5ー36 偽りの絆
「それで、理由を教えてくれないか?どうして【ノーンマギカ】と敵対しようとする?」
姿を現した結の姿を見て、【A•G】の構成員の一人、つまり雪乃の仲間だとわかったテイルは、周囲への警戒は怠らないものの、結へ対する警戒を解いていた。
「今言った。上からの命令」
「上?君は隊長クラスなのだろう?隊長クラスよりも上がいるというのかい?」
「私たちは天使。女神の命令をこなすだけ」
「やはり、そうだったのか」
「何が?」
突然悲しそうな表情になったテイルに、結は怪訝な目を向けていた。
「女神の存在。この目で見る……いや、この耳で聞くまで信じられなかった。君たちは強い。残念だが、私よりも遥かに、そんな君たちを支配する女神の存在。フェアリー家の者としてそんな危険人物を野放しにするわけにはいかない」
テイルは目付きを鋭くすると、雪乃と結に向かって剣を構えた。
「はぁー。雪乃」
結がため息をつきながら雪乃の名前を呟くと、雪乃は「はぁーい」っと気の抜けた返事をすると、刹那、その場から消えた。
「消えた!?」
「テイル=フェアリー。あなたが私たちを敵視するのは正直、どうでもいい。だけど、一つ教える。自分よりも強い敵が二人いる状況で戦いを仕掛けるなんて、愚かの極み。痛みによって心理をさとれ」
敵地のど真ん中が敵対宣言なんて愚かの極みだ。今テイルがやったのはそれとほとんど変わらない。
テイルはフェアリー家の長男という大切な人間だ。
そんなテイルが己の命をいとも簡単に危険に晒したことで、結は敵対しようとしているテイルのことを心配していた。
(【WDC】は【刀和国】と友好関係を築いているからな。【WDC】の要人、フェアリー家の長男に簡単に死なれちゃ困る。特にこの国の中で死なれるのは困る)
テイルが刀和国国内で死んでしまうと、刀和国の治安が悪いからなどと理由をつけて【WDC】が【刀和国】に攻め込んでくる可能性がある。
それに、【A•G】は国内では信頼を勝ち取りつつあるが、国外での評価はまるで違う。
いつか敵国になるかもしれない国に現れた、一国に匹敵する戦力を保有した組織。これはその国にとって脅威だ。
(この所、【WDC】内部で妙な動きがあったと聞くし。そもそもフェアリー家の長男が護衛も付けずに外国にまで来てるなんて、それだけで十分異常事態だしな)
「雪乃」
結がもう一度雪乃の名前を呟くと、どこからか「りょうかーい」っという気の抜けた返事が聞こえた。
「なにをしようというのだ」
テイルが周囲への警戒を強化していると、突如テイルの背後に何かが着地音がした。
「そこかっ!」
聞き取れるか怪しいほどの小さな着地音を確かにとらえたテイルは、背後に振り向きながら剣を振るうと、そこに雪乃の姿は無かった。
「はい。終わり」
「くっ!」
突如現れた雪乃がテイルの喉に優しく糸剣の先端を当てると、テイルは悔しそうに声を漏らしていた。
「主様ー。この後どうするー?」
「とりあえず、誤解を解くか」
結は男の口調に戻りかけながらもそうため息をつくと、己の敗北を悟り、おとなしくなったテイルの前に立った。
「なぜ【A•G】を危険視する?」
「……【A•G】の保有する戦力は個人が持つには大き過ぎる」
「個人?ガーデンって全部そんなものじゃないの?ガーデンのトップ、マスターに全ての決定権が委ねられてるんじゃないの?一緒じゃん」
「確かに、ガーデンマスターのガーデン内での影響力や発言権は強い。しかし、その代わりに一定以上の戦力を持っている大きなガーデンは、ある組織に入ることを義務付けられている」
「組織?」
本気で知らないようすの雪乃に、結は下を向いて、思わず笑いそうになるのを懸命に堪えていた。
「【日本国立幻操師育成連盟】」
笑いを堪えることに成功した結が、少しの達成感を感じながら教えると、雪乃は考え込むような素振りを見せると、あっと声を漏らしていた。
「それって、先生のとこが加盟してるやつだよね?」
「そう」
「それで?それに加盟するとどうなるの?」
加盟すれば個人で強過ぎる戦力を所有していい理由。重要なのはそれだ。
雪乃の言う先生とは、【A•G】の者、正確には元【T•G】の者にとっての恩人、夜月賢一のことだ。
正体を隠しているにもかかわらず、賢一だなんて有名な名前を使えば賢一に迷惑がかかる。そう思って奏が決めた賢一の呼び方だ。
「セブン&ナイツは知ってる?」
「知ってるけど?」
「なら、昔、セブン&ナイツに加盟した七つのガーデンの内、一つが反乱を起こした事件は知ってる?」
「知ってる。だから今はセブン&ナイツ改め、シックス&ナイツなんでしょ?」
「それじゃあ、どうして反乱した一つのガーデンはすぐに殲滅させられたの?」
「そりゃ、反乱を起こしたから?」
「殲滅したのはどこ?」
「確か、反乱を起こしたガーデン以外のセブン&ナイツの加盟ガーデンだよね?六体一だからすぐに殲滅されたって聞いた」
「そう。ならどうして六体一になったの?」
「反乱したのが一つだけだから?」
「どうして反乱を起こしたの?」
「それは……」
「セブン&ナイツは仲のいい七つのガーデンによる同盟。それなのにどうして反乱が起きたの?」
「わかんないよ。なにかのすれ違いとかじゃないの?……ねえ。さっきから話がどんどんよくわからない方向に飛んでいってるんだけど?」
質問の嵐が嫌になった雪乃が結に反論をすると、結は目で静かにするように言った。
この場にいるもう一人、テイルは二人の会話を黙って聞いていた。
「わかった。なら少し省略する。反乱した直後に殲滅されたけど、話し合いを設けようとしたガーデンは一つもなかったの?」
「え……なにを?」
「これは正直、まだ知らなくてもいいことだけど、セブン&ナイツは協力し合うことによって、今の幻操師を導いた集団と言われてるけど、実際は真逆」
「真逆?」
真逆。
協力し合っていたの真逆。
結がそんな不吉なことを言ったため、雪乃は表情を歪めていた。
テイルはやはり静かに話しを聞いていた。
「セブン&ナイツは友好関係に無かった。それどころか、セブン&ナイツはそれぞれ敵対している七つの組織が元なの」
「えっ……?」
「【日本国立幻操師育成連盟】の意味は、加盟ガーデンのどれかが戦争を起こそうとして場合、他のガーデン同士で争うことを禁じ、その一つのガーデンを殲滅するという契約。もともと敵対しているから、敵対している複数の組織のうち、一つだけでも確実に殲滅できるのであればいいという考えの元に作られた」
結の話しを聞いて、雪乃は固まっていた。
信頼や友情。そういった意思でセブン&ナイツは結束していると思っていたごく普通の幻操師にとって、この真実はあまりにも酷だ。
幻操術によって希望をつくり、皆に平和を与える象徴とも言えるセブン&ナイツが力によって互いを牽制し合っていることを知った雪乃は、目を大きく見開き、固まっていた。
「テイル。安心して」
「なにをだい?」
「私たちはこの国の上層部とある密約を交わしている」
「密約?」
「この国の膿を一○○潰せば、【A•G】を【日本国立幻操師育成連盟】に加盟されてくれるという」
「……なるほど。【日本国立幻操師育成連盟】に加盟するのであれば、暴走の可能性はゼロに等しいだろう。そうなればフェアリー家の者として安心だ」
「だからお願い」
結はテイルのほうに体を向けると、真剣な目で頼み事をした。
「【ノーンマギカ】殲滅の任を手伝って」
またのご来店を心よりお待ちしております。




