5ー32 KY
「……何故こうなった」
早朝。
朝早くに目を覚ました結は、呆れた表情でため息をつきながら、何を隠そう、ため息の原因であり、隣で眠っている雪乃に視線を落としていた。
なんでこいつが隣にいるんだよ。
そんなことを思いながらも、結は自分が寝ている場所を見ると、目を大きく見開いていた。
(なんで、俺はベットで寝てるんだ?確か……俺はソファーで寝ていたような)
「んん?あっ、結、起きたんだ。おはよー」
目を覚ました雪乃は、眠たそうに片手で目をこすりながら、片手を結に向かって手を差し出していた。
(……あぁ。起こせってことか)
一瞬雪乃の行動の意味がわからなかったが、雪乃が微妙に不満気な表情と共に、手を小さく震わせたため、その行動に秘められた意味をやっと悟った結は、小さく返事をすると、雪乃の手を掴んで優しく引き起こした。
「んんー。あぁよく寝たぁー。体も……うん、バッチリだね。結はどう?体の調子、良さそう?」
「あ、あぁ。……ちょっと、一つ聞いていいか?」
「ん?なに?」
「なんで俺はベットで寝てたんだ?」
結はソファーで寝ていたはずにも拘らず、起きた時にはベットで寝ていたことを不思議に思っていた。
雪乃からしたら、普通、別のところで寝ていたはずの異性が起きたら自分の寝ていたベットの隣にいたら驚くはずだ。
しかし、全くと言っていいほどに驚きも動揺もしていない雪乃を見て、雪乃はなにかを知っていると思い、そう聞いたのだが、返ってきたのは「へ?」っという、驚きの声だった。
「……なんかおかしいこと言ったか?」
「……ちょっと待って、結は昨日のことを覚えてないの?」
「……なんのことだ?」
結が真面目な顔でそう聞くと、雪乃はため息をつきながら、もう一度ベットに寝っ転がっていた。
「どうしたんだ?それで昨日のことってなんだ?」
雪乃は布団を抱き締めて、顔半分を隠しながら、結の目を真っ直ぐに見ると、結の目から嘘を言っていないことを読み取ると、再びため息をつきながら顔を隠すのをやめた。
「まぁ。覚えてないならないでいいけどさー」
「……気になるんだけど?」
若い男女が(一般的にはあまりにも若すぎるが)同じベットで目を覚ましたという状況に、結が嫌な汗を流していると、そんな結に気付いた雪乃は突然「あはは」っと楽しそうに笑っていた。
「……なぜ笑う」
「いや、ごめんごめん。結が心配してるようなことにはまだなってないよ」
「……それならいいけど、……まだってなんだ?」
「あはは、気にしなーい、気にしなーい。それで、昨日の事が知りたいんでしょ?」
質問をスルーされたのだが、結自身、特に気になっていたわけでもなく、それよりも昨日、具体的には昨晩のことが気になっていた結は、雪乃の思惑通りに話を変えることにした。
「そうだ。何があった?」
結が若干緊張しながら聞くと、そんな結がおかしいのか、雪乃はまた笑っていた。
結が雪乃にジト目を向けていると、雪乃は小さく「ごめんごめん」っと両手を合わせると、話を再開した。
「簡単に言っちゃうと、えーと何時だったかな、多分夜中の二時くらいだと思うけど、それくらいの時間に結に起こされたんだよね。覚えてない?」
どうにか思い出そうとする結だったが、結局思い出せずに首を横に振っていた。
「そっか。まー、それで、結に起こされたんだけど、今思うと寝ぼけてたのかな、いつもとちょっと感じが違くてさー。突然口説かれた」
「口説かれたっ!?」
雪乃の口から飛び出たとんでもない言葉に、結は心から驚愕していた。
俺はそんなチャラ男になった覚えはないっ!
結の心の叫びは所詮心の叫び、誰にも聞かれることなんてない。
「あはは。やっぱあれ正気じゃなかったんだ。まぁー、いつもと違うことはすぐわかったんだけどね。いつもはあたしに割と厳しい結に、優しい言葉を雨のように浴びされたら、なんだか嬉しくなっちゃってさ、あたしは布団かぶってたから寒くなかったけど、結は毛布も無しだったし、寒そうにしてたから布団の中に入れてあげたってわけ」
「……悪い」
「謝んないでよ。結だってあたしのことを想ってのことでしょ?」
「まあ、そうだけど」
結も流石に本人に言うのは照れくさいのか、頬をかきながらそっぽを向いていた。
雪乃はそんな結に笑いながらも、話の続きをした。
「正確には口説かれたって言うよりも、褒められたってのが正しいかな。それで寝るまでずっと話してたってわけ」
「……つまり、そういうことはなかったと?」
「あはは。だから心配するようなことは無いって。……抜け駆けはしたくないし」
最後は聞こえるか、聞こえないか、わからないくらい小さく、消えてしまいそうな声でつぶやくと、雪乃はさらに言葉繋いだ。
「それに、もし結が襲ってきたら返り討ちにしてやる」
結が不安そうにしていることを気にしてか、雪乃がわざと挑発するようにいうと、雪乃の行動の真意に気付いた結は小さく、「ありがとう」っとつぶやいていた。
「さーてと、ちゃっちゃっと仕事終わらせよっか!」
宿を後にした結と雪乃は、今回潰す組織、【ノーンマギカ】についての情報を探すべく、行動を開始していた。
「それにしても、悪いな」
「どうしたの藪から棒に」
「俺のせいでこんな仕事を背負う羽目になってさ」
結が済まなそうにそう言うと、雪乃は少し怒った表情になっていた。
雪乃の機嫌が悪くなった理由がわからない結は、クエスチョンマークを大量に浮かべていると、そんな結に雪乃は明らかに不機嫌そうな表情で言った。
「結にとってのあたしたちってなに?」
想像していなかった雪乃の質問に、結は首を傾げていた。
(俺にとってのみんな?そんなの、改めて考えたこともないな)
結が口を閉ざし、無言で考えているのを見て、なにを勘違いしたかのか、雪乃は悲しそうに笑うと、結に背を向けて歩き出した。
「おいっ!待てって」
雪乃が歩き出したことに気付いた結がそう言って引き止めようとするが、
「うるさいっ!ついてくんな!」
雪乃は激しく怒鳴ると、そのまま行ってしまった。
雪乃の凶変ぶりに、結は何も言うことが出来なかった。
雪乃が一人で行ってしまったため、結は一人で【ノーンマギカ】の手掛かりを追っていた。
「全く、いきなりなんなんだよ」
(まあ、二人で探すよりも、手分けして探した方が早いかもな。雪乃の実力があれば一人でもやられることはないだろう)
結は雪乃へ対する文句を言いながらも、冷静に今の状況を分析していた。
結たちが探している組織【ノーンマギカ】の情報はほぼ無いに等しい。
ならば、二手に別れた方が手掛かりが見つかる可能性は単純に二倍だ。
雪乃は【A•G】の中でも上位クラス、それも六花衆の一人だ。一人でも十二分過ぎる。
「行くか」
結は情報を集めるべく、歩き出した。
「全くっ!わかってないんだから」
結を置いて一人歩き出した雪乃は、あからさまに不機嫌オーラを発しながら、結への文句をつぶやいていた。
雪乃の不機嫌っぷりは初対面でもわかる程だ。特に雪乃のように外形の良い相手であれば、怒りを感じている時には本能に訴えかけるような恐怖を感じてしまう。
雪乃みたいな可愛らしい少女が、町の大通りを一人で歩いているというのに、その本能的な恐怖のせいで声をかける人間は皆無だった。
「そこのお嬢ちゃん、遊ばないかい?」
訂正、どこの世界にも空気の読めない奴はいるようだ。
「なにあんた?消えてよ」
突然声をかけたのは、何処からどう見てもチャラ男というワードが浮かんでくるような外見をした青年だった。
そんなチャラ男を一瞥した雪乃は、氷のように冷たい眼差しを向けて、一言言うと、すぐに歩き出していた。
「まあまあ、そんな事言わーー」
「さわんなクズがっ!」
無視して歩き出した雪乃の行く手に先回りしたチャラ男は、カッコつけるように、片手を頭に当てて、オーバーリアクションでやれやれと首を振ると、そのまま流れるように雪乃の肩に手を乗せようとした瞬間、雪乃によって投げ飛ばされていた。
「ぐっ……」
チャラ男は一○m弱飛ばされると、ゴロゴロと地面を転がっていた。
大通りにいたこの町の住人たちは、まだまだ若い、小さな少女がチャラ男を意図もたやすく、一○m弱という、普通はあり得ない距離を投げた事に驚き、思わず足を止めていた。
「見世物じゃないんだけど?」
先程よりも不機嫌オーラを強くした雪乃は、今のやり取りをまるで見世物を見ていたかのように注目していた(呆気にとられて固まっていただけなのだが)住人に軽い殺気を向けていた。
雪乃の殺気に当てられた住人たちは、「ひっ」っと小さく悲鳴をあげると、そのショックで体の硬直が消えたようで早歩きでその場を立ち去っていた。
「ねえ。何処行くの?」
「え、えーと」
雪乃の視線が外野に向いていることを良いことに、その場から四つん這いで立ち去ろうとしていたチャラ男の行く先に足を踏み下ろした雪乃は、冷たい表情でチャラ男にそう聞いていた。
「ねえ。あんたは仲間いるの?」
「い、いるわけーー」
「言っとくけど、嘘だってわかったら……消すよ?」
「すみませんでしたっ!他に十人くらいの仲間がいます!」
雪乃の質問をチャラ男が誤魔化そうとした瞬間に、雪乃が冷たい表情のままそう警告すると、投げ飛ばされた時の記憶と、今目の前にいる少女の発している冷たいオーラに恐怖を抱いたチャラ男は、すぐさまに土下座をして自白していた。
(ここじゃ一目が多いね)
「一緒に来てくれる?」
「えーと……」
「来てくれるよね?」
冷たいオーラを引っ込めた雪乃が、満面の笑みを浮かべてそうお願いをすると、チャラ男は冷たいオーラを発していた時よりも青い顔をして、何度も首を縦に振っていた。
後にそのチャラ男はこう証言したらしい。
「美女は怒らせない方がいい」
っと。
次のご来場を心よりお待ちしております。




