5ー10 姉妹愛
龍型イーターを撃退し、無事に優花を保護した結花たちは、雪乃たちと合流していた。
「お姉ちゃんっ!」
「梨花?梨花なの?……梨花っ!」
雪乃は抱き上げていた梨花を降ろしてあげると、梨花は降ろして貰った途端、優花に向かって走り出していた。
優花は最初、梨花の声が聞こえても、ただの幻聴だと思っていた。
それもそのはずだ。
優花は梨花の診断が誤診だったことを知らないのだ。
死へと至る病である幻一化症候群であるはずの妹が、こんな魔境にいるなんて、夢にも思っていなかっただろう。
視界に梨花を捉えた優花は、目から大粒の涙を零しながら立ち上がると、走ってくる梨花のことを、強く、ただ強く抱き締めていた。
龍型イーターを撃退し、優花と梨花を再会させた時、二人とも大泣きをして、互いに激しく抱き締めあっていた。
あの時の二人の表情を、忘れることはできないだろう。
「みなさん。本当にありがとうございましたっ!」
「ありがとうございましたっ!」
結花たちは、梨花と優花から、これでもかというくらいにお礼を言われた後、雪乃の提案で、先にここから脱出することにしていた。
北幻峡から脱出した、結花、奏、雪乃、リリー、梨花、優花の六人は、北幻峡から最も近い場所にある街に立ち寄っていた。
「それにしても、二人とも無事に再会出来て良かったわねー」
「本当なのですぅー」
「この度は本当に危ない所をありがとうございました」
「ありがとうございましたっ」
雪乃とリリーが、しみじみと語ると、それに反応した優花と梨花が、再びお礼の雨を降らしていた。
「あははっ。いいっていいって」
「どうして雪乃さんが得意気なんのですぅ?」
「雪乃はほとんど何もしていませんね」
「そ、そんなぁー」
梨花と優花が感謝をしていると、雪乃は得意気に胸を張っていた。
そんな雪乃を見て、リリーは純粋な目を向けていた。
梨花を助けるために、リリーと二人で、龍型と戦っていたのだが、雪乃と一緒に戦っていたはずのリリーも、どうやらそのことを忘れてしまっているようだった。
そんなリリーに奏が軽く笑いながらノルと、雪乃は項垂れていた。
「立ち話もなんですので、近くのカフェにでも入りませんか?」
「賛成なのですぅー!」
「私も少し疲れた……かも?」
適当に街の中をぶらぶらしながら喋っていた一同だが、奏の提案で近くのカフェに入ることになった。
この街は、名前を【アフタトル】と言い、北幻峡という魔境が近くにあることもあって、ギルドやガーデンなどの、高い戦力を持った組織が多く存在している。
魔境は確かに厄介なところだが、実際問題、魔境から出てくるのは魔境の中いる中型などの上位イーターから捕食されるのを恐れ、逃げてくる下位イーターばかりだ。
逆に上位イーターなどは、魔境の幻力溜まりを求め、魔境に集うため、この周辺に上位イーターはいないと言ってもいい。
しかし、時々魔境から一斉に上位イーターがなだれ込んで来ることも、たまにだがあるので、ギルドやガーデンを始め、防衛のための戦力を欲しているのだ。
周辺には下位イーターしかいないという環境のため、駆け出しのギルドメンバーや【候補生】にはうってつけの場所なのだ。
各地からギルドやガーデンが集まって来るため、この街には人が多く集まっており、前に立ち寄ったあり、リリーと出会った場所でもある【テニント】よりも栄えた街だ。
ギルドメンバーや【シード】、【候補生】が多くいるこの街には、戦いに疲れた戦士たちが体を休めるための店も多く建っており、結花たちはそんな店の一つ【戦士のオアシス】というカフェに入った。
「梨花と優花の救出を祝って、かんぱーい」
「か、かんぱーいなのですぅ」
「……」
「えっ!?無言っ!?なんでリリーしか返してくれないのっ!?」
カフェに入った結花、奏、雪乃、リリー、梨花、優花の六人は、それぞれ飲み物を注文すると、雪乃が立ち上がり、音頭を取っていた。
雪乃の気遣い、リリーは戸惑いながらも返していたが、結花と奏はこれを完全に無視して、注文した紅茶を啜っていた。
梨花と優花に至っては、ここの支払いを結花たちが全て奢ると言ったため、緊張してなのか固まっていた。
「店内ではお静かに、習いませんでしたか?」
「習ってないよっ!そもそもここは騒いでもいい場所だよっ!?むしろ、最も騒ぐべきだよっ!周り見て見なよっ!」
雪乃の言う通りに、周りを軽く見回すと、周りにはギルドの一団と思われる団体や、こちらはギルドの【シード】たちだろうか、取り敢えず、騒いでいる団体が多くあった。
「無理して周りに合わせる必要はありませんよ」
「私には、私たちのペースがある、違う?」
「……違くないけどさぁー」
雪乃は文句を言いながらも、冷静になったのか、静かに着席していた。
「あのー」
ずっと黙り込んでいた優花が、恐る恐ると言った風に、手を上げながらそう声を掛けていた。
「どうかしましたか?あぁー、雪乃の頭が残念なのは昔からですので、大丈夫ですよ」
「昔からって何!?そもそもあたしの頭は残念じゃないよっ!?」
「本人はこう言ってるけど、照れてるだけだから」
「待ってっ!結花、それは可笑しいっ可笑しいよっ!?照れってなに?どこに照れる要素があった!?」
「そろそろ優花さんの話を聞いてあげて下さいなのですぅー」
「あっ」
優花のことを忘れ、雪乃をからかうことに夢中になっていた結花と奏の二人は、リリーの言葉で優花のことを思い出していた。
無視されていると思ったのか、優花は少し涙目になっていた。
「えーと。はい、なんですか?」
奏はわざとらしく咳払いをすると、何事も無かったかのように優花に聞いていた。
「あのですね。その、私はこれでも、昔【幻操師】を目指していたこともあって、イーターについては多少知っているのですが、皆さんが撃退した龍型のイーターって、上位それも超級ですよね?超級を、それもほとんど一人で撃退してしまうあなた方は何者なんですか?」
優花はその目に多少の疑念を含めていた。
超級と言えば、その戦闘能力は【幻操師】のS級以上だ。
そんな龍型を、ほぼ一人で、それも軽く押し退けてしまった結花たちに疑念を思うのも当然だ。
それも、結花たちはまだまだ十代に成り立ての子供だ。
自分とそんなに年の変わらないのに、それだけの力を持っている結花たちを不思議に思うのは、当然といえば当然だ。
「あー、なるほど。そのことかぁー」
雪乃は困ったような声を出すと、奏に視線を向けていた。
雪乃に目で助けを求められた奏は、小さくはぁーっとため息をついていた。
「仕方がありません。あなた方には二つの選択肢をあげましょう。一つは、今の質問を忘れて、私たちのことも忘れる。もう一つは、私たちを信じて、一緒について来て下さい。着いて来るのでしたら、その質問にもお答えしましょう」
奏の提案は、正直言って、余りにも怪しかった。
優花の頭の中には、何故ここで言えない?何故忘れさせようとする?などの疑問に、いや、疑念に満ちていた。
「どうしますか?」
「……」
「信じて着いて行きますっ!」
「梨花?」
奏が優花に再び問うと、優花は口を閉ざしてしまっていた。
そこで優花の代わりに口を開き、答えたのは、妹である梨花だった。
「皆さんは危険を冒してまで助けてくれましたっ!そんな皆さんが悪い人の訳ないですっ!」
梨花の揺るがないその意思に、姉の優花は驚いていた。
優花が驚く最大の理由、それは
(この子が自分の意思をこんなにハッキリ言うなんて)
社交性が強く、行動力のある姉、優花と違い。妹の梨花は、まるで優花と対になっているのではないかと思うくらいに、その性格は真逆だった。
梨花は内気で、閉じ籠り気質があった。
それと同時に、自分の意思を外に出すのが苦手な子だったのだ。
そして、なにより、人見知りだ。
相手は同じ女性とは言え、まだ会ってからそれほど経っていないにも拘らず、こうも自分の意見言えるようになっている梨花に、優花は驚いていたのだ。
(私を助けるために、一人でここまで来たらしいし、梨花、私の知らないうちに、変わったんだね)
姉である優花は、そんな妹の成長を嬉しく思うと同時に、ちょっぴり寂しくなっていた。
「……わかりました。それなら、着いて来て下さい。ここからだと少し遠いのですが大丈夫ですか?」
「梨花が行くと言うなら、私も行きます。梨花、どうする?」
「い、行くっ!お父さんとお母さんには心配掛けちゃうかもだけど、ついて行きますっ!」
梨花が自分の意思を表明すると、優花は嬉しそうな顔で「そう」っと呟いていた。
「わかりました。あなた方の覚悟、しかと受け取りました」
「奏、私が行こうか?」
「いえ、結花はそろそろ時間では無いですか?」
「……うん」
「途中で時間切れしたら大変です。結花はこのまま、雪乃、リリー、梨花、優花を連れて、ガーデンに戻って下さい」
「わかった」
「ちょっと待って!結花はって、奏は帰らないの?」
結花と奏が話している内容がさっぱりだった雪乃は、慌てた様子で聞いていた。
雪乃だけでなく、他のメンバーは全員話について来られなかった様だった。
「はぁー。梨花が言ってたでしょ?連絡も無しにどこかに行ったら、両親が心配するって。私たちの正体をここで言えないのは私たちの都合。私たちの都合で二人の両親に心配をかけることになるのは駄目。だから、二人の両親がどこにいるか知っている私と奏の内、どちらか一人が連絡をしに行く。そのための相談。オーケー?」
結花がため息混じりに説明をすると、雪乃たちは納得したらしく「なるほど」っと手を打っていた。
「それでは、私は行きますね」
「いってらっしゃい。早く戻ってきてね?」
「クスッ。分かっています」
奏はそう言い残すと、梨花と優花、二人の両親に、娘さんを無事保護したことを伝えるべく、全力で走り出していた。
七花は身体能力に特化している菜々以外も、その身体能力は十分過ぎるぐらいに高い。
そのため、奏の移動は雪乃やリリー、梨花や優花、つまり結花を除いたメンバーには、まるで急に消えたように見えていた。
「き、消えた」
「はぁー。姫は相変わらず速いよねぇー」
「ま、全く見えなかったのですぅー」
「リリー、安心しなさい。姫と全力についてこられるのは、今じゃ結花ぐらいだから」
「は、速いって、まさか今のって……」
「そっ。ただ速く走っただけだよ。瞬間移動なんて、あたしたち【幻操師】でも出来ないもん」
ファンタジーでは定番とも言える、瞬間移動という技術は、まだ作られてはいなかった。
そもそも、【幻操術】は幻を操る術だ。
【幻操術】は例え【幻理世界】だとしても、エネルギーを持った幻に過ぎないのだ。
瞬間移動なんて、そもそも出来ることではない。
しかし、『身体強化』を始め、『火速』などの『速』シリーズがあるため、【幻操師】のスピードは【幻操師】ではないものからすれば、急に消えているようにしか見えない。
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