5ー34 純度の差
非幻操師の街【ノーンマギカ】。
街の中心を十字に貫くように広がる大通りから外れた小道から、耳を塞ぎたくなるような金属音が連続的に響いていた。
「はぁぁぁぁあっ!!」
「よっと」
音の発信源である雪乃とテイルは互いの刃を何度も交わし続けていた。
大声で叫びながら剣を振るうテイルは、この終わりの見えない攻防に疲れを感じているようで、その表情は歪んでおり、額からは大量の汗が流れていた。
それに比べ、雪乃は涼しい顔をしており、汗は全く出ていなかった。
「くっ!」
「次はこっちっ!」
疲れのせいで判断力が鈍ったテイルは、雪乃の簡単なフェイントに騙され、致命傷は受けないものの、攻防の中、既に五度吹き飛ばされていた。
二人の実力差は、果てし無かった。
テイルは顕在幻力のほぼ全てを【身体強化】と【武器強化】に使っているのに対して、雪乃は【身体強化】と【武器強化】に使っている幻力はテイルよりも遥かに少ない。
しかし、実際に武器の性能の差はほぼ見られない。
武器に幻力を纏わせることによって、武器の基本性能の引き上げる技術【武器強化】。
この術は心装攻式ほどの性能はないが、込めた幻力の分だけ武器の基本性能を引き上げることが出来る。
強化される基本性能のは、刀剣類であれば切れ味、鈍器であれば衝撃力、銃であれば弾丸の火速力。そして武器の強度だ。
雪乃もテイルも糸剣と剣という刀剣類を使用している。
切れ味を強化する刀剣類では、武器の性能に差が大きくなると、相手の武器を切り裂くことになる。
しかし、雪乃とテイルはすでに何十と刃を交わしている。
つまり、武器の性能はほぼ互角ということになる。
使っている幻力量が違うのに武器の性能に差がないのは武器の元々の性能差だろうか。
それは違う。
確かに、雪乃の使っている糸剣はナイト&スカイの特注品だ。その性能の一級品だが、テイルの使っている剣はテイルがフェアリー家の長男だということを考えれば、まだまだ幻工師として発展途上であるナイト&スカイの法具よりもさらに上の法具を使っているだろう。
武器の元々の性能はむしろテイルの方が高い。
ならばどうして互角なのか、その理由は至って単純だ。
【武器強化】の差だ。
しかし、使っている幻力量はテイルの方が遥かに多い。
幻力を込めた分だけ強化するのが【武器強化】なのだが、その強化率は込めた幻力が少ない雪乃の方が上だった。
その原因となったのは幻力の純度だ。
幻力には純度がある。
幻力とは想う力、信じる力、心の力だ。
心のありようによって幻力は大きく変わる。
迷いの無い覚悟、強い思い、強い心から生まれる幻力は純度の高いものとなるのだ。
つまり、テイルは雪乃よりも圧倒的に幻力の純度で劣っていた。
元々【A•G】では幻力量よりも純度を重要視している。
通常、重要視されているのは純度ではなく幻力量だ。
しかし、幻力量はほぼ才能によって初期値も上昇値も決まってしまう。
結の幻操師としての資質は低い。そのため【A•G】では幻力量で評価せずに純度で評価することになっている。
そして、それは正解だった。
戦争でも無い限り、多量の幻力を利用した超大規模戦略級幻操術など使われることなどない。
幻操師は最低でも単体相手を打破するための力があればいいのだ。
そして、幻操師は大抵そのラインを超えている。
幻操師は元々戦争のために育成されていた。そのため、一対一よりも多対多の戦いが基本だった。
大規模の幻操には多量の幻力量が必要だ。戦争が終わった今でも、その名残で幻操師の評価は幻力量で行われている。
幻力量が幻操の規模を決めるものなら、純度は幻操の威力と効率を決めるものだ。
幻操術を発動するための幻操式には元々、幻力の適正量が決められている。その適量を超えて幻力を込めたとしても、その能力の底上げ率はとても効率が悪いのだ。
一対一の戦いでは、たとえ幻力量が相手の二倍だったとしても、相手と幻力の純度が自分よりも高ければ負ける可能性が高くなってしまう。
(どいつもこいつも、幻力量ばかりに目が行って、純度が低いったらありゃしない。……まあ、あたしも結がいなかったら純度なんて気にしなかったけど)
純度が低くなる主な要因は雑念だ。
しかし、雑念の無い人間などこの世にいるだろうか?
答えは否。
だからこそ、できるだけ戦闘中の雑念が少なくなるように、強い覚悟のために、心を強くするために【A•G】では心の訓練をしたのだ。
その結果がこれだ。
「もういいや」
キンッ
「あっ……」
「勝負。ありだね」
雪乃が満足気な顔でそうつぶやくと、次の瞬間、雪乃の刃はテイルの刃を、まるで豆腐で出来ていたのではないかと思うぐらいに、容易に、あまりにも容易に斬り裂いていた。
雪乃がテイルの剣を斬り裂いた瞬間。一瞬、雪乃は糸剣に込めている幻力量が上げていた。
拮抗していた内、片方が力を上げればその拮抗は崩れる。至極当然のことだ。
愛剣を切断されたテイルは、唖然とした表情で愛剣の切断面を見つめていた。
次第に頭が状況を理解したのか、テイルは悔しそうに唇を噛み締めていた。
(これがフェアリー家の長男?……弱過ぎるよ。……いや、あたしたちが異常なんだ)
今まで雪乃には物差しが【A•G】の面々しかいなかった。
幻操師として劣等生であるにもかかわらず、Sランク、いやRランクに匹敵する実力を持った少年、結。
全ての能力が他の者とは次元が違う完全無欠の少女、奏。
そして、ナイト&スカイという幻工師でありながら、本職でない幻操師としてもRランクに近いSランクの力を持った六花衆。
元々【A•G】は【T•G】一組の面々で構成されているため、ほぼ皆が幻の逸材であり、実力が高いのは当然とも言える。
一番新しく入ったリリーだって例外ではない。
雪乃の周りには常識では計れない、規格外しかいなかった。
そして、今日。雪乃は始めて【A•G】以外の幻操師とまともに出会ったのだ。
正確には【宝院】がいるため初めてではないのだが、【宝院】も【宝院】で規格外の集まりだ。参考にはならない。
外国の名家。フェアリー家。
長男ということは、後々フェアリー家を継ぐ人間だろう。
幻操師は高校に入った前後から才能が開花したり、急速に力を増すことが多い。
テイルはおそらく、既に才能を目覚めさせているだろう。
しかし、結果は雪乃の圧勝。
「くっ……心装ーー」
「やめた方がいいよ」
悔しさを噛み締めながらも、テイルは雪乃を倒すために幻操師の奥義、心装を発動しようとした。
しかし、それは叶わない。
心装を発動する時は、必ず心装という名と、式の名前。そして、心装そのものの名前を唱えなければならない。
雪乃はテイルが心装と言葉を発した瞬間、今までとは比べものにならないスピードで距離を詰めると、サッと鮮やかにテイルの喉元に糸剣を当てていた。
「心装さえ使えれば貴様などっ!」
「無理無理。やめときなよ」
「なにが無理だというんだ!心装も使えぬ幻操師が心装師に勝てるわけがないだろう!」
「はぁー。バカだなぁー。あたしも心装師だよ?心装師として戦ったら、手加減出来ないし、死ぬよ?今引くならただの勘違いなんだし許してあげるよ?」
「なにが勘違いだというのだ!【ノーンマギカ】は私が倒す!そう誓ったんだ!」
なかなか諦めようとしないテイルに、雪乃がやれやれと首を振りながら警告をすると、その警告に怒ったテイルは顔はまさに般若の如く、恐ろしいものになっていた。
「あー、それそれ。言っとくけど、あたしは【ノーンマギカ】の人間じゃないよ?」
「見え透いた嘘をつくな!ならば何故その名前をしっているのだ!ただの一般人が知るはずもない名だぞ!」
ここで言う一般人とは普通の幻操師という意味だ。
確かに、コートのせいで素顔と体つきはわからないが、身長的に雪乃の見た目はまだまだ十代に成り立ての子供だ。しかし、結経緯でこの国のトップである始神家の者や、恩人であり十二の光の一員である賢一との繋がりがある雪乃は到底一般人とは言えないだろう。
「はぁー。外国の人だからあたしたちのこと知らないのかな?」
「なんだと?」
大声で何度も叫んだおかげなのか、テイルが少し冷静さを取り戻していたため、雪乃はいきなり襲いかかってくることもないだろうと思い、テイルの喉元から糸剣を引くと、自分の姿を見せるように両手を挙げた。
「【WDC】の名家。フェアリー家の人なら少しくらい情報が来てるんじゃない?友好関係にある国だとしても、いつ敵になるかわからない他国の力を計るのは当然だと思うし」
「なに?……っ純白のコートに純白の仮面。ま、まさか君はっ」
「ふう。やっとわかった?そうだよ、あたしの名前は雪乃。【A•G】四番隊隊長」
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