5ー28 結菜の気持ち
「それじゃっ!始めよっか!」
待ちきれないといった具合の結菜にため息をつきつつ、結と結菜、二人の準備が完了したのを確認した双花は、今か今かとワクワクしている結菜と、少しずつ目が鋭く、冷たくなっていく結を一瞥すると、手を大きく振り下ろした。
「始めっ!」
先に動いたのは、
「いっくよー!」
結菜だった。
それに対して、結はその場から動こうとせずに、少し体制を低くしていた。
この体制は次の動きへと繋げやすいようにするためのものだが、今の結が考えていることは反撃などではない。
分析。
ただ、回避に徹して、その間に結菜の動き、呼吸、癖、全てを分析する。
結は幻操師の才能があるわけではない。しかし、誰にでも才能とは秘められているものだ。
結の才能。それは、
人間観察。
幼い頃から結は人を見続けて来た。
【物理世界】での結は、普通の子供、とは言いづらい性格をしていた。
子供の割りに、何かを悟っているようだった。
理由は簡単だ。
兄の存在。
結の兄は、一言で言えば、天才だった。
天才とは言っても、奏や双花、結菜のような抜きん出た才能というわけではなく、しかし、それでも結と比べ、明らかに兄の能力は勝っていた。
結の一族は遺伝によって元々体があまり強くない。何よりも皮膚の弱さは致命的なレベルだった。
体が弱いこともあって、結は運動をほとんど諦めていた。
がんばった所で、他の子と比べたら身体的能力で劣っているため運動で勝つことは出来ない。しかし、結の兄は諦めなかった。
それどころか、人よりも運動し、体を鍛え、そして強くなっていた。
しかし、兄はやんちゃだった。
強くなったのは肉体だけで、精神のほうは全くの子供のままだった。
結の兄は犯罪こそはしなかったが、色々とやらかし、その度に親に激怒されていた。
小さい頃からそれを見続けて来た結は、肉体を鍛える時間を全て人を見ることに費やしていた。
色んな人を見て、その人が考えていることを考える。
そんなことをずっとやっていると、自然に結の精神は成長していた。
本来なら人は失敗して学ぶものだ。
自分で失敗して、これはダメなこと、良いことと知っていく。
しかし、結は自分で失敗する前から兄の失敗を見て来ていた。
何が良い事なのか、悪い事なのか、気がつけば結の心には理性だけとなっていた。
しかし、結の理性はここで一つの危険信号を出していた。
人と違うと怪しまれる。
子供を集めると結は一人だけ精神年齢が明らかに高かった。
一人だけ違うとどうしても目立ってしまう。結はそれだけは避けたかった。
そこで結が見つけた答えは、演技だった。
つまりは普通の子供の演技だ。
結には兄だけではなく、二人の姉がいた。
四人の中で最も年上の姉は演技をしていた。
子役だったりした訳ではないが、学校の部活動などで演技をしていた。結はそれもずっと見続けていた。
そのため、結は有る程度だが演技を知っていた。
そうして、結は普通の子供として溶け込んでいた。
結は失敗をした経験が少ない。
それは結が凄い訳ではない、結の代わりに兄が先に失敗し、その答えを与えていたから。
子供の頃に上手い転け方を覚えろとよく言うが、結は良い失敗の方法を知らずに育っていた。
そのため、人一倍に失敗を恐れた。
だからこそ人を観察する。
より深く、より細かく。
【物理世界】で小さな頃からそうして来たからなのか、【幻理世界】に来た結もまた高い観察能力を持っていた。
結にはこの高い観察能力から派生した能力があった。
それは、
(右だ)
結菜は凄いスピードで結の懐まで移動すると、左からと見せかけ、フェイントを入れながら右から攻撃をした。
結はそれを予め知っていたかのような動きで結菜の攻撃を避けていた。
結が結菜の攻撃を避けたい瞬間、完全に見切られていたため、驚いた結菜だったが、同時にその表情には明らかな困惑が見て取れた。
(次は右足を振り上げた蹴り)
結の考えて通り、結菜が右足を振り上げようとした瞬間、結は後ろに下がってそれを回避しようとすると、結菜は突如動きを変えていた。
(バックステップ?)
蹴りを中断して後ろに飛び退いた結菜は、驚いた表情をしている結の表情を見て、質問を投げ掛けていた。
「結って未来が見えるの?」
「そんなもの見えない」
「でもさっきの動きは未来を知っているような感じだった」
「未来を見るなんて大層なものじゃねえよ。ただ、先を考えただけだ」
結の観察力と第六感、つまり勘を併用した技術。
【考理予知】
初見の相手には絶対に使えない技術。それが【考理予知】だ。
【考理予知】とはつまり普通の勘に推理を加えたものだ。
戦闘中、いや戦闘だけではない。スポーツを含めて戦っていると何と無く相手の次の行動がわかる時がある。
結はそこに観察によって得たデータを使って相手が次に起こすであろう動きを幾つかに絞り、その中から勘に近い何かで選択する。
予知ではない。ただの勘よりも正確な勘。ただそれだけのことだ。実際、こんなの能力でも技術でもない。
人として普通の能力。
しかし、結はこれをある能力を使って高めていた。
それが自幻術。
外部に現象を起こす他幻術と違い、己の内部、精神に働き掛ける自幻術を使って結は観察によって得たデータを効率的に処理しているのだ。
人間の柔軟な思考と勘、機械の正確で的確なデータ。この三つのファクターを組み合わせて作られた技術、それが結の【考理予知】だ。
通常、【幻操術】の持つ能力は多くても三つから四つだ。
しかし、結はその数をはるかに超えた数の能力を持っている。
しかし、その全てがある共通点を持っている。
それは、
「ふーん。まあいいや。もう一つ質問してい?」
「なんだ?」
「結って、もしかして基礎能力は低い?」
「……ばれたか」
結がため息混じりに答えると、結菜は「やっぱりそっか」っと、少し残念そうにしていた。
「おい、結菜?何をがっかりしてんだ?」
「……仕方ないじゃん。せっかく強い人と戦えると思ったのに、結、弱いじゃん」
結菜が失望したかのような表情で答えると、結は両の手を合わせ、ニヤリと笑った。
「舐めるなよ小娘?身体的能力が戦いの全てだと思うなよ?」
「よく言うね!」
結が挑発的な笑みを浮かべると、双花は挑発に釣られ、結に向かって突撃した。
【物理世界】では身体的能力の差は戦いにおいて大きく関係するファクターだ。
しかし、それは幻力、幻操術という概念がないためであり、それが存在する【幻理世界】ではその限りではない。
【自分人形】
結が最初に手に入れた力。
結が自分の力を自覚したため前みたいな超越した力はないが、それでも防御には十分だった。
自分人形による反射の追加。結の考理予知は自分人形の変化系と言って良いだろう。
肉体に影響するのが自分人形。
精神、思考に影響するのが考理予知だ。
結はこの二つを併用することによってなんとか結菜の猛攻を躱し続けていた。
「どうした結菜?俺は弱いんだろ?早く終わらせてみろよ」
結は完全に結菜の動きを見切っていた。
考理予知によって結菜の動きを先読みし、自分人形によって先読みした結菜の攻撃を完璧なタイミングで躱す。
攻撃をしようとせずに、回避だけに専念すれば例え相手が結菜という才能の塊だろうがどうにかなるのだ。
結菜の攻撃を躱し続けている結は、結菜に再び挑発的な笑みを向けていた。
その表情を見た結菜は、その表情を少しずつ、しかし着実に憤怒へと変えていた。
そして、その時は来た。
「ああぁぁぁあ!うるさいうるさいうるさーいっ!!」
怒りによる心の暴走。
確実に結は結菜より弱い。結菜はそのことにすぐ様気付いていた。だからこそがっかりしていたのだが、それなのに中々、いやどうやっても結を倒すことが出来ない。
それは結菜の精神に過剰な負荷を与えていた。
そして、それは怒りとなり、怒りは暴走のきっかけとなる。
(……やっとか)
結はイタズラに結菜を怒らせようとした訳ではない。
そこには確かな理由があった。
それは戦いに勝つため?
違う。
結が結菜を怒らせた理由、それは結菜を救うため。
(心が暴走すれば建前や嘘が言えなくなる。つまり、結菜の本音が聞ける)
結は結菜の本心が知りたかった。
結は結菜の心理状態をほぼ正しく理解していた。
しかし、それを結が知る由もない。
だからこそ、結は結菜の口から本心を聞き出そうとしたのだ。
「結菜は強いっ!お前は弱いっ!なら早く倒れろっ!倒れろっ!」
錯乱したかのように叫ぶ結菜が纏う幻力は、少しずつ混じっていた黒の割合を増していた。
(あれが全部黒になったらやばいな。そうなったら恐らく……)
「なんでっ!なんで認めてくれないのっ!結菜は強い、強いはずなのに!なのになんで?なんでお前は倒れない?どうしてやられない?どうして!どうしてなの!!」
(やっぱり。結一に対するトラウマか)
結菜は少しずつ本心を漏らし始めていた。
今の結菜を見た結は、結菜の心理状態を確信した。
結は結菜を救うために行動を起こそうとしていた。
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