていた。


 十字架の足元にはたくさんの枯葉や乾いた木の枝が積み重なっており、そこからは鼻を刺すような強い刺激臭がした。


 目が覚めた子供たちは、皆、状況に怯え、叫び、喚き、そして泣いていた。


 その中で雪は、雪だけは、泣かずに、全てを諦めていた。


 私はここで死ぬんだ。


 優しい人たちだと思ったのに。


 信じていたのに。


 裏切られた。


 早く死んで、こんなこと忘れよう。


 こんな記憶、いらない。


 早く、私を終わらせて?


 雪が諦めて、目を閉じると、突然、大きな声が聞こえた。


「こんなことはやめてください!もうやめましょう!」


「……美久さん?」


 それは、死団の中で、ずっと子供たちの世話をしていた女性だった。


 彼女は元々、死団のメンバーだった。


 この世に絶望し、生きるのが嫌になった美久は、偶然知り合った死団の人間経由で、死団に入った。


 しかし、死団に入り、たくさんの子供たちと過ごしている内に、彼女の心の中には希望のようなものが生まれていた。


 未来ある子供たちを死なせるのはおかしい。


 だから美久は、死団のトップに言い寄った。


 しかし、


「この裏切り者!儀式を邪魔する愚か者に安息の死は与えぬ!永劫に来るしむ、絶望の死を与えてやろう!」


 パンッ。


 火薬の破裂する音の後、美久の心臓は、その鼓動を止めた。


「美久さん……?」


 美久は優しかった。


 子供たちにとって、美久は母親のよう存在だった。


 事故により、夫とお腹の中の子供を死なせてしまい、一生子供を産めない体になってしまったことによって絶望していた美久は、保護した子供たちのことを、実の子供のように可愛がっていた。


 母親代わりとなっていた美久が目の前で撃ち殺されたことで、子供たちの目からはより一層の涙が溢れていた。


 そして、唯一泣いていなかった雪の瞳からも、とうとう、一つ筋の涙が流れた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 そして、雪は覚醒した。


 覚醒した雪は、自分を張り付けにしていたロープを凍らせることによって破壊すると、美久を撃ち殺した死団のトップへと襲い掛かった。


「な、なんだ!化け物め!」


 突然の事態に、混乱し、慌てた死団のトップは、標準を雪へと合わせると、引き金を引いた。


 しかし、それで雪が止まることはなかった。


 雪の目が純白に光り輝いたと思ったら、雪は自分に向かって飛んでくる五発の弾を全て華麗に避けていた。


「終わりかっ!」


 雪が挑発するようにトップの男に向かって言うと、トップの男は怯えたように声を震わせると、途端にその場から逃げ出した。


「逃がさないっ!」


 まだ二桁にもいかない少女とは思えないくらい、突然身体能力が飛躍的に上昇した雪は、容易に逃げたトップの男の元まで駆けると、後ろから心臓を一突きした。


「うわーーー!!」


「にげろー!!」


 状況についてこられなかった死団の他のメンバーが一斉に逃げ始めるのを横目で見ながら、雪は彼女自身の血で出来た海に浸されている、美久の元に近寄っていた。


「美久、さん……」


 美久は、即死だった。


 そのため、雪の声掛けに、美久が答えることはなかった。


 それでも、雪は何度も何度も、美久に声を掛けていた。


 そして、雪は、彼女が冷たくなっていることに気付くと、その目から、光を無くした。


「あ、あぁ」


 雪が震えた声を漏らしていると、雪の体から、白い光が輝き始めていた。


「あぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 雪の絶叫と共に、光は拡張した。


 光が消えた時、そこに残ったのは、一面、氷の世界だった。



 感想や評価など、心からお待ちしております。


 どうか、よろしくお願いします。

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