5ー42 天才
「はぁー、まったく。いつもいつも、どうして簡単に暴走状態に陥るのでしょうか」
突如現れた奏は、両手で頭を押さえ、呻き続けている結を一瞥すると、はぁーっとため息をついた。
「これも全て、結の能力が原因なのでしょうね。やれやれ、本当に仕方の無い人ですね」
困った顔でそうつぶやく奏だったが、その表情にはどこか歓喜が含まれているように見えた。
「姫……」
「雪乃、この空間を凍結して下さい」
「はいっ!」
奏は結の状態に困惑している雪乃に指示を出すと、他のメンバー、つまりテイル、カレナ、ハヤテの三人の方に顔を向けた。
「はじめまして。私の名前は奏。【A•G】、一番隊、及び総隊長を兼任しています」
「そ、総隊長殿ですと……」
ハヤテは目の前に現れた人物に驚きを隠せなかった。
今の奏は、【A•G】の制服とも言える、純白のコートと白い仮面に身を包んでいなかったからだ。
つまり、今、奏は素顔を晒していた。
「言っておきますが」
「む、なんだ」
「ここで見たことを口外すれば……わかりますよね?」
その瞬間。雪乃の氷が部屋を完全に覆っていた。
扉もただの氷の壁で覆われ、前後上下左右全てが氷の壁となっていた。
そのためだろうか、部屋にはありえないほどの冷気が満ちていた。
(いや。違うの。冷気の発信源は、この少女じゃな)
ハヤテが奏に視線を向けると、奏はハヤテと視線を合わせると、ニコリと微笑んでいた。
(なんという娘じゃ。ワシの娘と同じぐらいだというのに。明らかに、明らかに精神レベルが違うの)
ハヤテは奏の同い年の、今は離れて暮らしている自分の娘ことを思い出していた。
ハヤテは実力があるばかりに、奏の実力の片鱗を見抜いていた。
だからこそ、ハヤテは恐怖していた。
雪乃だって年齢にしては、あまりにも規格外の凄まじい力を秘めていた。
一見、雪乃よりも遥かに幻力が少なく、純度も低い結だったが、その実力はその潜在幻力からは考えられないくらい高いものだった。
それでも、この世の理不尽、規格外である二人であったとしてと、奏と比べてしまえば、凡人のように見えてしまう。
(この世界が生まれて、いや、この宇宙、全ての時間の中で一人しか産まれぬ天才。……いや、流石に言い過ぎじゃな。それでも、最低でも数百万、数千万を超える人間の中に、一人しかいない天才であることは確実じゃな)
この宇宙の一生で、奏ほどの天才はもう過去も未来も現在も現れないた思ってしまうほどの天才。
それがハヤテの奏に対する評価だった。
「もちろんじゃ。口外せぬと、迅雷の名に誓おう」
「それは良かった。流石に、迅雷の長を仕留めるのはもったいないので」
「……」
奏の言葉はつまり、
戦えば私は容易にあなたを殺せます。
そう言っているのだ。
本来、一回りも二回りも年下の娘にこんな事を言われれば、怒りを覚えるだろう。
しかし、ハヤテは何も言うことが出来なかった。
何故なら、奏の言葉が本気であり、十中八九それが正しいと理解していたからだ。
「さて、そろそろ止めますか」
奏は今だに呻き続けている結を目視すると、サッと右手を翳した。
「……っ!何をするつもりじゃ!彼を殺すつもりか!」
奏が翳した右手に多量の幻力を集中させていることに気付いたハヤテは、思わず、そう叫んでいた。
今奏が手に集中している幻力は、それを純粋に力として解き放てば、周囲一キロ圏内であれば、雑草の一本も残らない程に吹き飛ばすことが出来るような量なのだ。
ハヤテが焦りの表情を浮かべていると、奏はたった一言、
「大丈夫」
っと言った。
力とは、ただ解き放つだけじゃ、ない。
それをコントロールすることによって、力は、エネルギーは人を救うための手段になる。
生き物は本能的に火を恐る。
しかし、人は火を、それもあまりにも激しい炎を正確に管理することによって、その力を日々の生活に役立てている。
料理然り、火力発電と呼ばれるもの然り、つまり重要なのは力の規模や威力ではなく、それをうまくコントロールすることだ。
「待つのじゃ!いくらお主が天才とは言え、それだけの量、人間がコントロールできるレベルを超えておる!」
人間は、無意識の内に体の力をセーブしている。
例えば筋肉だ。
人間の筋肉は、最大で約三○%程の力しか出ないようになっているらしい。
それは、もし一○○%の力を発揮してしまえば、筋肉自体がその力に耐えられずに、切れてしまったり壊れてしまったりするからだ。
それは、幻操師でも同じだ。
幻操師の顕在幻力とは、本来の顕在幻力よりも遥かに少なくなっている。その割合は筋肉同様、約三○%だ。
それ以上の幻力を一度に放出すると、体の内から溢れる力、幻力を体外に放出するために、全身にある幻力の通り道、幻通がその力に耐えられずに壊れてしまうのだ。
しかし、幻操師の中には、顕在幻力が本来の顕在幻力の三○%以上発揮することの出来る者もいる。
そう言った者たちは、現在、記録されているものでは、約五○%の幻力を発揮することが出来る。
ハヤテは奏もそういった者の類いだと思っていた。
しかし、顕在幻力が本来よりも高い者にはとある欠点があった。
それは、自分が顕在した幻力をコントロールすることが出来ない者が続出したのだ。
通常は三○%と言ったが、それはあくまで最大だ。
常に最大、というよりも、限界まで自分の力を発揮出来る人間なんていないと言っていいだろう。
そのため、平均的な割合は、たったの一五%だ。
つまり、本来の最大値の半分なのだ。
幻操師は己の本来の力の一五%を完璧に扱おうと努力し、修行をする。
つまり、幻操師にとって、一度に扱うことのできる幻力の量は、その者の顕在幻力の一五%前後なのだ。
それにも拘らず、限界突破している幻操師は一五%を超える幻力が普通になっているのだ。
自覚出来る幻力のMAXが違う分、一般幻操師にとっては扱い切ることのできる幻力は三○%の半分で一五%だが、限界突破の幻操師は平均、四○%の半分で、二○%の幻力を操ろうとする。
しかし、幻操師に扱い切れるとは一五%まで、つまり五%分はそれをオーバーしてしまう。
それが幻操の暴発や暴走を起こしてしまう。
ハヤテの見る限り、今の奏は、彼女自身の才能を考え、恐らく、過去最高の割合である、七○%前後の顕在幻力を発揮することが出来ると予測していた。
最大が七○%なら、無意識の内にセーブすることによって、実際に扱おうとする割合は約三五%。
それでは幻操師の限界、一五%を倍以上超えている。
つまり、どうやったところでコントロールできる訳がないのだ。
(コントロール出来るというのか!?それだけの力を!)
奏の表情はとても無理をしているようには見えなかった。
心からそう言っている?
推定、幻操師の限界突破の倍以上の力を発揮出来ると言っていることになる。
「いきます」
奏は小さくつぶやくと、手の平に集中していた幻力を解き放った。
『氷結=終末』
奏が幻操術を発動すると同時に、奏が手に集中していた幻力は幻操術として、その形を変化させていた。
「……まさか。成功するとは」
幻力が幻操術へと変化する。それはつまり、奏があれ程の多量な幻力を全てコントロールした証拠だ。
コントロールが出来ていなければ、今頃幻操術は発動せずに、ここ周辺全てが消滅していたはずだ。
ーーなんて娘なんだ。
それが、ハヤテの純粋な気持ちだった。
奏の手から放出された幻力は、苦しそうに呻く結を覆うと、徐々に凍り付き始めていた。
ハヤテの手刀を防いだ霧は、奏の氷の牢獄を突き破ろうと動くが、奏の氷に触れると途端に、霧も凍り付いていた。
『氷結=終末』。
それは、小さな冷気の粒を多量に飛ばし、その粒が触れた物を完全に凍結する術だ。
終わりを意味する名前が示す通り、『氷結=終末』の対象者となった者は、全身を完全な氷の彫刻へと変貌させる。それはつまりその者の生命の終わりを意味している。
「終末じゃと?ありえぬ」
幻操術にもシリーズというものがある。
一般公開されている幻操術の中に、最高クラスの幻操、終末シリーズというものがある。
しかし、このシリーズは式が開発だけで、それの使用者が現れることは無かった。
何故なら、その術の消費幻力が並の、いやトップクラスの幻操師でさえ、一回発動してしまえばスッカラカンになってしまうような量だったからだ。
トップクラスの幻操師になってしまえば、わざわざ、このシリーズを使わなくても、というより、使わない方が強かったのだ。
そのため、使用者が現れることは無かった。
ハヤテは過去に一度、この術を使ったことがある。
だからハヤテはこれが終末だと分かったのだ。
しかし、ハヤテはこの術を一人で発動した訳ではない。
【迅雷】の者として、最高クラスの幻操術を試してみることになり、一族総出で発動したのだ。
必要幻力も複数人で用意すればそこまで大変ではない。
複数人とはいえ、ハヤテはこの術を実際に使用したことがあるため、必要幻力の量はだいたい把握していた。
だからこそ、ハヤテは驚愕していた。
何故なら、
(ワシの知っている終末はこれ程までに完成していなかった)
終末とは、属性を発生させた多量の幻力を小さな球体状に凝縮、多量の力が点に収束されたことによって絶大な破壊力を持った破壊の玉を作り出す術だ。
しかし、発動に現実的な複数人での発動は、全員の幻力の波長を合わせる必要があるため、術の発動に時間がかかるのだ。
だか、今、ハヤテの目の前で奏はこの術をたった一人で発動していた。
幻力を手の平に溜める時間はそれなりに必要のようだが、それでも複数人で発動した時よりも遥かに早い。
戦闘で使おうとするには予め相手の動きを封じる必要があるが、それでも十二分に実戦に耐えうる性能となっていた。
だか、ハヤテは驚愕すると同時に違和感を感じていた。
終末はピンポン球程度の球体を一つ作り出す術だ。
しかし、奏が発動したのはそれよりも小さい、まるで雪のような粒を多量に生み出していた。
「……ナイト&スカイ。非公開新型幻操術。終末の雪」
これは元々、ナイト&スカイが未完成品であった幻操術、終末を実用化するために作り出そうと、改造した幻操術だ。
自分もその創作に関わっているため知っていた雪乃は、誰にも聞こえないような小さな声で、ぼそりとつぶやいていた。
しかし、その表情にあるのは、驚愕だった。
「でもこれって、まだ、完成してなかったような」
終末の雪はまだ非公開だった。
その理由は術の危険性もあるが、一番の理由はまだ未完成品だったからだ。
まだ完成させていない幻操術が実際に目の前で使われている。
雪乃は驚きを隠せていなかった。
「雪乃。これはただのナイト&スカイの作った、終末の雪ではありません」
「……姫」
「これは、ナイト&スカイ、Xモデルです」
Xモデル。
それはつまり、結がこれを完成させたことを意味している。
(あはは、何が劣等生なんだか)
雪乃は心の中で乾いた笑い声を漏らしていた。
明日は午後六時の更新を予定しております。




