5ー40 力無き強者
「はぁー。なんであたしがこの目にー」
警察服を着た少女についてくるように言われた結たちは、結の提案でこの場はおとなしくついて行くことにしていた。
結たち三人は、現在手錠は付けられていないものの、後ろから少女に見張られる形で、反幻兵団の本部へと向かっていた。
(結果的には自然……とは言えないが、本部の中に入ることが出来そうだな)
「着いたわ。ここよ」
「わーお。驚いたー。思ってた数倍大きいじゃん!!」
「ふん。我が家に比べればこのくらい……」
逮捕されるという屈辱に耐えられないのか、テイルはブツブツと全てに文句を言っていた。
反幻兵団の本部は、この町の象徴に相応しいほどの規模と、そして何より美しさを輝かせていた。
「警察署というより、こりゃ小さめの城だね」
雪乃のつぶやきはもっともだった。
反幻兵団は例えるならこの町の警察だ。その本部はつまり警察署と等しいのだが、その本部は警察署というよりも、どこかのお姫様が住んでいるようなちょっと小さなお城だった。
通常のお城よりかは遥かに小さいのだが、【物理世界】にある警察署と比べれば、その規模は比較にならない。
「ほらっ!早く中に入りますよ!」
後ろから、警察服の少女に急かされた結たちは、もう少しこの城を見ていたい気持ちを抑え込みながら城の中、いや本部に入っていった。
一階に広がっていたのは、数十、いや数百人は入るであろう広さをもった、大きなホールだった。
「これって、どこからどう見ても外見も内装もお城だよね?」
「知らなかった?ここ、この町はこの城とその周囲に広がっていた大きな城下町の跡地に出来た町」
元々【ウェルジーン】が出来る前、ここ一帯はとある貴族が治めている町だったのだ。
「へえ。良く知ってるわね」
結たちの会話に割り込んできたのは、結たちをここまで連れてきた少女だった。
「この町は元々、事件によって崩壊した城下町の跡地に作られた町なの。あたしたちは崩れかけていたお城を補強して、反幻兵団の本部にしたってわけ」
「事件?」
「そっ。事件……って。お話は後で!早くついてきなさい!」
自分から説明を始めたくせに、突然プンプンと怒り始めた少女に、結たちは内心呆れながらも、少女の後を追った。
ホールの中央から伸びる、巨大な階段を上がらずに、階段の横から伸びる廊下を歩くこと数分、結たちは一室の前に案内されていた。
「治安隊のカレナです!隊長!街で不審者を発見しました!」
「入れ」
中からの返答が聞こえると、少女改め、カレナは扉越しにはっと敬礼をすると、扉を開けた。
部屋の中で最初に見に入るのは、部屋の中央にある机、そして、その上に崩れそうになるほどに積み重なった、書類の束だった。
「うむ。座りなさい」
紙の塔によって姿は見えないが、カレナの上官であろう人の言葉に、カレナは再び敬礼をすると、失礼しますと言うと、結たちに座るように仕草で促していた。
中央にある机の向かいには、垂直に伸びた二組のソファと、その間に小さめの机があり、カレナと結たちは片側のソファーに腰を掛けた。
「いやいや、すまないね。ご覧の通り、書類が溜まってしまってね」
そう言いながら紙の塔の奥から現れたのは、三十代の後半から四十代の前半くらいの優しい表情をした男性だった。
「カレナくん。それでなんの様だい?」
「はっ!街をパトロールしていた所、怪しげな格好をした三人組を発見致しました!!」
「ほう。して、その者はどこに?」
「この者たちです!」
カレナにそう言うと、結たちに立つ様に指示をした。
結たちはやれやれっといった風に立ち上がると、上官の男性は結たちの姿をまじまじと見つめた後、優しそうな表情を驚きの表情へと変えていた。
「なっ!なんてことだ!カレナっ!このお方々に失礼なことをしていないだろうなっ!」
「ど、どうしたのですか!」
「このお方々は誰と心得るっ!我が国の英雄【A•G】のメンバーだぞ!」
「【A•G】?」
カレナは小さくつぶやくと、キョトンとした表情で結たちを見つめていた。
その表情は少しずつ崩れていき、その色をどんどん青へと変えていた。
「も、申し訳ありませんっ!」
顔面蒼白になったカレナは、床に当たるのではないかというくらいに、深々と頭を下げると、これでもかというほどに謝罪の言葉を口にした。
「あはは。わかってくれたならいいよ」
だんだんカレナが可哀想になってきたため、雪乃が助け舟を出すと、カレナの上官らしい男性は、その優しげな表情には似合わないほどの、屈強な体を小さくして謝っていた。
「空よりも広き心に感謝しますぞ。天使殿」
「なんだか照れるね」
「全く、私の心が空よりも広く、海よりも深かったため許すのだ。心やり感謝するべきなのだ」
「感謝しますぞ。失礼、自己紹介が遅れてしまいましたな。ワシの名は迅雷ハヤテだ。それにしても、流石は天使殿だ。心より感謝しますぞ」
「ずっと聞きたかったのだが、何故私のことを天使と呼ぶのだ?」
ずっと男性は三人のことを天使と呼んでいた。その呼び方に引っかかりを感じたテイルは、男性に理由を聞いていた。
「む?【A•G】に在籍する者たちの通常ではありませんか。しかし、噂は本当でしたか」
「噂?」
「【A•G】に在籍する者は皆が美しい、まるで本物の天使のような可憐さを持っているという美しいという話ではありませんか。全く、実に美しい」
結と雪乃は白いコートと白い仮面に身を包んでいるため、その素顔は一切わからない。
しかし、ハヤテは明らかな確信を持ってそう言っている。なら、ハヤテの判断材料は何なのか、可能性は一つ。
「……えっ、テイルのこと?」
「ななっ!」
「ほほう。テイル殿と申すのですか。しかし、誠に美しい、いやはや【A•G】は幻操師としても超一流と聞くが、天は二物を与えずとは嘘であったか、あっはっはっ」
ハヤテは今の発言を真っ直ぐにテイルのことを見ながら言っていた。
つまり、ハヤテは男であるテイルに向かって、そう言っているのだ。
「あのー。ハヤテさん?」
「むむ?なんですかな?」
「これはとても言いにくいことですが……その、テイルは男ですよ?」
雪乃が恐る恐るハヤテに教えると、テイルが男だと知った瞬間、ハヤテは綺麗に石化していた。
「そ、そんな訳が、その蒼く輝く綺麗な瞳っ!白く透明に光り輝く美しい肌っ!風に靡き、黄金に光り輝く髪っ!なのなのに男だと?……あ、ありえぬ」
ハヤテがテイルのことを女として褒めるたたえると、ハヤテが一言言うたびに、テイルの顔は真っ赤に染まっていた。
(うわー。怒るのはいいが、暴れるなよ?)
結が顔を真っ赤にしているテイルに、そんなことを危惧し、心配していると、テイルは我慢が限界へと到達したのか、バッとすごい勢いで立ち上がると、ハヤテに指を突き出した。
「ボク、じゃない……私は正真正銘男なのだ!女などではない!そう、女ではないのだ!」
テイルが息を切らしながらも一気にそう叫ぶと、ハヤテは呆気に取られたような顔をしていた。
「そ、そうか。すまなかった。人間、事情は様々であろう。ワシが迂闊であった。この通りだ」
ハヤテが頭を下げると、雪乃は隣で立っているテイルの肩を掴んで、テイルを無理やり座らせていた。
雪乃はテイルが落ち着くように背中をトントンと叩いていた。
「して、テイル殿が男だとすると、お主らは【A•G】ではないということになるのだが」
そう言ったハヤテの目はギラリと光っていた。
「私とこれは正真正銘【A•G】。彼は偶然行動を一時共にしているだけ」
「ほう。しかし、【A•G】は男子禁制。一時的とは言え、男子と行動を共にするには、隊長格の許可が必要と聞くが?」
(思っているよりも【A•G】の情報は漏れているようだな)
【A•G】は美少女の集まりだ。そこに男子を投入すると要らぬ争いが、起こると思い、【A•G】では二つの例外を除いて男子禁制となっている。
その例外についての情報は漏れていないようだが、男子禁制ということは漏れてしまっているようだった。
(まあ。別に隠している訳でもないしな。バレたらバレたらではいそうですって感じだな)
男子禁制ということがバレても特に問題は無いと考え、結はそれを脳内から追いやっていた。
男子禁制の二つの例外の内一つは、何を隠そう、結の存在だ。
【T•G】の頃から皆と一緒にいる結はいわば幼馴染だ。
幼馴染なら大丈夫、というより、結なら大丈夫だという全生徒の共通認識だ。
そして、もう一つの例外が、隊長の許可の元、隊長同行を条件とした場合だ。
隊長格とはつまり、奏、結、六花衆のことだ。
奏は色恋には疎く、というより盲目的だ。他に興味を覚えることなどない。
結は男だ。たとえ演技する幻によって女心を心得ているとはいえ、結の恋愛感情は男のものだ。
腐から始まる女子の好きなアレになることはない。
そして、六花衆なのだが、これはちょっと特殊だ。
六花衆は現在、全員が恋愛の真っ最中なのだ。
六花衆は皆、自分と同じ隊長の一人に恋をしている。
しかし、それは本来ならばいけないことなのだ。
そんな葛藤と戦いっている六花衆にとって、その心に男が入る隙間なんて無いのだ。
結でさえ万が一の可能性しかないほどだ。
そのため、この誰かの許可と同行があれば、男子と行動を共にすることは許可されているのだが、【A•G】が設立されてから一回もそんなことは無かった。
テイルが初めてなのかもしれない。
「あなたならわかるでしょう?」
結たちに質問したハヤテに、結は質問を返していた。
本来ならばそれの行為はとても失礼なことなのだが、ハヤテは満足気にニヤリと笑っていた。
「やはりか。君は、いや、二人とも隊長かい?」
「そう」
「これはまた驚いた。まさか我が国の英雄、それも隊長殿、さらには二人も出会うことが出来るとは、かっかっかっ、世の中面白いこともあるものだ」
ハヤテの表情は純粋な嬉しさと幸福感に満ちていた。しかし、ハヤテはその表情をすぐに不思議そうに変えていた。
「しかし、君たちの間には大きな実力差があるようだの」
ハヤテは結と雪乃を交互に見ると、言葉を繋げた、
「うむ、やはり。明らかに君はもう一人と比べれば劣っているの」
雪乃は気付かない内に両手を強く握りしめていた。
「本当に隊長か?」
ハヤテの言葉と同時に!顔を般若の如く、怒りへと変貌させた雪乃は、結に向かってそう言うハヤテに強く殺気をぶつけていた。
「おいっ!失礼にも程があるんじゃないのかっ!!主様がどれだけ辛い目に遭ってきたかも知らずに!!」
雪乃は怒りに支配されていた。
雪乃から発せられる殺気はとても常人では耐えることのできないレベルだった。
ハヤテはその殺気を直に向けられて、目を大きく見開くと同時に、ニヤリと笑っていた。
「雪乃。やめる」
「でもっ!」
「命令。やめる」
結が殺気を放出することをやめるように、厳しい目で言うと、雪乃は納得していないようだが、渋々引き下がっていた。
「ハヤテ。まずは礼を言う。あなたが庇ってくれておかげで、カレナが壊れずに済んだ」
「いや。軽率な発言、心から謝罪する。済まなかった」
「頭を上げて。私は気にしていない。でも」
結は仮面の奥から目をスッと細めると、ハヤテのいる座標限定に、強い圧力を発していた。
「ぬっ!」
「次言ったら。殺す」
結は最後の言葉を発すると同時に、ハヤテに向けていた圧力を一瞬上げていた。
結がすぐに圧力を無くすと、どうにかソファーに座ったまま耐えていたハヤテはまるでフルマラソンを終えたばかりのように、全身から汗を流して、息を荒立てていた。
辛そうに息を荒立て、両手を肘についているハヤテを一瞥した結は、立ち上がると顔を蒼白にして、全身を震わせているカレナの元に近寄った。
「あ、あぁ」
「ごめんね」
雪乃が殺気を多量に放出した時、その殺気はカレナにまで届いていた。
実力者は殺気を限定した方向だけに発することができる。
しかし、それはどんなに熟練の戦士だとしても難しく、どうしても殺気が別の方向にも漏れてしまう。
カレナはその漏れた殺気に触れてしまっていた。
そのため、直に向けられているハヤテ程ではないが、カレナにも精神的圧力が過大に掛かってしまったのだ。
それにいち早く気付いたのが、結とハヤテだった。
ハヤテは殺気の対象者が己であると自覚すると、体から幻力を放出し、それを操ると、雪乃と自分の間にトンネルのようなものを作ったのだ。
そうすることによって、対象者かやはずれて漏れていく殺気を少なくしていた。
(雪乃の殺気をほぼ全て自分に集中させていたにもかかわらず、ほとんど精神的ダメージを受けていないな。迅雷の名は伊達じゃないな)
結は怯えているカレナのことを優しく抱き締めると、優しくカレナの頭を撫でていた。
「あ、あぁ……、ふぇ!?」
正気を取り戻したカレナは、結(というより結花)に抱き締められているという状況に今気付き、相手は同性(セレナはそう思っている)であるにもかかわらずに、顔を真っ赤にしていた。
「もう大丈夫?」
「は、はいっ!」
カレナが激しく頭を上下すると、結は「良かった」っと離れ様にカレナの左耳につぶやくと、元いた場所に戻った。
「あ、うぅー」
「あれ?」
雪乃の殺気によって生まれた恐怖は無くなったようだが、カレナは別の意味でプルプルと震え始めていた。
またのご来店を心よりお待ちしております。




