木の書
南から陽気な風が吹く。
ほんのりと甘い香りを漂わせながら。風は山の冬化粧ををゆっくりと落としながらこげ茶色の土を優しく撫でると、小さな蕾がつき始めた枝の上にちょこんと座った。
風がふんわりとした淑やかな歌を奏でながら見下ろす先は恥ずかしそうに芽を出した種。
これからどう成長していくのだろう、と呟きながら風は芽を見つめる。そのまま慈愛の篭った視線を上空に向けた風はまた自由気ままにどこかへと去って行った。
ポツリと残された小さな芽。肌寒いのか小刻みに震えている。周りがまだ真っ白に染まっているからだろう。そんな芽を見兼ねた太陽はほんわかとした日差しを彼に向けるとそのまま赤ん坊を抱くように包み込んだ。
頭に被った雪が徐々に溶け、青々とした芽の頭が見えてきた。そうして濡れてしまった頭を優しく乾かす太陽。
赤ん坊の手のような葉から雫がポタリと零れる。
芽は礼を言うかのように頭を下げるとそのまま周りの木々と一緒に日向ぼっこをしながら辺りを見渡した。
ーーーこれが外の世界か!!!
あまりの美しさに感動に酔いしれる芽。雪が溶け、視界が良くなった芽にとって外の世界はもはや別次元のものだった。
どこまでも続く雄大な空では数々の鳥たちが優雅に羽ばたいている。
すっかり禿げ上がった山の木々につく新たな蕾は自分の役が回ってくるのを今か今かと待っている。
雪の布団をどかした土からは自分と同じような小さな芽が現れ、静かに溶けていった雪は川のせせらぎと共に水に流されている。
いずれも真っ暗な土の中にいた芽にとっては想像も出来なかったものだ。
芽は自分を産んでくれたであろう、上空に佇む木々を見上げるとニッコリと笑いながら告げた。
ーーーお父さん、お母さん僕を産んでくれてありがとう。
芽が感謝の念を伝えるとどっしりと座った木は枝を撓ませながら静々と微笑んだ。まるでお辞儀をしたかのように大きく幹を揺らした木は芽の耳元に近づくとそっと囁いた。
ーーーあなたも立派に成長するのよ。
枝で芽の頭を撫でながらそう告げると、木は堂々とした態度でまた空に向かって背伸びを始めた。
芽は彼らを見つめながら考える。自分はどう成長するのかと。
そのまま遠くを眺めていると、突然遠くの方に小さな点が現れた。
段々と近づいてくる小さな点は芽にとって初めて見るものだった。
雲のようにふわふわとした髪にすらっとした胴体。一番下に目線を移すと、ふっくらとした丸いものが目に入る。
空中をゆらゆらと移動しながら、まるで重力など関係無いかのように空を散歩するそれは突然踊りをやめると、ふわりと芽の近くに着地した。
ーーーうん、ここがいいな!
周りの景色に合わせたような真っ白な髪を靡かせたそれは朗らかな声でそう告げると、まだ湿った土の上に腰をおろした。
ルンルンと歌い出すのではないかと思わせるくらいに跳ねながら笑うそれを暫し見つめる芽。
ふと、その視線に気づいたのか、それは急に芽の方に振り向くと太陽のように微笑みながら彼に声をかけた。
ーーー私はタンポポ。多分しばらくこの辺りに住むことになるからよろしくね!!
タンポポは芽にそう告げると、そのまままだ冷たい床に寝転がった。風に飛ばされないように近くの枯れ枝に手をかけて。
芽は活発なタンポポの姿を見つめながらタンポポと同じように楽しげな声で返事をした。
仲が良くなった芽とタンポポは楽しげに談笑しながら森の奏でる音楽に聴き入っていた。
時が経ち、雪が完全に溶けたある春の日のこと。朝露の匂いと小鳥の囀りで目を覚ました葉は欠伸をした際に溢れた涙を拭いながら思い切り伸びをしていた。
ただの芽が葉っぱと呼べるぐらいに成長した時からの毎日の習慣だ。葉は頬を撫でる風をくすぐったく感じながら昨日とはちょっぴり違う朝の景色を満喫していた。
木には色とりどりの花が咲き乱れ、ひらひらと舞う花びらのそばではハチやアリがせっせと働いている。葉は彼らと軽く挨拶を交わしながら、木陰で休むタンポポに目を向けていた。
今日は待ちに待ったタンポポの子供達の旅立ちの日だ。あの時まだ若々しかったタンポポは今は誰が見ても立派な母親に成長している。
葉はそんなタンポポに声をかけると、タンポポは子供達に手を振りながら言葉を返した。
ーーーはい、皆おじさんにも手を振ってね……。全く、あの子達はやんちゃで困るわ。
以前のようなボーイッシュな話し方ではなくなったが、芯から漏れる明るさだけは昔からそのままだ。
葉は彼女の愚痴を聞きながらそんなことを考えていると、タンポポの子が近づいてきて別れを告げてきた。
他の子と比べ、さみしそうに見つめてくるその姿に少しだけ心がちくっと痛む。
僅かな期間だったが、子供達と家族のように過ごしてきた彼にとって別れはやはり辛かった。
だがしかし、これはタンポポ達の決められた定めだ。葉っぱはこみ上げてくる悲しみを必死に静めながらタンポポの背中を押すと、その背後に声をかけた。
ーーーお母さんのように立派になるんだぞ!
小雨がしとしとと降ってくる。おそらく通り雨だろうと推測した葉っぱは子供達が濡れないかどうか心配だったが、笑顔で送り出すことにした。
なんだか雨がしょっぱい。
彼がゆっくりと顔をあげると、青いハンカチで涙を拭った太陽が虹のエールでタンポポを送り出していた。
やがてまた時は流れ、山は衣替えの時期に差し掛かっていた。
芳香を漂わせていた花は散り、今や木々は緑色の涼しいスタイルでさわさわと揺れている。
一枚の葉っぱだった彼は今や若木へと成長し、青々とした葉を生い茂らせていた。
ふと、斜め下を見下ろす若木。かつての友達の姿はもうない。タンポポと木、同じ植物なのに何故枯れる時間は違うのだろうか。若木は過去を懐かしく思いながらそう嘆く。
タンポポはいつも笑っていた。なのにある日突然、プツリと糸が切れた人形のように倒れてしまったのだ。
最後までずっと笑顔だった彼女の萎んだ花びらが若木の目に焼き付いている。
自分もあのように倒れてしまうのだろうかと少しだけ思う若木だった。
そして季節は秋。赤に茶に黄の葉っぱがあちこちの木に絶妙なアクセントを加えている。まだまだ若い木だが、少しだけ大人びた気がするのは、若木が他の木々と同じようにオシャレをしているからだろう。
始めは小さかった葉っぱも今ではネズミ一匹を包めるくらいに大きくなっている。若木はまだ幼い自分の体を見つめながら辺りを見渡した。
地面はカラフルな落ち葉で出来たふかふかの絨毯で覆われ、空では鰯雲が悠々と泳いでいた。知り合いの木々達も嬉し気に秋日和を楽しんでいる。
若木はまだ夏の薫りが残る風に身を委ね、小さく揺れていた。
すると、突然遠くから金色の毛皮にくるまれた狐が歩いてきた。時折地面に鼻を押し付けているのは、地面に落ちた木ノ実などを食べているからだろう。
狐はそのまま若木の近くに寄りかかると体を丸めながら寝転がった。まだ子供なのだろう。小さな体を震わせ、寒さに耐えるようにしている。
見兼ねた若木はまだ小さな子ぎつねに日が当たるように体を反らすと、そのままできる限り優しい声で尋ねた。
ーーーどうしたんだい?
突然聞こえてきた声にびっくりして飛び跳ねる子ぎつねに大丈夫、心配しなくていいよ、と言って宥めながら若木は手をあげた。枝を振りながら危害を加えるつもりはないという意思を伝えると、子ぎつねは安心したように緊張を解き、そのまま若木の質問に答えた。
ーーーお母さんが病気で看病しているんだけど、なかなかご飯が取れないんだ。
腹をグーと鳴らしながらそう語る子ぎつねは確かに痩せこけていた。きっと、まだ未熟な子供の腕では充分な獲物が獲れないのだろう。
こんな小さな子供が頑張っているのにどうして自分は動けないんだろう。
こんな時に自分の事を考えるのは理不尽だと分かっていたが、若木はどうしても腑に落ちなかった。
世の中は何故不公平なのかと。
こんな小さな子供は生きる為に必死に動き回っているのに、自分は何もしなくても生きていられる。
若木は嘆く。どうして木は動けないのかと。どうして誰かを助けたい時に彼らの側に歩み寄ることができないのかと。
そして若木は子ぎつねを見つめた。頭をぶんぶんと振って思考を変える若木。今は自分のことを考える時ではない。そう思いながら子ぎつねを撫でた若木は南の方向を指差すと、そのままゆっくりとした口調で伝えた。
ーーーあっちの方向に団栗の木があるんだ。その辺りに食べられる木ノ実も生えているらしいから行ってみたほうがいいかもしれないよ。
若木はそう伝えると、子ぎつねの背中を軽く押した。子ぎつねは最初驚いた顔をしていたがすぐに満面の笑みを浮かべると礼を言ってその場を立ち去っていった。
昔タンポポが話していたことをそっくりそのまま話しただけだ。若木はかつての黄色の友達に心の中で感謝した。
そして暫しの間思い出に浸る若木。
タンポポは旅の道中、様々な生き物と出会ったらしい。鳥やリス、珍しい花の話などは何度も聞いたものだ。
中には、二足歩行の不思議な動物もいると聞いてどう歩くんだろうと考えたこともあった。
可愛い子には旅をさせよ、とその生き物は言っていたらしいが、実際にその通りだと思う。
様々な経験を繰り返したタンポポは自分より何十倍も早く大人になったのだから。
自分に羽があることを想像しながら若木は枝を振る。しかし、何枚かの葉っぱが落ちるだけで何も起こらなかった。
旅をしてみたい。そう思う若木であった。
月日は流れ、木枯らしが吹く季節。
そんな時期にある事件が起こった。
豪雨にまみれ、暴風に揺さぶられ、雷鳴に耳を痛め、稲妻に目が眩む。
そう、山に嵐がやってきたのだ。
若木は勢いよく降り注ぐ雨を浴びながら山の木々を襲う暴風に必死の形相で耐えていた。
ーーー危ない!!!
誰かが叫び声をあげるも、雷鳴の轟く音に掻き消されてしまう。
ドドーン……。
どこかそう遠くないところで雷が落ちた。どうやら山の頂の辺りに落ちたようだ。
その間にも風は強まり、木々達の足場は泥まみれになってしまった。
ーーーま、マズイ!
風圧に耐えられなかったのか、はたまた土壌が弱かったのか、若木はとうとう片脚を取られてしまった。まだ地下深くまで根付いていない若木に耐えろというのも無理な話だ。若木は片脚だけで死に物狂いで踏ん張った。
しかし、嵐はそれを許さない。嵐は若木の片脚を確認すると、勢いよくフーと息を吹きかけた。
ミシミシ、と嫌な音が響く。もう駄目だ。若木がそう思った瞬間、他の木々達が肩を組んで天然のバリケードを作りはじめた。そして、倒れそうになっていた若木を支えると全員が同時に力を入れて立った。
ヒューと最後の悪あがきの如く嵐が木々達を襲うも一致団結した木々達にとっては無意味だ。
嵐はつまらなそうな顔で舌打ちすると、山を越えてどこかへと去っていった。嵐を取り巻いていた雲もそれを追うようにその場から消えて行く。
残ったのは、清々しいばかりの青空と疲れ切った山の姿だった。
大地に潤いをもたらす雨も、取り過ぎれば土砂崩れを起こし、花粉を運ぶ風も、強過ぎれば自分達に牙を向く。
その日は山の生き物達にとって大事な教訓の日になった。
そして、若木は……。
大木達が囲んでしっかり守っていた若木は幸いにも倒れずにしっかりと立っていた。だが、数カ所枝が折れていたり根元が荒れていたりとかなりの重症だ。
若木は大木達に礼を言うと同時に自分の未熟さを痛感した。そしてそのままネガティブな思考に陥った。
自分は他の大木達のようにどっしりと構えていられないし、他の生き物も守れない。どうして自分はまだ大人になれないのだろう。
タンポポはあんなに早く大人になったのに。
いつの間にか心の声が漏れていたのか、大木達はまるで我が子を見るように若木を見つめた後ポツリポツリと語りだした。
ーーーいいか、若いの。生きるっていうのには色んな意味があるんだ。空には空にしか出来ないことがあって大地には大地にしか出来ないことがある。それと同じようにお前にはお前だけしか出来ないことがあるんだ。
ーーーこの間のキツネが来た時がそうさ。周りは沢山の木々に囲まれていたのにあのキツネはお前さんの膝に倒れこんだ。日陰やら何かは知らぬが、お前さんの場所がなんだかんだ言って落ち着いたんじゃないかい?
そう、この間助けたキツネは何かあるとすぐに若木のところにやって来てお昼寝をしたのだ。若木には自分の硬い体のどこがいいのか分からなかったが、確かにキツネはいつも気持ち良さげに寝ていた。
今思えば自分のひざの位置がちょうど良かったからかもしれない、とちょっぴり思う若木。自分にちゃんとした存在する意義があると考えていると、なんだか心が軽くなったような感じがして、若木は嬉しくなった。
ーーーお前はまだ若い。いちいち大人びたりしなくてもいいんだ。自分のできることを精一杯やりなさい。
大木は一通りの治療を終え、自らが松葉杖になると、そのまま若木の体を優しく撫でた。
パラパラと小さな雪が降る。葉はすっかり落ち、山はまたつるつるに禿げあがっていた。吹いてくる北風に動物達はかじかみ、真っ白な吐息を漏らしている。
若木ももう一人前の木と呼べるくらい成長している頃だ。
木は寒い風に凍え、震えながらも森の様子を傍観していた。
前より背が伸びた彼にとって森の景色は一層変わってみえる。木はその事実を嬉しく思っていたが、実際に森はどんどん変化していた。
山の麓を眺めると、ただの広野だったところに沢山の家が建っていたり、いつの間にか木の数が減っていたり、僅かだが、周りの天気の変化が激しくなってきたり。
しかし、まだ他の大木と比べ背が低い木にすべてを見ることは出来なかった。
そしてそんな矢先。
ーーー火事だ~!!!
という怒鳴り声とともに麓から煙がもくもくと立ち上ってきた。ゲホッゲホッ、とむせる大木達に麓から届く悲鳴。見ると一本の木がぼうぼうと燃えている。動物達は必死になって火の粉から逃れているも、風向きの関係か、煙だけは避けきることが出来ず、大量の煙を吸い込んでいた。
火が広がってきた。一本から二本へ、二本から四本へと燃え移る火の海に生き物達のなす術はなかった。
もはや静かに見守ることしか出来ない木。彼は煙で視界の悪くなったあたりをかろうじて見渡すと、甲高い何かの音とともに赤く光る謎の生物が現れた。赤い生き物は水を撒き散らしながら消火をはじめると、瞬く間に火は消えて燻んでいた臭いが無くなった。
あれは一体なんだったのだろうか。
森にとってそれは説明出来ない怪奇現象の一つへと変わっていった。
春。遠い遠い何年何十年先の春。木はとうとう大木と呼べる大きさにまで成長していた。そして周りは……。
ーーー人間。
そう。大木は人間達に囲まれていた。
もう他の大木達の姿はない。人間と自分だけ。大木は長い年月を生きる中で人という生き物を知りはじめていた。
人は弱いということ。
人は常に誰かと共生していること。
人は賢いこと。
優しく、そして同時にとても愚かなこと。
そして、自分達を大事な資源に使っていること。
そして……。
「おい、じゃあこの木も根っこごと運ぶぞ!!!」
人間の掛け声とともにかつて住む場所を離れる大木。ブロロという威嚇音とともに鉄で出来た生き物が走りだす。
大木はその鉄の生き物の背中に乗りながら山を下って行った。かつては森だったあの斜面も今では人間達の遊び場へと変貌している。大木は移り変わる景色を目に焼き付けながらあたりを見回していた。
地面はこんくりーとと呼ばれる不思議な石で飾り付けられ、かつて木が生えていた場所には人間達のすみかが建てられている。
大木は変わってしまった森を懐かしみながら空を見上げていた。
ーーーわしは何なんだろう?
森の一部でも山の住人でもなくなった今、大木は自分がなんなのかを考えていた。揺れる景色の中、空だけは変わらずにただゆっくりと流れている。
その時、突然止まったかと思ったらふわっと何か白いものが飛んできてそのまま大木の隣に腰をおろした。
そして彼は言った。
ーーー僕はタンポポ。よろしくね!!
どこか心地よい音色を奏でながら話すタンポポ。その姿にかつての友達の面影をみながら大木は年をとるごとに嗄れていった声で挨拶を返した。
ーーーそうか、よろしく。お前さんはどこに行くつもりなんだ?
そしてそのまま彼の行き先を尋ねる大木は昔どこかで聞いたような口調で話す自分を少し滑稽におもった。タンポポはまだ分からない、という曖昧な言葉で答えると、まっすぐに大木を見つめ返した。
ーーーどこか遠くだよ。僕もういくから。バイバイ!
またふわりと風に乗りながら飛びたつタンポポの顔は希望に満ち溢れている。大木はそんなタンポポに手を振りながら自分も別れを告げた。
そして思う。そういえば、自分も旅が出来ていると。
大木はその事実に笑い、頬を緩めた。
自分はどこにたどり着くのだろう、という淡い期待を抱きながら。
とある住宅街の並木道。そこには黄色いコートを身に纏った木々がカーブ状の道に沿って様々なポーズをとっている。その道路の隅っこで家よりも大きい大木が静かに街の様子を眺めていた。
ーーーここは賑やかじゃの。
閑静だった森とは違い、ここは人間達で歩き回り、鉄の生き物、車が走り回っている。
ーーー何を急いでいるのかの……。こんなにいい天気なのに……。
大木は真っ青な空に目も向けず、ただ走り去っていく人間達を見て嘆いていた。
そのままひらり、と一枚の葉っぱと共に実を落とす大木。
すると、それに気づいたのか一人の小さな男の子がたどたどしい足取りで走ってきた。
「ママ、またなにかおちてきたよ⁈」
元気いっぱいの少年はその実を拾うと、母親らしき女性に見せた。
「そっか、良かったねまーくん。じゃあ今度はおじいちゃんのところに持って行こうか⁈」
うん、と力強く頷きながら実をポケットにしまう少年。そのまま少年はその場を去っていってしまった。
実は少年のポケットの中で揺らぎながらある山の麓に向かう。
車から降りた少年を出迎える初老の夫婦にまだ小さな手のひらを精一杯広げてみせる少年。
おじいさんは少年の手を引くと、そのまま森の中を歩いていった。
途中、季節はずれのタンポポや狐を見かけた少年はるんるんと楽しそうだ。やがて二人がある広場に辿りつくと、おじいさんがこう言った。
「じゃあその実を植えようか」
首を傾げながらも素直に木の実を差し出す少年に、おじいさんはこう告げた。
「ある木の話をしってるかい?」
知らない、と頭を振る少年におじいさんは続ける。
「昔、おじいちゃんにもおじいちゃんがいてね、そのおじいちゃんが聞いてきたんだ。木はなんの為に存在するのかと」
内容にイマイチピンとこない少年はとりあえず耳を傾けることにした。
「僕はこう答えたんだよ。動物のため?って。そしたらおじいさんはこう言ったんだ。《木は生きる為に存在するんだ》って。もちろん、最初は意味が分からなかった。でもそしたらおじいさんはこう言ったんだ」
《誰でもはじめは小さく脆いものだ。雨にぬれれば汚れて、燃やされれば塵になってしまう。でも木は違う。はじめは水の取りすぎで溺れそうだった時も大きくなって自分の糧にした。はじめは風に押しつぶされそうになっても大きくなって子どもの為に有効利用出来る知恵をつけた。はじめは弱くて掴めきれなかった土も根をしっかり張ることによって自分の土台にしたんだ。火に燃えれば僕たちの燃料になり、金と組み合わせればしっかりした椅子になる。はじめは何ににも混ざらなかった木はいずれ全てと繋がることが出来るんだ》
「だから僕たちは木を埋める。そうやって全てを取り込みながら生きていく木に感謝をこめて……。ってまだまーくんには早かったかな?大丈夫。すぐに分かるようになるよ」
おじいさんは目を回している少年を撫でながら実を穴の中に落とした。
ーーー生きるため、か。
そしてその実の上に土が被せられていった。真っ暗に染まる視界。
実はどこかスッキリした顔で目を閉じると、静かに眠りについた。




