5ー41 弱き心
「結花と申したか?カレナを助けてくれてありがとう。心から礼を捧げよう」
「あれは雪乃の未熟さが生み出したこと。身内の尻拭いをしただけ」
結にスッパリと未熟と言われた雪乃は、がくりと肩を落としていた。
「それで?テイルは何してる?」
結は視線をテイルに移すと、ため息交じりにつぶやいていた。
「い、いや。なんでもないぞ」
テイルは胸の前で手を強く握り締めながら、頬を赤くしていた。
(あれ?)
結が周りを見回すと、顔を赤くしていたのはテイルだけでなく、いじけている雪乃もまた、頬を赤くしていた。
「かっかっかっ。結花殿が男でなかったと心から思うぞ!」
「……どういう意味?」
「かっかっ、いやはや。結花殿が男であったら、一体何人の娘が犠牲になるのやらと思ってな」
「……意味がわからない」
結が首を傾げていると、ハヤテの言葉で結が本当は男であるということを知っている雪乃とテイルは、多量の冷や汗を流しながら、口をパクパクとさせていた。
(主様がそういうのに疎い人で良かった!)
雪乃は心の中でガッツポーズをすると、席から立ち上がりカレナの前まで移動していた。
「ごめんなさいっ!」
「えっ?」
別の事を考えていたカレナは、雪乃の突然の謝罪に鳩が豆鉄砲を食ったように驚いていた。
「え?えっと、こちらこそごめんなさいっ!」
深々と頭を下げる雪乃に、カレナは自分も立ち上がると、よく訳もわからないまま頭を下げていた。
雪乃とカレナが「いや、あたしこそ」「いえいえ、わたしが」などと、無限ループに差し掛かっていると、結はハヤテに視線を戻していた。
「結花殿はなんの目的でこの町に?」
「……言わないと駄目?」
「いえいえ。とんでもない。黙秘権は当然ありますよ?」
結とハヤテが静かな戦いを始めていると、その雰囲気に気付いたのか雪乃とカレナの謝り合いは終わり、二人の様子を伺っていた。
「……任務ですかな?」
「黙秘」
「……【ノーンマギカ】」
「……」
「なっ!」
ハヤテの言葉に結は内心動揺しながらも、それを表面上に出さないようにしていると、結の努力も虚しく、二人の会話を外から傍観していた第三者、雪乃が言葉に反応していた。
「……はぁー。雪乃」
「へ?……あっ、ごめん!!」
自分の失態に今更気付いたところでもう遅い、ハヤテはニコニコと嫌な笑みを浮かべていた。
「なるほど。やはり最近、【A•G】が裏組織を潰し回っているという噂は本当でしたか。それならば、隊長クラスが二人組で行動していることにも頷けますね」
「だったら?」
結は全身の幻力を活性化させると、即座にこの場を離れることができるように準備をしていた。
「……」
結が臨戦態勢に入っていることを感じた雪乃もまた、全身の幻力を活性化させ、相手に見えないように、手の平に小さな氷の短剣を創造し、臨戦態勢に突入していた。
「かっかっかっ。そんなに構えんでもいい。安心せい。ワシはお主らの仲間だ」
「信じると思う?」
結が鋭い目付きで言うと、ハヤテは「まあ、そうだろうな」っと笑うのをやめた。
二人の間に嫌悪な雰囲気が流れると、そこに水を差したのは、
「二人ともやめて下さい!」
カレナだった。
「どうして志を同じくしている者同士で争うんですか!」
「同じ志?」
「そうです!私たちもあなた方同様、【ノーンマギカ】の撲滅を目指しているんです!」
カレナは勢い良く立ち上がると、顔を真っ赤にして、そう大声で叫んでいた。
「これカレナ。声が大きい」
「はっ!す、すみません……」
ハヤテが呆れ顔でカレナを叱ると、カレナはまるで咲いた花が閉じてしまったかのように、シュンと萎れていた。
「なるほど。どうやらあなた方が【ノーンマギカ】を狙っているの本当みたい」
「……なぜそう断言できる?」
「理由は単純。カレナに演技が出来る訳がない」
結が真顔(仮面のせいで相手からは真剣な目しか見えないが)でそう言うと、結の答えを聞いたハヤテはかっかっかっと大声で、そしてどこか楽しそうに笑っていた。
カレナの「それどういう意味ですか!」っという叫びは、虚しく消えていた。
「かっかっ。すまぬ。結花殿が真顔でそんなことを言うものだから笑ってしまったわい」
「……良くわかる」
「む?何がだ?」
「仮面してるのに、良く真顔だったてわかる。何故?」
「かっかっ。そこまで深い意味はないわい。そうだな。ワシは結花殿の目で全てを判断しておるのだよ。人間の心はどこに良く表れるのか、それは眼だ。だからワシは人を見る時、必ず相手の目を見ておる」
「へー。それはすごく、理解出来る」
人をその目で判断をしているのは結も同じだった。
目の色だとか、そんなことを見ているわけじゃ無い。
心ある者が心ある者の目を見れば、そこから伝わる何がある。
結はいつもそれを見ている。
瞳の輝きの一種だが、目がレンズの役割を果たしているため光る、その光ではない。心の見る光だ。
「ほう。まさか、お主。その歳で見えているのか?」
「……そうかもしれない」
「……凄まじい才能だな」
「そんなことない。私は所詮。ただの劣等生だから」
劣等生。
それは結の心の叫びだった。
何度も力を失い、その度に新しい力を身につけてきた結なのだが、結は自分のことを劣等生だと思っていた。
(俺の力は俺が勝ち取ったものじゃない。ただ、俺の運が良かっただけだ)
運も実力の内。
それは勝負の世界では、よく口にされる言葉だ。
しかし、結はそれを認めていなかった。
運も実力の内だと?
運だなんて曖昧なものが力だと?
本当の勝負とは、一度の負けが死へと直結している。
つまり、一度も敗北を許さない状況で、運だなんていう曖昧なものを引き合いに出すことを結は嫌っていた。
力が欲しい。
自分を守れる力。
大切なものを守る力。
絶対的な力。
それなのに、俺は、一体何回力を失えばいい?
結が知っている限り、結が力を失った回数は合計二回だ。
一回目は奏の言葉によって、己の心が揺らんだことによって、己の内に潜む力。零王の存在が消滅しかけたことによる力の消失。
二度目は、今は義理の妹、結菜を助けるための対価。
自分の心を揺らがせた奏が憎いか?
違う!
結菜を助けたことを後悔しているか?
違う!!
才能ある者たちが羨ましいか?
うるさい!
六花衆が憎いか?
黙れ!
……殺してやりたいか?
「黙れっ!!」
結は無意識の内に、全身から多量の幻力放出を始めていた。
「む!?」
「ひっ!」
「なにっ!?」
「ちょっ!主様っ!?」
ハヤテは結の突然の暴走に呆気を取られ、カレナは結から発せられる多量の幻力に怯え、テイルは結から発せられる漆黒の幻力に驚き、雪乃は結が突然暴走を始めたことで、焦りを感じていた。
「うるさい。違う!俺は、俺は!!違うんだ!俺は!私は!余はっ!!」
「仕方あるまい」
ハヤテは全身に電気を纏わせていた。
ハヤテが纏った電撃は並の電力ではない。それはまさに、雷を纏っているに等しかった。
「……まさか、【迅雷】って」
十二の光【迅雷】。
十二の光はそれぞれ、系統の違う術を得意とし、術の継承と術の進化を続けている。
【迅雷】が得意とするのは、激しい電撃を体に纏い、電撃の刺激によって通常を遥かに超える身体能力を発揮し、なおかつ通常攻撃の全てに雷による追加ダメージを与える。
それだけでなく、電撃を電気信号として利用することによって、通常、人体に反射行動とした記憶されていない反射行動を起こすというものだ。
意識を通さずに無意識、反射で起こる行動速度は、容易に相手を超える。
「ふんっ!」
ハヤテはリニアモーターの原理と、特殊な構造をしている靴を同時使用することによって、電気のレールを作り、暴走状況へと陥った結の背後へ回ると、その背中に向かって手刀を落とした。
無意識によって行われる行動は、意識行動で止めることはできない。
だからこそ、ハヤテの攻撃は結の首に容易に当たらなかった。
「邪魔だっ!」
頭を両手で抑え、苦しむかのように呻く結は、背後から感じる気配に無意識に反応すると、ハヤテの姿を見ることも無く、体から放出した多量の幻力、いや、霧状の何かを使って、受け止めていた。
「なぬっ!」
結は霧状の何かでハヤテの手刀を完全に受け止めると、受け止めた部位の周辺から、予想外の防御で体が硬直してしまっているハヤテに向かって霧を伸ばした。
「はぁー。また暴走ですか?相変わらずですね」
突然、そんな声が響くと、ハヤテの姿が一瞬で消えていた。
「え?た、隊長?」
その光景を呆然とした表情で見ていたカレナは、消えてしまいそうなぐらいに小さく、儚い声でつぶやいていた。
「安心して。彼は死んだ訳ではありませんよ」
「だ、誰っ!」
突然後ろから肩に手を置かれたカレナは、困惑の表情で振り返っていた。
そこにいたのは、
「……姫」
「どうやら、面倒なことになっているようですね。雪乃」
【A•G】。一番隊 、及び総隊長。
如月奏だった。
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