5ー38 禁忌の式
【A•G】には表上、一から七までの七つの部隊がある。
それぞれの部隊には一人の隊長と、それを補佐する補佐官、つまり副隊長がいる。
そして、彼女たち二人はそれぞれ部隊を編成するメンバーの中から、五人を兵隊長として任命し、兵隊長を指揮する。
そして、その兵隊長が残りのメンバー、つまり兵隊を指揮するのだ。
隊長たちにも格というものがある。
基本は皆同じ格なのだが、ただ一人、一番隊隊長、奏だけはこの限りではない。
【A•G】の指揮系統は、頂点に奏、その下に六人の六花衆、その下に三○人の兵隊長、最後に約一○○名程の兵隊となっている。
ならば、結はどこなのだろうか?
結の所属する隊、零番隊とは、【A•G】の裏に潜む部隊だ。
零番隊は隊長である結をトップに、たったの六人しか部下がいない。
その六人とは、【A•G】が設立される前。結たちが【T•G】にいた時に結が任務によって助けた六人の少女だ。
たった七人の部隊。それだけでも驚きなのだが、何より驚くべきなのはその所有戦力だ。
零番隊の所有する戦力は、【A•G】の一から七、全ての戦力を集め、そこから奏を抜いた戦力をほぼ同等なのだ。
ちなみに、この数値は結を除いた六人の合計戦力だ。
つまり、規格外。
元々規格外の力を持っている六花衆を超えた規格外。
彼女たちはこう呼ばれている。
六天使。
結、というより、結花という女神が使わした六人の天使。
公にやるのではマズイ任務を主に担当しているのが零番隊だ。
「……零番隊。冗談だと思っていたのだが……まさか、本当にあったとは」
「最初にも言ったろ?零番隊隊長、結花だってよ」
「それを冗談だと思っていたんだ。零番隊、それも隊長が簡単に名乗る訳がないとね」
「約束は守れよ?」
「……ああ。わかっている。私の知る【ノーンマギカ】の情報は全てーー」
「そっちじゃねえ」
瞬間。結は全身から幻力を発していた。
「なっ!これはっ!!」
テイルはまるで見えない何かに押し潰されるかのように地面に這い蹲ると、そのまま動けなくなっていた。
『重力操作=拘束』
結が【神夜】で得た力。
それがこれ、夜の力。つまり重力だ。
対象者に加わる重力を通常よりも遥かに高くすることによって、己の体重で動けなくする術。それが『重力操作=拘束』だ。
「俺についての情報を一切口外するな。いいな?」
テイルが小さく頷くのを確認した結は、テイルに掛けていた術を解いていた。
凄まじい圧力から解放されたテイルは、地面から体を起こすと、立ち上がることも辛そうに、四つん這いではぁはぁと息を荒立てていた。
「これが、君の力か……」
息をある程度整えたテイルは、立ち上がると小さくつぶやいていた。
「……やり過ぎじゃない?」
「念には念をだ」
「あー。うん。ごめんねテイル様?内の結ってば荒々しくて」
「何故お前が謝る?それと俺はお前のじゃないが?」
「なっ!だれもそんなこと言ってないでしょっ!内のってのはあたしのって意味じゃなくて、【A•G】のって意味!深読みしないでよ!べ、別にあたしは結が欲しいだなんて言った覚えないんだからねっ!」
「なにわけ分からないこと言ってんだよ!俺は俺だ!誰かの物になったつもりはない!」
「ごほんっ。痴話喧嘩は後にしてくれ」
「「痴話喧嘩じゃない!」」
大声で仲の良さそうに言い争いを始めた二人を、テイルが呆れた表情で止めようとすると、選択して言葉が不味かったのか、二人は見事なハモりを披露すると、言い争いの音量を上げていた。
「……はぁー」
テイルのため息は切なく消えていった。
「それで?【ノーンマギカ】は何処だ?」
結と雪乃が言い争いを始めて約五分後。思っていたよりも早く言い争いを終えた二人は、途中から二人を止めるのをやめ、剣の手入れをしていたテイルに質問をしていた。
「【ノーンマギカ】の本部。それは、反幻兵団の本部、その地下だ」
「……やっぱりか」
この町特有の自警団。それが反幻兵団だ。
幻操や幻力に頼らずに、高い戦闘能力を持っている彼らだが、その戦闘能力は正直、幻力を使っていない、つまりただの人間としてあり得ない強さなのだ。
彼らはそれを修行によって見につけた技術。【気】だと言っている。
【気】とは幻力が精神エネルギーだとすると、肉体から溢れる力、つまり身体エネルギーのことだ。
精神エネルギーも身体エネルギーもどちらでも【物理世界】では大きく影響を与えることは出来ないが、幻力の概念、超現象の概念がある【幻理世界】や【幻理領域】では大きな意味を持っている。
幻力の存在が判明した頃から、【気】についての研究も進んでいたのだが、それはあまりにも困難だった。
理由はシンプルだ。
それは、【気】を使える人間が余りにも少なかったからだ。
今使われている幻操術は別名、科学幻操とも呼ばれ、科学の力を使うことによって本来の幻操術よりも発動の難易度を下げ、扱いやすくしているのだ。
幻操術の元である幻力は、心の力。つまり、強く願う力だ。
強く願うことでほぼ完璧にコントロールできる幻力と違い、身体エネルギーからくる【気】はその習得の難易度が余りにも高かった。
そして、身体的なエネルギーであるため、それを生み出すことが出来るのは身体だけなのだ。
つまり、幻操術のように、科学によってサポートすることが出来なかったのだ。
身体エネルギーとは全ての生き物が生まれながらに持つ力だ。
習得難易度はあまりにも高いが、この世にいる全ての生き物が発現することの出来る力が【気】なのだ。
それに対して、【幻操術】はそれを扱うために一定以上の精神力を必要としている。
その代わり、その存在を知り、訓練することによって比較的容易に習得することが出来るのだ。
ある意味、選ばれた者の力である【幻操術】。
それに対して、努力次第で全ての生き物が扱うことの出来る力【気】。
反幻兵団はこの【気】を覚えた者の集団だと自称しているのだが、正直、あり得ない。
何処の世界にも、過剰とも言える程に努力、夢を掴もうと一生懸命に生きている人間はいる。
その夢が武術家の類いであれば、その者は肉体と、そして肉体を操るための精神を極限まで鍛えているはずだ。
しかし、それでも【気】を開発するには至らないのだ。
努力次第で全ての生き物が発現する力だとしても、その努力とは天才が一生を掛けて努力したとしても辿り着くことが難しいレベルなのだ。
だからこそ、人数が一○○○を容易に超える反幻兵団の者の力の根源が【気】だなんてことはあり得ないのだ。
ならば、反幻兵団の者も幻力によって体を強化しているのだろうか?
それはNoだ。
結たちが開発したような法具が無ければ、幻操術が発動していることを完全に隠蔽することは出来ない。
たとえ、結たちが開発したような法具を使っていたとしても、テイルなどの、高感受性の聴覚過敏体質のような、過敏体質の者の五感を誤魔化すことは出来ないのだ。
ならば、反幻兵団はどうやって身体を強化しているのだろうか。
【幻理世界】特有の超能力、【幻操術】でも【気】でもないのであれば、考えられることは一つ。
科学の力だ。
しかし、反幻兵団の者は特別なスーツを纏っているわけではない。
つまり、外部につける科学ではなく、人間の内部に作用する科学。
(おそらく、奴らがしていることは良くてドーピングだ。最悪の場合は……改造か)
人間の改造。
しかも、もし強化の方法が人間の改造によるものだったとして場合。その改造方法は体中の骨への刻印だ。
そして、これは【幻操術】の一種だ。
【幻操術】を発動するために必要な物の一つに、幻操式がある。
この幻操式には、やり方が複数あるのだ。
一つは、精神的に人の無意識領域に刻み、それを引き出す方法。
言の葉に式を含ませる方法。
物に特定の模様を刻む方法。
他にも無数の方法はあるのだが、これらは大きく分けて六つに系統されている。
そして、この六つの式のやり方のことを纏めて、六式と呼んでいる。
しかし、六式の中でガーデンが教えているのは主に三つだ。
それも、その三つをそれぞれ教えるのではなく、その三つを一つにして教えるのだ。
そのやり方こそ、一般的に幻操師が使っている、法具を使った幻操術だ。
この法具では三つの式が使われている。
一つ目は、精神領域に刻んだ式を呼び出す、呼式。
二つ目は、言の葉に式を含ませる、唱式。
そして、法具という名の、道具を使った方法、具式だ。
幻操術の発動は、この適性さえあれば容易に習得出来ると言ったが、それはあくまで【気】と比べたら圧倒的に容易という意味であり。
本来、幻操術の難易度は神業の域なのだ。
その神業を出来るだけ簡単に発動するために作られた方法こそが、この三つの式を利用した幻操術なのだ。
しかし、これはあくまで、安全性を考えた上で最もバランスがいいやり方なのだ。
安全性を配慮しないで最も効率的に幻操術を習得、及び起動する方法、それが術者の肉体や骨に直接式を刻み込む方法、刻式だ。
式とは、最終的に幻操術を発動するための大砲である、幻操陣を象るためのパーツだ。
本来ならば、一つの幻操陣のパーツは全て同じ種類で無ければならない。つまり、同じ式で作るべきなのだ。
しかし、それは不可能だった。
呼式では一つの術を刻んだらそれだけでメモリーが一杯になってしまい、複数の幻操術を扱うことが出来なくなってしまう。
唱式ではそもそもそれだけで陣を作るだけの式を生み出すことが出来ない。
具式ならば複数の式を刻み、そこに術師の幻力を送ることによって発動も可能なのだが、術師とリンクしているのが幻力だけなせいで、コントロールと精度に難があった。
そこで作られた式が、刻式だった。
具式を道具にではなく、人体に刻み付ける。そうすることによって、具式の体力の式を用意出来るという利点と、呼式のコントロールが容易く、精度や消費幻力の効率の良い利点を併せ持った式となったのだ。
しかし、そこに生まれたのは今言ったようなメリットだけでなかった。
メリットと同じだけ、デメリットも生まれてしまったのだ。
そのデメリットとは、術師の負担だ。
物理的ではなく、幻理的に骨や肉に式を刻むのだが、それでも人体には過大な負荷がかかってしまうのだ。
しかし、幻操師という兵器を欲していて当初、このデメリットを無視し、各国は刻式を多用しようとしていた。
幻力を体中に張り巡らされた式に送ることさえ出来る人間は通常の幻操師よりも遥かに多かった。
そのため、そういった人たちを使い捨ての兵器として利用しようとしたのだ。
もちろん、本人たちは使い捨てにされることなんて知らない。
ただ、国のために人間兵器になったつもりだったのだ。短命になることなんて知らされていなかったのだ。
しかし、この方法もとある理由によって実戦で使われることは無かった。
その理由とは、幻操術を発動しようとした瞬間、刻式を刻んだ部分、つまり、全身から激しい痛みが生まれたのだ。
その痛みは軽いものではなく、幻操術を発動し終わる前にその痛みによって気絶してしまう程だったのだ。
それから刻式は禁忌となり、その姿を消したのだ。
(恐らく、反幻兵団は改良した刻式を施しているんだろうな。改良しているとは言え、刻式のデメリットを消し切ることなんて到底無理な話だ。改良したのは痛みだけ、短命はそのままだろうな)
結は自分の心に微かな違和感を感じていた。
それが、どういう意味かを知ることになるのはまだ先だ。




