5ー39 幻の能力
結たちとテイルのターゲット、【ノーンマギカ】がこの町の象徴、【反幻兵団】の本部の地下に本拠地を構えていることを知った結たちは、テイル先導の元、反幻兵団本部へと向かっていた。
「さてと、ちゃっちゃっと終わらせますかっ」
「はぁー。【重力操作】ですぐに終わらせたい所だが、反幻兵団が全て黒のはずもないだろうしな。中に入ってから暴れるしかないか……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!ま、まさか君たちは【ノーンマギカ】相手に、正面から喧嘩を売るつもりなのかいっ!?」
結と雪乃が面倒そうに呟いていると、テイルは男にしては大きく、どちかといえばショタ系のような可愛らしい目を大きく見開いていた。
「そうだけど?」
「無茶だ!」
「他にどうしろと?」
結がそう返事をすると、テイルはうっと言葉に詰まっていた。
結はそんなテイルに目をギラリと光らせると、はぁーっと深々なため息をついた。
「あー、そういえば。フェアリー家の固有術って」
「……はぁー。お見通しか。そうだ。私は元々、我が家に伝わる秘法、【隠密】を使うつもりだったのだ」
「隠密?」
「雪乃、他国にも【記号持ち】のような者たちがいることは知ってるだろ?」
「もちろん。テイル様とかでしょ?」
「そうだ。テイル、つまりフェアリー家が継承する術、それが隠密だ」
「……続けて」
「分からないのか?幻操師としての才能は凄いけど、それ以外は残念だよな」
「うるさい!早く教えなさいよ!」
うがーっと暴れ始めた雪乃を窘めつつ、結は雪乃に隠密についての説明を始めた。
「隠密、直訳は隠密。フェアリーとのは妖精のことだ。妖精とはこの世に本当にいるのかわからない」
「何言ってんの?【幻理世界】じゃ妖精なんて常識だと思うけど」
「それは幻理世界の話だろ?物理世界じゃ妖精なんて物語の中の生き物だ」
「あー、それもそうだねぇー」
「話を戻すが、本当にいるかわからない伝説の生き物。それが妖精だ」
「だから隠蔽?」
「隠密、己の気配を絶つ特殊幻操だ」
「……あれ?てことは、テイルの本来の戦い方って……」
「そう……だな……」
「……」
結と雪乃がテイルに顔を向けると、テイルは赤面しながらそっぽを向いていた。
(いるよなー。能力的には裏方が向いてるのに、目立ちたがる奴。それに似た奴ってことか)
「……別にいいじゃないか。僕は影に生きるのは嫌なんだ」
「あっ、また出たボクっ娘」
「っ!だ、誰がボクっ娘だっ!!僕、じゃない、私はれっきとしたフェアリー家の長男だ!」
それ程までにボクっ娘属性を隠したいのか、テイルはあまりにも不自然にその場を誤魔化すと、ごほんっと咳払いをした。
「さて、話を戻そうか」
「あっ、ボクっ娘がキャラ作ってる」
「う、うるさい!」
「うるさいだってー。ボクっ娘のくせにー」
「僕はボクっ娘じゃないって言ってるよっ!」
言葉だけは鋭いのだが、テイルは既に涙目になっており、威圧感など皆無だ。
雪乃はテイルをからかう獲物として定めたようで、テイルのことをからかい続けていた。
「雪乃、そのくらいにしとけ」
「それはこっちのセリフだと思うなー」
「……なにが?」
そろそろ本気でテイルが泣き出しそうになっていたため、結が救いの手を差し伸べようとすると、雪乃矛先はテイルから結へと移っていた。
結は雪乃の言っている意味がわからないようで、首を軽く傾げていた。
その姿は結花の姿もあって、中々に可愛らしいものとなっていたが、それはどうでもいいだろう。
「折角結花の姿に戻ったんだがら、口調も結花になりなよ……」
「……あ」
テイルに正体を明かした後、結はすぐに法具を再起動して、結花の姿へと変わっていた。
しかし、演技する幻では無く、ただの演技のため、意識しない限り、性格が結花になることはない。
そのため、先ほどから結は見た目は美少女、声と口調はまだ声変わりが終わっていないぐらいの少年という、ちょっと新しいジャンルに挑戦していた。
「む?気付いていなかったのか?さっきから周りの視線が辛いのだが」
「……え?」
ふと結が周囲に意識を向けると、いるわいるわ、結たちに注目している人間がわんさかといた。
しかし、それは決して結だけのせいではない。
結の見た目は美少女とは言え、それはコートと仮面の下だ。
雪乃も結とほぼ同じ格好だ。
テイルを先頭にして歩いているため、ぱっと見ではイケメンが怪しい二人組を従えているように見えるのだ。
注目されるのは至極当然のことだろう。
「ほらほら!周りなんて気にしないで、早く行こっ」
「そこの怪しい三人組っ!そこで止まりなさい!!」
雪乃が二人を急かしていると、突如後ろからそんな声が聞こえてきた。
「ん?」
「あたしたちじゃないでしょ?」
「そうだな」
「止まりなさいって言ってるでしょっ!!止まりなさいっ!!」
自分たちのことではないと思い、結たちがそのまま歩いていこうとすると、再び後ろから声が響いていた。
「怪しい三人組か、この町も中々物騒なのだな」
「だねー。早く仕事終わらせて帰りたいなー」
「……二人ともストップ」
そのまま歩き続けようとする二人を結が止めると、結は心の中でため息をつきながら後ろへと振り返った。
「なに?」
(あっ、いつの間にか結花になってる)
結が強弱のない、平坦な声を発すると、雪乃は今の状況をある程度理解した。
(あちゃー。怪しい三人組ってあたしたちのことかー)
その通りである。
「む。この私が怪しいだと?貴様っこの私に無礼をーー」
「ちょっと静かにしてねー」
余計な事を言って、場が乱れることを案じた雪乃は、即座にテイルの背後に回り込むと、後ろから抱き着くようにしてテイルの口を塞いでいた。
「おりゃっ!」
「ぐぐぐっ!」
雪乃はただ口を塞ぐだけでなく、俗に言う膝カックンをしてテイルの体制を崩すと、テイルの後頭部を胸に押し付けるかのようにテイルの動きを封じていた。
「……」
結はそんな二人のやりとりを横目で一見すると、テイル相手にそんなことをしている雪乃に、少しムッとしていた。
それと同時に、雪乃の体型からして、確実に当たっているだろうものに対して、全く反応を見せないテイルに違和感を感じたが、今はどうでもいいとすぐに割り切り、たった今、結たちに声を掛けた人物に意識を向けた。
(その制服。反幻兵団の者だな)
後ろから現れたのは、まるで警察のような格好をした、一五、六程度の少女だった。
反幻兵団はこの町で言う警察のようなものだ。
そのため偶然なのか必然なのかはわからないが、反幻兵団の制服はまさに警察の制服と同じような見た目をしている。
警察服ならば、本来、拳銃が入っているだろうホルスターには、拳銃の形をした法具が収められており、少女は今まさにその拳銃型法具を取り出し、僅かに震えた両手で拳銃型法具を結たちに向かって構えていた。
「なっなにをしているの!む、無駄な抵抗はやめなさい!」
(やばっ!)
雪乃の行動を抵抗と勘違いした少女は、拳銃のトリガーに指を掛け、そしてトリガーを引いた。
トリガーが引かれた途端、拳銃の銃口の先に、小さな光の球体が現れると、その周囲に幾何学的な模様の魔法陣が形成されていた。
中心の輝きが魔法陣全体に移り、全体が小さく光始めていた。
トリガーを引いてから約一秒後、形成された幻操陣の中心から弾丸の代わりに、黄色に光る一○円玉ほどの礫が発射された。
「きゃーーーっ!!」
少女の持つ拳銃型法具から、幻操術による弾丸が放たれると、野次馬の中から多くの叫び声が轟いていた。
テイルは雪乃に抑え付けられ、雪乃もまたテイルを抑え付けていたため、動けなかったため、結がこの場をどうにかするべく、即座に動いていた。
「遅い」
結は小さくつぶやくと、自分たちに飛んでくる黄色の弾に向かって、サッと右手を翳した。
「潰れて」
結がもう一言つぶやくと、次の瞬間、まるで結の言葉に従うかのように、黄色の弾はグチャリと、ピンポン球を握り潰したかのように、潰れると姿を小さな光の粒子へと変えていた。
「あっ、あぁ……」
どうやら、少女は雪乃たちの行動で反射的に引き金を引いてしまっただけだったらしく、ワナワナとその場にへたり込んでいた。
「……」
少女の幻操術を触れずに握り潰した結の行動に、周りで見ていた野次馬たちが固まっていると、結は無言でへたり込んでいる少女へと向かっていた。
「あっ……」
どうやら少女は今ので腰が抜けてしまったらしく、その場から全く動けずにいた。
結は少女の前まで歩くと、少女に向かって、サッと手を出した。
「ひっ!」
殺られる!
少女はそう思い、短く悲鳴をあげていた。
「大丈夫?立てる?」
「……え?」
予想外の優しい言葉に少女は面食らいながらも、数秒のインターバルののち、
「あっ、は、はいっ!」
っと緊張した声をあげながらも、差し出された結の手を握らずに、飛び起きるかのように立ち上がった。
「そう。思ったよりも元気そう。それで?私たちに何か用?」
「へ?あっ、えーと、なんだっけ?」
「……私たちが怪しいとかなんとか」
結が呆れたかのような声色で教えると、少女は思い出したようで叫んでいた。
「そうだったわっ!あなたたち!その姿あまりにも怪しいわ!ちょっと着いてきなさい!」
さっきまでの気弱さはどこに行ったのか、少女は突然威勢良く話し始めると、結たちに向かってビシッと指を突き付けた。
「事情聴取のため。あなたたちを一時拘留します!」
次のご来店を心よりお待ちしております。




