誤解
次の配信では、このクイズ型のファンミについてコメント欄を使って対話が行われた。
古墳が有名な、別の公園に集まった人も結構多かったらしく、コメント欄でメンバー同士のやり取りも多く見られた。
「古墳がある公園といえば、ここは有名だもんね。けど、意外に古墳をそのままにした公園ってあるのよね」
そう言って、ひかるはコメントを待つ。
「うん、うん。正解の公園にはとても限られた人数が来て」
そう言いながら、いくつかコメントを読んでいると、不安になってくる。
「あっ、正解した人。だめだよ、あの日のこと書き込んじゃ」
コメントが各々を牽制するような書き込みに変わる。
それを見計らって、言う。
「今回は私が慣れて無さすぎて、ファンミっぽくならなかったの。正直、答え合わせで終わっちゃったんだ。もし。もし、次回があったら何かイベントっぽいことしよう。 ……そうだな、ビンゴとか? だったら、景品とかどうしよう。あっ、これとか?」
彼女は手近にあったぬいぐるみを手に取ると、胸の前で抱き抱えた。
コメント欄に『仕草があざとい』『ぬいぐるみになりたい』『そのぬいぐるみ狙ってました』『意外とそのぬいぐるみレアなんだよね』『右端の大きなぬいぐるみの方が』等々、景品についてのコメントが多数書き込まれた。
ファンとの交流は、成功だったのか、失敗だったのか。
コメントを見る感じでは、以前より女性メンバーが減少しているように思えた。
これは、ひかるが当初求めていた視聴者とは異なるものだ。
イベントも、配信も、内容を再考しないと。
ひかるは、このことを竹に相談しよう、そう思った。
その時、ひかるはハンドル名『キリヤ』の書き込みが目に止まった。
「えっ!?」
声を出してしまってから、今、カグヤとして配信中であることに気づく。
コメントに『どうした?』『事故か?』『スタッフ〜』とか、一斉にひかるの状況を案ずるものが溢れる。
「ごめんごめん、ビンゴって、それなりの人数が必要だし、時間もかかるもんね」
ひかるは手を胸におき、心を落ち着けた。
「いつやるかもわからないことだし、これは、また何かまとまったら話すね」
マウスでエンディング用の曲をクリックする。
「今日の配信はここまで。みなさんおやすみなさい」
ひかるが画面に向かって手を振る。
メンバーのおやすみコメントが勢いよく流れる。
配信を終えて、さまざまな確認をした。
大きくため息をつくと、声に出す。
「何、この書き込み」
目の前にはキリヤがカグヤ宛に送ったメッセージが表示されていた。
これはコメントとは違って第三者は見ることができない。
そこには年月日時分と思われる数値の並びと、締めくくり『ビー・カフェで』という内容だった。
「……これ、会いたい!? ってこと?」
ひかるは、ビー・カフェでキャラメルラテを注文していた。
あと数分でキリヤが指定した時刻になる。
三十分も前到着していて、店内を何周も回っていた。
だから、彼がいないのは確認済みだった。
プラスチック容器に入ったキャラメルラテがカウンターから出てくる。
彼女は受け取ると、ハンカチで場所をとっていた席に向かった。
「!」
キープしている席の横に、キリヤが立っているのに気づいた。
彼も、ひかるに気がつく。
「このハンカチでそうじゃないかと」
彼はひかるを見て目立たないような、低い位置で手を振った。
「えっと、キリヤさんですよね」
彼は頷いた。
「もしよければ本名を言うから、君も教えてくれない?」
ひかるも彼と同じようにあまり手を上に上げず、手で合図して断った。
二人が近づくまでの時間、無言の時間が流れる。
ひかるが座ると、彼は動き出した。
ひかるが言葉を言いかけると、キリヤが言った。
「飲み物買ってきます」
ひかるは言いかけた言葉を飲み込んだ。
彼の姿を見て、ドキドキしている自分に気づく。
ヤバい。彼なら『繁殖』行為してもいいかも。
そんなことを考えていた。
飲み物を持って戻ってきた彼が座る。
その時には完全にのぼせ上がっていた。
と同時に、ひかるは彼の心を知りたくなった。
私はどう思われているのだろう。
そして、彼の心を読もうとして、再び深い暗闇を見た。
「……」
なぜ読めないのか。
これには何か理由があるはずだ。
ひかるは、そう思うと同時に、まるで関連づいていたように、狂った女性がカッターを持って斬りつけてきた時のことを思い出した。
あの時、確か、キリヤはカッター女と同じテーブルに座っていた。
男と女。別れ話のもつれ。
第三者からはそうとしか思えなかった。
つまり、このキリヤという男は相当ひどい仕打ちをした…… という推測が成り立つ。
さっきまでのドキドキ感が、怒り変わり、波動のように繰り返す。
『あの』
二人の声が重なる。
周囲の客がその状況を見て、微笑む。
手で合図して、キリヤが譲ってくれた。
「あなたに確かめたいことがあるんです。以前、カフェで会いましたよね? あの時の女性はなんだったんですか?」
「……」
彼が戸惑っている。
それを見たひかるは、妙に腹が立ってきた。
「あなたが誠実な対応をすれば、あの女性だってあんなに狂った対応にならなかったのでは?」
妙に大きい、攻めるような圧のある言い方。
周囲の客の耳が、二人の会話に引き寄せられる。
彼も言い返してきた。
「あの時、途中でいなくなったよね? こっちが警察に話してたこと聞いてないよね?」
そのキリヤの声は、次第に大きくなっていた。
「ええ。どんな言い訳をしたんですか」
チラチラと二人を見てくるようになった。
「初めからこっちを悪者と決めつけたようなその言い方。失礼だと思わないのか?」
キリヤは周囲の目を気にして、声を押さえ、落ち着いたトーンでそう言った。
反対に、ひかるは考えがぐちゃぐちゃになっていた。
「ごめんなさい。用事を思い出しました」
そのまま飲み物を持って立ち上がった。
「待てよ」
その言葉が余計にひかるの足を急がせた。
店を抜け出たひかるは、街中を急ぎ足で歩いていた。
やっぱりそういう男なんだ。
どうしてあんな言い方をするのか。
怒りを通り越して呆れてしまった。
「早く忘れよう」
ひかるは家に戻るとベッドに入って寝てしまった。
数日が経ち、次の配信が始まった。
ひかるは、興味を持ったコスメの話や、今週の推しメンの動向などを、好き勝手に話しては、コメントを拾って対話していた。
ひかるは、接続している数を見て思った。
今日は、メンバー少ないな。
彼女は、キリヤのことが心に引っかかっていた。
ハンカチを返してくれた時、車のナンバーを見ないようにしてくれた。
突然見かけた私にハンカチを返してくれた。
普段からハンカチを返そうと持ち歩いていたことになる。
キモい、のか誠実なのか、判断が分かれるところかもしれないが、ひかるは好意的に受け止めていた。
それをこの前は一方的に断罪するような言葉をかけてしまった。
心が、いつも通りでなかったから?
私の方が悪かった気がする。
「あっ、ごめんごめん、考え事しちゃってた」
コメ欄が『普通に事故』『よくあるよね』『どうしたの?』『失恋?』『機器のフリーズじゃなかったのか』等々一斉に流れていった。
「!」
多くのコメントの中、キリヤのコメントがあった。
それは何かへのリンクだった。
ひかるは配信中にも関わらず、リンク先チェックをするとそのリンクを開いて読んだ。
リンクは、カフェでカッターを持った女性が、客を切りつけたというネット記事だった。
ひかるは、視聴者に向けていう。
「ちょっとだけ時間ちょうだい」
またコメ欄に心配や退屈だという内容が溢れる。
ひかるはそれらを無視して、記事を読み進めた。
女性は、通りすがりの男性にカッターを当て脅すと、カフェに入ったとある。
キリヤと女性は、何の関係もないことになる。
しかも女性はここ数ヶ月同じような騒ぎを起こしているらしい。
そうなんだ。彼は、たまたま巻き込まれただけ。
記事を読み終わると、ひかるは、最大の笑顔をカメラに向けた。
「心配な事があったんだけど、理解できて安心した」
ひかるは『カグヤ』として、視聴者に何が心配だったのか、何が解決したのか、などの説明しないため、コメント欄が完全にカオスと化した。
そのままひかるは一方的に話し続け、配信を終えた。
その間もずっと笑顔を浮かべたまま。
嬉しくて、笑顔を隠すことができなかった。
完全に接続が切れた後、キリヤへ直接メッセージを送った。
「謝りたいです。どこかで会えませんか」




