5ー27 優等生の闇
「……え?」
結が思わず間抜けな声を漏らしてしまったのも仕方がないだろう。
それほどに結一の言葉は意外なものだった。
『俺の息子になれ』
結一は確かにそう言っていた。
つまりそれは、結に養子になれということだろう。
「……私に養子になれと?」
「そうだ」
結が確認のために聞き直すと、結一はそれを肯定した。
「俺には息子がいた」
結が結一の予期せぬ誘いにどう答えようと考えていると、突然結一がそう話し始めていた。
「俺はそいつに俺の後を継がせるために全てを教え込んだ」
自分の後継者を早くから育てようとするのは当然だ。
始神家の影響力は計り知れない。
【物理世界】では表に姿を表すことはないが、その代わりに【幻理世界】と【物理世界】の裏社会で大きな権力を所有している。
裏社会、つまりヤクザやマフィアなどのやばい連中との繋がりもあるのだ。
繋がりと言っても共犯ではなく、むしろその逆、敵対関係にあると言っても良い。
マフィアやヤクザの中にはガーデン側に好意的に接する所もあるが基本的には敵対関係だ。
始神家はガーデンの一員ではないが、始神家の発言によってガーデンと同等の戦力が動くと言っても過言ではない。
つまりマフィアやヤクザにとって、始神家は潰したい相手なのだ。
万が一にでも始神家の家長、つまり当主が暗殺でもされ、そしてその後釜がいないとなればガーデン側に与えられるダメージはあまりにも大きい。
だから始神家、いや始神家だけではなく、十二の光や記号持ちは少しでも早く後継者を育てようとするのだ。
(息子がいた?)
しかし、結は結一の言葉に引っかかりを感じていた。
「だが、俺の息子、結次は敵対している中国のマフィアに暗殺された」
「生きていれば今はいくつなんですか?」
「テメェと同じだ」
結と同い年、つまり結と一つしか変わらない結菜は、
「気付きやがった。頭の回転は早いようだな」
「……頭の回転ぎ早いかは知りませんが、気付きました」
結一は十中八九息子である結次を立派な後継者に育て上げるために後継者のための教育は結次に集中させていたのだろう。
つまり、結一は結次にほぼ付きっきりだったのだ。
だからこそ結菜は過剰とも言えるほどに結一に褒めて貰おうと、つまり認めて貰おうとしていてのだ。
そして不幸なことに結次は暗殺されてしまい、残ったのは後継者にするには危うさの目立つ結菜だけだった。
その代わりとするべく、結を義理の息子として引き入れようとしているのだろう。
(俺への評価がやけに高いことは気になるが、一番の理由は恐らく結菜だな)
当主となればそれだけ命を狙われやすい。
結一は結菜にできるだけ平和に過ごして欲しかったのだ。
つまり、あまりにも不器用で、分かりづらい親の愛情だ。
「俺の息子になるのであれば【神夜】の全てをテメェにくれてやる」
それは結にとってあまりにも魅力的な話だった。
「……考える時間を下さい」
「良いだろう。決意が出来たら言え」
「わかりました」
「結様」
結一との話が終わったと同時に、ドアが開きそこから一人のメイド服を着た女性が現れた。
「お部屋にご案内させていただにます」
「失礼します」
結は最後に結一に礼をするとメイドと共に部屋を後にした。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
メイドに案内された部屋は屋敷の中に複数ある客間の一つだった。
部屋としては十分、いや過度な広さだが、考え事をするには丁度良いと思っていた。
(神夜の者になるか……。どうするべきなんだ?)
結はソファーに腰を掛けると結一との会話を思い出していた。
(神夜の一員、それどころか時期当主になるのは確かにメリットが大きい。何より始神家との繋がりは文字通り大きくなる。そして【神夜】の力。【重力操作】も魅力的だ)
結はそもそも【継承術】を求めていたのだ。そこに偶然舞い込んできた話が【神夜】の養子になることだった。
(【神夜】の者となれば恐らく【A•G】は辞めざるを得ないな)
結の脳裏には一人の少女の姿が過っていた。
自分を救ってくれた少女。
「俺、どうしよう。奏」
そうして夜は過ぎて行った。
「ふんふふんっ」
結、双花、結菜の三人は再び集まっていた。
結菜は楽しそうに鼻歌を歌っていた。朝会った時からずっとこの調子だ。
「楽しそうですね。結菜」
「そりゃそうだよっ!だって今日は結との模擬戦だよ?あー楽しみだなぁー」
「戦いが楽しみって……結菜って女子力皆無だな」
結菜の機嫌が良い理由が今日これから結と模擬戦をするからだと分かった結は苦笑いしていた。
「むっ。結ってば失念だなー」
「失念じゃなくて、失礼ですよ?」
「あっ、そか。じゃー、改めて。……失礼だなー。それにまだ小学生だよ?女子力なんて関係ないよ!」
「そんなことはありませんよ?例え小学生だろうが私たちは花のある女性としてこの世に生まれ落ちたのですか、女子力を鍛えるのは当然です」
結菜には女子力がないとダメ出しする結に、結菜が抗議していると、そんな結菜を双花が若干胸を張りながら主張していた。
「確かに双花は女の子らしいよな。……誰かさんと違って」
結が結菜にイタズラっぽく横目で視線を送っていると、視線に気付いた結菜が「それって誰のこと!」っと言っていたが、結はそれをスルーすると双花に質問をしていた。
「今日は結菜と戦うとして、双花とはいつやるんだ?」
「今日、結菜の次……と言いたい所ですが。折角なら全快の結と戦いたいですので、一日開けて明後日でどうでしょうか?」
「わかった。それなら結菜相手に力を使い切っても問題ないな」
「やたっ!結がやる気になってる」
(無邪気だな。こうして見るとちょっと戦いが好きな普通の少女にしか見えないな)
こんな幼気な少女が【神夜】という【幻操師】の中でも特に責任のあり、影響力のある一族が今まで行ってきた業を継ぐことになるなんて、結には耐えられなかった。
(いや。答えを急ぐ必要はないか。まずは戦ってみてからだな。もしかしたら……)
「それじゃやろっか!」
結たちが集まっていたのは神夜邸の一室、所謂訓練室だ。
結菜はこのままここで結との模擬戦を始めようと思いワクワクしていた。
ワクワクしている結菜に急かされて結は双花に軽く目で挨拶をすると、結菜の待っている部屋の中心部に向かった。
「楽しみだなー」
「何がそんなに楽しみなんだ?」
ずっとニコニコと楽しそうにしている結菜に結はそう問い掛けていた。
「だーかーらー。戦いが、だよ?」
結が今の結菜を見て思ったこと、それは、
(取り憑かれているな)
結菜は戦いになると途端に狂ったかのように変わっていた。
何が狂っているのか?それはただ単純に戦いを楽しんでいる結菜の姿勢がでは無い。
結菜が纏っている幻力そのものが歪み、濁っていたのだ。結はそれを狂っていると表現していた。
(色で言うなら黒が少し混ざった白だな)
幻力の色が黒と白。つまり結菜の性質は月曜。
月曜の光は劣等生の光。明らかに高い実力を持っている結菜は劣等生の光の持ち主だった。
しかし、それは驚くことではない。何故なら月曜の光の性質だとしても奏という規格外を知っている。
結自身も月曜の性質だが、結は自分の実力を徐々にだが認め始めている。
だからなのか、結には月曜の光が劣等生の光だとは思わなかった。
確かに白の幻力、月曜の性質の幻操師の能力は他の性質に比べたらその平均は明らかに低い。
しかし 、それは白だった場合だ。
月曜の性質の持ち主が精神的ダメージによって暴走したりするとその色は白からどんどん黒になって行く。
そして、暴走時の能力は他の性質が暴走した時と比べ、明らかに、段違いに高い。
暴走すると理性を失うのだが、黒の幻力のまま理性を保ち、術を行使している者たちは皆優等生の光、日曜の光を扱っているものと同等の力を持っていると言っていい。
確かに月曜の光は弱いかもしれない。
月曜の性質を正しく表すならば、劣等生の光だけでは足りない。
それにもう一つ付け加えなければならないだろう。
そう、優等生の闇。
結菜の体から漏れている幻力は通常は白だ。
しかし、いざ戦いを始めようとした瞬間。結菜の幻力には黒色が混ざり、結菜の瞳からは光が消え掛けていた。
(これは……厄介だな)
またのご来店を心よりお待ちしております。




