5ー31 ダブル?ツイン?
結が【神夜】に入ってから一ヶ月が経っていた。
「あーあー。ついてないなー」
「それはこっちのセリフだ。なんだ雪乃とペアなんだよ」
「姫が決めたことだし仕方ないけどさー。あーあ、憂鬱だー」
結と雪乃と二人は【A•G】のリーダー。奏の命令でとある場所に向かっていた。
「で?」
「なんだ?」
「だからお主様はどれくらい使えるようになったの?」
「あー、そのことか。まぁまぁだな」
「えー。それ、すっごく不安になるんだけど」
「まっ、今回の奴らはそこまで大規模じゃねえから問題ないだろ」
結が【神夜】に入ってから、【A•G】の皆は奏が【神夜】の現当主、神夜結一と取り引きした通り、【神夜】に敵対する組織を片っ端から潰し回っていた。
この一ヶ月、結はずっと【神夜】の【継承術】を扱うための特訓を続けていたため、組織の殲滅を結が担当するのは今回が初めてだ。
結は【神夜】の当主、神夜結一から直々神夜の秘術、【重力操作】の使い方を教わっていた。
修行内容は正直口で言いたいようなものではなく、一言で言えばそれは地獄だ。
そして、結は一ヶ月間の地獄を経て【神夜】の秘術【重力操作】を覚えることに成功していた。
今回、結と雪乃の二人が向かっているのは【神夜】をはじめ、始神家や十二の光に敵対する組織、【反幻兵団】の配下組織【ノーンマギカ】だ。
【ノーンマギカ】の母体、【|反幻兵団《アンファントムソルジャー】は始神家と敵対する組織の中でも、特に大きな相手になるのだが、【ノーンマギカ】はそこまで大きな組織ではない。
そのため、結と雪乃の二人だけで問題ないだろうと判断されたのだ。
結の今の実力は正直言ってどの程度なのかわからないが、とりあえず結一との修行は終わっているため、戦力としては決して低くないだろう。
雪乃についても六花衆の一員であり、これは雪乃だけではないが、結が力を失ってからの六花衆は皆、修行を欠かしていない。つまり、相当のレベルアップが予測される。
【ノーンマギカ】に向かわせるには正直な話、過剰戦力かもしれない。
(それだけ心配されてるってことだよな)
奏のそんな心遣いをありがたく思いながら、結は今回ペアになる雪乃と文句を言い合ったりしながらも【ノーンマギカ】のある街【ウェルジーン】に向かった。
【ウェルジーン】は広い【幻理世界】の中でも、【幻操師】の育成に力を入れている場所だ。
【ウェルジーン】にはガーデンやギルドは一切ない、その代わりに一つの組織が治安を守っている。
その組織の名前は【反幻隊】。
【ガーデン】にシードがいるように、【反幻隊】にも専属の特殊部隊が存在している。
その部隊の名前は【超兵士】。
シードやギルドの者が幻操師としての戦士なら、超兵士は幻操師の対とも言える存在だ。
超兵士はその構成員の全員が幻操師の資質を全く持っていない。
つまり、完全な一般人だ。
一般人の中には幻操師を嫌い、幻操という理を技術を概念をよく思っていない集団がいる。
そうした集団は幻操師のトップ、始神家や十二の光に敵対する組織の一員になる。
つまり、ここ一ヶ月、【A•G】が潰し回っているのはほぼ一般人の集団だ。
しかし、そうした反幻操師の組織、反幻兵団には相当の戦力が備わっている。
それが、超兵士だ。
超兵士とは幻操術に頼らずに、高い戦闘能力を持った者たちのことだ。
「ねえ。超兵士って元々はウェルジーン特有の傭兵集団みたいなものなんだよね」
「それがどうかしたのか?」
「それが、今では超兵士は反幻兵団の兵隊。……おかしくない?」
【ウェルジーン】という、一つの町特有の傭兵集団、超兵士。
超兵士は【ウェルジーン】という町を守る組織なのだが、超兵士は反幻兵団の兵隊と言われているこの矛盾に雪乃がクエスチョンマークを浮かべていると、結は苦笑いしながら説明した。
「そりゃ簡単だ。つまりこの【ウェルジーン】の裏で表に出される超兵士とは別に超兵士が育成され、その超兵士が反幻兵団の兵隊になってるってことだろ」
「それって……」
「そうだな。【ノーンマギカ】は小さな組織だが、おそらく【ノーンマギカ】がこの町の超兵士と【|反幻兵団《アンファントムソルジャー】を繋ぐ仲介組織だ」
雪乃が蒼白させた表情でつぶやくと、結はそれを肯定した。
(この町と反幻兵団の繋がりは気になるが、もう一つ気になる。超兵士はただの人間、幻力によって身体強化も出来ない一般人のはずだ。しかし、データを見る限り超兵士の戦闘能力は幻操師ランクで言えば、CからA。本来あり得ない強さだ。つまり、超兵士は裏で何かをしている。恐らく、ドーピングかそれに近い何かだな)
幻操師が幻操術、つまり幻力を武器としているのであれば、超兵士は普通の兵士のように、機械的な道具を武器にしている。
しかし、幻操師の資質が無い、つまり幻力の恩恵を一切受けていないにも拘らず、超兵士の戦闘能力はあまりにも高い。
それは幻力無しでは訓練でどうこうなるレベルではない。
幻力無しで幻操師ランクのCからA相当の戦力能力。それは【物理世界】で生身の状態で十階を超える高さから飛び降りて無傷でいられるようなものレベルだ。
幻操師であれば、幻力による身体強化と、着地の瞬間に衝撃を分散する類いの幻操術を使うことによってどうにかなるが、生身ではそんなこと無理だ。
(幻力無しでの戦力能力の強化。その技術が手に入れば)
結は強くなるため、仲間を守る力を得るために強くなる方法を探していた。
「いやー、広いねー!」
「あまり目立つなよ?」
【ノーンマギカ】に入った途端、大声で叫ぶ雪乃に結がジト目で注意をしていると、雪乃は「わかってるって」っとサムズアップした。
そんな雪乃はすぐにキョロキョロと挙動不審になっていた。
その姿はまるで、
(初めて都会に来た田舎っ子かよ!)
「それで?まずはどこ行くの?」
ずっとキョロキョロとしていた雪乃は、結の方に振り返るとそう問い掛けていた。
「そうだな。取り敢えず、宿探すか」
「え……、そのー、まだあたしたちそういう……」
「なに言ってんだ?」
「……なんでもなーい」
口笛を吹いている雪乃に結は「変な奴」っと小さくつぶやくと、二人は宿を探しに行った。
「おっ!中々いい部屋じゃん!」
「暴れるなよ」
結と雪乃は運良く近くにあった宿【レレッフゥス】へと泊まることになっていた。
結と雪乃は費用削減のために二人部屋に泊まることになっていた。
ちなみに、二人部屋に泊まろうと言ったのは結ではない、雪乃だ。
何故こうしてあえて記したかというと、それは……察してほしい。
「で?」
部屋に入って早々一つしかないベットにダイブしていた雪乃は顔だけ結の方を向くと、突然そう聞いていた。
主語も述語もなにもない雪乃の質問に、結が「は?」っと答えながら、ソファーに座ると、雪乃はガバッとでも擬音が付きそうな勢いでベットから跳ね起きると、結の方を向いて、ベットに腰掛け直していた。
「だーかーらー。ノーンマギカの連中はどこにいんの?」
「知るわけないだろ」
「えっ!結が知ってると思って何も調べてないよっ!?」
慌てた様子でベットから身を乗り出した雪乃を制しながら、結は大丈夫っとだけ言った。
「なにがっ!?……って言いたいところだけど、主様がそう言うならそうなんだろうね」
「そういうこった。今日は移動で疲れたろ?もう寝るぞ」
「りょーかーい」
雪乃は軽く床を蹴って後ろに飛ぶと、そのままベットの上に寝っ転がっていた。
「おやすみー」
「ちょっと待て!」
そのまま眠ろうとする雪乃に結が待ったをかけると、雪乃は眠たそうに目元を拭いながら、「なにー?」っと答えていた。
結はずっと気付いていないふりをしていたのだが、もう限界だった。
「なんでベットが一つしかないんだ?」
そう、この部屋には今雪乃が寝っ転がっているベット、ただ一つしかなかった。
「あれ?ほんとだ。おっかしいなー。あたしちゃんとダブルって言ったんだけどなー」
「それだっ!!」
結が指を指しながら大声を出すと、いきなりの大声に雪乃は軽く慌てながら「え?なに?」っと混乱していた。
「俺はベット別の二人部屋にしろって言ったよな?」
「うん。だからダブルじゃないの?」
雪乃がキョトンとした表情でそう言うと、それを聞いた結はがっくりと項垂れていた。
結のそんな姿を見て、雪乃は自分が何かミスをしたことにやっと気付いたようで「な、なにさー」っと慌てていた。
「いいか雪乃?よく聞け?ダブルはベットが二つって意味じゃない。ダブルサイズのベットを頼むって意味だ。二つのベットがほしいならダブルじゃなくて、ツインだ」
結が呆れながら雪乃に教えると、雪乃は本当に知らなかったらしく心から驚いている様子だった。
雪乃が慌てながら「ちょっと部屋変えてもらうように言ってくるっ!」っと立ち上がるのを結が「ちょっと待て」っと止めていた。
「部屋を借りる時にすでにギリギリだったんだ。もう宿の人も寝てるよ」
結がそう言うと雪乃は「じゃあどうするの!」っと顔を赤くしながら叫んでいた。
(うぅー。だから店の人、ダブルって言った時に笑顔になってたんだ。あー、もう恥ずかしいぃ)
雪乃が穴があったら入りたい気分でいることにも気付かずに結は、ため息を一つこぼしていた。
「しゃーない。俺はソファーでねるから雪乃はベットで寝ろ」
「いやいや!あたしのミスなんだから結がベットで寝てよ!あたしはソファーでいいからさ!」
「いいって、女の子をソファーで寝かせる訳にはいかねーだろ」
結は「でも……」っとしつこく自分がソファーで寝ると言う雪乃を無理やりベットに寝かせると、結はソファーで横になっていた。
「雪乃、明日は早いからな。もう寝ろ」
「……うん。わかった」
結がソファーの上で寝る体制に入るのを見ると、やっと諦めたのか渋々ベットに横になっていた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
またのご来店を心よりお待ちしております。




