5ー24 心理戦
やられた。結がそう思った丁度その時、結菜はいつものちょっとおバカな態度から一変して、冷静な目で二人のやり取りを眺めていた。
(多分だけどジョーカーは双花かな。それで多分、今そのジョーカーを結が引いたのかな)
結菜は二人の置かれている状況をほぼ正しく認識していた。
【幻操師】の強さはつまり心の強さだ。
【幻操師】として高過ぎる力を持っている結菜がただのアホの子の訳がない。
いつもの結菜は別にアホの子を演技している訳ではない。
いつもは本当にただのアホの子なのだ。
しかし、それは結菜という少女を構成している一片に過ぎない。
結菜という少女はいつもはアホの子だが、いざ勝負の時になると途端に冷静な戦士へと変化するのだ。
要所で確かで高い集中力を示し、とんでもない切り替えの速さを持つ。それが結菜という少女の本質だ。
双花の策に嵌り、ジョーカーを引いてしまった結はできるだけそれが表情に出ないようにと顔を強張らせていた。
(それでは逆効果ですよ。結)
双花が心の中でそう呟いてしまうのも仕方がないと言うしか無いほどに、結の表情は不自然に強張っていた。
双花の策とは簡単なことだ。
動揺させること。
動揺させて冷静な判断を出来なくすること。
結がカードを引こうとした時、結が引こうとしていたカードはジョーカーでは無いカード、ハートの七のカードだった。
だからこそ、あえて双花はそこで笑顔になったのだ。
双花が最初、結に掛けた言葉。
「さて、ジョーカーはどれでしょうか?」
この言葉によって結は動揺してしまった。
ゲームにおいて、相手が策略に長けており、自分がその策略を見抜く力が乏しい時に最も最善の手はなんだろうか。
それは、無視だ。
相手の反応全てを無視する。
全てを自分の直感に任せるのだ。
策略に長けている相手とゲームをする際には、下手に考えるよりもそうした方が勝つ可能性は遥かに高い。
おそらくだが結はそのことを知っている。いや、気付いている。
そう思った双花は、ゲームが始まってすぐの警戒心が低くなっている時を狙って声を掛けたのだ。
そうすることによって、結の心を乱したのだ。
いきなり心を乱された結は正常な判断が出来なくなってしまい、自分よりも策略に長けているであろう双花を相手に考えて勝とうとしてしまったのだ。
それは悪手だ。
双花の笑みによって結は引くカードを変えようと思ってしまった。
本来ならば相手がカードを三枚持っていた場合、一枚ジョーカーだとしても引く確率は三分の一だ。
しかし、言葉によって選択肢を一つ減らさせることによってその確率を二分の一にまで上げたのだ。
結果、無視すればカードを捨てることが出来たにも関わらず、双花の反応を見て引くカードを変えてしまった結はジョーカーを引くことになってしまったのだ。
ジョーカーは結が引いた為、結菜から何を引いても大丈夫だと確信している双花は何も考えずに結菜の手札からカードを一枚引いた。
結菜は結からカードを引くのだが、結はジョーカーを持っている。
そのことに気付いている結菜は迷わずに一枚のカードを引いていた。
結菜が引いたカードは、
(Jか)
結が全てのカードの片側を持っているということは、つまり結からカードを引く結菜にとっては、カードを捨てることが出来るカードを自分が持っている枚数分だけ確実に相手が持っていると言うことだ。
結菜が引いたのはJ。
もし結菜がJを持っていれば、その地点で結菜の勝利が確定する。
結菜のカード所持数は最初は三枚。その後双花に引かれたことで二枚になっていたのだ。
二枚の状態で一枚引き、もし捨てることが出来れば、次自分がカードを引く前に最後の一枚を引いてもらうことになるため、勝ちが確定するのだ。
結と双花の視線は結菜に注がれていた。
二人の視線に晒される中、結菜は自分が引いたカードを見た瞬間、ニコリと笑った。
(負けた!)
結はそう確信した。
しかし、双花はホッと胸を撫で下ろしていた。
(あの笑顔、二枚揃ったんじゃないのか?なんで双花は安心してるんだ?)
双花の不自然な態度に思わず結が困惑の視線を向けていると、結菜はカードを自分の手札に加えると、
「次は結だねっ!」
「へ?」
結菜はカードを捨てずに笑顔で結のターンを宣言していた。
結菜の行動に結は間抜けな声を漏らしていた。
「あれ?結どうしたの?」
「え?だって……あれ?」
「結は勘違いしていたんですよ」
困惑している結の代わりに双花が今の結の気持ちを結菜に説明していた。
「勘違い?」
「結菜は引いたカードを見た時に笑顔になりましたよね?それは何故ですか?」
双花が結菜にそう問うと、結菜はキョトンとした表情で答えた。
「だって、あそこでカードが揃ったら勝っちゃうもん。ワンターンキルなんて結菜ちゃんの趣味じゃないもんっ」
結菜はカードが揃い、勝ちが確定したから笑顔になったのではない。
むしろ、その逆だ。
カードが揃わなかったから笑顔になったのだ。
ワンターンキルとは主にカードゲームにおいて、最初の自分のターンでその勝負に勝った時のことを言う。
今のは結菜にとって最初のターンと言ってもいいだろう。
ワンターンキルとは奇跡が無ければ起こる確率は低いため、もしワンターンキルを行うと凄い達成感や人によっては感動まで感じるものだ。
しかし、それを嫌う人間もいる。
それがまさに結菜だった。
結菜は戦いにおいてもそうだ。
すぐに決着をつけようとせずに戦いの結果だけではなく、その過程。戦いの最中を楽しむタイプの戦士なのだ。
戦いを楽しむ幻操師。
つまり結菜は戦闘狂の節があった。
結菜の反応を見た結は徐々に冷静さを取り戻していた。
それと同時に、とある感情に支配されていた。
それは虚無感。
結の目からは光が消え去っていた。
そんな結が考えていること、それは。
(次なんて無いのに……)
次なんて無いのに。
この言葉にどんな意味が込められているのだろうか。
結果ではなく、過程を大切にする。
つまり、それは勝ち負けを優先していないのだ。
そんなことをすれば当然勝ちからは遠くなる。
ゲームならば勝ち負けを優先せずとも別にいいかもしれない。
ゲームとはその時を一時的に楽しむためのものだ。
しかし、戦いでそれをしてはいけない。
戦いでの負けとはつまり、
『死』
それはつまり終わりだ。
結菜は【神夜】の者だ。
まだ外を知らない。
今はまだ、守られた空間、つまり温室育ちの戦士でしかないのだ。
それに比べて結は……。
「結。どうかしましたか?」
「え?」
「しっかりしてください。結のターンですよ」
心をどんどん凍てつかせていく結を止めたのは双花の言葉だった。
双花に結を助けたなんて思いは無かった。
ただ、いつまで経ってもカードを引こうとしない結に注意しただけだ。
しかし、双花のその言葉によって結は救われていた。
結は自分の心が凍てつくのを感じていなかった。
だから結は双花に救われたことに気付いていない。
しかし、何処からか舌打ちが聞こえた気がした。
その音が届くことはなかった。
残りカード。
一一枚。
ジョーカーは結。
(さて、ジョーカーは俺が持ってる訳だが、これはこれで気が楽だな)
今回のゲームの負けを所有者に与えるカード、それがジョーカーだ。
ババ抜きで怖いのはジョーカーを引いてしまうこと、すでにそれを持っているのだから結がジョーカーを引くことはない。
……ジョーカーを持っているという真実が揺るぐことなどないのだが。
今の結が持っているのは、一、六、K、ジョーカーの五枚だ。
結菜がJを持っていなかったのだから、片方は双花が持っているはすだ。
今三人が持っているカードのペアで結が持っていないのは先程結菜に引かれたJだけだ。
(つまりJさえ引かなきゃ良い訳だけど……何故だ。確実にJを引く気がする)
結が双花の表情を軽くチラ見すると、双花はニコニコと楽しそうに笑っていた。
(はぁー。ぐだぐだ考えてもどうせ無駄だな。こういう時はアレだな。無心って奴だな)
考えたところで心理戦で敵うわけがないことを悟った結は、目を瞑ると一回深呼吸をした。
「これだぁー!!」
結は目をバッと開くと、勢い良く双花の手札からカードを一枚引いた。
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