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金の書

 時が時間と共に流れゆくもので、空が空間と共に広がってゆくものならば、そこに永遠にあり続けるものは存在するのだろうか。

 絶対に変わりゆくことのないものが、果たしてこの世に現れるのだろうか。

 価値観や流行、土地や生態系は自然の流れに乗っ取ってあらゆる姿に変幻していった。

 金もまた、人間によってその価値観を変えられていったものの一つだ。

 時に通貨として、また武器として、そして装飾品として。

 あらゆる人種が手を加え、その身を削り、磨き上げながら生きてきた金ははたして……。



 ◇◇◇



 夜の暗闇に包まれた小さな博物館。彫刻が醸し出す上級な雰囲気と共に無や虚に近い静の空間が広がっている。

 無音が場を支配し、赤い光を放つカメラが監視をする展示室の中央で、黄金色に輝くマスクは展示されていた。

 ガラスケースの檻に入れられ、外界との接触行為を禁じられたマスクはその光の灯らない瞳の奥の部分で、辺りを見渡している。

 数ある国々の歴史や芸術、文化や感情が籠られた作品達をガラスごしに眺めながら黄金のマスクは自身の生い立ちについて思いを馳せていた。



 ◇◇◇



 あれは暗い暗い土の中。歳月こそ推し量ることは出来ないほど長い年月の間を地中で暮らしていたあの頃。

 金はのしかかる山に押しつぶされそうになりながらも根気よく呼吸を繰り返していた。

 一体どれほどの月日、いや年月が過ぎ去っていったのだろうか。

 もしかしたら何世紀もの間ずっと埋まっていたのかもしれない。

 火山活動によって生を受け、日がな毎日退屈な日々を過ごしている。

 これまで誰にも発見されず、これからも発見されないであろう自分に、金は一種の諦めを感じていた。

 しかし、そんな金にも転機が訪れた。

 人間の手による金山の発掘である。

 山が破壊されてゆくのを嘆く傍ら、金は自分が外の世界にいくことに喜びを覚えていた。

 ようやく、暗い地面の中から抜け出し、表舞台に立てる。

 そう考えていると、意地でも外に出たくなって、金は彼の兄弟達を押しのけながら我先にと人間の手に落ちることになった。

 もしこの時点でやめていれば金は後々降りかかる不幸の雨を浴びずに済んだかもしれない。

 しかし、この時点で金の頭の中は外の世界のことでいっぱいで、他の思考が入る余地は無かった。

 なにより金自身が希望と期待を胸に膨らませていたから説得する隙自体無かったのかもしれない。

 何にせよ、金は自らの意思で人間の手中に収まると、その期待感を胸に外の世界へ旅立っていった。



 ◇◇◇



 広がる大自然、和む動物の鳴き声。

 金は未だ見ることが出来ずにいた景色を目の当たりにし、心を弾ませていた。

 澄んだ空気に色とりどりの花。

 どこを見ても真っ暗で何も見えなかった地中とは違い、より身近に生命を感じる。

 自分を乗せる荷車に揺られながら自然を満喫する金。

 金は自分を取り巻く環境の変化を存分に楽しみながら道中を眺めていた。

 カタカタと車輪が回る度に軽快な音がたち、やおら景色も移り変わってゆく。

 やがて荷車が山を下り、そして麓まで辿り着くと、荷車は突如停止した。

 慣性の法則によりやや前のめりになる金をよそに、自分を引き取った人間は誰かと会話を交わしている。

 人間は会話の終わりにどこか渋い表情を作りだすと、懐から紐付きの袋を取り出した。

 中を覗くと、赤金と呼ばれる金属の従兄弟が錆びた身体を鳴らしながら人間に取り出されるのを待っている。

 人間は彼らの中から無造作に三枚抜き取ると、舌打ちをしながら相手に渡した。

 門と呼ばれる巨大な扉が開く。

 どんな世界だろうか?

 どんな違いがあるのか?

 そして、自分達はこの先で何をするんだろうか?

 門の先にワクワクしながら想像を膨らませる金は同時に漠然とした疑問を浮かべている。

 金はそのままゆっくりと深呼吸をすると、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませることにした。

 門が開いた瞬間、金の耳に飛び込んできたのは賑やかな街の喧騒だった。

 笑い声や怒鳴り声、様々な感情が入り混じった声が騒々しいほどに飛び交い、金は改めて自分のいた世界との差異をまざまざと感じさせられた。

 比較的整備された舗道を渡る荷車。その目的地は、金を加工して武器に装飾する鍛治職人の工房だ。

 金は通り過ぎてゆく人混みや馬に目を取られ、圧倒されている。

 しかし、それ以上に金は自分の将来について思いを馳せ、胸を踊らせていた。

 金そのものとしてはもちろんだが、自分がどう加工され、装飾され、生まれ変わるのか興味があったからだ。

 そんなことを頭の片隅に浮かべながら金は数分後、ようやく鍛治職人の工房に辿り着いた。

 カンカンカン、と鉄をハンマーで打ち付ける音が漏れてくる。

 古ぼけた看板の向こうに顔を出すと、そこには暑い暑い空間が広がっていた。

 工房内を見渡すと、そこには多種多様な道具に石炭などの燃料、そしてありとあらゆる金属が置かれている。

 金は彼らに挨拶しながら床に置かれると、今尚鍛治に挑んでいる鍛治職人に注目した。

 石炭と同じように服は黒く煤んでいてチラリと見える職人の顔は発掘現場の土のように茶色っぽく染まっている。

 金が図体の大きい彼の姿を観察していると、自分を運んできた人間がその背中に向けて叫んだ。


「おやっさん!!!頼まれてた金、持ってきやした!!!」


 威勢のいい声量に金は暫し驚いていると、職人が一旦作業の手を止め振り返りながら短く一喝した。


「そこに置いとけ!!!」


 工房の端の方にあるスペースを指差した職人に従い、金を乗せた手押し車をそこに持っていく人間。


「勘定はまた今度まとめてお願いしやす」


 そう短く告げながら金達を置いていった人間は、そそくさと職人の邪魔にならないように工房を出るとそのまま消えていってしまった。

 カンカンカン、とまたハンマーの音が響き渡る。

 同時に、火花がパチパチと飛び散りなかなかリズミカルに音が混ざり合う。

 金は自然に出来たものではない、人為的な音に耳を傾けながらかつてない音色に暫し心を打たれていた。

 自分の知らない世界、変化した周りの環境に興奮していた金は、次の職人の一言に思わず飛び上がった。


「さて、金で装飾をつけるかな」


 我先に、と言わんばかりの勢いで荷台から転げ出す金。

 職人は急に目前に転がり込んできた金に怪訝そうな表情を浮かべるも、すぐに気を取り直したのか金の加工の準備に入った。

 とは言っても、この金では小さすぎるので、まずは金全体の分量を均等に揃えていく職人。

 そのまま不純物が混ざっていないことを確認した職人は金を専門の容器に入れると、釜戸の中の火を調整しながら中に容器ごと入れた。

 細かな金の粒が次第に黄金色の液体に変化していく。

 やがてドロドロになった液体を更に先ほどハンマーで叩いていた剣の一部分にかけると、そのまま形を整えるために調整をはじめた。

 やがて全ての工程を終えた職人は打ちたての武器を冷ますために側にあったバケツの中にあった水にぶち込むと、武器はジューっという音をたてながら急激に冷めていった。

 取り出しながら釜戸の火で見た目を確認する職人の冷静な目に対して、金の装飾に映し出された炎はメラメラと燃え上がっている。

 金が剣という相棒と合わさったことに対して喜んだらいいのか分からずに狼狽えていると、職人は彼らを片手で構えながら少しだけ振り回した。

 ヒュン、と風を切る音が妙に耳に残る。

 職人はその軽さと丈夫さに自画自賛に近い笑みを浮かべると、そのまま釜戸の火を消して後片付けをはじめた。

 剣はひとまず机の上に置かれ、金もまた、装飾として剣の隣に横たわった。

 片付けの一部始終を見守る金と剣。

 金はテキパキと動く職人を見ながら剣の様子を盗み見ると、僅かに疑問に思った。

 はて、こうして加工されたはいいがこの後はどうなるのだろうか?

 今度は何をするのだろうか?

 金は想像を膨らませてあれこれ考えていたが、ふと剣に一瞥を与えると、一旦その考えを引っ込めることになった。

 自分はワクワクとしていたのに、何故か剣はただ冷たく、そして鈍く輝いている。

 まるで何かを覚悟していて、それに対して絶望を抱いているような。

 金はそんな剣の状態に違和感を覚えていると、金はその好奇心から剣に尋ねることにした。


 ーーー剣さん。私たちはこれからどうなるのでしょうか?


 率直に好奇心だけをぶつけた疑問。

 剣はそんな無邪気な金に苛立ちを覚えるも、どこか悔しそうに表情を歪ませながらポツリと答えた。


 ーーーどれぐらいすぐに行くかは分からないが、俺たちは近々兄弟や同志の匂いを嗅ぎに出掛ける。それも、嫌というほど大量にな。


 兄弟、つまり他の金属に会うことに対して嬉しく思っていた金はしかし、剣の反応にやはりどことない不安感を抱いていた。

 まさかその予感が当たるとも知らずに。

 金が剣と会話している間に作業を終えた職人。職人はハンマーなどの道具を剣の傍らに置くと、どこか遠くへ行ってしまった。

 暫しその場に取り残される金達。

 金はどこか鉄臭いハンマーに興味を示していると、ハンマーは隣に並んでいた剣と金に向かって口を開いた。


 ーーーお前達はこれから戦場に向かうんだろ?しかも前線に。

 ーーーああ、そうだ。


 急に訪れた暗い雰囲気に、一瞬困惑する金。

 重たい空気はもちろんのこと、金は初めて聞く戦場や前線などの言葉にただただ首を傾げていた。


 ーーーセンジョウ、ってなんですか?


 しかし、金はその疑問に耐え切ることが出来ずに剣達に尋ねることにした。


 ーーーん〜、あの場所はな〜。一言では表せねぇな〜。


 金の素朴な質問に、ハンマーは何故か気まずそうに言葉をはぐらかして言葉の内容を濁す。

 金はハンマーの態度に更に興味を持ったのか、無邪気に彼らを見つめながらもう一度追求した。


 ーーーどんなトコロなんですか?


 また思考を巡らせる金。

 人間はいっぱいいるだろうか?

 動物もたくさんいるだろうか?

 金属も共に生きているだろうか?

 金はまるで常夏の島を思い浮かべているような顔でそんなことを考えていると、今まで金とハンマーの会話を見ていた剣がゆっくりと告げた。


 ーーー強いて一言で言うなら……。


 一瞬の溜めと共に目を細めてどこか遠くを見つめる剣。

 やがて剣は大きな溜息を吐いて金を見据えると、そのまま真剣な面持ちで彼に告げた。


 ーーー俺たちのニオイが染み付いている場所だ。


 悲愴感を漂わせるどこかしんみりとしたトーンに金は頭を捻る。

 はて、同胞のニオイが染み付いている場所なのに何故こんなにもさみしそうなのか。

 何かマズイことを聞いてしまったのだろうか。

 自分自身に問いかけるも、全くもって何故剣がそんな声色で話すのか分からない。


 ーーーあの…あっ!


 再び問いただそうとした金はしかし、剣のこれ以上尋ねるなと暗示をかけてくるような視線に自ら言葉を呑み込むと、そのまま静かにだんまりを決め込んだ。

 ある意味この対応は正しかったのかもしれない。

 何故なら金はこれから戦場そのものの現場をいやでも目の当たりにするところだったのだから。



 ◇◇◇



「親方、この剣持ってくぜ!!!」


 威勢のいい掛け声と共に熟練風の戦士がカウンターの上に金を置く。


「いや、お代はいらねぇ。戦後にとっとけ」


 そう言ってお金の入った皮袋を戦士に突き返した鍛治職人は、改めて金で装飾された剣を彼に渡すと、サッサと行けとでも言うかのように手であしらった。


「分かった。生きて返ってきた時に払うからそん時まで待っといてくれ!!!じゃあ、行ってくる!」


 力強く背中を押され、鍛治職人の意思を感じとった戦士は短く別れを告げると、彼の心情も汲み取ってその場を後にした。


「ああ、気をつけて行ってこい……。息子よ」


 戦士の去っていく背中にポツリと呟く鍛治職人。

 彼の言葉には戦士の成長を見届ける慈愛深い感情と、ただ無事を祈る親の心情が詰まっていた。



 ◇◇◇



 あの会話の後、鍛治職人に連れられ、店のカウンターまで持っていかれた剣と金は、職人と戦士の会話を聞きながら戦士の手元へと渡っていった。

 満面の笑みを浮かべ、職人に安心させようとする戦士はしかし、何故か小刻みに手を振動させながら拳を握っている。

 金はそんな戦士の様子が気になって近くの剣に尋ねると、剣は金を見つめ何かを諦めたように溜息をつきながら金に伝えた。


 ーーーあの職人とこの戦士は親子なんだ。


 そのまま悄然と歩き続ける戦士を見上げながら語りだす剣。

 そんな剣にもどこか哀愁が漂っていて、金はその理由を必死に考えながらも剣の話に耳を傾けた。


 ーーー昔、まぁ、二十年くらい前かな。あの職人は戦場で兄弟や親を無くして今の奥さんと息子だけしか身寄りがない状態になったんだ。


 悲痛そうに遠くを見つめる剣に金は何と声をかければいいのかわからない。ただ金は黙って彼を見つめていた。


 ーーーまぁ、色々省略するとな、あの職人は戦場が嫌いなんだ。でも時代が時代だから武器ぐらいしかほとんど売れなくてな。


 戦いが嫌いなのに、その為の武器を作る。

 金はその意図を図りかねると同時に、自分がその一部になったことに少なからず動揺していると、剣は更に告げた。


 ーーーもうすぐ大きな戦争が始まる。


 センソウ。

 たった四文字の言葉に込められた苦い感情に金は戸惑うと同時にどこか身震いを覚えた。



 ◇◇◇



 一週間後。

 金は剣と共に戦場の前線にいた。

 まだ戦いは始まっていないのに、殺気や緊張感がドクドクと伝わってくる。

 金は自分の想像していた場所とはほど遠い戦場の空気に飲み込まれ、萎縮しきっていた。

 重々しい雰囲気の中、金はただ呆然と目の前を見つめる。

 その目線の先には、いつの間に現れたのか、厳つい背格好をした大量の戦士達が来るべく時に備え、こちらを睨みつけていた。

 蛇に睨まれたウサギのようにピタリとも動かなくなる金。

 そして金の周りでは突如、微かに聞こえてきていた声が途絶える。

 急に訪れた静けさに、嵐の前の静けさを彷彿させる何かを感じ取る金。

 そして金の直感は当たることになった。

 ブロー!!!!!!

 一つの笛の音によって。



 ◇◇◇



「「うおー!!!!!」」


 金がいる自軍と敵軍の双方から逞しい戦士の雄叫びが響き渡る。

 それはまるで象の大群が移動しているかのように広範囲に渡って地響きを巻き起こし、霧に包まれたのかと錯覚してしまうほどの砂埃を舞いあげながらただ一直線に相手の陣地に向かっていた。

 身に纏う鎧や掲げる旗に違いはあれど両軍はほぼ同じ意思と感情を持って敵陣に突っ込んでいった。

 勝つ。

 殺す。

 負けない。

 生きる。

 様々な感情が叫び声と共に交差する中、一番最初に敵と見合うことになった両側の戦士達が戦争の火蓋を切って初戦の火花を撒き散らした。

 それを追うように他の戦士達もお互いの急所を目掛けて突きを放つ。

 攻撃が上手くいくものもいれば、相打ちにあうもの、更には不意をつかれて倒れるものなど、戦場では一度に大勢の加害者と被害者を作り出していた。

 カキーン、キーン。

 金もその中の戦士の手の中で兄弟と殴り合いをしている。

 打たれてはやり返し、突かれては守りを繰り返しながら金はこの現状をぼんやりと見つめ、嘆いていた。

 何故兄弟で闘わなければいけないのか。

 お互いの身を削りあってなんの得があるのだろうか。

 なんの為に戦い、なんの為に犠牲を出しているのだろうか。

 金はただ悲嘆する。

 そしてそれと同時にふと浮かんできた言葉は、一週間前に剣が言っていた言葉だった。


 ーーー自分達のニオイが染み付いた場所……。


 なるほど、言われてみればそうかもしれない。

 金は辺りをふと見渡しながらそんなことを考えていた。

 交じり合う剣戟はもちろんのこと、周囲の戦士達からは大量の血飛沫が飛び散り、返り血を浴びた戦士達が今度はまた別の標的を狙う為に駆け出している。

 殺し合い。

 殺し合い。

 殺し合い。

 金が視線を向けたどの方向でも人間が殺し合いを繰り広げていて。

 金は絶望の淵に追いやられる人間の姿を目の当たりにしながらただ言葉を失った。

 どうして同じ姿をした同胞を、兄弟を殺めることが出来るのだろうか。

 何故あんなにも敵意を剥き出しにして、味方を犠牲にしてでも相手を倒そうとするのだろうか。

 金は絶望感よりも悲しみの篭った声でそう呟くと、その途端、キーンという音と共に自分と剣が弾かれ、空を舞った。

 クルクルと回転しながら近くの地面に突き刺さる自分達。

 金と剣の視線の先では、先ほどまで勇敢に闘っていた戦士が力尽き、地面に膝をつく姿があった。

 やがて静かに前のめりに倒れる戦士の首が敵兵によって撥ねられる。

 その血を大量に浴びながら金はその光景だけをただ頭の中で繰り返し再生していた。



 ◇◇◇



 どれほど気を失っていたのだろうか。

 金が目覚めると、そこには一面、無惨な死体が転がった残酷な光景が広がっていた。

 人々の身体には矢が突き刺さり、目も当てられない状態になっている。

 金はその様子をただ呆然と見守っていると、どこかからか生き残った戦士達が現れ、様々な武器を回収して回っていった。

 自分も同じように拾われ、されるがままになる金。

 金は何をすればいいのか分からず、彼らを見つめていると、戦士達は大声で会話しながら即急に移動を開始した。


「とにかく金属を集めろ!!!」

「なるべく金を持ってこい!!!」


 広い草原に響き渡る戦士の怒鳴り声。

 拾い上げられた金属は、彼らが押してきた手押し車に積み込まれていく。

 やがて、金も他の兄弟と同様に入れられると、初めて採掘された時のようにガタンゴトンと揺れながらどこかに連れて行かれた。



 ◇◇◇



「銀貨四枚だ」

「こっちは銀貨二枚で売るぜ!」


 金が連れて行かれたのかどこかの市場。

 しかし、市場という割りには活気が足りないというか全員辺りを警戒しながらコソコソと隠れるように品物を売っている。

 所詮、闇市と呼ばれる類の市場に辿り着いた金は、そこで行き来する行商人っぽい人達よりも彼らが受け渡しする対価の方に暫し目を奪われていた。

 人間にとってはただのお金である通貨は、金にとっては想像もつかないほど過酷な日々を生き延びてきた兄弟達だった。


 ーーー大丈夫?何があったの?


 ふと金の目前に置かれたいかにも辛そうに錆びついた銅貨にそう尋ねた金に対し、銅貨は怯えた声で彼に告げた。


 ーーー三日間もの間、ガチョウの腹の中に入れられて息が出来なかったんだ。やっと息が出来たと思ったら僕の近くで腹を切り裂かれたガチョウの姿があって。多分僕を隠す為だけにガチョウは生かされていたんだと思う。そう考えると苦しくて苦しくて。


 溜まりきっていた鬱憤を晴らすように喋りだす銅貨。

 その言葉の隅々にはガチョウに対して責任を感じているような態度と同時に、三日間も閉じ込められて解放されたことによる安堵感で塗りつぶされていた。

 銅貨の心の葛藤を身に持って同調する金。

 それと同時に、この市場に集まる金属は皆、辛い過去を経験していることが痛いほど分かった。

 そんな金の近くに忍び寄る影。


「この金は幾らだ?」


 影は金を指差して値段を尋ねると、お金と引き換えに金を剣ごと持ってどこかに去っていった。



 ◇◇◇



 どこかの工房でジュー、とまた加工される金。

 今度は剣の装飾ではなく、黄金のマスクの一部に使われた金は売り手や買い手によって世界を旅しながらまた新たな気持ちで現状を見つめていた。

 人間の手によって様々な場所を見てきた金。

 その姿も形も価値さえも変えられて生きてきた金は現在、黄金のマスクとなって彼らの顔を隠すために働いていた。

 ある時はコレクションとして。

 ある時は防具として。

 そしてまたある時はその時代の王の証として。

 船や馬車を何度も入れ替え、時に奪われ、時に攫われながら時代を生きる生き物達を見つめていた。

 そしてまた何度も同じことを繰り返して繰り返して何度も繰り返して繰り返して。

 もう黄金のマスクにとっては変わらない日々が続いていた。

 記憶も加工される度に塗り替えられて段々と忘れていく。

 金はもう、自分が何故美術館に展示されているのかさえ分かっていない。

 しかし、そんな金でさえ忘れられないことがあった。

 それは……。



 ◇◇◇



 暗い暗い夜の美術館の中央に一つの黄金のマスクが飾られている。

 数千年もの間同じ輝きを保ち続けてきた金はそのポッカリと開いた瞳でガラスケースの外を見つめていた。

 そんな黄金のマスクに当てられた小さな照明。

 懐中電灯に照らされたガラスケースの中には黄金の輝きを放つマスクが。

 そんなマスクに手をかける何者かの手が。

 金はされるがままにガラスケースから連れ出されると、そのままどこかに持ち去られていってしまった。

 はたして今回はどこへ行くのか。

 生まれた時と変わらない輝きを放つ金はまた静かにこの状況を見守っていた。

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