5ー9 七花
「結花?」
優花は自分を助けてくれた人に、名前を聞き直していた。
「……ユウリさんじゃない?」
「だから、ユウリって誰?」
優花が何度も呟く、ユウリという言葉が、気になりながらも、結花は今すぐここから離れることが最優先だと判断し、優花をお姫様抱っこすると、一飛びでその場から離れていた。
「奏、優花を救出した」
「その様ですね。あの大きな爬虫類の化け物は、私に任せて下さい」
「一人で大丈夫?」
「私を誰だと思っているのですか?それに、どうやら菜々も暴れた様ですし」
「……はぁー。程々にね?」
結花がため息をつきながら言うと、奏は「もちろんです」っと短く返し、龍型へと振り向いていた。
「また貴様らかっ!ワシの邪魔をするでないわっ!」
「それは無理な相談ですね。残念なことに、私たちはあなたたちの欲望を満たすよりも、この子を助けることが最優先事項ですので」
奏の淡々とした、冷静で冷たい物言いに、龍型イーターは怒りを感じているのか、口を大きく開けると、耳を劈くような叫び声をあげていた。
「全く。うるさい爬虫類ですね。ですが、良いですよ。中々の調子で、私にも、怒りが溜まって来ました」
奏は小さく微笑むと、目を瞑って、胸の前で両手の平を合わせていた。
『七花天輪・菜々』
目を瞑り、棒立ちになっている奏を見て、今こそ好機だと思った龍型は、巨大な翼をはためかせると、その巨大で鋭い爪を、奏にむかって、振り下ろしていた。
ギンッ
龍型が爪を振り下ろすと、まるで硬いもの同士が当たったかのような、金属音が響いていた。
「ほう。この程度の一撃で、私を殺れるとでも思ったかっ!!」
奏がいつも結ばずに垂らしている長い黒髪を、ポニーテールにし、巨大な大剣を氷によって作り出した菜々は、大剣を片手で頭上に掲げ、龍型の一撃を防いでいた。
「はっ!」
菜々に力任せに大剣を振るって、龍型の爪を払うと、大剣を両手で持ち直し、その場から飛び上がっていた。
菜々は、龍型の頭上まで飛び上がると、空中で縦に一回転し、その勢いを利用した一撃を、龍型の脳天に振り下ろしていた。
「この童がっ!ワシを怒らせたなっ!」
脳天に強烈な一撃をもらって龍型イーターは、その衝撃でよろけながらも、叫びにも似た大声を発していた。
龍型イーターの目には、すでに理性なんてものは、とうに無くなっており、今の龍型は、人型や龍型の持つ、知性という武器を無駄にしてしまっていた。
力というものは、ただむやみに放出するだけでは意味がない。
力を正確にコントロールする理性が無ければ、力は分散し、一割の力も発揮することが出来なくなってしまうからだ。
今の龍型はまさにそれだ。
ただの力の塊となった龍型なんて、菜々の相手では無かった。
菜々の力。
それは、その圧倒的な幻力総量による、圧倒的な身体強化だ。
見た目は華奢な少女だが、その膂力は、大の大人、数十人係でも止めることができないほどだ。
実際、【T•G】の一組、二組、宝院を全て合わせても、その身体的能力で菜々を超えた人間はいない。
しかし、その代わりと言うべきなのか、菜々にはある致命的な欠点があった。
なんと、菜々は属性を含んだ【幻操術】が一切使えないのだ。
何故なら、七花は菜々となる時、精神世界にある幻操領域が全て書き換えられる。
それは菜々だけでなく、七花はその中心が切り替わる時に、幻操領域に刻まれている固有術を司る固有領域。そして、法具を介して外に出し、【幻操術】を使うための【幻操式】を刻んでいる可変領域。
この二つの割合は、生まれた時から既に決まっているのだが、七花はそれまでも変わるのだ。
菜々となることによって、幻操領域の割合はその全てが固有領域と変化し、そこに刻まれる固有術は『身体強化』だ。
体内を巡る、圧倒的な量の幻力による恩恵だけでなく、菜々の膂力はその固有術による恩恵でもあるのだ。
二種類の強化によって、菜々の身体能力は、他を近寄せない圧倒的なものとなっているのだ。
菜々は大剣を構え、龍型に突撃すると、その圧倒的な膂力に任せて、大剣を横に薙ぎ払っていた。
大剣によって、龍型を吹き飛ばした菜々は、一旦龍型から距離をとると、結花の隣に着地していた。
「菜々、手伝う?」
「この程度、一人で問題ない。結花はそのまま優花を守ってくれ」
菜々は強気な口調で、優花のことを優しく抱き締めている結花にそう言うと、結花は「わかった」っと微笑んでいた。
「さて、そろそろ終わらせようか」
菜々に吹き飛ばされ、地面に這いつくばっている龍型に、憐みの視線を向けていた。
菜々は属性を伴った【幻操術】が使えない。具体的には、属性を伴った【幻操術】を扱うのに必要な、幻操式を刻むための無意識領域、可変領域が全く無いがために使えないのだ。
つまり、式を必要としない、幻力を現象として変換させる必要がない、幻力をそのまま利用する【幻操術】は使えるのだ。
幻力の使い方に関しては、七花全員がスペシャリストだ。
菜々は幻力を操り、大剣に纏わせると、どうにか体制を整えて、その巨大な翼を使って、今まさに飛び立とうとしている龍型に向かって飛んだ。
「なんだ、逃げるのか?情けない姿だなっ!」
菜々が龍型に向かって飛んだ瞬間、後ろに振り向き、突然逃げようと動き始めた龍型イーターに、菜々は挑発するように言うと、大剣を振り下ろして、龍型イーターの翼を片方斬り落としていた。
「グァァァァァアッ!!」
「ほう。なるほどな。お前たちイーターにも、痛覚はあるのだな。しかし、貴様が二人に与えた痛みはそれ以上だっ!」
菜々の言う二人とは、梨花と優花のことだ。
龍型のせいで二人は怖い思いをした。
それは心の傷となる。
まだ若い少女に死ぬことを覚悟してしまうほどの恐怖を与えたことに、菜々は怒っていた。
「消えろっ!」
菜々の憤怒の一撃が、龍型を仕留めようとした時、龍型は最後の足掻きと言わんばかりに、口から咆哮を吐くと、咆哮によって巻き起こる土煙を目隠しにして、上手く逃げていた。
「ちっ逃がしたか」
菜々は舌打ちをしながらも、七花天輪を解除し、いつもの奏に戻っていた。
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