5ー25 神夜の長
「そ、そんなに落ち込まないでほしいのですが……」
「だよぉー」
結、双花、結菜の三人でやっていたババ抜きはとうとう終わりを迎えていた。
結果はわざわざ言うまでもないと思うが、結が三位、つまりビリで終わってしまっていた。
ビリが結だということはわかったが、そもそも今やったババ抜きの意味は双花と結菜の二人の間で勝敗を付けるためのものだ。結はついでで参加したに過ぎないのだ。
結と最初に戦うことになった一位とは、
「結ー、元気だしてよぉー」
「結菜。少しだけ待ってあげませんか?結もまさかここまで一方的とは思っていなくて、今はショックが大きいんですよ」
「えー。でも早くやりたいよぉー」
口を尖られて拗ねたように言う結菜に、双花は「言葉遣いがよろしくないですよ?」っと注意していた。
勝負の結末は一位、結菜、二位、双花、三位、結となっていた。
あろうことか結はジョーカーを手にしてから一度もジョーカーを失うことがなかった。
それはつまり、結菜が結からジョーカーを引かなかったということなのだが、策略を巡らせていた双花と違い、結菜は悩む時間皆無で結からカードを引いていた。
結がカードの順番を入れ替えたり、一枚だけ少し出して見たりと色々やったのだが、結局、結菜は結の工作に気を取られずにすぐに迷わずカードを引いていた。
そして、結果はこの通りだ。
惨敗だ。
「全く、理不尽だな」
「あっ!結、復活?復活?ねえねえ復活なの?結ってばぁー!!」
「結菜、少し静かにしてください。騒がし過ぎです」
「えぇー!!いいじゃん!いいじゃん!」
結がため息をついていると、双花と結菜はそんな口論を始めていた。
口論と言っても喧嘩などに類するものではなく、結菜がほぼ一方的に騒いでいるだけで、双花はそんな結菜は若干苦笑いしながら窘めていた。
そんな二人のやり取りを見て結も気付かぬ内に笑っていた。
結菜と話し合った結果、結菜とのバトルは明日することになった。
結菜は今日、それも今から始めようと言っていたが、双花が上手く説得してくれてどうにか明日にもちこすことが出来ていた。
今日のところは雑談でもして互いの理解を深めることになった。
「なるほど。結は【A•G】の者でしたか」
「【A•G】の名前はそこまで広がってんのか?」
「広がってるってレベルじゃないよ!もう伝説だよぉっ!」
結は自分が【A•G】の者だということに二人に話していた。
どうやら二人は賢一から良い対戦相手を紹介するとしか聞いていないらしく、結についての情報は皆無に等しかった。
「あれ?ですが、【A•G】は全員女性ではありませんでしたか?」
「ん?あー、そうだな」
「えぇっー!結って女の子だったのっ!」
「いやいや、違うって」
「それならどういうことですか?」
「んー。明日になればわかるよ」
「明日?明日はバトルだよっ!?」
結が明日のバトルとことを忘れていると思って結菜は焦った様子で大声を出していた。
「忘れてないって。だからそんなに慌てんなよ」
「で、でもー!」
「つまり、明日の戦いの中で見せてくれるということですか?」
「まっ、そういうことだな」
理解し合っている結と双花をよそに、結菜は一人「え?え?」っと混乱していた。
そんな結菜を見て双花はクスリと笑い、結は苦笑いをしつつも、微笑ましい視線を向けていた。
「そろそろ解散しましょうか」
その後短くない時間を雑談に費やしていた結たちは双花の言葉で解散することになっていた。
双花と結菜が自室に戻ろうとしている中、結だけは何処に行けばいいのかがわからずにオロオロしていた。
双花は何度も【神夜】に来ているらしく、自室と言っても過言ではない部屋が用意されているのだが、結は今日が初のご来場だ。
「結。どうかしましたか?」
「えーと、俺は何処に行けばいいのかなーと」
「……そうですね」
微妙に焦った様子を見せている結を見て、気になった双花がそう声を掛けると結は苦笑いしながら答えていた。
双花は思案顔になるとこれは自分が判断することではないと思い、この家の者である結菜に視線を向けると、肝心の結菜は「ふえ?」っと首を傾げていた。
「……結菜。今晩結は何処に泊まればいいか聞いていますか?」
「んー。知らない!」
結菜がババーンとでも擬音が出てきそうな感じて言うと、双花はため息を一つつくと、結のほうに振り返っていた。
「こう言う時は家長に聞くのが一番ですね」
「家長?」
「はい。ここ【神夜】の家長と言えばあのお方しかいないではありませんか。結菜、案内して貰えますか?」
双花が頭だけ結菜の方に向けながらそうお願いをすると、結菜は元気に「わかった!」っと返事をした。
(それにしても、似てるな……)
結が結菜のことをジッと見つめていると、視線に気付いた結菜は「どうしたの?」っと問い掛けていた。
結は「なんでもない」っと誤魔化すと、結菜は「それじゃついて来てねっ!」っと歩き出した。
「ここだよぉ」
結菜を先導にして長い廊下を歩いている結たち三人は、一つの部屋の前まで案内されていた。
「結菜です。今大丈夫でしょうか?」
(敬語っ!?)
結菜がドアをコンコンとノックして中にそう問い掛けていると、敬語を使った結菜に結は驚いていた。
「入れ」
とても低く、威圧感を感じる声が返ってくると、結菜は扉で遮られているため向こうからは見えないにも関わらず、その場で一礼をすると、ゆっくりたドアを開けた。
「失礼します」
「失礼致します」
相手は始神家の一つ、【神夜】の家長、つまり始神家の一角を担っている人物その人だ。
始神家のトップであるそれぞれの家の家長は一人で【幻操師】としてマスタークラスであるRランクよりも一つ上、Gランクに近い力を持っていると言われている。
正式にはGランクでは無く、Rランクなのだが、他のRランクの者たちとは一つ次元が違う力を持っているのだ。
同じRランクとはいえ、Rランクには賢一たち一ガーデンのマスターたちのようなRランクと、始神家の家長たちが持っているRRランクという正式ではない呼び名があるのだ。
「なんの様だ。結菜」
「はい。そのぉ」
「ハッキリ言え。結菜、テメェだろうが容赦はしねえぞ?」
「は、はいっ!本日の客人が今宵寝泊まりする場所がわかりませんでしたのでお聞きしようと思いここまで参りましたっ!」
(なんだこれ。本当に家族なのか?)
【神夜】の家長とはつまり、結菜の実の父親だ。
しかし、今目の前で繰り広げられた二人のやり取りを見た結は、その表情に驚愕を露わにしていた。
部屋の中央にある玉座のような豪勢な椅子で背もたれにどっしりと体重を掛け、足を組み、右肘を椅子のサイドに付け、右手の指の隙間と黒髪の合間から覗く右目と左目は鋭くつり上がっており、その姿は見るもの全てに恐怖を植え付ける程だ。
(まるで、恐怖という存在をそのまま形にしたような。それに、二人の関係は親子というよりまるで……)
王と家来。
そう続けようとした結はその言葉を心の中でつぶやくこともせずに心の奥底に追いやっていた。
ふと結菜の様子を横目で覗くと、
(震えてる)
結菜の体は少しだが、しかし確かに震えていた。
(実の父親に恐怖を覚えているのか?……これは)
カチャリ
「ん?」
結は誰かが入って来たと思い、後ろに振り返るがそこには閉まったままのドアがあるだけだった。
「おい。餓鬼。何をキョロキョロしていやがる」
結は怒気を大分に含んだ言葉を向けられると、結菜を真似するようにその場に跪いた。
「いえ、なんでもありません」
「テメェ、名は?」
「……私ですか?」
「テメェ以外に誰がいる」
「……わかりました。私は結です。苗字はありません。ただの結です」
「結だと?」
結が自分の名前を教えると、結菜の父親、神夜結一は元々鋭い目をさらに鋭くした。
(っ!?これはっ)
次の瞬間。
結の体に突然凄まじい負荷が掛かっていた。
(まるで体重が一気に増えたかのような)
「結っ!」
突然結の全身に掛かった負荷に負け、結は床に全身を縫い付けられていた。
(指一本動かせないっ!ヤバイ!)
結は危機感を覚えていた。
理由はわからないが確実に結一は自分を殺そうとしている。これは確実に結一が、いや、【神夜】が得意とし、継承している幻操術。
【重力操作】
文字通り、重力を自在に操る幻操術だ。
重力というこの世界に生きている、いや生死関係無しに全ての物を支配している力を操る幻操術。
この幻操術があるから、そしてこの幻操術を使いこなすことが出来るからこそ【神夜】は始神家であり、最強の一角なのだ。
【神夜】の力、【重力操作】によって指一本動かせなくなっている結だったが、少しずつ今の事態に慣れてきたのか頭がだんだんと冷静になっていた。
そして、とある違和感を感じていた。
それは、
(【神夜】の力がこの程度の訳がない)
【神夜】の力は本来ならば対象者に加わる重力を上げることによって、触れることもなく対象を重力によって押しつぶしことが出来るのだ。
それなのに、今の結はただ体が動かなくなっているだけで、正直痛みなんて皆無だ。
つまり、
(手加減されてる?)
「ほう。賢一から聞いた通り、ただのカスじゃねぇようだな」
結一が感心したようにそうつぶやくと同時に結の全身に叩きつけられていた圧力が綺麗さっぱりと消滅していた。
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