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傭兵団一行は、指定された当日に王都へと辿り着いた。
ただ目指すだけならば、もっと余裕を持って到着できただろう。けれど彼らは、常日頃から道すがら別の依頼を受けたりしているので、予想通りといえば予想通りでもある。どうしても引き受けられない場合でも、他の傭兵団への橋渡しをしたり騎士団に報せをやったりと、つまるところ足は早いが止まることも多いのだ。
代表であるロランが一部の者達に恐れられていて、悪評も少なからず出回っていながらこれなのだから、彼女がまともであれば今頃は英雄になれていたことだろう。
そして、仲間たちには宿の確保を頼み、ほとんど寝てない頭でロランは国王との謁見に臨むこととなった。
普段の男物の旅装束では無く急ごしらえでも小奇麗な正装をすると、少々髪が砂で汚れていても彼女の可憐さは余計に際立つ。それが男装でなければもっと目を惹いたはずだ。
けれども、顔を上げるよう声が掛かるまで待機している間で大胆不敵にも欠伸を噛み殺す様子は、いつも通りのロランであった。
「よく参った。面を上げよ」
しばらく待っていると堅苦しい声が降りそそぐ。従えば、眼前には王にしては若い男が豪華な椅子に座っていた。
そういえば、二年前だかに前王が急死したんだったか。まだ30になるかならないかで各国と渡り合わなければならないのだから大変だろう。そんなことをまるっきり他人事に考えていれば、王の脇に控える年を食った臣下がロランに名乗るよう厳しい口調で命じた。
「ご尊顔を拝し恐悦至極、ロランと申します」
「……お前はいつの時代の人間だ」
しかし、精一杯かしこまっての挨拶は王の苦笑を誘った。おまけにフランクな言葉も聞こえたが、ここは聞かぬ振りをするべきなのだろう。
この謁見は正式なものなので周囲には老人以外にも別の臣下もずらりと並んでおり、彼らは眉をひそめていたが、ロランはそれを間違っていないのならまあいいか、で済ませていた。
「ではロランよ、お主は傭兵団ハヤブサの代表で間違いないか?」
にしても、この大臣を介しての進行はどうにかならないものか。さっさと話を終わらせて眠りたいロランとしては、この謁見は実に忍耐を試される時間となりそうだ。
とりあえず頷くと、しっかり口に出せと言わんばかりに静寂で包まれる。
ため息はなんとか堪えられた。
「はい。わたくし共が名付けたわけではありませんが、行動範囲が最も広く仕事の内容も多岐にわたる、女が率いる傭兵団をハヤブサとおっしゃるのであればその通りかと」
「ごつくて熊みたいなのを想像していたが、まさかこんな妖精のような女性だったとはな」
「陛下!」
「良いじゃないか。強制的に呼びつけておいて、さらに無理を強いることはない。しかも相手は我が国の民だ、もっと楽に行こう」
すると、そんなロランの心中を察してか、国王は周囲が咎めるのも聞かずに体勢を崩すと足を組んだ。なかなかに柔軟なお方らしい。
だからロランは、ある程度の無礼なら許されると判断し口を開く。
「ならば此度のお話は無かったことに致しましょう」
「なんと無礼な!」
途端に周りから非難の声が飛び、臣下の中で最も位が高いらしい老人が一際強く口を慎めと怒鳴る。
けれどロランは引かなかった。
自分はあくまで仕事を受けに来た身、ならば相手が国王であろうともこれまでのスタンスを崩すつもりはない。でなければ、高位の者の依頼は全て受けなければならなくなり、それなりの実力を持った集団にとっては自殺行為だ。
傭兵は行いによって簡単にごろつきと認識されてしまう。何もしていなくとも、同列に考えている者も多い。
たとえ人数が少なくとも、ロランは代表として仲間たちを守る義務があった。
だから彼女は床から膝を離して立ち上がり、退室の挨拶のつもりで頭を下げる。
「大臣たちは叱るのが仕事のようなものだから、許してやってほしい。それとも妖精と称したのがまずかっただろうか?」
国王は、これまで貴族の娘たちをことごとく虜にしてきた甘いマスクで困った顔を作り首を傾げた。明らかに思惑が秘められた仕草である。
残念ながらそれは、ロランには何の効力も発揮しない。たしかに王族らしい整った顔立ちは感嘆に値するが、いかんせん国王の顔には包容力に溢れた男らしさがあったのだ。つまり食指に掠りもしなかったのである。
頬を染めることも瞳に熱を込める様子もなく平然としたロランに対し、国王の方が片眉を上げるはめになっていた。
「いえ、どうにも陛下ならびに皆様方が、わたくしを見て納得されておられないようでしたので……。しかし、このたびお声掛けいただいた理由を伺ってしまえば拒否権はないに等しい。これでもわたくしは、仲間の命を守る義務を果たしているつもりなのです。これまでも、これからも。その為ならば、喜び勇んで首を切られましょう」
そしてロランははっきりと言った。
彼女はしっかりと分かっていた。謁見の間へ足を踏みいれてからというもの、無遠慮に値踏みする視線や不信感、自分を侮っている気配。彼女の傭兵団に何を期待していたのかは知らないが、命を賭けて仕事をする側と依頼する側がこのような状態でうまくいくものなどありはしない。
けれど、相手が国である以上拒否はほとんど許されないだろう。だからロランは単身で城へと乗り込んでいた。
これならば最悪消されてしまうとしても自分だけで済む。目の前の国王が安易に横暴な手段を取るとは思えないけれど予防線は必要だった。
ロランと国王の眼差しが交わり、にらみ合いのような時間が生まれる。彼女は国王が口を開くまで、ほんのわずかも逸らさなかった。
「気に入った! いやあ、情報では口が悪く態度がでかく、男のように豪快な奴だと聞いていたからな。疑ってしまった」
「慣れていますので構いません」
「だろうな。容姿についてもしっかり報告させるべきだった」
「今後の参考になさってくだされば光栄です」
そうすると、なぜか国王の機嫌をかなり良くさせ、好感すら持たせてしまったらしい。
ならば後は仕事の内容を教わり、契約するだけとなる。
周りはまだまだ不安しか浮かべていないが、国王の態度が砕けたとしてもこれが公式の場である以上、ロランが一度は辞退を申し出たことは記録された。それが抹消でもされない限り、体面は整ったわけだ。
ニヤついた口元を見るに、そんな考えでいたことを国王は見抜いているだろう。さすがと言うべきか。
そして、ロランと国との間で依頼が成立する。
国王は崩していた表情を引き締め言った。
「ロランと言ったな。お前とお前の仲間には、騎士に扮して戦を回避するための戦をしてきて欲しい」
その瞬間、彼女が破顔したのはいうまでもない。
それはそれは天使のごとき愛らしい笑顔だったと、後に国王は謁見の間でただ一人、未曾有の危機を前に邪な感情を抱いていた者へと語ったそうだ。
相手ももちろんその表情を見ており、それが自分に向けられていないことで国王を廃そうと目論んだのは本人だけの秘密だ。
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ロランが住む国は、かねてから隣国と危うい関係が続いている。
どちらかといえば一方的に狙われているといった方が正しいが、だからといってされるがまま平和惚けしているわけではない。
それでも今回、侵攻を防ぐために築かれた砦よりもさらに隣国に近い自国領の森へ、盗賊に扮した先遣部隊の侵入を許したとの報せがもたらされ、国王ならびに重鎮たちは一様に頭を抱えた。
その森は深く広大で、熟練者でなければかなりの確率で迷ってしまうのだが、相手からしてみれば砦が目印となって格好の隠れ蓑である。だからこそ国境を超えさせないよう常に監視を徹底していたはずなのだが、それがどうやら破られてしまったらしい。
しかし、できることなら本隊が続く前に森の中で先遣部隊を徹底的に潰し、本格的な戦を回避したい。それが国王の願いだった。
とはいえ、どのような状況下でも戦えるよういくら訓練しているといっても、敵が森のどの辺りに潜んでいるのかも分からず、さらには砦も手薄にできないとなれば、いささか厳しいのが現状であった。
ただ勝つだけならばどうにかなる。けれど求めるのは、隣国の戦意を木っ端微塵に砕くほどの圧倒的な叩き潰しだ。そうなると、どうしてもただの騎士では心許ない。どうしたものかと大いに悩んだ。
そんな時、国王の耳に一つの噂がもたらされたのである。それがロラン率いる傭兵団、いつからかハヤブサと呼ばれるようになった連中だった。
どんな辺鄙な地であっても騎士団よりも早く駆けつけ、受けた依頼は必ず達成させる。ひとたび敵となれば容赦なく捻じ伏せるそうだが、かと思えば立ち寄った各所でほんのお使い程度の頼みも聴いてくれる懐の深さを持った精鋭の集団だともっぱらの評判であった。ただし、その代表だけはいささか悪評があるというのだから純粋な興味も抱いた。
それに例の森は、自生している食糧が豊富で身を隠すのにも最適だからか、別名〝盗賊の聖地〟とまでいわれるほどで、ロランたちは何度も討伐の依頼を受けており経験が豊富だった。
だからといってすぐさま彼らを使おうとはもちろん思わなかった。念入りに調査した上で噂以上の力量であることを確認し、そうして呼びつけたのだが、その時にはもうぎりぎりな状態だ。これまでの間に先遣隊を発見できただけでも僥倖だったのかもしれない。
相手は思いのほか森に慣れており、大分以前から作戦がたてられていたのだろう。騎士のみでの条件での勝利はほぼ不可能とまで言えた。
しかし、ロランと対面した瞬間、国王は失望した。女であるのは知っていたが、だからといって屈強な手練をまとめているのがこんな小娘など信用できるはずがない。いくら男装しているからといってそれがしっくりくるわけでもなく、城の女騎士よりよっぽど弱そうに見えた。
言うなれば繊細で手間がかかる花。それでも話しをしてみたのは、赤味の強い瞳には確かに戦士の気配が宿っていたからだ。
そして、勝利を確信したのは、ロランに託すことを決めて依頼内容を口にした瞬間だった。
戦を回避するために戦をしろなど、普通ならば困惑して当然である。
だというのに、ロランはそうなるどころか笑ったのだ。
表面上はとても愛らしかったが目だけは違ったことを、真正面にいた国王だけが気付いていた。どこに隠していたのか触れた者を猛毒で侵すかのごとく、好戦的に妖しく彼女は血を滾らせていた。
いくら良心的とはいえ、腐っても傭兵ということなのだろう。それからはロランの独壇場であった。
詳細を説明され、異例なことは重々承知だが騎士を百ほど彼女の指揮下に置くと告げれば、一刀両断で拒絶したのだ。
「あたしにはそんなに大勢の人間をまとめるだけの統率力はないんでね。20もいりゃあ十分だ」
「陛下になんという暴言を! 身の程を弁えろ!」
「契約は成立したんだから別にいいだろ。それともやっぱりやめるか?」
「いや、構わん。この方がお前の人となりも分かりやすいからな。それよりも今の言葉は本気か?」
それどころか態度まで素を出す始末で、よく首を切られなかったものである。
容姿とのギャップがひど過ぎて唖然とする者が多数、これのどこに悪評がたつ要因があるのかと思っていた国王にとっては、少なからず納得させる結果となった。媚びないことは美徳になっても、我を通しすぎればただの傲慢にしか人は捉えないのだから。
「足場が悪いのだから、当然馬は使えない。相手は二百とはいかずとも、それに近いぞ」
「数だけ揃えたところで邪魔なだけだ。森の環境で戦い慣れてないならなおさらな」
ロランは遠慮なく高価な絨毯がひかれた床に座って胡坐を組むと、髪を一房掴んで指に絡め始める。
それは彼女が思案する時の癖だった。
「圧倒的かつこてんぱんにすんのが条件なんだろ? だったら、より屈辱を味合わせるのも必要だ。こっちはこんだけの人数で相手をしたが、まだまだ後ろにはこれ以上の戦力があるぞってな」
「一理あるが……」
「それに、たしかに馬は役立たずだが、代わりどころか頼もしい相棒があたしたちにはいるからな」
「それは真か?!」
態度はどこまでも最悪だが、飛び出てくる戦術は実に多彩で奇抜。国王ならびに指揮官などでは絶対に出てこなかっただろう。
最終的には全てを任せ、信頼ある実力者たちをつけるまでに至った。
そしてロランは自信満々で言ってのける。
「この戦、準備を除けば一日で終わらせてやるから」
さらには、極秘性からどうしても必要であった措置についても国王が話す前に自分から告げたのだから、もはや最初の印象は跡形もなく消えていく。
「あたしの右腕を置いていくけど、そいつ王都に妻子がいるからさ。といっても事実婚だけどな。どうせなら居心地が悪いだろう城じゃなくて、家で監視してやってくれ」
「……そのような重要な者を置いていっていいのか?」
「死ぬつもりがなくても、もしもってことがあるから保険だよ、保険。あいつら馬鹿だから、バラバラになったらすーぐ変なことに巻き込まれると思うんでね。団を潰すわけにはいかない」
そのことで、事実上人質となったゴードンという男とは一悶着が起こるのだが、それをのぞけばやっと宿に現れたロランから聞かされた依頼内容によって、仲間たちは通報されるほどの歓喜の雄叫びを上げるのであった。
ハヤブサの面々に加え、命を受けた騎士たちが王都を経ったのは次の日の早朝。それから二晩経ってから、作戦は実行された。