5ー26 予期せぬ誘い
「賢一さん?」
全身にのし掛かっていた圧力が消えると同時に結一から向けられていた殺気も幾分柔らかくなると、結一の言った言葉に反応しながら立ち上がっていた。
「結。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ双花。ありがとな」
「……いえ」
結が双花に心配してくれてありがとうという気持ちを込めて笑顔を向けると、双花に気持ちが伝わったのか双花は頬を赤くしていた。
(お礼を言われた経験が少ないのか?)
「今、賢一さんと言いましたか?」
「そうだ。テメェのことは賢一から話を聞いている。おい、結菜、双花、二人は部屋に戻っていろ。こいつとサシで話がしてぇ」
「……わかりました」
「……結」
結菜と双花が結に心配そうな眼差しを向けるが、結は二人を安心させるように笑顔を返していた。
二人は結一にむかって一礼をすると結のことを気にしているのかちょくちょく後ろを振り返りながらも部屋を立ち去った。
「それで、話とは?」
バタンと音を立ててドアが閉まるのを確認すると、結は結一そう話を切り出していた。
「……テメェは結菜をどう思う」
「結菜ですか」
(親心か?……いや、これは)
結は最初、結一のいう言葉が娘に近付く男を警戒しての言葉、つまり、親として娘である結菜のことを心配しての言葉だと思っていたが、結一の目を見て直ぐにその考えを捨てていた。
「……癖の事ですか?」
「やはり気付いていやがったか」
「はい」
結菜の癖、それが戦いを楽しむ癖だ。
カードゲームの時もそうだったが、今の結一を見る限り、どうやら結菜の癖はゲームだけではなく、本当の戦いの時も同様のようだ。
「結菜は強い。身贔屓無しで俺はそう思っている」
結一の言葉に結は肯定の言葉を漏らしていた。
「その強さのおかげ、いや、せいであいつは今まで幾度の戦闘訓練を、模擬戦闘をさせても戦いを楽しみながらも勝利していた。結菜自身、己の強さを自覚していやがる」
結一はそこまで言うと、表情にありありと憤怒を滲ませながら「しかし」と続けた。
「模擬戦闘で用意出来る人材など、たかが知れている。この世には今の結菜では勝てない奴があまりにも多い。今の結菜ではいつかあの癖と己の力への驕りでその身を滅ぼしやがるだろう」
結は結一に対する認識を変えていた。
結一と結菜の関係は家族とは思えないほど、冷めているように感じたが、それは少し違う。
結一はただ、不器用なのだ。
そして、何より勘違いだ。
結一は結菜のことを心配するあまり、イラつき、言葉が鋭くなっているのだ。
そして、恐らくだが結菜の癖の原因はここにある。
始神家の一家だとすると、娘に幻操師としての訓練をさせるのは通常よりも遥かに早いだろう。
そして、幼い頃に模擬戦闘訓練をさせたのだ。
上手く行くと誰だって嬉しいものだ。それは幼い子供だとすれば尚更だ。
結菜が初めて模擬戦闘訓練をした時、おそらく結菜は相手に圧勝したのだろう。
その時、結菜は歓喜を覚えた。
これは元々相手に圧勝することによって、勝つことの喜びを幼い心に植え付けるための刷り込みだ。
勝利を求めるようにすることによって敗北を、つまり死を遠ざけようとしたのだ。
結菜は父親に、結一に褒めて欲しかったのだろう。
しかし、結一はあんな性格だ。褒めるなんて出来るようには見えない。
相手に圧勝したにも関わらず、褒めてもらうことが出来なかった。
結一が自分に期待していることを結菜は子供ながらも気付いていた。
だからこそ結菜は幼い心をフル回転させて考えた。何がいけなかったのか。
結果は良かった筈だ。
なら残りは一つしかない。
それは過程だ。
その時、結菜は思い出した。
結菜はまだまだ小学校にも通えないほどの年齢だったが徹底的とも言える英才教育によって何学年も先の勉強をしていたのだ。
それは丁度、結菜が数学の勉強をしていたこ頃だ。
発言はいろいろ少しアレな所が見え隠れするが、結菜の頭は決して悪い訳でない。
特に本気になった時の記憶力と集中力は目を見張るものだ。
一足す一は二。
これは算数を習う前からでも大抵知っているであろう算数のルールだが、結菜はこれと同じ感覚でどんなに複雑な計算式だとしても、自慢の記憶力によって全ての問題を計算させずに答えることが出来たのだ。
その時、結菜はその時の教師役からこう言われたのだ。
「結菜様。数学とは答えがわかるだけではいけませんぞ。重要なのは答えである結果とそして過程ですぞ」
結菜はそれを思い出して、どうして結一が褒めてくれないのかを知った。
(過程がダメだったんだ)
結菜はそれから戦う時、過程を重要視するようになっていた。
見ていて綺麗と思うような戦い方、それが結菜の至った答えるだった。
しかし、結菜が褒めて貰おうと過程を重視すれば重視するほど結一は結菜の戦い方に苛立ちを感じていた。
その苛立ちは言葉に表れており、結菜は叱られている気分になっていた。
褒めて貰おうと思ってがんばっているのに怒られる。そう感じていた結菜は次第にストレスを感じるようになっていた。
幻操師にとってストレスは力に直結してしまう重大なファクターだ。
だから結菜は無意識のうちにストレスを発散させる方法を身につけていた。
それが戦いの中でストレスを発散し、戦いそのものを楽しむという今の結菜へと変えてしまったのだ。
つまりは互いの勘違いが悪循環となっていたのだ。
「だが、テメェはちげえ」
「……一体私になんの関係が?」
結菜の話をしていたにも関わらず、突然結の名前を持ち上げた結一に結は眉を顰めていた。
「賢一から話は聞いている。テメェは賢一の部下の一人、奏が立ち上げたエリート集団、【A•G】の一員であり、心装にも至っている。心装に至っているということは、テメェだけの【固有術】にも目覚めているんだろ?しかしテメェは俺たち、【神夜】の継承している術を求めている。つまり、テメェは貪欲に力を求めていやがる。だからこそ、テメェは見込みがある」
結一はそこまで言うと、一旦言葉を切った。
そして、結一はニヤリと悪うと、結にとんでもないことを言った。
「俺の息子になれ、結」
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