5ー20 基本と発展
【A•G】の朝は個人で違う。
【A•G】では特にこれと言ってすることはない。
【A•G】の生徒たちがすることは基本的に自主的な修行だったり、自分よりも実力のある生徒、つまり上級生に稽古をつけてもらったりと自由なのだ。
しかし、ずっと自由にしていると、何かは訓練をせずにダラダラと過ごしている人だって現れてしまう。
その対策として、この【A•G】には一年に一度、とある恒例行事がある。
それがーー
「今年も闘技大会の季節だねー」
この一年でどれだけ実力を高めたのかを皆の前で披露する良い機会なのだ。
この一年間、修行や訓練を怠けていたりすると皆の前で恥をかくことにもなりかねない。
何より、闘技大会という互いに競い合う行事を作ることによって個々の競争意識を呼び起こすことも考えられている。
「去年は見てるだけでしたので、今回は楽しみなのですぅー」
雪乃の独り言にも近い小さな言葉に反応したのは、前の大会の時には、任務で怪我をしてしまい、治療のために大会に出場出来なかった六花衆の中で最も新参者の少女、リリチャルド・アルテウス・ファルミニールこと、リリーだった。
楽しそうにしているリリーに、雪乃は乾いた笑い声を漏らしていた。
「雪乃さんは楽しみじゃないんですか?」
雪乃が楽しそうというより、憂鬱そうにしていることに気付いたリリーは、思わず雪乃にそう質問していた。
「去年は散々だったからさー」
雪乃はテーブルに突っ伏した状態のまま、顔だけをリリーのほうに向けると、ため息混じりに言った。
一年前の大会での雪乃の成績は本人が言っているように、本当に散々だった。
闘技大会は恒例行事とは言え、今回の大会で通算二回目となる。
闘技大会はもともと【A•G】が作られて一年の記念のお祭りのようなものだ。
開催は【A•G】が出来てから丁度一年経った日だ。
今回の大会で二回目、つまり【A•G】が出来てから、既に二年目が終わろうとしていた。
闘技大会はトーナメント形式の勝ち上がり性なのだが、雪乃たち六花衆は全員がシードになっている。
【A•G】の生徒全員で一つのトーナメントを戦うのでは無く、上級生用、中級生用、下級生用の三つに分かれているのだが、去年の大会では上級生用トーナメントの人数が少なくて、シードの二人が一回戦で戦うことになってしまったのだ。
その対戦するシードの一人としてうん悪く当たってしまったのが雪乃だった。
雪乃は最初、始めからシード、つまり六花衆と戦えると思って、ラッキーっと思っていたのだが、その対戦相手が悪かった。
記念になる一回目の闘技大会。一回戦の相手の名前は、奏だった。
そう、ぶっちぎりで優秀候補の奏が初戦の相手だったのだ。
結果はわざわざ言うまでも無いだろう。
ダイジェストにお伝えするなら、開始直後に雪乃の糸剣は全て凍らされ、武器を無くした所で雪乃が降参をした。
雪乃の闘技大会は始まる前に終わってしまったのだ。
「今年こそは試合でバカ主をフルボッコにしてやるっ!」
「おいおい、物騒だな」
「……ぬ、主?」
生十会室には結以外のメンバーが既に全員揃っており、開催まで残り一週間を切った闘技大会について話し合っていたのだが、雪乃は結がまだ来ていないことを良いことに、結の悪口を言っていた。
すると、まるでタイミングを見計らっていたかのようなタイミングで結が生十会室を訪れていた。
「えーと、聞いてた?」
「もち」
「……えーと」
「さて雪乃?」
雪乃は結のことを怒らせたと思い、俯きながら全身をガクガクブルブルさせていた。
結に名前を呼ばれ、死刑勧告をされる囚人にも似た思いで「はい」っと震えた声で返事をしながら顔を上げると、そこに映っていたのは、結の満面の笑みだった。
本来なら結が笑顔だったため、安心するところなのだが、雪乃の心情は
(怖い!笑顔が逆に怖い!)
であった。
「ちょっとお話しようか?」
「誠に申し訳ありませんでしたっ!!」
結が満面の笑みのままそう告げると、雪乃は顔を真っ青にすると席から飛び上がり地面に自分の額を擦り付けていた。所謂土下座だ。
「……はぁー、もういーー」
「待て」
結がため息をつきながら、雪乃にもういいから頭をあげろと言おうとした直後、雪羽が黒い笑みを浮かべて結の言葉を遮り、結の耳元で小さく囁いていた。
「なんのつもりだ?」
「少し遊ぶのだよ」
今雪乃な額を床に擦り付けているため、視界は全て床になっている。つまりこちらの状況を伺うことが出来ないのだ。
雪羽はそれを理由して雪乃にイタズラをしようとしているのだ。
雪羽は雪乃に聞こえないように小さくごほんっと咳払いをすると、唐突に土下座している雪乃の頭に片足を乗っけていた。
「っ!?」
(なにしてんだこいつ!)
「うっ」
『雪乃、俺に逆らうとは良い度胸だな』
(なに言ってんだっ!?)
雪羽は土下座している雪乃の頭を踏み締めると、結の声真似を始めていた。
【A•G】で教え合っているのは【幻操師】として必要な事だけではない。
技術と呼ばれる物の全てを教え合っているのだ。
人の声色を完璧に真似る声真似術も教え合っている技術の一つだ。
視覚が使えない今の雪乃からしたら、結に踏み付けられているように感じるだろう。
これでは色々マズイと思い、結が雪羽を止めようと動くと、刹那、小雪が結の背後に現れると後ろから抱き着くようにして結を拘束していた。
「小雪離せ!」と結が言おうとするが、雪が結の前に現れると、雪のように真っ白で綺麗なその腕で雪の口を押さえ付けていた。
(なんだこの連携!雪乃になんの恨みがあるんだよ!)
相談もアイコンタクトすらも無しにこれだけの連携をすると三人に内心感心しながらも、ここまでして雪乃を踏みつける雪羽に結は驚いていた。
驚きというよりも、困惑のほうが正しいだろうか。
(奏っ助けてくれ!)
結が何故か今の状況を傍観している奏にそういう意味を込めた視線を向けると、奏はニコリと笑顔になっていた。
(こんな場面で奏のレア顔見てもなんも思わねぇー!!)
『おい。雪乃?誰に逆らったのか分かっているのか?』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
結の心の叫びも虚しく、雪羽の雪乃に対する責めは続き、気が付けば既に雪乃は暗い目をして、虚空向かってただただ謝り続けていた。
(あー!!既に雪乃の目が死んでる!?)
『どうした?謝るだけか?主に対しての謝罪は言葉だけなのか?』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
雪羽は実に楽しそうに雪乃の頭を踏み付けていた。
暗い目になって謝るだけの傀儡になってしまっている雪乃に雪羽はずっと責めの言葉を吐き続けていた。
結の声で、
「結わかりますか?」
口を美雪に押さえ付けられて、なに一つ話すことの出来ない結の側に近付くと、奏は結だけに聞こえるように小さな声で囁いていた。
結が目で「なんの事だ?」っと訴えると、奏はその表情に一瞬影を映していた。
「あれが雪乃の本心ですよ」
(本心?)
返事が出来ない代わりに、目で訴えてくる結を無視して、奏は一方的に話していた。
「あの一件は覚えていますね?」
結は小さく頷いた。
あの一件。おそらく半年前のことを言っているのだろう。
【幻操師】が強くなるためには幾つかの方法がある。
一つは今使える【幻操術】を練習して、より大規模に、より強く、より速くすること。
他にもこれは奥義になるのだが、心装を習得することや、今持っている法具よりも高性能の法具を手に入れること。
そして、もう一つ。
強力な【幻操術】を手に入れること。
通常ガーデンで教わる基本術と呼ばれるものは全てのガーデンやギルドを束ねている【幻操師委員会】が発表及び公開しているシリーズだ。
しかし、この世にある【幻操術】はそれだけじゃない。
基本があれば応用もある。
基本術を元にして、つまり基本術を改造して新たな【幻操術】を作り出すこと。
改造によって作られた【幻操術】のことを基本術の応用系、素直に【発展術】と呼んでいる。
【幻操師】はこの【発展術】を【幻操師委員会】に登録申請をし、登録が許可されることによってその改造の過程が他の【幻操術】にも施され、新たな基本術となる。
【発展術】を【基本術】にした【幻操師】は新たな【幻操術】を作り出した功績者として、【幻操師委員会】から幾つかの報酬がある。
まずはその【幻操術】の独占だ。
そして、その【幻操術】を誰かが購入する度に多額のお金が入るようになる。
そして、何より名誉が強い。
しかし、【発展術】を【幻操師委員会】に登録しようとする【幻操師】は極めて少ない。
何故かと言うと、極端に言えば、
命はお金では買えないからだ。
新たな【基本術】と聞くと、【幻操術】が発展し、良い事のように思えるが、その実態は【幻操術】という新たな兵器の開発だ。
強力な【幻操術】が作られ、それが世界に広まれば、いつそれが自分の元に跳ね返ってくるかわからない。
自分が作った【発展術】にやられてるしまうなんて、昔は良くあったらしい。
【発展術】とはつまりその者のアドバンテージだ。
それを捨ててまでお金を手に入れようとする【幻操師】は少ないのだ。
ナイト&スカイの名前が一気に世界に広がったのはこのことが関係している。
ナイト&スカイが始めて表に出てきた時、なんと幾つもの【発展術】を公開したのだ。
理由は単純。
【A•G】の皆を食べさせるため。
【発展術】を作り、それを配布し、お金を得る仕事にする者たちのことを【幻工師】と呼んでいる。
しかし、大抵の【幻工師】は自分が兵器を作っている自覚なんてなければ、悪気もない。
ただ純粋に、【幻操術】のそして【幻操師】の発展を目指しているのだ。
言い換えれば、世界の発展を夢見ているのだ。
【物理世界】でも同じことが言える。
新しい技術や新しい試みは毎年のように作り出されている。
作っている本人たちはきっと、より便利により快適に、そういった平和なことを考えているのだろう。
しかし、どうだろうか。
とある島国の技術が他の国では戦争のための道具として使われる。そんなこともあり得るのだ。
現実問題、後十年もしないうちに、そういったことは起こるかもしれない。
いや、ただ知らないだけで、既にそういうことは行われているのかもしれない。
さて、そろそろ話を元に戻そう。
【幻操師】が強くなるには訓練だけでなく、より良い法具や【幻操術】が不可欠となる。
しかし、【幻操術】は基本的に【基本術】しか出回っておらず、それ以外の【幻操術】を扱うためには、自分で【発展術】を作り出すか、または別の方法で【幻操術】を教えてもらうかだ。
半年前、結は賢一に呼ばれていた。
そこで賢一に紹介されたのは、賢一の娘、双花だった。
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次の更新は来週の土曜日となってしまいます。一週間後にまたお会いしましょう。




