5ー23 戦いのための戦い
「さて、そろそろでしょうか」
結、双花、結菜の三人がそれぞれ自己紹介を終えた後、軽い雑談をしていると唐突に双花がそう切り出していた。
「そろそろ?何がだ?」
「わかった!結菜ちゃんと双花のショートコントだっ!」
(ショートコント、つまりお笑いか?)
結菜はまだしも、双花もそんなことをするのかと思い、興味を抱いた結が双花に結菜の言ったことが真実なのか確かめる意味を込めて双花に視線を送っていた。
そんな結の視線に気付いた双花は、軽く微笑んでいた。
(え、マジなのか?)
双花の態度で結菜の言っていることが真実だと思った結は、これから始まるであろう二人のショートコントを楽しみにしていた。
「もちろん冗談ですが」
「……へ?」
「それでは、ショートコント。『泥棒だと思って捕まえたらその部屋の持ち主で泥棒だと思って捕まえた人の方が泥棒だった』」
「冗談だと言ったではないですか」
ショートコントの題名だけでオチを含めた内容がほぼ全てわかってしまうという、お笑いとしては余りにも致命的なミスを結菜が犯していると、そんな結菜にツッコミなのか素なのか、双花は軽く頭にチョップをした。
チョップされた結菜は可愛らしく「あうっ」と悲鳴をあげていた。
「痛いよ双花ぁー。なんで叩くのぉー」
「そうですね。あえて理由を答えるのでしたら……需要と供給……でしょうか?」
両手で叩かれた頭を押さえながら涙目で双花にそう訴える結菜に、双花は考えるように人差し指を口元に当てると、満面の笑みでそう答えていた。
そんな双花に結菜は涙目で「そんな需要も供給もいらないよっ!」と叫んでいた。
「えーと」
「申し訳ありません。ちょっと結菜で遊ぶのが面白くて結のことを置いてきぼりにしてしまいましたね」
「ねえねえ!今、『も』って言った?ねえねえ!『も』って!!」
「少し静かにしてください」
双花は人差し指を結菜の口元に当てると、そのまま人差し指を自分と口元に当てて微笑んだ。
双花にそう言われ、結菜は口を尖らせながらも「わかったよぉー」っと静かにしていた。
「さて、やっと話を戻せましたね」
(話が脱線したのは半分双花のせいだと思うが……)
「それで?そろそろってなんだ?」
「はい。結はなんでここに来たのか覚えていますか?」
「……なるほどな」
結がここに来たのは二人とただ駄弁るためじゃない。
遊びと言う名の、修行をしに来ているのだ。
双花が言いたいことがわかった結は好戦的な笑みを浮かべていた。
そんな結の表情を見て、双花もまた楽しそうに好戦的な笑みを浮かべていた。
「え?え?何これ?」
結菜だけが今の状況を理解していなかったが、それはまあ。結菜だし……。
双花の言葉でここに来た最初の理由を思い出した結は、状況に追い付けていない結菜に今の状況を説明すると、結菜もまた楽しそうに笑っていた。
流石に最初から一対二で戦うつもりは全く無く、最初に誰が結と戦うか決めるために、二人はただのじゃんけんではなく。
「あっち向いてほいっ!」
じゃんけんに勝った方があっち向いてほいの号令と共に上下左右のどちらかに指を向けて、じゃんけんに負けた方が同じくあっち向いてほいの号令で上下左右のどれかに顔を向けて、顔を向けた方向と指を指した方向が同じならばじゃんけんに勝った側の勝ち。そうで無ければもう一度じゃんけんから始めるというゲーム通称『あっち向いてほい』で決めようとしていた。
「あっち向いてほいっ!」
しかし、二人とも【幻操師】として高い実力を持っている、つまり幻力量が半端では無いのだ。
幻力量が多ければそれだけ無意識に行われる身体強化のレベルも上がるため、二人の動体視力は常人のそれを遥かに超えていた。
そのため
「あっち向いてほいっ!」
(終わらねぇー!!)
ちなみに『あっち向いてほい』の号令は結菜だけが言っている。双花はただ楽しそうに微笑んでいた。
じゃんけんは今のところあいこ無しで双花が一方的に連勝しているのだが、結菜のじゃんけんの次に行われる指差しを見事に全て躱していた。
「……はぁー。終わりが見えませんね」
「……だねぇ」
終わりが無さそうなことに今気付いた当人たちは、互いにため息をつくと、双花が「仕方がありません」っと呟いていた。
「あっち向いてほいでは終わりが見えないので、代わりに何かゲームをしましょう」
「ゲーム?何?何?」
「そうですね……トランプなんてどうでしょうか?」
トランプを使ったゲームを色々種類があるが、ゲームの選択さえ間違えなければ決着は割とすぐだろう。
「トランプ?ゲーム内容は?」
「そうですね……ババ抜き……なんてどうでしょうか?」
ババ抜きなら割と早く決着が付くだろう。しかし問題が一つ。
「……二人でやるのか?」
ババ抜きは決して二人でするゲームではないと言うことだ。
トランプは一から一○までの数字とJ、Q、Kのカード、合計一三枚で一組となり、その組がスペード、ハート、クローバー、ダイヤの合計四組と別名ババと呼ばれるジョーカーの合計五三枚で一つのセットになっている。
ババ抜きはスペードやハートなどの絵柄は無視して、同じ数字や同じ記号のカードが二枚になったら捨てていき、最後に一枚しかないジョーカーを持っていた人が負けというゲームだ。
しかし、これを二人でやろうとすると自分が持っていないカードが相手の持っているカードだと言うことが丸わかりになってしまい、本来誰がジョーカーを持っているのか分からずにハラハラドキドキするという楽しさが完全に消失してしまう。
楽しむことを第一とせずに、ただ勝ち負けを決めるためだけなら妥当かもしれないが。
「二人でやる訳がないではありませんか」
「え?そうかの双花!?」
「……結局どっちだ?」
「……結も入れて三人でやりましょう。結菜、いいですね?」
「んー。いいよぉー」
ということで、三人でババ抜きをすることになったのであった。
ババ抜きでは順番に隣にいる人のカードを引くのだが、結は双花のカードを、双花は結菜のカードを、結菜は結のカードをそれぞれこの順番で引くことになった。
(手札は一と六と七とJとKの五枚か。中々良い手札だな)
同じ数か記号が揃えば捨てることが出来るため、手札は最高でも一から一○とJ、Q、Kとジョーカーの合計一四枚だ。
結の手札は五枚、一四枚よりも半分以下で、だいたいだが三分の一ぐらいだ。だいぶ少ない。
(さて、二人の手札は何枚だ?)
双花と結菜のどちらが先に結と戦うのかを決めるためのゲームだが、別に結が一位になっても問題はない。
つまり、結は本気で勝つ気でいた。
(……嘘だろ!)
結が二人の手札は何枚あるかを見ると、結は思わず心の中で叫んでしまっていた。
(な、なんで。なんで二人とも最初から残り三枚なんだよ!)
二人の枚数はどちらも三枚だった。
結が五枚持っているため、それと同じ数字か記号のカードが少なくとも一枚ずつあるため結が持っている以外にカードは最低でも五枚。それとジョーカーもあるため合計六枚だ。
二人が三枚ずつだということはつまり、
(残ってるカードは俺の持ってるカードのペア又はジョーカーだけってことか)
結からすれば一枚引けばジョーカーを引かない限り絶対に一枚捨てることが出来るのだ。
(まだ勝負を諦めるのは早過ぎる)
残りカード、五組とジョーカー。
(ペアの片側は全て俺が持ってるんだ。初手で双花がカードを捨てる可能性はゼロだ)
最初にカードを引くのは結だ。
結が双花の手札から一枚引こうと手を伸ばした時、双花はボソリと喋った。
「さて、ジョーカーはどれでしょうか?」
(こいつ!!)
これは双花の策略だ。
一見、自分がジョーカーを持っていることをただ結にバラしているだけのようにも見えるが、双花が本当のことを言っているとは限らない。
仮に持っていたとすれば、自分から持っているなんて言うわけがないと相手を動揺させることが出来る。
ぶっちゃけ動揺させたからなんだと言いたいところだが、あえて理由を言おう。
(動揺している姿を見るのは面白いですね)
ただの嫌がらせだ。
しかし、あくまでこれは双花が持っていたと過程した話だ。
もしかしたら双花はジョーカーを持っていないかもしれない。
つまりフェイクだ。
これにはなんの意味があるのか、さっきと同様、相手を動揺させてその反応を楽しむというのもあるが、何よりその反応から相手がジョーカーを持っているのかを調べようとしているのだ。
もし結がジョーカーを持っていたとすると、突然相手にこんなことを言われたどう思うだろうか?
(ジョーカーはこっちが持っているのに何言ってんだこいつ?)
となるだろう。
その反応を見れば相手がカードを持っているのかいないのかを一○○%ではないが高い確率で把握することが出来る。
しかし、正直言ってトランプの最中にこんなことを言って相手を動揺させようとするなんて本来ならマナー違反だ。
双花は楽しそうに笑っていた。
おそらく、双花がジョーカーを持っていないとすれば、双花は今ので確信しただろう。
(結はジョーカーを持っていない)
何言ってんだ?とはつまり困惑の感情だ。
相手の言っている意味が可笑しい、だからそういう反応を見せるのだ。
しかし、今の結の反応は困惑ではなく、警戒。
何故警戒するのか。それはジョーカーを引きたくないからだ。
ジョーカーを引くこととはつまり敗北へと一歩近付くことになってしまう。
だから警戒する。
そして、それと同時に警戒はあることを表している。
ジョーカーを引くことを警戒するということは、ジョーカーを今は持っていないということだ。
結がジョーカーを持っていないことを確認し、さらには結を動揺させて楽しんでいる。
たったの一ターン目から流れは双花に寄っていた。
(くそ。ジョーカーが当たる可能性は高くても三分の一なんだ。こうなりゃヤケだ)
結が双花の手札からカードを一枚引こうとし、一枚に指を掛けると。
(笑ってんじゃねえっ!)
双花の表情がいきなり満面の笑みになっていた。
(なんだ、もしかして俺はジョーカーを引こうとしてるのか!?)
結がジョーカーを引こうとしているのならば双花が満面の笑みを浮かべる理由になるが、もちろんそんな簡単なものではない。
結がジョーカー以外を引こうとしているからあえて笑顔になっているのかもしれない。
引こうとした時に相手が笑顔になれば、相手にとって都合の良いカード、つまりジョーカーを引こうとしているのではないかと錯覚する。
結はまだカードに指を掛けているだけだ、まだカードの選択を変えることは出来る。
このタイミングだからこそ双花の浮かべた笑みは効果的だった。
(くそっならこっちだっ)
結は心の中で舌打ちをすると、双花の持っている三枚の内、指を掛けていた真ん中のカードではなく、結から見て右隣のカードを引いた。
結が引いたカードは
(や、やられた)
ジョーカーだった。
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