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夢織日記  作者: 原沙良葉
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付喪神

7月20日(金)曇り


紫の帷の上がるその先に居るべき君が何処にも居ない


不機嫌そうに歩く私を見て、先に居た女子学生が慌てて避けた。

先日の晴天とは打って変わった曇天で、肌に纏わりつく湿気が不快である。最も、この暑さが私の不機嫌の原因である訳ではない。

ドタキャン。

数か月前からの約束を先ほどメール一通であっさり反故にされてしまったことに私は怒っているのであった。


足音をたてて帰宅した私に庭の植物は何やら気遣わしげな気配を送ってきた。常ならば応えるそれも今の私は殊更疎ましく、無視したまま自室まで駆け上がる。

扉を開け勢いよく倒れ込むと床と布団が擦れてぎゅうと鳴いた。軋みついでにと苛立ちをこめて2、3発床を殴る。殴ると同時に、全身の力が抜けて弛緩してしまった。

ここにきて初めて私は自分の常にない巨きな怒りについて考えてみる気になった。

一体何故自分はこんなに怒っているのだろう。

自分で云うのも何だが私は気性の優しい大人しい人間である。自分に甘い以上に他人に寛容で、滅多に激怒することなどはない。あっても実行することはないというのに。

床を殴った右手が痛かった。


と、ふるりと空気が揺れたのを感じて私は瞠目した。窓を確認するが閉まっている。庭の花木は私を恐れてか静かなままだ。なんだ、と首を傾げたところで再びふるり。

驚いてズボンを見れば、ポケットに突っ込まれた携帯電話が着信でなく自らの意志で震えているのであった。

君か。

慌てて起き上がりポケットから出してやると彼女は申し訳なさそうに一度、私を慰めるように二度微かに震えて見せた。

君のせいじゃないでしょ。

携帯電話は書かれた文面をそのままに私に伝えただけだ。指の腹で撫ぜてやると憤慨したような返答があった。

でも、あんなに楽しみにしていたのに。

再びの、瞠目。

なんだ。

私は単純に約束が楽しみなだけだったのである。楽しみで仕方がなくて、だからあっさりそれを反故にされ子供のように拗ねていただけだったのだ。

君のお蔭だ。

笑いかけると彼女はチェリーレッドの体を嬉しそうに震わせた。

まだ返事をしていないメールのことを思う。何と言って困らせてやろうか。たまには我儘を言ってやればいいのだ。


(怒らない拗ねない私が君にだけ心揺さぶられるの知ってた?)


「君がそう言うなら浮気してやるわ。チェリーレッドの可愛い相手。」


2分後の慌てた君の返信をくすくす笑う夕闇の部屋


ああ、庭の花たちに謝っておかなくてはならない。いつの間にか湿度は随分下がっているようだった。明日は晴れになるだろう。


大輪の恋慕を揺らせ花嵐揺られる日々が美しいのだ


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