5ー30 再花のリスク
「……ここは?」
「あっ!結起きたっ!」
「結菜か?」
結は痛む体に鞭を打って上半身を起こすと、結が眠っていたらしいベットの隣に座っている結菜の姿があった。
結菜は結が起きたことに気付くと、イスからぴょんっと立ち上がると、両手を合わせて楽しそうにしていた。
「双花に教えてくるっ!」
(前みたいな黒さは無くなってるな。良かった)
結が今の結菜の様子を見て安心していると、結菜は何が楽しいのかはわからないが、ぴょんぴょんと楽しそうにしながら双花を呼びに駆けて行った。
(どうやら結菜はちゃんと救えたみたいだな。俺の方は……まあ、そうだよな)
「良かった。起きたみたいですね」
「双花、悪い。心配掛けたみたいだな」
「いえ、私は結菜のせいでほとんど看病出来ませんでしたから」
「結菜のせい?」
結が疑問顔で双花に聞くと、双花はクスクスと笑いながら「それはですね」っと話そうとすると、寸前で結菜が「あぁー!!だめー!」っと叫んでいた。
「いいではありませんか。結だってきっと喜びますよ?」
「うるさーい。他意は無いもん!ただ、結菜のせいで結は気絶しちゃったようなものだし、だから、あれはそう!そうだよ!謝罪なんだよ!当然なんだよ!」
「双花、説明を頼む」
「フフ。私は説明してあげたいのですが……」
「ぜーたい駄目だからね!結菜が結の看病を買って出たことはぜーたいに内緒だからねっ!」
「えーと」
「フフ。結、わかりましたか?」
「……ありがとな。結菜」
「え?えっ!!なんでお礼言うのっ!?い、意味わからない!」
「フフ。まぁ、そう言うことにしておきましょうか。結、いいですね?」
「わかった」
楽しそうに笑う双花に、結が苦笑いしつつも答えると、結菜は一人顔を真っ赤にしていた。
「あっ、そうでした。結に客人ですよ?」
「客人?……ってその前にここは何処だ?」
「あぁ。そういえば言っていませんでしたね」
結は最初、【T•G】や【宝院】でいう保健室のようなところにいると思っていたのだが、意識がはっきりしてきた結が辺りを軽く見回すとそれが違うことがはっきりとわかっていた。
部屋の形としては結が【神夜】で借りている部屋に似ているが、結の部屋ではないだろう。
結の部屋にはなかった熊のぬいぐるみやウサギのぬいぐるみなどなど、多くの雑貨が部屋の至る所においてあるからだ。
結がふと視線を眠っていたベットに向けると、それは何処からどう見ても女物のベットだった。
恐らく部屋の形からして【神夜】の一室、それも女性の部屋だとすると、双花か結菜の部屋だろうと思いながら双花に聞くと、双花はまたクスクスと笑っていた。
「ここは結菜の部屋ですよ。最初は私の部屋に運ぼうと思ったのですが、結菜が……」
「あー!!双花は余計なこと言わなくていいのっ!それで客人なんでしょ!呼ばなきゃ!」
双花は手を口元に当ててクスクス笑いながら「そうですね」っと客人を呼びに部屋を出た。
眠りから覚めたばかりで若干意識がはっきりしていない結と、顔を真っ赤にしたままの結菜の間に気まずい雰囲気が流れていると、すぐにドアがノックされた。
結菜が返事をしながらドアを開けると、そこには客人を連れてきた双花の姿があった。
「久しぶりですね。結」
「……奏」
双花の言う客人とは、結にとって恩人であり一番大切な人。奏だった。
「……誰、その子」
結と奏が親しげに話しているのを見て、結菜は機嫌の悪そうな声色でそうきいていた。
「はじめまして。私はそこにいる結の……なんでしょうか?」
「結菜に聞かないでよ!」
「フフ。面白い人ではありませんか」
「……なんとなくですが。キャラ、被っていませんか?」
「奏、まあ。そんなこと言うなって」
「いえ、これは由々しき事態だと思いますよ?私のアイデンティティが無くなりつつあると言うことにではありませんか」
「お前のアイデンティティは七花だろ?」
「……それもそうですね」
「ねえ。結局その人誰なの?」
結と奏がそんな話しをしていると、そこに仏頂面の結菜が口を挟んでいた。
「双花は知ってるの?」
「そうですね。知っているかと言われれば知っていますね。こうして対面するのははじめてですが」
「えーと、こいつはだな」
「結は黙ってて!」
獣のような唸り声をあげて、奏を威嚇すると結菜だったが、どこからどう見ても、ただ可愛いだけで威嚇の意味は全く成していなかった。
「彼女の名前は奏。A•Gのメンバーの一人。つまり結の仲間ですよ」
「結の仲間?えぇ!A•G!!」
「……残念ながらそれが一番近いですね」
「おい、どういう意味だ」
「なるほど。結は鈍感さんなのですね」
今のやり取りから双花が手を打って納得していると、結は一人疑問顔になっていた。
「さっきから気になっていたのですが、結。何をしたんですか?」
奏が突然鋭い目付きになって結を睨むと、結は「うっ」と声を漏らしていた。
「べ、べつになんでもないぞ。ちょっと結菜と模擬戦してな。それで疲れて倒れただけだ」
結が視線を逸らしながらそう言うと、双花はそんな結のことを心配そうに見つめていた。
それに対して、奏の表情は、冷めていた。
「結」
「なん、だっ!?」
視線を逸らす結を呼んだ奏は、結が奏の方に顔を向けた瞬間、結の喉に手刀を突き出していた。
「奏さん!?」
「えっ!?」
奏の突然の奇行に、双花と結菜が驚きの声をあげていると、奏は小さく「やっぱりそうですか」っと呟いていた。
「奏さん!何をしているのですか!」
「結!大丈夫!?」
双花が素早く二人の間に入ると、結菜は結に駆け寄り、奏に殺気を向けていた。
双花と結菜、二人の殺気をまっすぐに向けられた奏はそんな二人のことも気にせずに、悲しそうな表情でため息をついていた。
「結。【再花】を使いましたね」
「……あぁ」
深刻そうな表情で会話をすると二人に、双花は「再花?」っと疑問符を浮かべていた。
「例えるなら、結は結という名の蕾なんです」
「蕾?」
「そうです。そして結が幻操術を発動することによって、花が開く、その状態が結花です。花は一度咲けば美しくそこに咲き誇りますが、いずれは虚しく散ってしまう。ですが、いずれは新たな花として再び美しく咲き誇る。本来の花でしたらこの周期は一年間なのですが、結の場合は一週間から一ヶ月の周期で開花と散りを循環しています。今の時期は本来であれば散りの時間。つまり結花になれない一週間から一ヶ月のインターバルの最中なのですが、結はある方法を使って結花となったんてす。その方法こそ、【再花】」
結花の力が使えない一週間から一ヶ月のインターバル。それがあるから結は【神夜】の力を求めていた。
しかし、結の力の源は仲間を守りたい、大切な人を死なせたくない、失いたくない。そういった気持ちだ。
だから、もしインターバルの最中にピンチが訪れても結花の力を解放することができる手段を予め設定していた。
それが、【再花月輪】。
【再花月輪】には、大きなメリットとデメリットが存在した。
メリットとは結花が発動出来ないインターバルの間でも発動可能なこと。
それと、【再花月輪】で結花となると、通常時の結花を遥かに上回る力を解放することが出来るのだ。
この二つの大きなメリットを得る代わりに背負うことになる代償、つまりデメリットとは、
「結は一度でも【再花月輪】を発動すると、現在てに入れている全ての能力がその花を閉ざしてしまいます」
つまり、能力の消失だ。
「い、一時的なものなのですか!?」
「はい。そうです。能力の消失はあくまで一時的なものです」
結が力を失ったと聞いて、その原因である結菜は青ざめ、双花は珍しく我を失っていた。
奏が結の能力の消失は一時的だと教えたことで、二人はなんとか元に戻るが、それでも結菜の表情は優れず、双花は泣きそうな顔をしていた。
「結の能力が消えてしまったのは私の責任です。私が結菜を救うことが出来なかったから……」
「ち、違うよ!結菜が、結菜が暴走なんてしたから……」
「二人のせいではありませんよ。結は自分の能力が消えることを知った上で【再花月輪】を使ったのですから、責任は結です」
奏が二人をそう励ましていると、話の中心人物である結は、ここまで自分のことを心配してくれている三人に対して、嬉しさが込み上げていた。
「ですが、良かったです。結の力が無くなっていることは結が気絶した時に気付いていました。ですが、一時的なものだと聞いて安心しました。……それで、いつなのでしょうか?」
「いつとは?」
「結の能力が戻るのはいつごろになるのですか?」
双花は結の力の消失は一週間や一ヶ月、最悪一年間に及ぶ程度のものだと思っていたが、双花の心配は杞憂に終わっていた。
何故なら、
「……一○○年ほどですね」
「……え?」
奏の言う一時的とは、生きている間ずっとと、ほとんど意味が違わないからだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!それって、ゆ、結菜の際で、結は力を永遠に失ったてこと?」
「永遠ではありません。一○○年です」
「そんなの永遠と変わらないよっ!」
奏の言葉に結菜は叫びながら立ち上がると、その目からは大粒の涙が溢れていた。
「結菜、落ち着けって」
「どうして?どうして結はそんな普通にいられるの!」
力あるものにとって、それを失うことは恐怖であり、人によっては絶望だ。
だからこそ、結菜は冷静でいられる結の心情がわからなかった。
そして、最初は冷静さを失いつつも、今ではすっかり冷静になっている奏のことが信じられなかった。
(仲間じゃないの?そんなの酷いよ)
仲間である結が力を失うという状態であるにも拘らず、冷静でいる奏に怒りさえも感じていた。
そして何より、理解出来なかった。
結と結菜が出会ったのは二人が戦った日の前日。
結は出会って一日しか経っていない結菜のために力を捨てたのだ。
それが理解出来なかった。
「どうして?どうして結菜のためにそこまでしてくれるの?」
「そんなの簡単だ。俺が、お前の義兄だからだ」
「え?……お兄ちゃん」
結が結菜の目を真っ直ぐ見つめながらそう言うと、奏は小さく「決めたんですね」っと呟いていた。
「……それはどういうことですか?」
唖然としている結菜の代わりに、結に説明を求めたのは結菜の親友、双花だった。
双花もまた結の言っている意味がわからなかった。
「もちろん、実の兄じゃない。義兄だ。俺は結菜の父、結一の義理の息子になることになる。だから正式にはまだ義理ですらないけどな」
結がそういうと、唖然としていた結菜は小さく「……そっか。それなら……いっか」っと呟いていた。
偶然結菜の隣で結菜のつぶやきを聞いていた奏は「はぁー」っと深いため息をついていた。
結菜と双花は表情や反応は違うが、二人とも心底驚いているようだった。
それに対して驚いている様子の全くない奏に結は首を傾げていた。
「奏は知ってたのか?」
「はい。つい先ほど」
「え!いつお父様と会ったの?」
「双花にここまで連れて来られる前に少しだけお話をしました」
「……なんでだ?」
「結はA•Gの者ですから、A•Gのリーダーとして話を伺っただけですよ。それに、結一さんから話を聞いた時に、きっと結は話を受けると思いましたから」
「……ごめんな」
「謝る必要はありませんよ」
【神夜】に入ればもう【A•G】の一員ではいられない。
勝手に【A•G】を抜けることになってごめんという意味で言ったのだが、奏がすぐにその謝罪を跳ね返したことで結は「へ?」っとちょっと間抜けな声を漏らしていた。
「それってどういう……」
「どうせ結のことですから、勝手にA•G抜ける、つまり裏切ることになってごめんという意味で言ったつもりかもしれませんが、そのことについて心配はありませんよ」
「……つまり?」
「私が直接結一さんと取り引きをしました」
「お、お父様と取り引き?」
「……奏さんは凄いですね」
恐怖をそのまま具現化したかのような人物である結一と取り引き、それも奏の言い方からして、対等な取り引きをしたと聞いて、結菜と双花は驚くと同時に感心していた。
「取り引きって?」
「【神夜】に敵対している組織を三十ほど我々A•Gで潰す代わりに、結が【神夜】に入った後も【A•G】に滞在出来る許可を貰いました」
「なっ!?それがどれだけ危険なことかわかってるのか!」
「……ええ。始神家と敵対する組織。一つ一つが大きな組織でしょう。確かにそれを三十も潰すのは大変ですし、危険です。ですが、それ以上に私たちはあなたを必要としているのですよ。結」
奏が結の目を真っ直ぐ見つめたままそう言うと、直接そんなことを言われて流石に照れを隠せずにいた結は視線を逸らしていた。
奏は小さく笑うと、それからっと言葉を紡いだ。
「あまりA•Gを舐めないで下さい」
またのご来店を心よりお待ちしております。




