5ー12 天使の庭
「【A•G】?」
結花たちが己の所属、【A•G】の者だと明かした時、そして【A•G】がどういう存在なのかを聞いたことのある優花は、その目を大きく見開いて、唖然としていた。
「【A•G】?お姉ちゃんは知ってるの?」
「本拠地も、素性も、姿までも全てが謎に包まれた集団。依頼の報酬は財力の余裕がある者からしか受け取らない。【幻操師】を目指している人からすれば、憧れの集団だよ」
「えぇー!それって無償で働いているって事だよねっ!!」
「ええ。その通り。無償で働いているのに仕事の出来は完璧、実力だってさっき見た通り相当高い。【A•G】に所属する人間は、全員が純白のコートと純白の仮面が姿を隠してるって聞いてましたけど、まさか、本当だったなんて」
【A•G】。
それが奏が新しく作ったガーデンの名前だ。
奏たち一組のほぼ全員が入学したおかげで、設立されてたったの一年間で【幻操師】を目指している者になら、その全員が名前を知るくらい有名な一団となっていた。
基本的に仕事をする時は大きめのフードが付いている純白のコートと純白の仮面で身を覆い、体型も姿も全て隠した状態でいる。
【宝院】の地下に広がっている【A•G】に戻る時も、尾行されないように最新の注意を払っているため、所在地もバレていないのだ。
「私たちの正体はこれで納得した?」
【A•G】の平均ランクはAと言われているほどに、一人一人の実力が他のガーデンとは桁違いだ。
他のガーデンが生徒数全学年を合わせてニ○○○人以上いるのに対して、【A•G】は総勢三○○人にも満たないのだが、一人一人の高い実力のおかげでその保有戦力はたとえセブン&ナイツの一角と戦うことになっても大丈夫なくらいだ。
その【A•G】の者だとわかり、優花は優花たちの実力に納得していた。
「そういえば、さっき何番隊とか言ってましたけど、あれは一体?」
優花の質問に結花は快く説明を始めた。
「【A•G】には一番隊から七番隊まで、七つの部隊に分かれてる」
「例えばあたしは四番隊」
「リリーは七番隊ですぅー」
「なんで分かれてるんですか?」
優花は首をちょこんと傾げ、疑問顔でそう聞いた。
その質問に答えたのは雪乃だった。
「それはね。指揮系統をはっきりさせるためだよ」
「指揮系統?」
「あたしたちは人数が少ないからさ。他の大規模なガーデンに対抗するためには何より連携が大切なんだよ。表部隊、総勢七人の隊長が、それぞれの部隊で選んだ数人の師団長を指揮して、さらにその師団長が数人選んだ生徒長を指揮して、生徒長はそれぞれ担当の生徒を指揮する。他のガーデンでも学年とかクラスに分けてあるでしょ?あたしたちはそれをもっと細かくしたのよ。そうすることによって情報伝達も早くなるし、一人が担当する生徒は十人いかないから、担当生徒の癖を理解して的確なアドバイスが出来るしね」
雪乃の説明に優花はなるほどと首を振っていると、途中で「あれ?」っと首を傾げていた。
「どうしたの?」
「その、さっき隊長って聞こえたような気がしたのですが?」
あれれと考え込んでいる優花に、雪乃が声を掛けると、優花は恐る恐るといったふうに聞いていた。
「あー、うん。そうだね。ここにいるあたしたちは全員隊長クラスだよ」
「……」
隊長クラス。
つまり目の前にいる子たちは、その気になれば一国を攻め落とすことが出来る戦力を動かせる権限を持っているということだ。
優花はその真実に嫌な汗を流していた。
「あのー、皆さんが隊長?つまり、一番偉い人って事ですよね?」
「まー、そうね。他の隊について口出しする権利は無いけど、自分の持ってる隊ならトップよ」
「それなら、どうして梨花たちの家に向かって下さった奏さんの言うことを素直に聞いてるんですか?恐らくですが、奏さんも皆さんと同じ隊長?なんですよね?同じ隊長でも序列ってあるんですか?」
「あぁー。んー、言っちゃっても大丈夫かな?」
梨花の質問に答えようとした雪乃だったが、今ここにいないメンバーについてだったため、話していい物かと思い、優花にそう問い掛けていた。
「大丈夫ですよ」
結花が短く答えると、雪乃は「了解」っと説明を再開していた。
「序列はあると言えばあるし、無いと言えばないね。基本的に隊長はみんな同じランクだけど、【A•G】全体で二人だけは例外なんだ」
「例外、ですか?」
「そっ。その例外の一人こそが一番隊及び総隊長の奏ってこと」
「えっ……も、もしかして、奏は【A•G】のトップ、リーダーなんですか!?」
「そう、かな?」
雪乃は言葉を濁すと、横目で結花のことを見ていた。
雪乃の視線に気付いた結花が「なに?」っと聞くと、雪乃は少し焦った表情で両手を振りながら「なんでもないっ!」っと言っていた。
「あっ、例外が二人ってことは、もう一人いるんですか?奏さんがリーダーなら、副リーダー的な人なのですか?」
「んー。これは言ってもいいのかな?」
「はぁー。私に聞かないで」
「だって〜」
「梨花さんと優花さんはいい人なのですぅー。言ってもアフレコにしてくれますぅー」
「二人に念のため言っておく」
結花は突然二人にそう声を掛けると、次の瞬間、全身から針で刺すような強く重い、そしてなにより怖い殺気を向けていた。
「「ひっ!」」
梨花と優花の二人は、歯をガチガチと鳴らしながら、その顔に恐怖を浮かべていた。
少しでもなにか安らぎとなるものが欲しいのか、二人は互いの体を強く抱き締め合っていた。
怖がる二人に、結花は冷たい視線を向けながら話し出した。
「ここで得た情報を誰か、例え家族の誰であろうと話しては駄目。周りに人がいないからと言って、二人で今日のことについて話すのも駄目。もし私たちの情報があなたたちから漏れた場合は……わかるよね?」
「「ひぃーーー!!」」
最後の一言を言った瞬間、殺気をさらに濃くすると、梨花と優花の二人は全力で怯え始めてしまっていた。
「誰にも話さない?」
「「話ませんっ!」」
「話題にしない?」
「「話題にしませんっ!」」
結花の確認に、梨花と優花は背筋をピンと伸ばして、敬礼もオマケでしながら答えると、結花は「よかった」っと小さく答えると、今まで放出していた、それだけで人を殺せてしまえそうな殺気を引っ込めていた。
「あー。うん。一応あたしからも一言ね?……結花だけは怒らせない方がいいよ……」
「……そうなのですぅ。前に間違えて怒らせちゃった時なんて、五時間正座させられちゃいましたのですぅー」
「……肝に銘じておきます」
「……ます」
いつもおとなしい子が怒った時が一番怖い。それを身を持って体験した梨花と優花は、結花だけは怒らせないと心に誓ったのだった。
結花が殺気を発したことが原因で、緊張していた二人だったが、雪乃とリリーがチャチャを入れたおかげで、どうにか元に戻っていた。
「ふわぁー」
「あれ?結花もう時間?」
「そうみたい。ふわぁー」
今まで普通だったのに、突然大きな欠伸をし、眠たそうな目になった結花を見て、結花の時間が来たことを悟った雪乃は、どうにかしてあげようと思うが、なにも思い付かないでいた。
「んー。我慢出来る?」
「……無理」
「じゃあ、部屋まではあたしが運ぶから、ほらここで寝ちゃいな」
雪乃が自分の太ももをポンポンと叩きながら結花に差し出すと、結花は小さく「ありがと」っとお礼を言うと、素直に雪乃の膝枕で眠っていた。
「あ、あのー、結花さんはどうしたんですか?」
「ん?ちょっとした事情があってさー。てことで、見ての通り結花が眠っちゃったから、解散しよっか」
「二人はどうするですぅー?」
「奏は今いないし、結花も眠っちゃったから、代理として決定権はあたしたち六花衆にあるからね。あたしの権限で中で泊まってもらうよ。てことだから、今日はここに泊まってね」
「わ、わかりました」
「あっ、部屋はどうする?別々?二人部屋?」
「どうする梨花?」
「梨花はお姉ちゃんと一緒がいいです!」
「じゃあ、二人部屋をお願いします」
「了解ー」
雪乃は自分の膝でスヤスヤと眠っている結花をおんぶすると、この小部屋に入ってきた扉と反対の位置にある扉に向かった。
この部屋は【A•G】の玄関のような場所だ。
【A•G】の存在を知っている者が訪れた場合、大抵はこの小部屋まで案内して、この小部屋で要件を全て終わらせるのだ。
地上である【宝院】と地下にある【A•G】の間には、全ての出入り口にこのような小部屋があり、たとえ【宝院】の人間でもこの小部屋より先に入ることは許されない。
【A•G】は地下十階建てと言ったが、それぞれの階層の移動手段は階段ではない。
【幻理世界】ではほとんど科学が発達していない。
だから、電化製品などはこちらには存在していないのだが、この【A•G】はその限りではない。
なぜなら、この【幻理世界】は科学ではなく【幻操術】が発展した世界だ。
【物理世界】で発達した科学で出来るのに、その対として存在し、【幻操術】が発展している【幻理世界】でそれを再現出来ない訳がない。
【A•G】内は多くの法具を使うことによって、【物理世界】の如く発達した空間になっている。
むしろ発達具合は【物理世界】以上だろうか。
幻力と式があれば、ほとんどのことが出来てしまう【幻操術】という概念がある【幻理世界】では、科学で出来なかったことを再現することが可能なのだ。
まだ【幻理世界】全体に普及しているわけではないが、この【A•G】にはナイト&スカイという天才【幻工師】が四人もいるのだ。
結果、この【A•G】内部はまるで近未来のような印象を受ける。
小部屋に入って来た時と同様、扉のそばに付けられている、今度は小さなモニターのようなものに暗証番号を入力した後、指紋認証という他には確実にないセキュリティーを通ると、これまた入って来た時と同様、ウィーンという機械的な音と共に扉が両サイドにスライドしていった。
小部屋の隣にあったのは、またもや正方形の小さな部屋だった。
いや、部屋というよりはまるで【物理世界】にあるエレベーターの中のような場所だ。
入り口は入って来た所を含めて、面に一つずつ、合計四つの扉があった。
エレベーターのようとは言ったが、それはあくまで例えであり、その広さはエレベーターの規模ではない。
機能的にはまさにエレベーターと言えるのだが、内装的にはさっきの部屋とほとんど変わりがない。
広さは学校の教室ぐらいだろうか、ドリンクバーが二つ、その隣には軽食の自動販売機が三種類が一つずつの計三つ。
部屋の中央には座るためのソファーが向かい合った状態で四つ備わっており、その中心にあるテーブルの上にはさっきまで誰かいたのだろうか、食べた終わった容器が置いてあった。
「二人はどこに泊めるのですぅー?」
「三階だよ」
「三階ですぅっ!?三階は副隊長以上の幹部エリアですよぉー?」
「二人はあたしたちの客よ?当然でしょ?」
「わかりましたですぅー」
エレベーターのように、扉のサイドにズラリと並んでいるボタンを前にして、リリーは雪乃に問い掛けていた。
ボタンは二つのブロックに分かれて配置されていた。
上下に分かれているブロックの上側には、横に一列、左から右に連れて一、二、三、っと十までの合計十個のボタンがあった。
下側のブロックには、一番左の縦列に、上から一、二、三っと数字が合計三つ並んでおり、その左側には○から九までの数字が刻まれたボタンがズラリと並んでいた。
上から1列目と二列目は○から九まであるのだが、一番下、三列目には○から一まで、のたった二つのボタンしかなかった。
縦に並んでいる三つの数字はその桁数だ。
一番上、つまり一の列は一桁目。
上から二番目の列は二桁目。
そして、一番下の列は三列目を表している。
上側のブロックは階数を表し、下側のブロックは部屋番号を表しているのだ。
【物理世界】のエレベーターは上から吊られているのだが、ここのエレベーターはそうではない。
【幻操術】を使い、浮かんでいるのだ。
吊られていないということは、上下運動だけでなく、左右の動きもできる。
【A•G】はこのエレベーター部分を中心にして、十字状にエレベーター用の通路があるのだ。
エレベーターの扉は、そのまま部屋へと通じる扉にもなっているのだ。
雪乃の返事を聞いたリリーは、上側のブロックから三を。
下側のブロックからは、一の列から順に、三、五、○と押していた。つまり、○五三の部屋だ。
リリーがボタンを押し終わった途端、エレベーター特有の浮遊感に包まれ、慣れている上下の浮遊感のあとは、まるで電車に乗っているかのような、左右の浮遊感が訪れていた。
浮遊感が終わると、扉の上のランプが点灯していた。
このランプは着いたことを知らせるランプであり、エレベーターが止まったことを表している。
ランプが光ったのを確認したリリーは、ボタンの下にあるモニターで暗証番号と指紋認証を終えると、ウィーンという音と共に扉が開き始めていた。
「ここが二人の部屋ね。用があったら部屋の中にある電話使ってね。部屋番の一覧は電話のすぐ側に置いてあるから。それと部屋の中は好きにしていいよ。それじゃあね」
雪乃はそうやって梨花と優花を見送ると、結花の部屋に向かった。
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