5ー37 交換条件
結の提案に対するテイルの返答は、当然というべきかYesだった。
理由はまだ不明だが、どうやらテイルも【ノーンマギカ】を狙っているようだし、テイルからすれば自分よりも強い二人が一時的とは言え仲間になるのだ。そのメリットは大きい。
「それで?君たちはどうやってターゲットを仕留めようとしているんだい?」
結(結花の演技中)、雪乃、テイルの三人は、チャラ男を解放した後念のためにその場から離れていた。
三人はとりあえず方針を決めようと相談をすることにした。
「特に何も。考えていない」
「……本当かい?」
「残念ながら本当なんだよね。ここに本拠地があるってことぐらいで、他の情報は皆無だもん。だからさっきのチャラ男が何か知ってると思ったんだけど、ハズレだったし」
「どうしてさっきの青年がなにか知っていると思ったんだい?」
チャラ男はパッと見ではただのチャラいだけの男だ。
そのチャラ男が【ノーンマギカ】という、この町の裏に巣食う組織について何かを知っている可能性があるという答えに、どうたどり着いたのかをテイルは疑問に思っていた。
「こういう町で不良やるには、その町を裏で仕切るやつと、何かしらの関係も持たなきゃだからね。この町の裏のトップは当然【ノーンマギカ】の関係者だろうしね」
「なるほど」
「なるほどって……そっちの国でも良くするんじゃないの?下っ端しょっ引いて、芋ずる式に組織をあぶり出すやり方」
「そうだが、それはあくまで大人のやり方だ。君たちのような子供がやるようなやり方ではない」
「ん?なんで子供?」
「コートと仮面でいくら姿を隠したとしても、背丈とボディラインでわかるさ。雪乃と言ったかい?君はせいぜい十歳前後の少女だろう?」
テイルは見事、雪乃の年齢をいい当てていた。
とはいえ、背丈もボディラインも声さえも隠していないため、わかるのは当然とも言える。だからこそテイルも雪乃の年齢を言い当てたことを特に嬉しく思っていないようだ。
「しかし、君は……」
テイルが順番通りに次は結の年齢を言い当てようとした時、テイルはそこで言葉を濁していた。
結は雪乃と違い、三つの法具を併用することによって姿も声も身長も、全てを誤魔化している。
結の正体を見た目と声だけで判断するのは、ほぼ不可能だろう。
「結花は正直わからないな。声もまるで、作り物のように聞こえる」
(わぉ。驚いた)
結は仮面の下で目を大きく見開いていた。
結の声は確かに肉声ではない。
【A•G】の少女の声を記憶し、合成し、機械を使って変換した言わば肉声に限りなく近い機械音だ。
(普通の耳じゃまず気付かない。機械音だとまではわからないようだが、違和感は感じている。……高感受性の聴覚過敏体質か)
音楽が好きな人なら絶対音感という言葉を聞いたことがあるだろう。
絶対音感とは簡単に言ってしまえば、聴覚による音の絶対記憶能力のようなものだ。
細かく説明してしまえば多少この説明では語弊があるのだが、だいたいはこれだ。
高感受性の聴覚過敏体質とは、絶対音感とそれを持っていないものの間の人間のことだ。
肉体的、身体的には絶対音感を持っていないが、感覚や記憶、感情は絶対音感を所有している人間のことであり、絶対音感の所有者ができるような、聞いたことしかない音楽を楽譜無しで正確に演奏するようなことはできないが、二度目に聞いた曲や音が前に聞いたことがあるか、ないかを正確に当てることができる。
つまり、高感受性の聴覚過敏体質とは耳から得た情報限定での絶対記憶能力とも言える。
本物の絶対音感とは違い、肉体的ではなく心身的な能力のため、昔の楽器を使った時に、絶対音感の者がなるような音と楽譜のズレによる不快感を感じることもなく、あるのはただの違和感となる。
結の声を聞いて、テイルは微かに人間っぽくない声が混ざっていることに気づき、その声に違和感を感じていた。
(テイルは……どうやら大丈夫のようだな)
高感受性の聴覚過敏体質の人間は、それを完全にコントロールすると聞いた音を頭の中で完全に分解できる。
【物理世界】の警察などが機械を使って、現場の音からいらない音を外して、小さな音を探りだすようなことを機械無しで出来てしまうのだ。
結は自分の地声と機械変換した声を同時に流すことによって声を微妙に変えているのだが、その声を分解されては結自身の声がばれてしまう。
それはつまり、自分の性別がバレることに繋がる。
【A•G】は美少女の楽園。そこに男がいるとなれば大ニュースになってしまう。
(流石にそれはごめんだな)
しかし、結の心配はいらぬ心配とようだった。
テイルはまだその能力を完全にコントロールは出来ていないらしい。
(そういえば。雪乃との戦闘中も音に対する反応が少しおかしかったな)
戦闘において、音とは重要なものだ。
人間は音の塊と言ってもいいほどに、全身から音を発している。戦闘では足音や素早い移動の時の風切り音など、様々な音が響いている。
テイルは戦闘中に雪乃から発せられている音に対して、常人よりもはるかに高く反応していた。
しかし、それと同時に音への反応が常人よりも遅い時もあった。
ただの判断ミスの可能性も捨てられないが、テイルほどの実力者がそんなミスをするとは思えない、つまり、
(高い聴覚に振り回されているようだな)
「君たちは【ノーンマギカ】がどこにいるか知らないと言ったね」
「うん。そうだよ」
結が思考の渦に飲み込まれていると、テイルが結にそう話し掛けていた。
すでにそれなり付き合いになっているため、考え事をしている結に話し掛けても、反応がだいぶ遅くなることを知っていた雪乃は、代わりに返答をしていた。
「それが?」
雪乃の作ってくれた短い時間の中で、思考の渦から脱出した結は、微かに笑みを浮かべているテイルに問うた。
「私たちは今【ノーンマギカ】を倒したいという、同じ目的のために共闘しようとしているわけだが、違うか?」
「違わない。合ってる」
「正直、私は元々一人で【ノーンマギカ】を倒そうとしていた。そのため、準備もしている。だから君たちと組むメリットはそこまで高い訳ではない」
「つまり、パーティ解消ってこと?」
結が残念そうに言葉を出すと、テイルは小さく首を振った。
「単刀直入に言おう。私はすでにこの町のどこに【ノーンマギカ】がいるのかを知っている」
テイルの言葉に対する反応は、雪乃と結で大きく違った。
雪乃は純粋な驚きと、ターゲットの場所がわかったことによる喜び。
対して、結の反応は、高い警戒だった。
結は今の言葉の流れから、テイルがタダで情報を提供してくれるとは思わなかった。
つまり、交換条件だ。
(交換条件の内容によっては……)
「そこで、交換条件を提案したい」
「交換条件?」
テイルが結の思った通りのことを言うと、結は出来るだけテイルに気付かれないように準備を始めていた。
準備とはつまり、戦闘準備だ。
「……」
長い付き合いのため、結が戦闘態勢に入ったのがわかった雪乃は、それを表面上に出ないように細心の注意を払いながらも、雪乃も戦闘態勢に入っていた。
「交換条件の内容はこうだ。私は私の知る【ノーンマギカ】について教える。その代わり、結花。君の正体が知りたい」
「……」
「待て」
テイルが条件を提示した瞬間、いつもの明るい目を鋭く、そして冷たく、静かにテイルを捕らえよう動こうとした雪乃を結は手で制していた。
「私の正体が知りたいの?」
「そうだ。これはフェアリー家の人間としての頼みではない。私個人の頼みだ」
「……つまり?」
「ここで教えてもらったことを私は一切口外しない。君の謎がわかればそれで満足なんだ」
高い聴覚を持っているテイルにとって、結はまさに不自然さの結晶だった。
人は歩くだけで音を鳴らす。それはその人間の体重や体格によって微妙にだが音を変える。
高感受性の聴覚過敏体質であるテイルにとって、歩いている者の姿がわかれば、どんな足音がするのかはわかるのだ。
しかし、結は姿を法具によって変えているため、見た目と本来の見た目がまるで違う。
結の声に対する違和感もあり、テイルは結が不思議でたまらなかったのだ。
「信用できない」
「フェアリー家の名前に掛けて誓う。私がこの町に来てから、君たちと接触したことによって得た君たちの情報を一切口外しないことを誓う。これでも駄目かい?」
精霊の血を引いていると言われているフェアリー家にとって、名前を掛けた誓いとは己の命を掛けているのと同じ程の意味がある。
信用することが出来なかった結にとって、テイルの行動はあまりにも意外で、驚きを隠せなかった。
「……そこまで?」
「そこまでだ」
「……はぁー」
テイルの覚悟が本当なのか確かめるためにそう問うと、テイルはまっすぐな瞳で頷いた。
結はため息をつきながら左手をあげると、パチンと指を鳴らした。
結が指を鳴らすと、同時に結は光に包まれていた。
「これは……」
その光にテイルが思わず目を瞑ると、徐々に光が消えて行き、光が完全に消えると、そこにいたのは小柄な黒髪の少年だった。
「少年?」
「はじめまして。【A•G】、唯一の例外。ロストナンバーこと零番隊隊長。結花、改め、結だ」
またの出会いを楽しみにお待ちしております。




