5ー18 演技する幻
侵入者の一件が、どうやら優花の勘違いだとわかり、優花が侵入者だと勘違いした少年、結が一体誰なのかを説明するために、優花、雪乃、結の三人以外は部屋に帰し、その三人は一同雪乃の部屋に向かっていた。
雪乃と部屋は優花たちが泊まっている二人部屋とは違い、雪乃だけの一人部屋だ。
雪乃は基本的に生十会室にいるため自室は散らかってはいないのだが、明らかに物が少なかった。
部屋自体は洋室ではなく、畳の和室なのだが、中にあるのは卓袱台一つに座布団が四方に一つずつの計四つ。
それから眠るための布団があるだけで、他には一切なにも無い。
冷蔵庫も無ければ他の私物もまったくないという、女子力が全く感じられない内装に、この中で唯一の男子である結は、内心ため息をついていた。
「まっ、適当に座ってよ」
「相変わらず必要最低限の物すらないんだな」
「なにさー。テーブルに座布団と布団。完璧じゃない」
「客を招いた時に出すためのお茶ぐらいあれよ」
「あっ、えーと」
「お、お構いなく!」
結に痛いことをつかれ、嫌な汗を流しながら、まるでロボットのような動きで客である優花に振り向くと、優花はそんな雪乃を安心させるように責める気持ち零の笑顔で言っていた。
「ほらっ、優花だって大丈夫だって言ってるし」
「お前を庇ったんだよ。それと、客は優花だけじゃないだろ。俺のお茶は?」
「え?なんで結にお茶出さなきゃいけないの?」
結が呆れながら雪乃にそう言うと、雪乃は本当に何のことかわからないと言いたげな表情で答えていた。
「……まぁいい。そろそろ本題に入るぞ」
結は置いてけぼりになっている優花を見て、これ以上話を脱線させ続けるのは流石に良くないと思い、ため息を一度つくと本題に入ることにしていた。
「そうだね」
「で?」
本題に戻ろうとした所で、結は雪乃が説明するための何かをあらかじめ決めてると思い、雪乃に向かってそう問い掛けていた。
しかし、言われた張本人である雪乃は、結の問い掛けに対して「え?」っと疑問の声を返していた。
「……まさか、何も考えてないのか?」
「ちょっと待って。何のこと?」
疑問の声で返事をした雪乃に、結はまさかと思いつつも、確認のために少しわかりやすく聞くと、やはり返ってきたのは疑問の声だった。
(なんも考えてないのか)
結は心の中で盛大にため息をつくと、雪乃にさらにわかりやすいように詳しく言った。
「結花について説明するんだろ?どう説明するつもりなんだ?」
「そんなの実演すればいいじゃん」
雪乃が当たり前でしょ?と言いたげな顔でそう言うと、結ははぁーっと深いため息をついていた。
「今の俺は時間が来た直後だそ?実演なんて出来るわけないだろ?」
結がジト目になりながら呆れた表情で雪乃に言うと、雪乃はそのことを失念していたらしく、「あっ」っと情けない声をあげていた。
「んー。じゃあじゃあ!口説明でいいじゃん!」
「はぁー。このバカが……っと言いたいところだが、もうそれしか方法が残って無いしな」
結は実演ができない以上、それでも仕方が無いと思い、雪乃の提案を了承していた。
「それじゃ説明するぞ?ふぁー」
「結。大丈夫?」
「まだ大丈夫だな。説明するくらいの時間はあるさ」
結が説明を始めようとすると、結は眠たそうな目で大きく欠伸をしていた。
そんな結を心配する雪乃を安心させるかのように、言葉を掛けると、欠伸をもう一つ。
「優花、今から説明するけどいいか?」
「あれ?なんで私の名前……」
「えーと。それも説明を聞けばわかると思うが?」
「そうなんですか?」
結が何気無く優花の名前を言うと、結に名乗った覚えもないのに自分の名前を呼ばれて優花は首を傾げていた。
そんな優花に「そうだよ」っと返すと、結は説明を始めていた。
「俺には特殊な【幻操術】が使えてな」
「特殊?」
「そっ。その【幻操術】の名称は演技する幻」
「ジャンクション?」
「そうだ。ジャンクションの意味としては接続。幻操、演技する幻は己の中にもう一人の自分。つまり別の誰かになりきった自分を作り出し、その自分と己の感覚をジャンクション、接続する術だ」
「……ふぇ?」
結の説明が理解出来ないのか、優花は可愛らしい声を漏らしながら首を傾げていた。
結の能力演技する幻はわかりやすく言うと演技の延長だ。
強い誰かを真似る。
ただそれだけの事なのだ。
しかし、今の結の演技する幻はまだ未完成だった。
最初に結がこの能力に目覚めた時、結が演技対象としたのは【幻操師】として最強の存在である奏だった。
しかし、それは失敗に終わった。
演技する幻は演技する対象、つまりジャンクションの元となる人間を己の幻操領域に登録する際、幾つかの過程を必要としている。
そして、結はこの過程のことを契約と呼んでいる。
結と契約を交わすことによって、結は契約者の力を己の力として扱うことができる。
そして契約に必要なことは大きく言うと二つ。
一つは、契約する者との肉体的接触。
この場合、肉体的接触とは皮膚と皮膚で直接触れ合うことだ。
肉体的接触と言っても、そこまでのことをするわけでは当然なく、握手する程度でいいのだ。
皮膚の接触面積が広かったり、常識的に考えてより深い接触をすることによってその契約は強くなり、契約者の力をより引き出すことができるようになる。
そして、もう一つの過程とは結の感情だ。
正確に言うと、結の激情。
一度触れるだけで契約は完了する。
しかし、契約したからと言ってその力を自在に引き出せるわけでは無い。
結がその力引き出すために必要とする鍵こそが激情なのだ。
【幻操師】の力は心の力で、【幻操師】は激情に駆られることによってその力を大幅に増大させることができる。
しかし、力とはただ闇雲に発するだけでは意味は無く、激情に駆られ強大な力を一時的に得たとしてもそれをうまくコントロールする理性が無ければなんの意味もない。
激情に駆られ理性もなくなり、敵味方、自分すらも関係無くに暴れ回る状態のことを暴走と呼んでいるが、結はこの暴走状態で生まれる強大な力を利用したのだ。
結が激情に駆られ、力が一時的に増大すると、本来ならば暴走してしまう程の力の全てを使って、契約者の力を引き出すのだ。
一に触れ合うこと。
二に激情に駆られること。
この二つが結の能力演技する幻を発動するために必要なことだ。
しかし、最初にも言ったが、この術はまだ未完成だ。
結は演技する幻の契約者として奏選んだ後、奏に頼んで肉体的接触、手を繋いだり、軽く抱き締め合ったりと、そんなことをした。
これで第一段階は完了した。
いや、したはずだった。
疑問に思わなかっただろうか?
契約とは本来対等の者だ。
結は契約することによって契約者の力を扱う、言い換えればコピーすることが出来るのだ。
ならば、契約者にはどんな利点があるのだろうか?
契約によって契約者の力を引き出す。
この引き出すには二つの意味が込められている。
一つは結が契約者の力を引き出すこと。
そして、契約者の潜在能力を引き出すということ。
結の能力はただ相手の力を一方的にコピーするだけじゃない。
その代わりに、相手の潜在能力を覚醒させるのだ。
結はこの能力を作る時に、ある状況を想定したのだ。
ある状況とは、自分では絶対に勝てない敵との遭遇。
もしそんな状況になったら、一体どうすればいいのだろうか?
結が辿り着いた答えは、
「それなら敵の力をそのまま己の力にすればいい」
たとえ相手の力が自分の一○○倍だったとしても、その一○○倍の力を自分も手に入れてしまえば、元々自分の持っている一の力を足して合計一○一だ。
一○一対一○○なら勝てる。
こうすることによって結は絶対に相手の上に立てるように能力を作ったのだ。
しかし、契約には契約者の力を上昇させてしまうという欠点があった。
そして、結はその上昇した力をコピーすることができなかった。
最初は一対一○○であり、
演技する幻によってそれが一○一対一○○となり、
相手の力が増すことによって一○一対三○○になる。
絶対に相手よりも有利な状況を作り出そうとしたにも関わらず、結果は相手をさらに強くしてしまうということになってしまった。
しかし、それすら結の想定内だった。
むしろ、結はそうなることを望んでいたのだ。
【幻操術】とは【幻操師】があって欲しいと願い、祈った能力が世界によって世界の言葉、幻操式によって構築された幻操陣を発現させたものを法具に記録することによって出来上がる。
つまり、【幻操術】とは【幻操師】が強く願うことによって世界が作り出し、世界が【幻操師】に与えているのだ。
世界が【幻操師】に【幻操術】を与えるこの現象のことを我々は光の降臨と呼んでいる。
世界に新しい【幻操術】を願う時には幾つかのルールがある。
それは、新しく作ろうとしている【幻操術】がバランスを持っていること。
バランスとはつまり、その術のメリットとデメリット、リスクとリターンのことだ。
強大な【幻操術】を作ろうとすると、その代わりに強大な幻力を必要とする。
これもバランスだ。
幻力の使用量が増えるのではなく、わかりやすいデメリットがある場合など、その【幻操術】が扱い辛かったり、大きなリスクを背負う場合、その【幻操術】は果てし無く強大なものとなる。
新しい【幻操術】を願うと、願った【幻操術】を発現させるためのデメリットやリスクが自動で決められる。
もちろん、作る段階で予めデメリットやリスクなどを設定しておけばそれでいいのだが、例えばそのデメリットやリスクがメリットとリターンと釣り合わない場合や、そもそもデメリットが存在しない場合の時には、其れ相応のデメリットやリスクがつけられるのだ。
そして、結はこの現象を利用したのだ。
元々この能力は自分よりも強い相手と戦う時に使うものと設定し、相手の能力をそのままコピーすることによって元の自分の力と足すことによって全ての敵に勝てるようにする術。
結はこう設定したのだ。
そして、そのデメリットとして発生したのは相手の強化。
相手よりも強くなるための【幻操術】なのに、相手がさらに強くなってしまう【幻操術】、これはあまりにもリスクが高い。
こうすることによって演技する幻は作り出すことに成功したのだ。
しかし、結は元々この能力を最初に設定した通りに使うつもりなんて全くなかった。
それはそうだ。
何故なら、身近に最強の【幻操師】がいるからだ。
そしてその最強の【幻操師】こそ奏だ。
無事に演技する幻を作り出した結は、さっそく奏と契約をした。
しかし、演技する幻によって出来上がった幻人格は奏では無かった。
演技する幻によって生まれたのは結花という幻人格だった。
契約によって奏の力は増大した。
しかし、結には奏の力をコピーしてもそれを外に発現するだけの実力が無かったのだ。
そうして生まれたのが奏の劣化版とも言える幻人格、結花だった。
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