5ー8 優花
奏に梨花の姉、優花の居場所を探し当てて貰ったのだが、奏のマズイという言葉と、いつも冷静沈着な奏の焦った表情から、危機感を募られた一同は、この中でスピードに劣る梨花を、結花が抱き上げると、奏、結花、雪乃、リリー、の順で向かっていた。
北幻峡は中心部に近付くごとに、溜まったりいる幻力が増し、そこにいるイーターもどんどん強力になっていくのだ。
奏が言った優花の居場所とはなんと、この北幻峡の中心部。
道なりの中心ではなく、渦巻き状の中心。
一本の線で考えると、端っこに値する場所だ。
「あの龍型のおかげで、優花さんが襲われる可能性は低いんでしょ?だったら急ぐ理由ないんじゃないの?」
全力で走りながらも、前を走っている奏に、雪乃がそう聞くと、奏は前を向いたまま答えていた。
「その龍型が近くにいます」
「それって……」
「どうやら、撃退した先にいたようですね」
「私のせい……」
責任を感じ、結花が暗い表情になっていると、奏が少しスピードを緩め、落ち込んでいる結花の隣を並走していた。
「そう落ち込まないで下さい。結花が撃退しなければ、梨花が危なかったのですから」
「でも、他にやりようがあったかもしれない」
「そう落ち込んでいても意味はないですよ。反省や後悔は時間がある時にしてください。時間が無い時に必要なのは、反省や後悔ではありません、状況を打破するための策と、それを実行する勇気です。失敗してしまったのなら、それを帳消しにするような成果をあげてください」
落ち込む結花に、奏は檄を飛ばすと、その結果、少し気が楽になったのか、結花は少し明るい表情になっていた。
「これはっ!?」
唐突に奏の危機感を大分に含んだ驚き声が聞こえた。
奏は優花を見つけた後も、操作弾を一つだけ監視用に残していたのだ。
奏は走りながらも、操作弾を通して、向こうの状況を見ていたのだが、どうやら良く無いことが起こったらしい。
「結花っ!」
「わかった。雪乃、お願い」
「りょ、了解っ」
奏の声色から、状況が良く無いほうに転がってしまったと判断した結花は、抱き上げていた梨花を、走りながら雪乃に任せると、奏と二人、スピードを上げた。
「わぉ、相変わらず、凄いね。あの二人は……」
「羨ましいのですぅ」
奏と結花は、雪乃とリリーの声を背中で聞きながら、返事もせずに現場へと直行した。
「結花」
「なに?」
「時間は大丈夫ですか?」
「問題ない。まだ余裕」
現場へと向かっている間、横目で結花に視線を向けながら、奏が質問をしていると、結花は冷静な口調で答えたいた。
結花の返事に満足した奏は、小さく頷くと、視線を前に戻していた。
「あそこですっ!」
「っ!?」
優花は焦っていた。
「あたしは、妹を助けないといけないの……それなのに、どうして?どうしてこんな目に合うの?」
優花は両手で大事そうに果実のようなものを抱えながら、一生懸命走っていた。
優花が抱えているものこそ、妹、梨花がかかってしまった病。幻一化症候群を治す唯一の特効薬。自我の実だった。
「小娘っ!!」
しかし、そんな優花を後ろから追い掛ける、大きな影があった。
それは全長一○mを超える巨体。
その姿は伝説に出てくるような翼の生えた爬虫類。
つまり、龍だ。
両親を早くに亡くし、妹と二人でずっと生きてきた。
だからこそ、妹が死へと至る病気。幻一化症候群にかかったとわかった時、優花は絶望した。
ずっと二人で生きてきたのに、妹が死ぬ?
妹に心配させないように、妹の前では元気を装ってきた。でも、一人になると良く泣いていた。
そこで、ある話を偶然聞いたんだ。
それが、幻一化症候群を治すことの出来るただ一つの特効薬。自我の実が魔境、北幻峡にあるという話だった。
優花も魔境の危険性は知っている。
でも、掛け替えのない大事な妹のためと思えば、優花は恐怖を捨てて行くことが出来たのだ。
北幻峡は聞いていた通り、正に魔境だった。
たくさんの化け物が蠢いていて、ずっと陰に隠れながら少しずつ前に進んでいた。
しかし、ずっとそれが続く訳もなく、とうとう化け物に見つかってしまったのだ。
巨大な蝙蝠のような姿をしている化け物に追われ、ずっと逃げていた。
そして、もうだめだと諦めた時に、奇跡は起こったのだ。
突然、視界に一筋の影が生まれたのだ。
影となって突如現れたその人は、手に持っている刀を一度振るうだけで、優花が恐れていた化け物、蝙蝠型のイーターを葬ったのだ。
優花はその人にお礼を言うと、緊張の糸が切れたせいなのか、泣き出してしまったのだ。
優花は泣きながらも、その人にここに来た理由を話していた。
銀色の和服に身を包んでいたその人は、己をユウリと名乗り、優花の話をずっと静かに聞いてくれていた。
優花が話し終えると、ユウリは優花のことを優しく撫でていた。
ユウリはそれから少しの間だが、優花の護衛をしてくれたのだ。
そして、優花は念願の物、自我の実を手に入れることが出来たのだ。
しかし、そこでそれは起きた。
突然、空中から巨大な影が現れたのだ。
それが、龍型イーターだった。
優花が恐怖で腰を抜かしてしまっていると、ユウリは優花を抱き上げると、即座にそこから離れたのだ。
しかし、龍型は逃がしてはくれなかった。
このままでは二人ともやられてるしまうと思ったユウリは、どうにか自分で動けるようになった優花を地面に降ろすと、優花に逃げろと言って、単身、龍型へと向かって行っていた。
優花は泣いた。
きっとあの人はもう帰って来てくれない。
優花はせめて、ユウリが助けようとしてくれた、自分の命を守るために、ユウリの命を無駄にしないために、ただ走った。
ユウリのおかげなのか、それから龍型に追い掛けられることはなかった。
そして、ユウリと一緒に来る時には多くの化け物に襲われ、その度にユウカが倒してくれていたのだが、不思議なことに、帰り道で化け物に襲われることはなかった。
どうしてだろうと、優花は疑問に思ったのだが、今はここから一秒でも早く逃げることが大事だと思い、深く考えることをやめていた。
そして、行きには五日も掛けたまま道のりを、一日掛けて、やっと半分まで帰ってくることが出来たのだ。
しかし、そこで、優花にとって一番聞きたくない声が聞こえたのだ。
それは、ユウリが己の命を掛けて時間を稼いでくれた化け物。
龍型の鳴き声だった。
優花はまだ声が遠くから聞こえるため、まだ時間に余裕があると思い、誰かが見てくれると希望を託して、偶然座るのに丁度良く、座っていた石に、近くに落ちていた石を使って、メッセージを残したのだ。
メッセージを書き終えた優花は、体力が戻ってきたこともあり、先に進んだのだ。
しかし、ここで優花はある間違いを犯してしまったのだ。
それは、方向だ。
今まで優花は、渦巻き状の北幻峡から帰るために、走っていたのだが、メッセージを書くことに集中していた優花は、道を間違え、中心部に向かう道を進んでしまったのだ。
そして、また一日を掛けて、優花は半分進んでいた。
しかし、優花が進んでいたのは出口とは逆方向。つまり、北幻峡の中心部まで、戻ってきてしまったのだ。
そこで見たのは、激しい戦いの跡だった。
恐らく、ユウリと龍型の戦いの痕だったのだろう。
そこで、優花は自分が道を間違えてしまったことに気が付いたのだ。
顔を青くした優花は、急いで振り返り、今来た道を戻ろうとすると、そこに奴が現れたのだ。
それが、龍型イーターとの望まぬ再開だった。
真っ青になった優花は、恐怖で足が竦んでしまっていた。
しかし、龍型を見ていて、優花はあることに気が付いていた。
龍型の目は片方が抉れており、その巨大な図体には所々大きな傷が残っていた。
(ユウリさん……)
その傷は結花が付けたものなのだが、それを知らない優花は、その傷がユウリが付けたものだと思い、ユウリが自分を助けるために、どれだけがんばってくれたのかと思い、ユウリに激しく、心の底から感謝していた。
そして、ユウリの行いを無駄にしないようにするために、勇気が湧いてきた優花は、体の震えが無くなり、両足でしっかりと立ち上がると、道を塞ぐように立っている、龍型の足の間を通って逃げたのだ。
そして、冒頭に戻る。
(あたしは絶対に生き残るっ!ユウリさんのためにも、あたしは妹と必ず生きるっ!)
優花は決意を新たにすると、ユウリと共に見つけた自我の実を両手で抱きかかえ、出口に向かって、懸命に走った。
「小娘っ!!逃がさんぞっ!三度もワシから逃げれると思おておるのかっ!!」
三度?
優花が龍型から逃げたのは、ユウリが助けてくれた時の一回だけだ。
だからこれは二回になるのだが、龍型は今、三度と言った。
優花は疑問に思ったのだが、今はそんなことを気にしている場合ではないと判断し、ただ、ただ懸命に走った。
しかし、優花に絶望が襲うことになる。
龍型は口に幻力を集中させると、逃げ回る優花に向かって、巨大な咆哮を吐いたのだ。
(あぁ、あたしここで終わっちゃうんだ。ごめんなさい。ユウリさん。あたし、妹を助けること、できなかったよ)
優花はもう終わりだと諦め、走りながらも目をつぶって、その時を待っていた。
しかし
(あれ?)
その時が来ることはなかった。
優花は驚きながらも後ろに振り返ると、そこには
「ユウリさん?」
「ユウリ?誰のこと?私は結花。助けに来た。優花」
黒の和服に身を包み、刀を振り下ろした格好で佇む、結花の姿があった。
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