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 全6話。軽いですが下品な表現がありますので、大丈夫な方だけ先へお進み下さい。






 腰に剣を携え、波打つ茶色の髪をふわりと肩で揺らし、染み一つない雪のような肌を頬だけほんのりと染めつつ一人の女性が颯爽と道を歩く。

 真っ直ぐ前を見据える垂れた大きな目は柔らかな印象を与え、左の泣きぼくろがささやかながら色気を醸し出している。凹凸のない小柄な体型で濃艶さは乏しいとはいえ、つつましやかな唇は野花のように蝶を誘っていた。

 美しいというよりは可憐、魅力的というよりは可愛らしい。彼女はそんな容姿の持ち主だった。

 どちらにせよ整っているのは間違いないので、一度外へ出れば引く手数多なはず。20過ぎの年頃となれば、求婚されてもおかしくはない。

 けれど、その女性の周囲をよくよく観察してみると、なぜか街の人々は彼女を遠巻きにしており、恐れてさえいる様子だ。

 気付いているだろうに、それでも本人は平然と足を進め、一軒の店の扉を押す。明るい陽の下から薄暗い室内へ入る際、なにやら似つかわしくない鋭い光が走ったように思えたのだが気のせいだろうか。

 そしてさっそく声を掛けられていた。


「おー、ロラン! 今日はやけに機嫌が良さそうだな」


 明らかな男性名だったが、そう呼ばれた女性は片手を上げ、前髪をかきあげながら男の前の空席へ腰を下ろした。


「やっぱてめえら昨日の宴会続けてたな」

「おうよ! そういうロランさんは、いつの間にかいなかったがお楽しみで?」

「まあな」


 するとあっという間で彼女の周囲は屈強な男達で埋め尽くされ、親密そうに肩まで組んでいる。年頃でなくとも女性ならば絶対に立ち入らない場末の酒場では、あまりに異様な光景といえよう。

 けれど、もっと細かく観察してみると、赤味の濃い瞳に宿る意思は可憐な容姿とは裏腹にとても鋭く、垂れた眦や泣きぼくろの奥で息を潜めている。

 朝になっても酒を飲み続ける男達が堅気な人間であるわけがないように、そこへ簡単に混ざれる彼女もどうやら普通ではなかったらしい。

 どんな辺鄙な土地でも国内でさえあれば依頼を受ける、最もフットワークが軽い傭兵団。その代表こそが女性の正体だった。

 赤子ならば簡単に片手で捻り潰せるであろう屈強な男達ばかりが十数人ほど。その全員がロランに従っているというのだからにわかには信じ難い。

 ところが、この傭兵団で誰よりも恐れられるのはロランである。かなり少数で構成されていながら働きはとても素晴らしく、その点について誰も文句をつけたりはしないが、彼らが訪れた場所では必ずといっていいほど騒動が起こり、その理由の全てが彼女絡み。

 仲間たちは口を揃えて言う。ロランは女の皮を被った手のつけられない獣の雄だと。


「今度の奴は一体どうなることやら……。賭けるっきゃないな!」

「あたりめーだ!」


 ロランは頬でえくぼを作ると、目の前に置かれた酒瓶にそのまま口をつけた。

 つくづく口調や仕草と見た目がつり合っていない。


「おれァ教会入りに30セル!」

「男娼に20!」

「男色に50!」


 帰らないどころか再びペースを上げて飲み始める傭兵団の面々に、酒場の店主がカウンターの下でボロ雑巾のような顔で泣いているのに誰も気付かないまま、高い掛け金に興奮が高まっていった。

 どう聞いてもいかがわしい内容だが、彼らにとってこの賭けは日常茶飯事であった。そしてそれは、人々がロランを恐れる理由とも繋がっている。

 ロランにはどうしようもない悪癖があった。見た目とは裏腹に女傑と呼ぶに相応しい彼女は、自分と真逆な男がめっぽう好きなのだ。

 それだけであれば、か弱い女性が好きな男と同じようなものだと思えるが、なにせ傭兵をしているぐらいだ、それが庇護欲から来るものではないことぐらい察しがつくだろう。

 真性のサディスト。もはや好みで済ますには被害者が多すぎ、作った伝説は数知れず。彼女の餌食になってしまった哀れな獲物たちは、例外なく女性不審になってしまったという。

 その中でも特に有名なのは、とある領主の後取り息子についてだった。

 小さな領地だからか貴族らしからぬ気弱さを持っていた彼は、見事ロランに目を付けられ、一夜明けると女性不審を通り越して男色に目覚めてしまった。今ではなんとか嫁をもらって幸せに暮らしているが、一時はあわやお家断絶かと大変な騒ぎだったそうだ。

 なんとはた迷惑なことか。だというのに本人は、いつだって他人事のように笑うだけ。

 ちなみに一体どのような楽しみ方をしているのかは、誰一人として知らない。ロランが親切に教えるわけがなく、被害者にいたっては傭兵団の姿を見ただけでこの世の終わりのような顔をして一目散に逃げてしまう。

 とはいえロランは、仲間をそのような目で見たりはしない。露ほども好みにひっかからないからかもしれないが、仲間たちもまたそれぞれで恩を持つ彼女へ邪な感情は抱かず心から慕っている。

 そもそも中身を知ってしまえば鑑賞以上の気が起きるはずがなかった。いくら可憐な印象を与える顔をしていても、真っ先に前線へ突っ込みしょっちゅう返り血で全身を染め、酒豪で変態な女など死んでもごめんだというのが全員の見解である。


「で、ロラン! どれが当たりだ?」


 またたく間に3本目の瓶に手をつけ仲間の様子を眺めていたロランへ、筋肉のよろいをまとったごつくむさ苦しい男達の視線が集中した。

 思い出すのは昨夜の獲物の可愛い姿。いい歳こいて目を合わせただけで涙を溜め震えていた相手は、優しいが気が弱いのが欠点だとよく囁かれていた本屋の息子だった。付き合う女性のすべてに、顔は良いのに男らしくなくて幻滅したといった感じで振られていたとは、狩りの前の情報収集で仕入れた話だ。

 ロランはわざとらしく酒を飲み答えを引っ張ると、黙ってテーブルに乗った掛け金に手を伸ばした。

 皆に固唾を呑んで見守られながらコインを一枚弾く。落ちる行先が答えとなる。

 そしてコインは、とある人物の手の中へと収まった。


「まじかよ!」

「うああああ……――」


 途端に響く落胆の嵐。コインを持っていたのはロランだった。


「あめぇんだよ。ちゃんと相手を見ろって常々言ってるだろうが」

「それは戦闘のことじゃないっすか」

「賭けもある意味戦いじゃねえか」


 鳥がさえずっているような可愛らしい声でありながら、言うことは男前どころか男くさすぎる。

 未練たっぷり悔しそうにコインの山を睨む仲間を物ともせず、ロランはそれを小さな袋に放り入れた。

 誰も勝ちが居なかった場合、賭け金は対象にされた者が総取りする。これもトラブルを避けるための傭兵団のルールだ。


「で? で? 正解はなんなんすか?」

「そうだよ! 今までのが全部出てて外れたっつーことは、新しい展開だったってことだよな!」


 そして負けても引きずらない。だがこれは、わざわざ言わずとも初めから問題はなかった。

 ごろつきとは違ってしっかりと分別がつき、明るく陽気で昨日の悩みは寝れば忘れてしまうような馬鹿っぽさ。ロランの傭兵団はそんな奴らの集まりだ。なんと愉快な面々なことだろう。

 だから彼らはロランを除いて、おおむねどんな場所でも歓迎される。その裏ではいつも、今日のように酒場の店主が尊い犠牲となるのだけれど。


「それがな、あたしも驚いたんだが、満足して朝方解放してやったら、しばらくして幼馴染っつー女を連れて来たんだよ」

「え…………、相手の男っていくつだったんすか?」

「あたしと同じぐらいだったと思うぞ。いやあ、その女を盾にうさぎみたいな目でこっち見てきてさ、あれは最高だった」


 ロランの恍惚とした表情はさておき、男の中の男な面々にとっては女に守ってもらう感覚がそもそも理解できなかった。

 そろって渋い顔をしつつ続きを待っていれば、楽しそうに笑いながらロランは言う。店に来た時も思ったが、かなり機嫌が良いらしい。


「でな、その女がうさぎ君をよくも苛めてくれたなって、凄い形相で突っかかってきてさ」

「ロランにか?」

「そう、あたしに。あの根性には感動したね。いったいどこのガキのやり取りだよって」

「まさかぶちのめしたりとか……」

「馬鹿か。堅気に手を出すわけねえだろ。あたしはただ今後の参考になればいいと、うさぎ君の狩り方をその女に教えてやっただけだ」


 恐る恐る聞いてきた年下の頭を叩いてつっこみながらの言葉には、全員が「うわあ……」とドン引いていた。

 だがすぐにどこからか笑いが漏れ始め、最後には雄叫びのような笑い声が響き渡る。

 褒め言葉には思えないがさすがロランだと言われ、彼女もまんざらではなさそうにしていた。


「それでどんな反応が返ってきたんだよ」

「どっちも真っ赤な顔して逃げてった」

「その二人、くっつけば良いな! そしたらロランはそいつらのキューピッドになれるぞ」

「似合わねえー! どう考えてもエロスだろ!」


 おそらく彼らには、朝も夜も関係無いのだろう。店の前の道が不自然に閑散としているのに気付いていない。

 このままでいけば、夜になってもまだ騒ぎ続けたはずだ。店主はとっくに諦めていて、在庫が切れ数日は店を開けられなくなるのも覚悟していた。

 けれどその危機は、どこからともなく現れた青年によって免れる。男にしては低めの身長で細身なその人物は、難なく彼女の隣に立つと一枚の書簡を差し出した。


「おお、ジル。いないと思ったら依頼書受け取りに行ってくれてたのか」

「俺には一晩越しても呑み続けられる根性ないですから」


 苦笑を浮かべる青年はとても爽やかな顔の造りをしているが、かといって優男の印象も与えない。彼は元々、半年前盗賊の襲撃を受けてしまった村に運悪く居合わせてしまった旅人で、ロランたちが依頼を受けて討伐する際に自分も加勢すると言って共に戦って以降、これといって目的地もないからと傭兵団に加わった新参者だ。

 よく気が回り、皆についていける力量もしっかりと持ち合わせていて今ではすっかり馴染んでいるが、酒があまり得意ではないらしく早々に宿へ退散する。

 そして、いつものように誰一人戻っていないので、ここに来るついでで依頼書を受け取ってきたようだ。この流れもそろそろ定番となるだろう。

 ちなみに決まった拠点を持たないこの傭兵団への依頼は、各地に点在する手紙屋が仲介となって届けられる。傭兵団は行く先を毎回伝え、手紙屋が情報を共有するおかげで、ピンポイントで依頼が出せる仕組みだ。


「それでなんですが、今回の依頼はいつもとは違うみたいなんです」

「いつもと違う?」

「はい。気のせいかもしれませんが、紙が上質な気がしませんか?」


 ジルが周囲に負けぬよう意識して言えば、ロランが低めの声を発した。

 すると全員がピタリと騒ぎを止める。

 それは、統率がしっかりと取れている本物の傭兵団の姿そのもので、変化を感じ取った店主もまたどことなく緊張してしまっていた。


「ほんとだな。てことは、今回は結構な稼ぎが期待できそうだ」


 そしてロランは、自分の名だけが記された白い封筒を開いた。

 けれど、中にはさらに封筒が入っており、それを取り出し裏返した瞬間にどよめきが起こった。


「その印璽って王家じゃねえか!」

「は?! なんでそんなもんが俺らに?!」


 驚きよりも焦りが大きい。

 ロランだけが静かに刻まれているシンボルを眺め、いつもと変わらない声で言う。


「ちげえよ。これは王だけに許されたシンボルだ」


 それが余計に混乱を呼ぶというのに、彼女はあっさりと封を切ると一人手紙を読み進める。

 たった一枚分の中身はすぐに把握し終わった。


「ありえねぇ……。三日以内に王都へ来いとか、どんな強行軍かっつーの」


 紙をテーブルに放りぼやく姿はやっとこの一件にふさわしい反応といえたが、それは内容に対するものというよりも面倒さが滲み出ていたような気がする。

 仲間たちは一斉に手紙を読もうとでかい図体を押し合いへし合いしていた。

 それを尻目に、ロランは立ち上がる。そして、成り行きを見守っていた店主の前まで赴くと、先ほどの賭けの結果がつまった袋をカウンターに置いた。

 そして、傭兵団の代表らしい堂々とした笑みを浮かべ、さらにもう一袋をその隣に並べる。


「代金と、こっちは長々と騒いじまった詫びだ。ほんの気持ち程度だが、今日一日分の売り上げはあるだろうから、おやっさんはしっかり休んでくれ。悪いな、徹夜させて」

「え…………、ええ?!」

「その代わり、また来た時はよろしくな。あたしらの仕事はない方が平和で良いんだが、一応な」


 悪癖をのぞけばむしろお人好しでさえあるロランの魅力は、こういった豪胆さにあるのだろう。礼には礼を返し、恩にはしっかりと報いる。救いの声には助けの手を差し伸べ、剣には剣を。だからこそ、この傭兵団には依頼が絶えないのだ。

 あまりの驚きで言葉を返せない店主を放置しロランは振り返り、まだ動揺したままな仲間たちへ叫んだ。


「てめえら、その酒の回った頭でよく聞け! 次の目的地は王都だ! 依頼主の指定日までに到着できなければ、まじで首が飛ぶかもしれねえから気合入れて行くぞ!」

「応!」


 そして一行は、王都へ向け酒臭い息を吐きつつ出発した。

 まさかそれが傭兵団の最後の仕事になるとは思いもせずに――








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