5ー35 仲間のため
「私の勘違いだったとは、まさかよりによって、刀和国の英雄を【ノーンマギカ】の者だと勘違いしてしまうなんて」
雪乃が【ノーンマギカ】の者ではないことがわかり、二人が和解した後、テイルはどんよりとした空気を纏っていた。
「ねーねー。そんなに落ち込まないでよー。あたしが悪いみたいじゃん」
「すまない。また迷惑をかけてしまうところだったのか。私はなんて愚かなのだ」
「あー!!そこで悪化するなー!」
「しかし……」
「あーもう。被害者であるあたしが許すって言ってんの!まったく……それで?刀和国の英雄ってなに?」
雪乃がフォローするたびにどんどん落ち込んで行くテイルに、雪乃は呆れながらもテイルの言った、【刀和国の英雄】について聞いていた。
「知らないのかい?君達、【A•G】の異名だよ」
「……異名?」
「二年前に突如現れ、次々の困難な任務を達成する一団。任務の中には、放っておけば刀和国全体に影響を及ぼしかねないようなものが多くあったと聞いている。そこで付いた異名、それが刀和国の英雄だ」
「あー。あったかも……」
雪乃はテイルの言う、刀和国全体に危険が迫る可能性があった任務について心当たりがあった、とてもあった。
しかし、英雄という言葉を雪乃は素直に喜ぶことが出来なかった。
(それ、全部姫とバカ主がやってるからなー)
刀和国全体に危険を及ぼしかねない任務とは、例えば龍型などの強大な力を持っているイーターの討伐や、大きな組織の絶滅であったり、テロリストの討伐であったりと、様々だ。
そして、その全ては姫と主。
つまり、奏と結、正確には奏と結花、二人がやったものだ。
「あの有名な刀和国の英雄【A•G】の一員ならば、【ノーンマギカ】の名を知っているのも当然であろう。さて、一つ質問をしていいかな?」
「ん?どうぞー。……あっ正体は聞かないでね?」
「当然だ」
雪乃がくすくす笑いながら言うと、テイルは言葉だけでなく、体で返事をしていた。
「それで、質問なのだが。君達は今どうしてここに、この【ウェルジーン】にいるんだい?」
「あーそれ?そうだなー。まぁ、テイル様にならいっか」
雪乃は途中から今話している相手が、外国の大貴族の一人、それもおそらく後を継ぐであろう人物であることを思い出し、若干焦りを浮かべながらも、とりあえずということで、今更ながら様付けをしていた。
「任務かな」
「任務とは?」
「んー。察しが悪いなー。新人類の育成に励む国【ウェルジーン】の裏に蔓延る組織【ノーンマギカ】の殲滅だよ」
「……やはりか」
テイルはそれを予測していたらしく、それほど驚きを見せることはなかった。
テイルは目をスッと閉じると、申告そうに口を開いた。
「……やめた方がいい」
テイルが重々しく口にしたのは『やめろ』という言葉だった。
「一応理由を聞いてもい?」
「これは私が個人的に情報屋から手に入れた情報なのだが、どうやら、【ノーンマギカ】はこの国だけに巣食う組織ではないようだ」
「どういうこと?」
「【ノーンマギカ】という組織は、もっと大きな組織の一部でしかないのだ。その組織の名はーー」
「【反幻隊】」
テイルの言葉に雪乃が被せるように言うと、テイルはその目を大きく開き、驚きを見せていた。
「知っていたのか!?知っている上であえて【ノーンマギカ】に挑むと言うのか!?」
「その通りだ」
テイルの声に返したのは雪乃ではなかった。その声は突然二人よりも上、上空から降ってきていた。
「……男の声?どこだっ!」
警戒心を剥き出しにして周囲を警戒するテイルに対して、雪乃は「あっちゃー」っとでも言いたげな表情をしていた。
「これは、私たちに課された上からの命令だから。義務だから」
「次は女の声だと?何人いるのだ。隠れずに出てこいっ!」
「わかった」
突如、テイルと雪乃の間にまるで白い霧のような靄が現れると、その靄は少しずつ中心に向かって集まり、中心の色を濃くしていた。
「雲のようにどこまでも広がり。霧のように惑わす。それが私」
白い霧が集まり、まるで純白に輝く卵のような姿へと変わったそれは、次の瞬間、最初に現れた白い霧を周囲に解き放ちながら弾けていた。
「……純白の衣に純白の仮面。君も天使か」
「はじめまして。私はA•G零番隊隊長。結花」
天使とは【A•G】に所属する者たちの別名だ。天使の庭から使わされた使い、天使の庭と謳われるA•G。名前は公には明かされていないが、ガーデンのトップである奏は女神という異名を持っている。
そのため、女神の使い、正に天使だ。
結花、つまり結が姿を現すと、テイルはその独特な結の姿を見て、納得したようにつぶやいていた。
結が姿を現したことによって、焦りや警戒から納得に変わったテイルと違い、最初から結だとわかっていた雪乃は、結の姿を見て逆に驚きを見せていた。
どうして結花になれるの?
それが今の結花の気持ちだった。
今の結は『再花』の反動によって、今まで持っていた能力の全てが消えてしまったはずだ。
それはつまり、結花の消滅を意味している。はずだった。
しかし、現に今、目の前にいるのは正真正銘、結花だった。
そんな雪乃の心情を察したのか、結は雪乃の方を向くとウインクによるモールス信号を使ったアイコンタクトによってメッセージを送っていた。
送った言葉はたったの一言。
『演技』
(なるほどね)
その一言で雪乃は結の言いたいことをほぼ正確に理解した。
結が結花になるための術、《演技する幻》。
それはその名の通り演技なのだ。
演技の究極系、それが演技する幻とも言える。
幻力を利用した究極演技、演技する幻が使えなくなったとしても、結花の時の自分を幻力を頼らずに演技することは出来るのだ。
演技する幻の発動中は、精神状態や思考までもほぼ全てがオリジナルと同じになる。
そのため、男である結が女性を元にした演技する幻をしても、発動中は精神状態や思考が女になるのだ。
途中で解けることのない演技、それが演技する幻だ。
それに比べて今の結がやっているのは、まんま女装だ。
結は三つの法具を併用することによって仮面の下も結花に変わっていた。
その三つの法具とは、一つ姿を変える法具。法具を、つまり幻操術を使っていることを隠蔽するための法具。そして、二つの法具を起動するためのエネルギー、幻力を補給するための法具だ。
この三つはどれもナイト&スカイが作ったものだ。
しかし、数多くの強力な法具を世に出したナイト&スカイだが、この三つを世に出すことはなかった。
理由はシンプルだ。
(この三つの法具は便利だが悪用すればえげつないことになる)
この世界の治安は【物理世界】ほど良くないのだ。
街と街の間には建物が一切ない空間が長く広がっている。そして、その空間には盗賊などがわんさか縄張りにしてることがあるのだ。
そんな連中の手にこの三つの法具が入れば、それは大きな災いだ。
姿を変え、それを見破ることを封じ、術者に全く負担を与えない。
あからさまに脅威だ。
(まあ、二つはともかく、補給の法具は別に世に出しても良い気がするけどな)
大量に世に出さなければ最後の法具は世に出しても問題ないだろうと結は判断していた。
そのため、【A•G】の生徒たちは全員が幻力補給の法具を持っている。
雪乃の圧倒的な強さの理由。
それは雪乃の才能だけからくるものではない。
雪乃の強さは雪乃の才能と努力、そしてナイト&スカイの作った新型法具を雪乃に、雪乃だけに合うように細かく調整、改造をした結のおかげでもあるのだ。
(それにしても、思っていた以上に【A•G】の保有する戦力は高いな)
結は雪乃とテイルの戦いを遠くからずっと見ていたのだ。
会話までは聞こえなかったのだが、雪乃の反応を見て、相当の実力か相当の家の出の者だということはわかっていた。
そして、結がテイルを見て思ったのは、
(こいつは強い)
称賛だった。
そして、戦いが終わった後に近付いた結はそこでテイルが【WDC】の名家、フェアリー家の者だと知ったのだ。
それを知って結の心情は大きく変わっていた。
結の心を支配して感情、それは、恐怖と不安だった。
【A•G】は女神、つまり奏を頂点にした組織だ。
奏の命令一つで【A•G】は動いている、つまり、【A•G】という戦力は奏の思うがままなのだ。
六花衆という【A•G】の幹部とはいえ、雪乃の戦闘能力は他国のエースとも言えるテイルよりも圧倒的に上だったのだ。
つまり、他国のエースを容易に倒すことができる幻操師が六花衆と奏、合計七人もいることがわかるのだ。
その戦力は個人が持つには余りにも大きい。国は当然、【A•G】を危険視するはずだ。
(っ!だからか……たがら奏は)
テイルが言っていたように【A•G】はこの国を何度も裏で救っている。
この国の裏のトップである始神家の一つ、【神夜】との繋がりがあるとはいえ、表との繋がりは皆無と言ってもいい。
だからこそ奏は公の場で国を救うことによって表の信頼を得ようとしてのだ。
つまり、全ては、
【A•G】を守るため。
次のご来店を心よりお待ちしております。




